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この幕が下りるまで 1

本編から2年以上前。ドロールの過去話。


※このページには残酷な描写があります。ご注意ください。



『ああっ、シーナ! 君とこうして触れ合える日を、どれほど待ち侘びた事かっ……!』


 大袈裟に見えるほどの大ぶりな仕草で、長年離れ離れとなっていた幼馴染の公爵家の令嬢に愛の言葉を伝え、引き寄せる。


 公爵家の令嬢は大きな目を涙で潤ませ、愛しの王子の頰に手を添えて、うっとりと甘えた表情をしてみせた。


『お会いしとうございました、王子様――セルス様っ……! わたくしも、この日をどれほど焦がれていた事でしょうっ……!』


 その言葉に王子はくしゃりと泣きそうに笑って、その手に、自分の手をそっと添える。瞳で愛を伝え合うその姿は、周りの人間に感動を呼んでいた。

 長年彼等を引き裂いていたものは、もう何もない。これからは好きなだけ愛を分かち合い、幸せになれる。


『……シーナ』


 王子はより一層の熱を含んだ目で、公爵家の令嬢を見つめる。


 公爵家の令嬢もそれに応えるよう、ゆっくり目を閉じて――……。


「おい、ロー。んなとこで寝たら、風邪ひくぞ」


「あいたっ⁉︎」


 後頭部に軽い衝撃がはしり、その反動で、ゴツンと額を机にぶつける。


 それでやっと、夢から醒めた。


 どうやら懐かしい夢を見ていたらしい。非常にいい夢だった。後頭部と額に感じる痛みのせいで、気分は台無しだけど。

 痛む額を抑えつつ、側に立っている見目のいい友人を、ジトリと睨みつける。


「酷いなぁ〜、ロム。これからシーナと、いいところだったのに」


「だったら起こして正解じゃねーか……。どうせその後、(うな)されんだろ?」


「……多分ね」


 そう言って苦笑し、胸の痛みを誤魔化すように、うーんと大きく伸びをした。


 ドロールは未だに覚えている。というか、一生忘れる事は出来ないだろう、苦い記憶だ。

 結局あの後、二人の唇が重なる事はなかったのだ。お忍びでやってきた現妃がそれを邪魔をして、やってきた騎士によってその場は制圧され、命からがら逃げる事になるのだから。


 ――本来は、そんな脚本ではなかったのに。





            *





 小さい頃のドロールは、貧しい村に住んでいたような記憶がある。


 母が子供の頃はそれなりに活気に満ち溢れた村だったらしいが、妻を亡くして狂った領主の圧政によって、辛うじて生きていける程度の息苦しい村になったのだそうだ。

 と言ってもドロールの知る限りずっと貧しかったので、この状態が普通なのだけれど。


 そんな村の片隅で、母と二人、細々と暮らしていた。


「新しい仕事が決まったわ! 村を出て、劇団員になるのよっ!」


 ある日、母は帰ってくるなり、そう言った。


 古びたおもちゃで一人で遊んでいたドロールは、首を傾げる。


「げきだんいん?」


「ええ、劇はキラキラしていて、とっても楽しいんだから!」


 そう言ってまぶしい笑顔を振り撒く母に、よくわからないが、なんだか嬉しくなって、つられて笑っていた。


 そして村から出て、母に手を引かれてやってきたその場所で、秘めた才能を開花させる事になる。





            *





 ドロールは移動演劇の劇団員として、国中を回っていた。


 母は美しかったがドロールはそうでもなく、よく見ればカッコいいかもしれない程度の平凡顔だったので、顔面重視のこの劇団では、あまり歓迎されていなかったが。

 それでも美しい母の息子という事で、一応所属はさせてもらえていた。


「ん〜、おかしいわね? 私は顔のいいお客さんしか、とらなかったのだけれど」


「その客が、一族で奇跡の顔だったんじゃねーの?」


「そうかしら。でも、ローもちゃんとカッコいいわ。自信を持って」


 団長にケラケラ笑われてしまい、母だけはそう言って慰めてくれたが、裏方仕事ばかりを任されていたので、評価はお察しだろう。


 まあ、舞台に上がって別人に(ふん)する役者は少し楽しそうだったが、絶対なりたいかと言われれば、微妙なところだ。あんなキラキラした人達の中にドロールが混じってしまえば、悪目立ちするのはわかっているのだから。


 そうやって移動演劇を陰ながら支えて生きていたある日、他の団員の半立ち稽古に付き合っていたら、団長がやってきて、いきなり台本を渡された。


「だ、団長っ⁉︎」


「モブだからって、気ぃ抜くんじゃねーぞ。客は見てっからな」


 トントンと台詞を指差したので、この役をやれという事だろう。有無を言わさず決められてしまい、涙目になりながら、必死になって台本を読み込んだ。

 その光景を見ていた劇団員から、滅茶苦茶ねぎらわれたのは、少し意外だったが。みんな、案外可愛がってくれていたらしい。


 ドロールに与えられたのは、一言言葉を交わすだけの役柄だったけど、そのたった一言でも他人になりきる事に、他の劇団員の――特に母の足を引っ張らないように全力で情熱を注ぎ、演じきってみせた。


 以来、何か団長の気を惹いたのか、毎回役を貰えるようになった。


 最初と同じ、一言だけ台詞があったり、台詞すらないただ居るだけのモブ、下っ端の敵役に、仲間その三。

 どんな役だろうと全身全霊で役に挑み、黒幕なんて大役を任された時には、飛び上がるほど喜んだものだ。


「やったじゃない、ロー! お祝いに、美味しいものでも食べに行きましょ」


「僕が稼いだ分から持っていくクセに」


「あら? ふふふ。でも、ローってば本当に才能あるわ。だって何をやらせても、思わず目が引き寄せられるんだもの」


「それは母さんが親バカなんだよ」


「私だけがそう言うんだったら、そんな大役は任されないわ。だってローより顔がいい人は、いくらでもいるし」


「うわ〜失礼な母親」


 そう言ってくすくすと笑い合う。ここに来てから本当に楽しそうに役者をやっていて、たまに指導までしてくれる、明るく優しい母が、ドロールは大好きだった。


 そして演じた黒幕は、まるで本物の邪悪を見ているようで反吐が出ると、大絶賛された。


「褒められてるのか貶されてるのか、わかりにくいですよ、団長」


「役者として、これ以上ないくらいの褒め言葉だろが。……よし、俺の目に狂いはなかったな。ロー、おまえは次からレギュラーだ」


 その言葉に目を丸くする。


 この劇団にはレギュラー枠といって、毎回サブ以上の役を与えられる役者が数名いる。母もその一人で、レギュラー枠はみんな、そこにいるだけで人目を惹くような、整った容姿をしている人達ばかりだ。


 そんな場所に、顔は平凡なドロールを加えるという。


「えっ、ほんとですか⁉︎ ありがとうございます、頑張ります!」


「おう。ローは顔はイマイチだが、演技は誰よりも目を惹くんだ。頑張れよ」


「顔は余計ですって」


 そうしてレギュラーになった事でますます努力を重ね、役者の世界にのめり込んでいく事になる。それに見合う結果も付いてくるし、平凡な自分が全くの別人になれる役者という仕事を、純粋に楽しんでいた。


 その頃になると自分でも、役者としての才能を持っていたと、認められるようになった。


 そうやって実績を積み重ねて、とうとう主役だって貰えるようになり、他の劇団にも名が知られるようになった。追いかけてくれるファンも出来て、所属していた劇団もだんだん有名になり、鼻高高だ。


 そんなある日、島都で初めてやった演目が大きな話題となり、お忍びで貴族が訪れるくらい、大流行した。

 その時主役を演じていたのが、ドロールだった。


 これからこの演目は、この劇団の看板になって、定期的に公演する事になるらしい。

 主役はドロールが多く演じる事になるだろうし、たとえ演じなくても、初代主人公役として、それなりに語り継がれる事間違いなしだ。


「息子が凄すぎて、お母さん老けそう」


「実際にもういい歳じゃん。これからの事も考えて、さっさと団長のプロポーズを受け取ってあげなよ」


「だって〜……」


 昔の仕事がとか、ぶちぶち言い訳をして、素直に(うなず)かない母に、溜息を吐く。母はこの劇団に来るまで、その身を売って生活費を稼いでいた。だからドロールの父親が誰かわからなくて、でも可愛い息子だからと、大切に育ててくれたのだ。

 もうそろそろ子守りはやめて、自分の幸せを追い求めてくれたらいいのに。息子心に、そう思う。


「誰に遠慮してるのか知らないけど、劇団の風紀を気にしてるなら、母さんが団長を好きな事なんて、みんな知ってるよ?」


「うそーっ⁉︎」


「ほんと。いつ(うなず)くのかってみんなで賭けをしてる。そろそろ(うなず)いてくれないとぼくが大損するから、いい加減決めてね」


「なに母親を賭け事のダシにしてるのよっ⁉︎」


 そうやってポカポカ軽く叩いてくる母は、耳まで真っ赤だ。ドロールにとっては母親なので微妙な気持ちなるが、女の顔をした母は、客観的に見れば可愛いと思う。


 そんな訳で、家族仲も良好だし、役者としても成功を納め、まさに順風満帆の人生を謳歌していた。





            *





 看板公演である、架空の国の王子と公爵家の令嬢の恋物語。そのクライマックスシーンに差し掛かった時に、それは起こった。


「なにそれ〜、つまんな〜いっ!」


 観客誰もが感動の涙を流し、口付けを交わそうとする主役二人の姿を固唾を呑んで見守っている最中、突然甲高い声音でそう声を張り上げた観客がいた。


 開演中に大声を上げるなんて、とんでもないマナー違反だ。本来ならば観客側が咎められるところだが、今回に限っていえば、それは許されない。


 だって――


「二人の仲を邪魔する女という踏み台の上に燃え上がった愛を、その踏み台を最後に排除すれば、はい、みんな幸せ〜!って雰囲気出されてもねぇ〜……。な〜んか、納得いかない!」


 まるで子供のように頰を膨らませて、自身の持つ艶やかな明るいピンクベージュの髪をつまらなそうにくるくると弄んでいるその人は、現妃――この国の王妃殿下だ。そんな彼女を諌められる人間なんて、国王陛下か、名前しか知らない王鳥という神と、その代行人しかいない。


「はぁ〜、今話題の演劇だって聞いてすっご〜く楽しみにしてたのにさ〜。ほんとがっかり。役者の質も悪すぎない? 目の保養にすらならないんだけど〜」


 現妃はなおも、つらつらと声を張り上げるものだから、公演どころではなくなってしまった。温められていた場の空気が霧散し、興が醒めたのか、現妃の癇癪に巻き込まれたくないのか、観客はポツポツと帰りはじめている。


 ドロールは、たった一人の権力者の発言一つで壊れていく今日の公演を、憤りを感じるものの、発言は許されないとわかっていたので、舞台の上から見ている事しか出来なかった。


「ちょっと、支配人〜? うーん、劇団長ってやつかしら? まあ、なんでもいいわ。早く責任者を呼んできて」


「……私でございますが」


 あまりの横暴により、怒りで真っ赤になった顔を晒しながら、団長が現妃の前に進み出る。


 現妃は団長のその顔を見てふっと鼻で笑い、扇を開いて視線を遮った。


「やだ、怖い顔〜。なんであなたが怒ってるのかしら? 怒りたいのは、ワタクシなんだけど〜?」


「…………申し訳、ございません」


「あー、いらない、いらない、そういうの。謝罪はいらないけど、ワタクシの目を汚した責任は、とってね?」


 ニンマリ笑って側に控える騎士に何か合図を出すと、騎士は流れるような動作で剣を抜き、ドロールが止める間もなく、団長の左胸に風穴を開けた。


 突然の凶行に、目の前が真っ暗になる。


「きゃあああああああっ‼︎」


 その叫び声でハッとして、慌てて舞台から飛び降り、叫び声の主の元に駆け寄っていく。


 途中団長を助けようとした仲間達が斬られていくのを目撃し、加勢するか迷ったが、ドロールに騎士と対峙出来るような力量はない。だから「逃げろーっ‼︎」と声を掛けながら、叫び声の主の救出と、逃走を選んだ。


「母さんっ!」


「いやっ、いやあああーっ‼︎ 団長っ、トルムーー⁉︎」


「ごめん、抱えるよ」


 地に伏せた団長を見つめながら暴れる母を抱き上げて、外に走る。


 一瞬見えた舞台の上で、腰を抜かしたらしい相手役の『シーナ』を演じた彼女の、(すが)るような眼差しを、ドロールは一生忘れられない。





 現妃が大流行している演劇の内容に激怒し、劇団ごと取り潰したという噂が流れたのは、それからすぐの事だった。


 どうやらその演劇を演じた役者も気に入らないようで、他の劇場で匿っていないか、どこかで再結成を目論んでいないか血眼で探し回っているらしい。

 見つけ出された劇団員は連行されたまま、行方が知れない。


 だからドロールは母を連れて、島都はずれのスラムで身を潜める事しか出来なかった。


 だが最愛の人を殺害された瞬間を目撃した心労のせいか、衛生環境がよくなかったのか、母は病に倒れた。


「ごめんなさい、ごめんな、さいっ、ローっ……! 弱い母さんを、許してっ……!」


「母さんは弱くないよ。あんなの、どうしようもない。だから、元気出してよ。それでまた、どこか遠くで、お芝居をやろう?」


「出来ないっ、もう、できないわっ……だってあの人がっ、トルムがもう、見てくれ、ないっ……」


 弱気になった母を元気付けたかったが、結局ドロールではどうする事も出来ず、甲斐甲斐しく看病したものの、病状が悪化していくばかりだった。

 やがて最期まで素直になれず、きちんと返事も出来かった団長のあとを追うように、息を引き取ってしまった。


「……あっちでちゃんと、団長に返事をして、幸せになってね。ぼくはもう、一人でも大丈夫、だからっ……」


 ポロポロ流れる涙を乱暴に拭い、お墓に花を供えて歩き出す。


 目指す場所は、もう決めていた。





           *





 ここで平穏を手に入れてから、中断された最後の舞台の夢を、よく見るようになった。


 架空の国の王子と公爵家の令嬢の恋物語のクライマックスシーン。唇が触れる直前に、ピンクベージュの悪魔によって邪魔されて、追いかけられる悪夢と化す。

 相手役の女の子の縋るような目に良心を苛まれながら、でも逃げる事しか出来ず、気が付けば全てを失った絶望で飛び起きる、そんな悪夢だ。


「よし、リムんとこ行くか!」


 対面の席で一緒に勉強をしていたプロムスは立ち上がり、勉強道具をまとめているのを見て、ドロールもそれに(なら)う。


「まだ早くない?」


「へーきへーき。まだなら手伝ってやろうぜ」


 そう言って歩き出したから、慌ててついていった。


 雑談をしながらもう一人の友人がいる執務室に向かう途中、ふと、窓の向こうに黄金色が見えた気がして、思わず立ち止まる。


「どうしたー?」


「いや、あの子……」


 そう言って一瞬視線を外すと、もういなくなっていた。


 プロムスはドロールの視線を追って、首を傾げる。


「どいつだ?」


「いや、いなくなっちゃった」


「なんじゃそりゃ。見間違いじゃねーの?」


「……かもね」


 そう言って苦笑すると、夢見が悪くて疲れてんだよ、と肩を竦められる。それには曖昧な返事をして、もう一度窓の外を見た。


 この国の護り神である大鳥の住む大屋敷。厳しい検問によって守られたここは、大鳥が『邪悪』と判断したものは入れない場所だ。

 本来なら母とここに逃げ込みたかったのだが、その前に息を引き取り、結局ドロール一人で、ここで働きながら暮らしている。


 そんなドロールは最近、真っ赤な(くちばし)以外は全身黄金色の大鳥を、遠目で目撃するようになった。


 近寄ってくる訳ではなく、少し目を離すとすぐに消えてしまうその大鳥の事が、不思議と気になって仕方なかったのだ。




今週はドロールの過去編を更新します。

長さが未定なのでどうなるかはわかりませんが、出来れば今週いっぱいまでには完結出来たらなと……!

ラーテルの話と同じくらいか、少し短いと思います。……多分。長くなる事はない、はず?

第二部番外編は、このドロールの話で最後になります。


ドロールが大屋敷に来るまでのお話。

やたら顔の事ばかり言われてますが、顔採用してる劇団に身を置いてるせいで、悪目立ちしてるだけです。きっと両親じゃなくて、祖父母どちらかに似たのでしょう。

そんな中で演技一つでのし上がった強者なんです。

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