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この幕が下りるまで 4

本編から2年前。ドロールのお話。



 一人芝居をやったあの日から、一季半が過ぎた。


 使用人だったドロールは正式に侍従見習いとして働くようになり、プロムスと一緒に執務室で簡単な書類仕事を手伝えるようになっていた。


「はい、リム。次はこっちね」


 書類を作成し終えたドロールは、完成したそれを、オーリムに手渡す。この仕事もようやく慣れてきて、前より時間がかからなくなったのが、少し嬉しい。


「ああ。……ありがとう」


「不備はなさそう?」


「大丈夫。……ロム。これ、一段ずつズレてる」


「げっ、マジか」


 そう言って書類を返されたプロムスは、顔に疲れが見え始めていたから、少し休憩を挟もうと思い、お茶の用意をする事にした。

 そんなドロールの様子に気付いたオーリムは、チラリと視線をよこし、ポットにお湯を出してくれる。最近は頼まなくても察してくれるから、お礼を言って、三人分の紅茶を淹れた。


「リム。少し休憩しよう?」


「ああ。これが終わったら、そうする」


「ロムも、もううっかりカップを倒さないでね」


「おう、気ぃつける。ありがとよ」


 二人に渡した後は、執務室の自分の席に戻り、凝り固まった身体を軽くほぐしてから、小休憩に入る。オーリムとプロムスもようやく手を止めたみたいだし、執務室で三人で仕事をするこの光景も、もう見慣れたものだ。


 プロムスとはずっと仲がいいが、あの一人芝居を見せてから、オーリムも少しずつ明るくなって、打ち解けてくれるようになった。

 プロムス(いわ)く、二年前ほどではないが、少しあの頃の様子に近付いてきたらしい。ちょっと涙目になりながらそう語ってくれた事が、印象深い。

 いつか、かつてのオーリムを取り戻してあげたいなとお節介を焼いている。

 でも、完全に取り戻す為には、オーリムのお姫さまの存在が必須なんだろうという事もわかっていた。


 プロムスは最悪あと二年待てばいいと言っていたが、ドロールにも何か、手伝える事があればいいのだが。


「そういや、ローってさ、朝練してんだろ?」


「うん、まあね」


「のわりに、一回も会わねーよな?」


 プロムスに不思議そうな顔でそう言われて、少し顔を強張らせそうになったものの、上手く取り繕って、苦笑を返す。


「多分、時間が合わないんだよ。ぼくがやってる頃にはまだ、あまり人がいないし」


「そんなに早くから?」


「二人と違って一人暮らしだからね。部屋の事もやらなければいけないし、勉強も演技練習もしておきたいから、朝は早いんだ」


「それは、毎日ハードだな」


「やる事は変わったけど、起きる時間は昔から変わらないから、そうでもないよ」


 二人から向けられる心配の表情に、安心させるように笑みを返す。

 半分本当で、半分嘘をついている事に、少し罪悪感を感じながら。





            *

 




 ヨーピと名乗る黄金色の大鳥から衝撃の事実を聞かされたあの日から毎朝、ドロールはヨーピの鳥騎族(とりきぞく)だったフラーテの事を――父親の事を、聞かされていた。

 大鳥は神様だ。その縁もゆかりもないフラーテという人物が父親だというなら、そうなのだろう。神様の判断なんて、疑う余地はない。ましてやヨーピは、フラーテを誰よりも大切にしていたのだから。


 実はそのフラーテは元鳥騎族(とりきぞく)隊長で、オーリムのいたセイドを治める男爵家の次男として育ち、オーリムのお姫さまとは遠縁の親戚――ドロールにとってお姫さまは従兄弟姪(いとこめい)にあたるとか、もう理解を放棄したい。

 自分が貴族に連なる者と言われてもありがた迷惑で、しかもオーリムのお姫さまと遠縁の親戚なんて、どんな偶然なのだろうか。


 それだけならまだしも、実はフラーテは次男ではなく長男だったらしく、フラーテに連なるドロールこそが、現在のセイド男爵を継ぐ正統な後継者になるらしい。そこまでくるとありがた迷惑どころか、ただの迷惑である。ドロールは貴族になんて興味はないのだから。


 そのあたりの話をようやく飲み込んだ後は、ヨーピとフラーテの思い出を聞かせてくれるようになった。


 最初はよかったのだ。ヨーピとフラーテの運命的な出会いから数年は、いかに楽しく幸福な日々だったのか、うっとりと懐かしそうな目で語ってくれていた。

 そう語るヨーピは幸せそうだから、微笑ましく聞いているだけでよかった。


 だが、話がフラーテがセイドに里帰りしたあたりから、雲行きが怪しくなり、ピリっとした緊張感が漂うようになった。そしてそこからのフラーテの転落も、共感出来ないものへと変わっていった。


「……ぼくにはわからない。兄が――弟が成功をおさめていても、それはフラ……父も、同じじゃないか」


『……ドロールはわからないの? フラーテの息子なのに、フラーテを否定するの?』


「するよ。だって父は間違――」


『そんなの絶対に許さないっ‼︎ ……ねえ、ドロール。フラーテは何も間違ってないんだよ? フラーテを不幸にした二人は惨めな姿を晒して、落ちぶれているべきだった。泣いて謝って、フラーテに(ひざまず)くべきだったんだ! なのにあの二人は、フラーテに成功を見せつけるという意地悪をした。……フラーテが可哀想だと思わないの? たった一人の息子なんだから、フラーテの味方でいようと思ってあげないの?』


「ぼくは――」


『許さない許さない許さないっ‼︎ ねえ、お願い、ヨーピを怒らせないで? 一緒にフラーテの味方になってよ‼︎ フラーテを……ヨーピを無視しないで。一人にしないでよぉっ……!』


「…………」


 そう癇癪を起こし、ポロポロと人間のように涙を流すヨーピは、初めて会った時の印象通り、尋常ではないのだろう。

 心が深く傷付いていて、一人になる事と、(かえり)みられなくなる事、フラーテは間違っていたと指摘される事を、とても恐れているように見えた。


 手に負えないと、手放すべきだったんだと思う。心に傷を負った大鳥の相手をするなんて、平凡な人間でしかないドロールには出来ないと突っぱねるのが正解だとわかっていた。


 でも、出来なかった。ヨーピをここまで傷付けたのは顔も知らない父だから責任を感じた……というのも少なからずあったが、ヨーピにとっての救いが、フラーテと血を同じくするドロールだけだと、気付いてしまったから。


 ――今のオーリムと、オーリムのお姫さまの関係に近いのではないかと、考えてしまったから。


 だから、無謀だとわかっていたけれど、ドロールはヨーピに寄り添う事に決めた。


 ヨーピの望むようなフラーテの代わりを演じて……父といえど、フラーテに共感するのは、今までやってきたどの役よりも困難を伴ったけれど、ヨーピの語るフラーテ像だけを頼りに、フラーテになりきった。正直、プロムスとオーリムがいなければ、自分を取り戻せなくなりそうだと、何度も思った。


 そのくらい、理解しがたい人物だったのだ。


『それでね、フラーテはようやく、この国に帰ってくる事を決めてくれたんだよ!』


「うん、そろそろ準備は整ったと、考えたんだよね。正義のヒーローの名前は金に汚い悪党だと知れ渡ったから、もういいかってさ」


 色々吹っ飛んでいてついていけなくて、何してんだと知らない父を何度も脳内で罵っていたが、それを悟られないように、フラーテの理解者を演じる。


 そうするとヨーピは長い尾羽を揺らして、喜ぶのだ。少しでも慰めになるのなら、それでいい。


『うん、そうだったね! でもあの時はガッカリしたよね〜。せっかく顔を見せに行ったら、なんかセイドは勝手に荒れ果ててるし、トリスも居ないし、ラーテルのもおかしくなっちゃってるんだもん』


「えっ……あ、ああ! そう、だよね。手を下す前に、勝手に落ちぶれていて、ガッカリしたよね」


 思わず素の反応を返してしまったが、そういえば遠い昔、領主は妻を亡くしておかしくなったから、ドロールが住んでいたセイドは――それを思い出したのは、ヨーピと話すようになってからだ――衰退したのだと、母から教わった事を思い出す。

 ヨーピの話から考えて、その領主とは、フラーテの兄……と思っていた弟の事だったはずだ。自分の知る現実と繋がってきて、話が真実味を帯びてくる。なんだか言いようのない不快感が、じわじわとせり上がってくるのを感じた。


『そうそう! どうしよっかな〜ってしばらくは様子を見てさ。ラーテルってば、なんか妙なお姫さまを監禁してて、これだ!って思ったんだったよね〜』


「……お姫さま」


 色々、嫌な予感がした。別人であってほしいと、切に願った。

 まあ、そんな都合よくいかなかったけれど。


『うん、お姫さまだよ! 忘れちゃった? 名前はソフィアリアだったかな〜? なんかトリスそっくりの、ラーテルの孫』


「…………ソフィアリア」


『なんかよくわかんないけど、ラーテルの娘にする為に、息子夫婦から奪ったとか? 本当は孫なのに、何言っちゃってんのって感じ。まあ、ラーテルはおかしかったから、仕方ないのかもしれないね』


 その時ばかりは演技も忘れ、思わず口を閉ざしてしまった。オーリムのお姫さまの壮絶な身の上話を知ってしまい、動揺する。


 この話はきっと、オーリムも知らない事だろう。今のセイドがどうなっているか知らないが、オーリムは村でお姫さまと会ったと言っていたから、オーリムに会う前は両親から離されて、祖父に監禁され、生きていた。


『そんなお姫さまをうまく利用して、お金を巻き上げてセイドを滅ぼす! そして最後はお姫さまを攫って絶望させようって計画を立てたよね。あれも、あともうちょっとだったのに、邪魔が入るんだもん。ついてないよね〜』


 ――何故ドロールは父の事を、共感出来ない善人だと思ってしまったのだろうと後悔した。


 最初はただ、ヨーピと幸せに暮らしていただけの善人で、おかしくなったのも兄弟と恋人から裏切られて、居場所を奪われた過去のせいだという理由があって、共感は出来なかったけれど、少し同情したのかもしれない――自覚はないけど、父だからという肉親の情も、抱いていたのかもしれない。


 だが、違ったようだ。いくら理由があったからと言って、ただでさえ不遇の境遇に立たされている、物心もつかない幼い女の子を更に利用して、そんな凶行を思いつく奴なんかを、ドロールは許容する事なんて出来はしない。


 父は――フラーテは、救いようのないただの悪党だ。





           *





 村を一望出来る小高い丘の上。かつて兄と好きな女の子と過ごしたこの場所は、今では村の墓地として使われているようだ。


 その奥にある、周りよりも少しだけ大きめの墓石は、先代領主夫婦のもの。彫りが新しいから、夫の方の名前が刻まれたのは最近らしい事が見て取れる。


 ――この墓の下に眠っているのは、ここで共に過ごした兄と……弟であったラーテルと、好きだった女の子のトリスだ。


 兄がよく座っていたベンチは、経年劣化で壊れかけているものの、当時のままそこにあり、偶然だろうが、その近くに、この墓石はあった。


 フラーテは、無表情でその墓石を見つめる。


『ビックリだよね〜、ちょっと目を離した隙にさ、なんか勝手にクーデターなんかで死んでるんだもん』


 そう、そうだ。きっと自分は今、驚いている。久々に屋敷に足を運べばもぬけの殻で、屋敷中に飾っていた豪奢な調度品は何もなくなっていて、離れの屋敷は扉を開放され、中に閉じ込めていたお姫さまはいなくなっていた。


 最愛の妻の死で狂ったラーテルも、もうどこにもいなくなっていたのだから。


 動揺して、村で聞き込みをすれば、数日前にクーデターがあり、悪徳領主の乗っていた馬車が襲撃され、討ち取られたのだという。

 領主の屋敷からは金目のものは全て奪い去られ、今は国から新しい領主が就任してくるのを、待っているのだとか。


 そこまで聞いた後は呆然としたままふらふら歩き、心のままにここにやって来た。


『心のままじゃなくて、ヨーピがラーテルの気を辿って、誘導したんだよ!』


 まさかこんなふうに、知らないうちに居なくなるとは思わなかったのだ。ラーテルは断頭台に送られる日まで意地汚く生きて、フラーテの前で惨めな死を迎えるとばかり思っていたのに。


 ラーテルが居なくなった後の事を考えていなかったから、今になって途方に暮れていた。


『考えてたでしょ! 誰もいない所で、今度こそヨーピと幸せに暮らすんだよ! ……あっ! ねえねえ、フラーテ。だったらあのお姫さまも、連れていっちゃおうか? まだ村に居るみたいだから攫って、三人で暮らすの!』


 ふと、ラーテルが息子夫婦から奪った、トリスに似た女の子の事を思い出す。ラーテルに絶望を与える為に攫おうと思っていたが、ラーテルが居なくなった今となっては、もうどうでもいい。


『え? いらないの?』


 狂ったラーテルに育てられたお姫さまは、例に洩れず頭のおかしな女の子だった。正直攫った所であれと生活するなんて御免被るので、その点だけは、助かったかもしれない。


『な〜んだ、そうだったんだ! じゃあやっぱり、ヨーピと二人きりだね! ふふふ、どこに行こうか? この国と国交もない、すっごく遠くなんてどう? 言葉はヨーピが教えてあげるから、どこへでも行けるよ!』


 ラーテルのいなくなった今、もうセイドに用はない。これからは今まで通り仕事を請け負って、気ままに生きていこう。


『え? まだ暗殺者なんてやるの? もういいじゃん、あんな仕事なんて。これ以上フラーテにゾワゾワが纏わりつくの、嫌だよ』


 ぽっかり心に穴が開いたような空虚な気分は、二十七年にも及ぶ復讐から、ようやく解放された喜びなのだろうか。

 目の前でその瞬間を見届けてやる事は出来なかったが、フラーテを捨てたトリスも、フラーテから全てを奪ったラーテルも、もうどこにもいないから、せいせいしているのだろうか。


『う〜ん? なんか違う気がするけど、フラーテがそう言うなら、そうだね! もう邪魔者はいなくなったから、これでフラーテとヨーピは二人きりだよ!』


 いつも通り背中に飛び乗って、アーヴィスティーラの拠点にしていた廃城に戻る事にする。たしかまだ、請け負っていた依頼があったはずだ。


 遠ざかる地面と、近くなる空を見て、ふと思う。


 何故、人間であるフラーテが、空を飛べるのだろうか――?




ドロール、突っ込むべきではない所に足を突っ込み始める。


実はセイドでドロールとオーリムはニアミスしてるんじゃないかと考えましたが、ドロールは村、オーリムはスラムに居て、オーリムがいつからスラムにいたかは明らかになっておりませんが、多分ドロールがセイドを出た後あたりなんじゃないかと。


あとソフィアリア達はラーテルの身内だという事を伏せて、新しく就任してきた(でも誰も見た事がない)という事にしてました。

まあ、ソフィアリアが自分は孫だって言いふらしちゃったんで、ほぼ意味はなくなりましたが。


後半は前回の「私の正義のヒーローは」のフラーテサイドの後日談です。今後、補足的にちょこちょこ挟んでいきます。

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