表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
258/427

この幕が下りるまで 2

本編から2年前。ドロールのお話。



「よー、リム。終わったか?」


「ちょっと、いきなり開けるのは、失礼だよ」


 辿り着いた執務室の扉を、ノックもせずに開ける無作法さを咎めるも、プロムスは飄々(ひょうひょう)としている。来客があったらどうするつもりなのだろうか。まあ、ここに来る来客なんて王太子殿下とその側近一人くらいで、二人はプロムスの子分なので、何も気にしなくていいと前に言われたが。色々ツッコミどころしかない。


 溜息を吐いて部屋の中を見ると、大屋敷に来てから出来た、もう一人の友人であるオーリムは、片膝をソファに乗せて抱え込み、何もせずにぼんやりしていた。

 入ってきたドロール達の事も、チラリと横目で見るだけだ。


「うっし、ちゃんと仕事は終わってんな? んじゃ、勉強を教えさせてやるよ」


「いや、言い方」


「断る」


「ロー、茶ぁ入れてくれ」


 オーリムの返事を無視して、ケラケラ笑いながらそう言うものだから、ドロールも仕方ないと、困ったように笑うしかない。今のオーリムには、きっとこれくらいの強引さが必要なのだろう。


 勝手に棚から茶葉を取り出して、カートに用意されたティーセットと一緒に用意を始める。


「リム、お湯をお願い」


「…………」


 一瞬嫌そうに顔を(しか)められたものの、引かないのはわかっているからか、オーリムの目線一つでポットの中にお湯が満たされた。

 いつも通り凄いなと感心しながらお礼を言い、カップとティーポットを温めてから、紅茶を淹れていく。


 出来た紅茶は香り高い。きっとドロールの全盛期だった劇団員時代でも手の届かないような最高級品なのだろう。まあ、貧乏暮らしが長かったので、紅茶の味の違いがわかるほど、舌は繊細ではないが。


「おまたせ」


「ん、サンキュー」


「…………」


 プロムスと自分の分は何も入れないストレートを、オーリムにはミルクティーにして渡すと、少しだけ反応を示してくれるのだと知っている。

 じっとミルクティーを見ているオーリムに笑みを浮かべながら、先程までプロムスとやっていた勉強の続きをする事にした。


 ドロール達は午後になると、だいたいこうやって三人で過ごしている。今ではもう、なんて事ない日常の風景だ。





            *





 オーリム・ラズ・アウィスレックス。三つくらい年下に見える――実際は一つ下で驚いたが――夜空色のグラデーションの髪色をした男の子は、何を隠そう今代の王鳥に選ばれた代行人で、国王陛下よりも偉い人だ。

 プロムスに全然偉そうな奴じゃないからと紹介されたのだが、確かに偉そうではなかったが、何にもやる気を感じられない無気力さが心配になる、なんだか放っておけない男の子だった。


 なんでもオーリムは代行人になる前はセイドという領地のスラムの孤児で、そこでお姫さまに恋をしたのに、一方的に罵倒したまま別れてしまい、仲直り出来ないまま、ここに連れてこられて代行人にさせられたらしい。

 二年前までは、お姫さまをここに迎えるんだと張り切っていたが、色々あって諦める事にしたらしく、それからはこうして、目標をなくして無気力になってしまったんだとか。


 オーリムのお姫さまの名前はソフィアリア・セイド。オーリムの一つ年下の男爵令嬢らしく、そのお姫さまの髪色がミルクティー色だと聞いたので、以来、なんとなくミルクティーを淹れるようになった。

 余計なお節介をして嫌がられるかもしれないと思ったが、お姫さまの事を思い浮かべているのか、瞳を揺らしながらじっと見つめているので、どこか慰めになればいい。

 プロムスにはナイスと笑われたし、多分これでいいのだろう。


 ちなみにプロムスは、昔から大屋敷で働く平民だが、代行人であるオーリムを昔から子分として面倒を見て、この国の王太子殿下やその側近も子分だと笑っているのだから、大概意味のわからない交友関係の広さだなと思う。


 王太子殿下という王族の存在から、一瞬ドロールの人生を無茶苦茶にした現妃を思い出して、つい眉根を寄せてしまったが、プロムス(いわ)く二人に血縁関係はなく、完全に敵対関係にあるらしい。いつも命を狙われている不憫な王子様だから、嫌わないでやってほしいと。

 最近忙しくて来ていないけど、来たら紹介してやると笑われたが、ただの平凡な平民が王太子殿下とその側近を紹介されて、どうしろというのか。


 ――まあ、オーリムの侍従を目指すなら、今後いくらでも関わる事になるだろうし、腹を括らなければならないのは、わかっているが。


「ねぇ、ロム。ここの計算式って、これで合ってたっけ?」


「んー?」


 そう、ドロールは今、プロムスと一緒に代行人であるオーリム付きの侍従になろうと、こうして勉学に励んでいる。

 ドロールは一般教養程度しか身についていなかったので、正式な侍従になる為に、覚えなければならない事が山積みだ。


 まあ勉強も、役者になる為の努力と同じく、やればやるほど身についていって楽しいので、全く苦ではないけれど。

 プロムスに言わせると、ドロールの知識の吸収スピードは尋常ではないらしい。そのあたりは自覚がないが、そう言うなら、そうなのだろう。


「う〜ん、なんか変だな?」


「だよね。どこか間違えてる?」


「……ここの計算方法を間違えてる。頭からじゃなくてここから計算しないから、おかしな解答になるんだ」


 プロムスと二人で頭を悩ませていたら、いつの間にかミルクティーから目を離していたオーリムが、横から教えてくれた。

 代行人だからか、オーリムはとても学がある。だからこうして二人で頭を悩ませると、なかなか丁寧に教えてくれるのだ。


「へぇー、そうなんだ? ありがとう、リム。覚えておくね」


「教えてくれてあんがとよ」


 プロムスがわしゃわしゃ撫でると、オーリムは嫌そうな顔をしてその手を払いのける。


 オーリムはここに来ると嫌そうな顔はするが、なんだかんだ言って優しいのだ。クールに見えるが案外素直で、少し騙されやすくて――まあこれは、ドロールも人の事は言えないが。

 そんなオーリムの事を、ドロールはすぐに友人になれそうだと思った。代行人という地位にいても畏怖(いふ)を感じるような子ではないというのは本当だったと、すぐに理解したのだ。


 まあ、まだドロールの一方通行かもしれないが。友人と思われていなくても、知り合いくらいに思ってくれているといいなと、気長に構えていた。





            *





 翌日の早朝。仕事が始まる前に、体力作りの為に筋トレと運動を欠かさないのは、役者時代からの習慣だ。


 役者の仕事はしばらく休業せざるを得ないが、今は侍従にも鳥騎族(とりきぞく)にもなりたいので、どちらにせよ、体力も筋力もあるに越した事はない。


 ドロールはオーリムの侍従にもなりたいが、鳥騎族(とりきぞく)になる夢も叶えたいと思っていた。

 とはいえ、ドロールが鳥騎族(とりきぞく)になろうと思ったきっかけは少々不純だ。ここに来たばかりの頃は母を亡くして寂しくて、生涯寄り添ってくれる、かつ絶対に自分より先に死なないパートナーが欲しかったからという、なんとも自分本位な理由である。


 もっともその後知った、鳥騎族(とりきぞく)になれば身体能力があがって人外的な能力を得るだとか、魔法を使えるようになるという事実に、ロマンと憧れを抱いたのも、本当の事だが。

 それらを得たまま役者に復帰出来れば、演技の幅が広がる事間違いなしだ。


 ただ、鳥騎族(とりきぞく)になってしまえば、侍従としての仕事の他に、鳥騎族(とりきぞく)としての仕事もしなければならない為、昔みたいにどこかの劇団に所属し、次期劇団長候補に登り詰める、なんて事は、もう出来なくなるが。


 それでも三つとも諦める気はないのだから、意外と強欲だなと自分を笑う。


 まあ、なんにしても、ドロールの事を選んでくれる運命の大鳥がいなければ、何もはじまらない。

 今は侍従になる為の勉強も忙しいので、気長に待つ事にしている。


 でも、もしドロールを選んでくれる優しい大鳥が居たら、その時は精一杯可愛がって、甘えて、生涯助け合って生きていこうと思う。


 母とそうやって、生きてきたように――……。


『ああ、ほんとに懐かしいな〜。これは間違いなく、ヨーピの大好きなフラーテの気配だ……ようやく、ようやく会えたね』


 ふと、頭に直接響くような不思議な声がして、流れる汗もそのままに、後ろを振り返る。


 そこには、いつも遠目で目撃していた、あの黄金色の大鳥がいた。いつの間にかすぐ近くにいて、見上げた漆黒の瞳は、とろりとした不思議な感情が感情が宿っている……ように、見える。


 ドロールは突然現れた大鳥と、その声が聞こえる事に驚いて、目を見開いたまま、思わず固まってしまった。呆然と、大鳥を見上げる事しか出来ない。


『ああ、でも、見た目はフラーテに似ていないな〜。というか、むしろあいつに似てる? 嫌だな〜……でもフラーテの気配もするから、すっごい複雑』


「……あの?」


『まあ、仕方ないから我慢するよ。だってもう一度、フラーテの気を感じられるんだから』


 ニンマリと笑ったような気がして、何故か寒気がはしる。ドロールはなんとなく、この大鳥が尋常ではない精神をしているのではないかと考えた。


 だって色々、おかしいところだらけだ。


「……君はずっとぼくに、会いたかったの? いつも遠くから、見てた……よね?」


 ようやく口が回るようになってきたので、まずはそれを尋ねる。


『そうだよ。ずっと君が相応しいか、見てたんだ』


「それは、ぼくの事を、君の鳥騎族(とりきぞく)にしてくれるって事?」


 だから声が聞こえるんだと、そう思っていた。運命の出会いというには、何か緊張感をはらんでいるのが気になるが、ドロールもこの大鳥の事が気になっていたのは確かだ。鳥騎族(とりきぞく)になる夢もあるし、契約を結んでくれるなら、大歓迎である。


 だがそれを尋ねると、ピリッとした威圧感と冷たい雰囲気が漂い始め、ドロールは息を呑む。

 違うのだろうか? だが声が聞こえるというのは、大鳥に選ばれる第一歩だったはずだが……?


『……まだ、認めないよ。ぼくの鳥騎族(とりきぞく)は、フラーテだけだ』


「……そっ、か。なら、そのフラーテって、誰だい?」


 多分人名だと思うが、誰かともう契約しているなら、何故話しかけてきたのか、フラーテの気とはなんだと、わからない事だらけだ。


 だから、当たり前の事を尋ねたつもりだった。


『フラーテはね、ヨーピが初めて契約した鳥騎族(とりきぞく)なんだ〜。とっても優しくて、勇敢でね』


 そう話すこの大鳥は、とても幸せそうな顔をしていた……と思う。大鳥の表情の変化なんて、目元くらいしか変わらないのでわかりにくいが、声音が半音高くなったから、きっとそうなのだろう。


『それでね、君の……ドロールの、人間でいうところの、パパってやつだよ!』


「………………は?」


 告げられた事が衝撃的過ぎて、この大鳥の機微なんて考える余裕は、なくなってしまったけれど。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ