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この幕が下りるまで 3

本編から2年前。ドロールのお話。



「かあ〜っ、これでよーやく、こいつを手土産に城に帰れるってぇもんよ!」


 長時間の激闘だった(ゆえ)に、全身から吹き出してくる汗を、豪快に袖で拭う。


 手強かった獲物が地に伏せ息絶えた姿を一度暗い表情で見下ろし、だが前を向いた時にはもう、男本来の溌剌(はつらつ)と笑みを浮かべ、強い目でまっすぐ前だけを見つめていた。


「待ってな、姫さん。伝説のドラゴンを倒したこの勇者様が、すぐにそこから助けてやる!」


 その目のギラギラした光は、愛しの姫を想っているのか、次なる獲物を定めたのか……。


「そしたらまた、お互い何者でもなかったガキん頃みたいに、無邪気に遊ぼうなっ! ……あっ、いや、でっかくなったから、もう遊ぼうはねーか。んじゃ、原っぱで寝転がって、昔話にでも花ぁ咲かせよーや」


 そう未来を語る瞳には、乱暴な男らしくない優しさと熱が宿っていて、そのわかりやすい表情を見ていれば、誰だって勘付くだろう。


「んじゃ、最後のもう一仕事だ!」


 剣を担いで、希望に向かって歩き出す男は、姫に恋をしている。姫を救う為なら伝説のドラゴンを倒して勇者となり、城を破壊し大悪党となる事にも躊躇(ためら)わないくらい、とても深い愛情を抱えているのだと――……。




 

 パチパチパチと拍手が鳴り響く。


 一人芝居を終えたドロールは、すっと『役』から『ドロール』に戻ると、胸に手を添えて、深々と閉幕の礼をした。


「すっげーなっ! 誰だよ、おまえ!」


「ぼくはぼくだけど?」


「いいや、今そこに、薄汚なくて屈強なおっさんが居たな!」


 握り拳を作りながら熱く言い切ったプロムスは、芝居の空気に当てられて、興奮冷めやらぬようだ。ドロールもプロムスの言った人物像をイメージしたので、そう見えたのなら、何よりである。


 ドロールはプロムスの横で珍しくポカンとしているオーリムにも、視線を向けた。


「リムは楽しんでくれた?」


「……あの剣筋では大ぶり過ぎて、ドラゴンどころか兵士一人倒せないと思うが」


「痛いとこ突かないの。……いいんだよ、なんか強そうって思ってもらえれば、現実的な太刀筋でなくても」


「ドラゴンってどこが弱点だったんだ?」


「知らないよ、架空の存在の弱点なんて……」


 それを知ってどうするのか。ちょっと目を輝かせているのは、案外まだ芝居の世界から帰って来ていないからなのか。

 オーリムがここまでのめり込むとは思わなかったが、そんなに楽しんでもらえたなら、やってよかったと笑みが浮かぶ。自分の芝居で人の心を動かしたなんて、役者にとってはこの上なく栄誉な事だ。


 ――こうなったきっかけは昨日の雑談だ。ドロールの役者時代の話で盛り上がり、演劇を見た事ないから見てみたいと言ったプロムスのリクエストに応え、ドロールは一人芝居をする事になった。


 台本は手持ちにあったので、久々に一日掛けて読み込み、中庭のベンチ前で演じきってみせた。


 どうやらたまたま通りかかったらしい使用人や大鳥の目も引けたようで、大勢の人からの視線を浴びて、ドロールも大満足だった。

 ドロールは普段は控え目な性格だが、役者として目立つ事は好きなのだ。むしろどんどん自分の演技に注目してほしいと思わずにはいられない。そういう役者の性を抱えている。


「なあ、続きは?」


 プロムスはよほど気に入ったのか、ワクワクした表情でそう乞われたが、残念ながら、困ったような笑みを返す事しか出来ない。


「これを書いた脚本家とは、あれ以来会ってないから、どうなるかは知らないんだ」


「マジかー。残念」


「いつか、続きを見せてあげるから」


 そう、いつか。また彼と再会して、一緒に仕事をする。

 そんな日が来ればいいなと、願わずにはいられなかった。


「ねぇ、ロム。いつになったら君の最愛を、ぼくに紹介してくれるんだい?」


 チラリと遠目に見えるキャラメル色の髪のメイドと、その彼女にぴたりと引っ付いているキャラメル色の大鳥に視線を向ける。あの二人の事も、プロムスはいい加減紹介してくれたらいいのにと、こっそり溜息を吐く。友人の想い人を盗る程、ドロールは捻じ曲がっていないのだから。


 プロムスはドロールの視線の先を追って、ヒラヒラと手を振ると、彼女はぷいっと行ってしまった。キャラメル色の大鳥も、その後に続く。


 今日もダメそうだなと、苦笑するしかなかった。


「……ローはすごい。そうやって、どんな奴にもなれるんだな」


 いつもより光を宿した目をしたオーリムに、目を丸くする。

 だって、愛称で……というか、名前を呼ばれた事すら初めてだ。たまにポツリと勉強を教えてくれるがそれだけで、もしかしたらドロールの名前すら、覚えていないかもしれないと思っていたのに。

 オーリムの横にドカリと座って腕を組んでいるプロムスすら、驚いているくらいだ。


 だが、せっかくオーリムが話しかけてくれたのだから、答えない訳にはいかない。友人として、嘘偽りのない的確な言葉を返そうと思った。


「役者として、どんな役でも演じきるのは当然の事だよ。たとえ心を削ってでも、与えられた役はきちんと(こな)してきたつもりさ」


「ん? どういう事だ?」


「そのままの意味。今日みたいに自分でも共感しやすい役だったらいいんだけど、そんな役ばかり回ってくる訳じゃないから」


 プロムスの問いに答えるも、腕を組んでう〜んと悩んでいた。


「……あっ! とんでもねー外道役なんかは、共感は出来ねーから難しいって事だな?」


「う〜ん、そこまで振り切られると、むしろ簡単なんだよね。外道なんかに共感も何も必要なくて、思うがままに暴走した邪悪を、振り撒けばいいだけだから」


 プロムスの言葉で、初めてもらった大役が、物語の黒幕だった事を思い出す。

 あの黒幕は心から外道を楽しみ、苦しみを振り撒く事に愉悦を感じているような役だった。あそこまで人の道から外れた何かなら、自分だって人を演じていると思わなければいい。心を明け渡さずとも、悪だという事に誇りを持って、狂って狂って狂気を演じれば、案外出来るものだ。


 多分人間は、悪に染まるのはそう難しい事ではないのだろう。内に秘めた暴力性や醜い感情を曝け出し、自己正当や善性を捨てて、衝動のままに周りの不幸を願い、思うがままに破壊し尽くせば、簡単に堕ちていく。


 それを理解して役作りをした結果が、本物の邪悪を見ているようで反吐が出るという大絶賛だったのだから、あれで正解だったようだ。

 そう褒めてくれた団長の事を思い出して、少し痛みが走った胸を、そっとおさえた。


「……知らない狂気に身を委ねるのは、心を削るのとは違うのか?」


「狂気を演じる為に心を削って、そこに狂気なんて詰め込んでしまえば、本物の狂気へと堕ちるしかなくなるじゃないか。真っ当な人でありたいなら、そんなものを心に入れて、寄り添ってはダメだよ」


「まあ、たしかに。んじゃ、どんな時に削るんだ?」


「共感出来ない善人を演じる時」


 役者だった自分にとって最も困難だと感じるのは、そういう役に当たった時だった。


「……どんな役なんだ? それ」


「別に、よくある話だよ、リム。信念や行動理念なんかが自分とは全く異なる人間のうち、善人なのにその共感が難しい相手。何故その結論に至ったのかがわからないから、台本を読み込んでも理解だけが深まって、うまく役に馴染めないんだ」


 悪役ならば思うがままの狂気を振えばいいが、共感出来ない善人はそうはいかない。


 善人なので、それなりの善意や信念に基づいて行動しているのであり、それを理解してやらなければいけないのだが、それが自分とは全く異なる思考回路の上で成立されると、何度読み込もうが理解は深められても共感出来ず、どういう心境で役を演じるべきか、わからなくなるのだ。


「理解出来るなら、共感なんて必要なくねーか?」


「理解だけで役作りを進めると、台本のままに振る舞うだけの人形になってしまうんだよ。中身が何もないから、見る人が見れば『やらされている感』に気が付く。お金を払って見に来てくれた人に、そんな醜態は晒せないよ」


 役者は台本を覚え、監督の意思を汲んで、その通りに演技が出来る事が最低限。その最低限さえ出来ていれば、最悪それでいいのかもしれない。

 だが、ドロールのちっぽけな矜持が、それを許せない。他人がそう評されるのを良しとするかは、その人の自由だと思うが、自分が『最低限をやらされているだけの人形』と評されるのは、絶対に我慢ならないのだ。


 だからドロールの役作りには、悪役でなければ『共感』が必須だった。


 だが、いくら役者でも中身は意思の持ったドロールという人間なのだから、共感出来ない役なんていくらでも出会う。選り好みなんてする気はないし、自分に期待を寄せて与えられた役は、どんな役でも最後までやりきるだけだ。


「じゃあ、どうするんだ?」


「そこで、ぼくは心を削るんだよ」


 共感出来ない善人に演じきるにはどうすればいいのか。ドロールの編み出した答えは『共感出来ない自分の心を削る』だった。


「ぼくは役者なのだから、自分よりも役こそを最優先すべきなんだ。共感出来ない自分が足を引っ張るのなら、その自分を削り取り、最初から役と同じ思考回路だったと錯覚させればいいんだよ」


 ちょっと乱暴だけどねと苦笑して、絶句している二人を眺める。


 意外だっただろうか? 役者は台本を読み込んで役を理解し、覚えてそう振る舞えば出来るものだと、そう思っていたのかもしれない。

 別にそれも間違いではない。というか、その方が正解に近くて、ドロールがおかしいのだろう。だって役者である前に、一人の人間だ。


 それはわかったうえで、この考えを譲る事は出来ない。ドロールは自分という人間よりも、役者である事を望む。


 平凡なドロールが、輝かしい功績を持つ赤の他人に成り代わり、その栄光の欠片を役として体験するのだ。平凡なドロールの身で共感出来ないなら、平凡さを削るのは当然だと思っている。


「……自分を削って別人の何かを心に置いたら、自分を無くしちまうじゃねーか」


「まあね。だから役作りをしている間は、たとえ舞台に立っていなくても、ちょっと自分らしくないなって思う時があるよ」


「演劇って一定期間公演した後、すぐ別の公演をするんだろ? その度に自分を削って、役の為に誰かに成り代わるなんて繰り返していたら、本当に自分を見失う」


 いつもクールなオーリムがちょっと心配そうな表情をしたのが嬉しくて、思わず笑みが浮かぶ。こうして心を開いてくれたきっかけは一人芝居だなんて、とても役者である自分らしくて、誇らしい気持ちになった。


 でも、大丈夫なのだ。役作りに没頭して自分らしさをなくしても、役を演じる期間さえ過ぎれば、自分を取り戻す事が出来る。


 だって――


「必ずしも共感出来ない役ばかりがまわってくる訳じゃないから、大丈夫だよ。それに、たとえぼくがぼくをなくしても、ぼくの事を覚えてくれている優しい人達が、ぼくを埋め直してくれるからね」


 それは、劇団員になる前と何も接し方が変わらない母の愛情だったり、茶化しながらも目をかけてくれた団長だったり、いじりながら可愛がってくれた他の劇団員だったり。

 ドロールはずっと周りに恵まれて生きてきたから、役者として無茶をする事にも、躊躇(ためら)いはなかった。


「だから、ぼくの事を気にかけてくれる人がいる限り、最後はドロールに戻る事が出来るんだ」


 そして母と団長を亡くし、移動演劇が事実上の解散に追い込まれた今でも、きっとそれは変わらない。


「うわっ⁉︎」


 突然立ち上がったプロムスに、首に腕を回され、わしゃわしゃと髪をかき混ぜられる。

 突然の行動に目を白黒させながら少し上を見上げれば、ニッと笑ったプロムスと目が合った。


「んじゃ、これからも全力でやれ。オレ達がちゃ〜んと、ローに戻してやるよ」


 な?とオーリムと目配せしながら、ケラケラと笑ってくれるプロムスの面倒見の良さが嬉しい。

 まあ、言われる前から、勝手に期待を寄せて、信頼していたのだけれど。


 それに――


「……俺では、そこまで役に立てないと思うが。でも、まあ、ちょっとくらいなら、手を貸せる……と思う」


 腕を組んで、そっぽを向きながらもそう言ってくれるオーリムも、今は味方でいてくれるから。


 だからドロールは新しいこの場所で、役者時代と変わらない心持ちのままでいられる。


「ありがとう、二人とも。ふふ、心強いなぁ〜」


 ――そうやって、まだ笑っていられるのだ。





            *


 



『――フラーテはね、兄だと思っていた弟のラーテルの全てが許せなくなったんだ。ただでさえ自分が欲しかったものを全て持っていたのに、実はそれを持つ権利は、フラーテのものだった。ね? ドロールもわかるでしょう?』


「……うん、そう、だね。ずるいって、思ってしまうかな」


 ドロリとした目で共感を求められたので、仄暗い笑みを浮かべながら、望む通りの答えを返す。

 たとえその答えがドロールの心に反していても、彼にとって必要なのはドロールの心ではないから、関係ない。


『だよね! ふふふ、やっぱり君は、フラーテの息子だな〜』


 この子がどういう振る舞いをドロールに求めているのかを汲み取って、望み通りに演じてみせる。役者なのだから自分を削ってでも、望みに寄り添う。


 この黄金色の大鳥と接する時間は、共感出来ない善人役をもらった公演期間と、よく似ていた。




※役者論はドロールの解釈です。

妙にぶっ飛んでる思考してるあたり、ドロールもやっぱりセイドの人間だな〜と思って書いてます。

今の所ソフィアリア父以外、セイドの人間もれなく何かおかしいからね(その父もオドオドしてるのに奥さんの実家を自主的に潰してくるあたり、結構あれ)

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