表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
256/427

私の正義のヒーローは 10

今週は毎日更新を行なっております。

また、本日(2/25(日))は6時、12時の2回更新します。このページは12時更新分、最終回です。

お読みの際はご注意ください。


本編から9年程前。誰も知らない過去の真実。

救いがありませんので、ご了承ください。


※残酷な描写があります。ご注意ください。



「とっ、父さんっ……!」


 馬車に乗り込む直前。この声に呼び止められるのは随分と久し振りだなと思い、振り返る。


 そこには二十七歳になっても親の顔に怯え、涙目を隠そうともしない、たった一人の息子がいた。

 だけど妻帯者となり、父親になったせいか、震える足を前に出し、必死に食らいついてくるようになった。


 きっとそれは普通の親子であったなら、成長を喜ぶべきところなのだろう。残念ながらラーテルにとってティミドゥスは不要な子供で、どうでもいい存在だったので、なんの感慨も湧かないけれど。


「……なに?」


 それでも返事はしてやるのだから、それで上々だろう。


 ティミドゥスはグッと眉根を寄せて、言いにくそうに、けれどまっすぐラーテルと対峙し、言った。


「……ソフィを返して。あの子は僕とムーさんの宝物で、ロディのお姉ちゃんなんだ」


「話した事もない人間を、姉だと慕う事はないよ」


「父さんがその機会を奪ったんじゃないかっ‼︎」


「あと、殺したそうな目を向けていたね」


 ニッと酷薄な笑みを浮かべると、ティミドゥスはくしゃりと表情を歪ませる。


 プロディージ――ソフィアリアを奪い取った翌年に誕生した男の子は、六歳という年齢よりも随分と大人びていて、たまに何か期待するかのような目線を送ってくる。

 煩わしいので存在ごと無視していれば、その目にはいつしか憎悪と侮蔑が乗るようになった。その対象はラーテルだけに留まらず、ラーテルに愛されてるように見せているソフィアリアにも向いていた。


 きっとあれは、嫉妬しているのだろう。両親からの心配を一身に受け、祖父から愛されている姉が、羨ましくて、妬ましい。そういうところは年相応だなと思う。


 だが、一度も話した事もないプロディージも、なんだかいけ好かない。あの目を見ていると、秘密が暴かれそうな錯覚を覚える。


 姉弟揃って薄気味悪いのは、母親の影響か――いや、ラーテルの血だからだろうなと考えを改める。懐に入れたのはフラーテとトリスだけで、その二人の為ならば、世界が終わろうとどうでもいいと、本気で思っているのだから。


 ――その二人に尽くす自分が一番大切なのかもしれないと、思わなくもないけれど。


「……でもそれは、父さんがっ」


「もう行く。邪魔をするな」


「っ! ソフィを返して、セイド男爵を譲ってっ‼︎」


 初めて言われたその言葉に、カッと頭に血がのぼった。


「あれは君のものではないっ‼︎」


 セイド男爵は、兄の……フラーテのものだ。たとえ軽はずみな言葉だったとしても、ラーテルがずっと持っているかのような言い方も、権利も知識もないのに持ちたがるティミドゥスが得ようとする傲慢さも、許せなかった。


 初めて聞いた怒鳴り声に、萎縮したのだろう。青褪めながら目を見開いて、でも、逃げる事はしない。


「……そう。そんなに大事、なんだ」


「当然だよ」


「だったら、もういいよ。でもソフィだけは絶対に、返してもらうからね」


 いつも通りの言葉に溜息を吐き、もう用はないとばかりに馬車に乗り込む。


 馬車に乗り込んだ後、車窓から見たティミドゥスは、珍しくずっとラーテルの事を睨みつけていたのが、妙に頭に残った。


 ――それが最期に見た息子の姿だった。





 ティミドゥスは門の前に立ち尽くし、走り去っていく馬車をずっと見つめていた。


 悔しさと、寂しさと、どうにも出来なかった無力さと。

 ポロポロと涙を流す弱さは、大人になっても治らない。自信のなさも、ちょっとした事で役立たずと自分を罵りたくなる癖も、きっと一生抱えて生きていくのだろう。


 それでも、もう逃げる訳にはいかない。


 ぐしぐしと涙を拭うと、離れの屋敷の鍵を強く握り締める。自分が今しなければならないのは、娘を離れの屋敷から救出して、レクームを連れて、村の隠れ家にしばらく避難している事だ。この屋敷はもうじき、襲撃を受けるのだから。


 ――他の事は全部、小さい息子に任せなければならないのが、たまらなく情けない。


「……領主としても父親としてもダメな人だったけど、ムーさんを連れてきてくれた事だけは、ずっと感謝しているよ。ありがとう、父さん。さよなら、だね」


 最後にそれだけ言い残して、父を乗せた馬車に背を向けた。





            *





 ガタリと乱暴に急停止した馬車と、外の興奮しきったざわめきで、ようやくこの時が来たかと笑みが浮かぶ。


 この日を待ち望んで二十七年。思えば随分と、時間が掛かったものだ。


 ――トリスの棺を埋めながら考えた、最後に正義のヒーローが制裁を下すべき相手は、ラーテル・セイド。

 セイド男爵家の嫡男を騙り、いつも手を差し伸べて助けてくれたフラーテから全てを奪い、初恋の女の子を妻に迎えながら、苦しんでいたのを冷たい目で蔑んだ、許されざる最低最悪の大悪党。

 たとえ不幸が重なった結果なのだとしても、自分が無知であったせいなのは言い訳のしようもない事実だし、そんな事する気もない。


 だからラーテルは、正義のヒーローからの制裁を、それなりの舞台を用意して、ずっと待っていた。正義のヒーローが大手を振るって大義名分を掲げられるように、悪徳領主として君臨して、待っていたのだ。


 ――そしてラーテルにとって正義のヒーローとは、この世にたった一人だけ。


 アーヴなんてちっぽけな集団なんかではなくて、アーヴィスティーラなんて偽善的な組織でもなくて、領主になんかなりたくないと泣いていた時に、笑いながら慰めて、大丈夫だといつも助けてくれた、大切な片割れ。


 ――私の正義のヒーローは、フラーテただ一人だけだ。


 とうとう扉が壊されて、壊された扉の向こうから、無数の刃物が振りかざされ、この身を滅多刺しにする。


 まぶしくて見えない扉の向こうには、きっとフラーテが居てくれるのだろう。

 圧政されたセイドの民衆を上手くまとめて先導し、そうして指揮をとった彼はこれから、セイドの真の領主として返り咲く。


 そして


『まじめだな〜。いいじゃん、ちょっとくらい、あくにんになってやろう? おれは、あくにんをたすける、せいぎのヒーローな!』


 昔、そう言って手を差し伸べてくれた時のように、この雁字搦(がんじがら)めに囚われた苦しい気持ちから、制裁という名の永遠の安らぎをもって、救い上げてくれる。


 その為に悪人になったのだから、きっと――…………





            *





 ててててと、三にんは、おやしきのうらの林道を、のぼっていく。


 セイドを見わたせる、こだかい丘の奥のほうに、おうちのおはかがあって、ここには今、お父さんのお母さんとお父さん……おばあちゃんとおじいちゃんが、ねんねしているんだよと、クラーラにおしえてくれた。


 きょうはここに、だいじなようじがあるのだ。


「ピーたん、ヨーたん、ここだよ!」


『わかるの』


『ここにいるの、しってるの』


 まずは三人でおいのりをして、あとはほんの少しうしろで、だいすきなふたごを見守る。


『あのね、クーたん。これはだれにもヒミツなの』


『よぞらの王さまはね、フラーテをこっそりここにつれてきて、ねんねさせたの』


『おなまえが書かれたおはかは、大やしきにあるけど、フラーテはほんとはここで、ねんねしてるの』


 ふたごはためらいもなく、ぶちぶちと自分の羽根をむしりながら、そんなことを言う。


 フラーテとは、大やしきのおはかに書いてあった、昔の鳥きぞくたいちょうのおなまえだ。かえる前にふたごは、そのおはかの前で泣いていて、でもほんとうはあっちじゃなくて、こっちでねんねしているらしい。

 なぜおじいちゃんとおばあちゃんのおはかで、いっしょにねんねしているのかはよくわからないが、きっととってもなかよしさんだったのだろうと、なっとくすることにした。なかよしなのは、とてもいいことだ。


「そっか〜。ねぇ、ピーたん、ヨーたん、羽根をぶちぶちするのは、いたくない?」


『『だいじょうぶ!』』


「よかった〜」


 クラーラはそのことばにホッとすると、ちかくにあった、こわれかけたふるいベンチにすわって、足をぷらぷらさせながら、ふたごを見ていた。


 やがてふたごの羽根が、クラーラの手くらいたまったころ、満ぞくそうな顔をしているふたごに近よって、しげしげとようすを見る。


「おハゲさんは、できてない?」


『ピーたん、ふわふわなの!』


『ヨーたんも、ふかふかなの! でもすっきりして、ちょっとさびしい気もちなの!』


 よくわからないが、かみを切ったあとみたいな感じだろうか?

 すっきりしたならよかったと、同時になでなでした。ついでにふたごが抜きとった羽根を、じっと見つめる。


「これ、どうするの?」


『あのねあのね、これはね、ピーたんがヨーピだったころの、きおくなの』


『ヨーたんもヨーピだったころの、おもいでなの』


『ピーたんは、ヨーたんもクーたんもトーさまもいて、いっぱい幸せだから、ヨーピの思い出は、ここにバイバイするの』


『ヨーピの気もちは、フラーテのそばにかえしておくの』


「そっか〜。ヨーピしゃまはフラーテしゃまとなかよしだったから、ここでいっしょにおやすみなさいってするのね」


 よくわからないが、そんな事もできるんだなぁ〜とのほほんと思って、わしゃわしゃとなでてあげた。羽根をいっぱい抜いたとは思えないくらい、ふわふわでふかふかだ。


「じゃあもう、ピーたんとヨーたんは、ヨーピしゃまだったころの事は、思い出せないの?」


『そうなの……ちょっとさびしいの』


『でも、みんなそうだから、それが一ばんなの』


「そうだねぇ。クーもぜんせとかわからなくて、クーだもん」


 たしかに、前世のきおくがあるなんて人は、クラーラはえほんでしかしらない。みんなは自分だけのきおくを持って、今を生きているのだ。


 それはきっと、大鳥だってかわらない。だから、ヨーピをだいすきな人といっしょにねんねさせられるなら、それがいいと思う。ピーもヨーも、ピーとヨーとして、これからも生きていくのだから。


 ふたごがむしった羽根がふわりときいろく光りながら、宙に浮く。

 その光はやがて、いきおいよくじめんに吸いこまれ、羽根も光もきえてしまった。


「どこにいったの?」


『ヨーピはね、フラーテといっしょにねんねしてるの』


『土のなかでね、ぴったりくっ付いてるの』


『クーたんのおじいたんも、フラーテとぴったんこなの』


『そのはんたいにはね、クーたんのおばあたんも、ぴったんこなの』


 クラーラはうーんとかんがえて、なんとなく、ヨーピを背もたれにしてねんねしているフラーテと、その両どなりにすわるおじいちゃんとおばあちゃんという姿が、思いうかんだ。

 おじいちゃんとおばあちゃんがはなれているのは、いいのかな?と思ったけど、そばにいるから、別にいいのだ。


「しゅてきだね、ピーたん、ヨーたん」


『『うん!』』


「じゃあもう一かいおいのりしてから、かえっておべんきょうをしようね〜。はやくりっぱなしゅくじょになって〜?」


『『トーさまとイチャイチャするの!』』


 そう言ってくすくす笑いあうと、三人でもう一どおはかに向かっておやすみなさいとあいさつをして、その場をあとにしようとした。


『ピヨ!』


 おはかと林道のあいだで、ふと呼びとめられた気がして、三人はくるりとふり返る。


 とおくの方――さっきまでいたおはかに、ピーとヨーをとてもおおきくしたような一羽の大鳥と、それに背中をあずけてねんねする、くり色のかみのカッコいいおとこのこが見えた。右手はおなじくり色のかみのおとこのこと手をつないでねんねしていて、左手にはクラーラとにているかみ色のおんなのこと、ゆびを絡めてねんねしている。


 みんな、クラーラと同じとしくらいの知らないこどもたちだけど、知っている気がする。だってさっき、クラーラが思いうかべたばかりの、なかよしさんだ。


 クラーラたち三人はえがおでバイバイして、その場をあとにする。


 四人ともねんねしているけど、そのねがおは、なんだかとてもしあわせそうにみえた。




誰も知る事の出来ない過去の真相を覗き見れば、真実は本編で出た予想とは全然違って、ほんの少しの同情心と共に、別の狂気が隠されていました。

ラーテルの過去編は、そんなお話だったと思っていただければといいなと思います。どのみち救いはありませんが。


本編では正義のヒーローなんてするわ、弟の婚約者を寝取るわ、男爵の座に執着するわ、なのに妻の死でセイドを荒廃させるわ、ソフィアリアを両親から奪って監禁するわととんでもない悪党だと言われていたラーテルは、実は優しげな見た目に反してフラーテとトリス以外はどうでもいい偏愛狂で、裏で色々転がしながら故意に悪党かのように振る舞い、最期は自分の信じた正義のヒーローの手によって死という救いを望むという、傍迷惑な人でしたというお話。

結局、善人ではないんですよね。フラーテとトリス以外に向かう被害には無関心だし、平気で人を利用して捨てるような人間で、願っていた事も全て身勝手でしかありませんし。

盲目的にフラーテを正義のヒーローとして見ていたのは、そんなフラーテをずっと尊敬していたのと、フラーテとトリスだけは正義側の人間であってほしかったのかもしれません。まあ、そんなの叶いませんでしたが。

悲しい事に、最期はようやくフラーテが来てくれた!と喜んでいますが、あの扉の向こうで村人を指揮していたのはプロディージで、セイドもプロディージが治めるので、何の願いも叶ってないんです。

それもわからないまま逝ってしまったので、ある意味幸せだったのかもしれません。


フラーテはまだもう少しだけ、次の過去編で補足します。

トリスもですが、フラーテもアーヴは後ろ暗い所はない正義のヒーローだったと信じていて、ラーテルの事も、ちょっと頼りないけど優しい兄だとずっと思い込んでいます。ラーテルが裏で何をやっていたかを悟らせなかったので、まあなんといいますか、アーヴィスティーラを穢してやると意気込んでいたものの、そもそもそんな綺麗な組織ではなかったという。


本当にこの双子の兄弟は、なにしているんでしょうね?


最後のクラーラ達3人のお話は、急遽付け加えて、ほんの少しバッドエンドを和らげました。あの4人に救いが必要なのかはともかく。

フラーテは嬉しくない状況じゃね?の補足は、次の過去編にでも。


予想外の中編になりましたが、ラーテルの物語にお付き合いいただきありがとうございました。本編の推理とだいぶ違っていますが、当時すらラーテルの事を誰も理解してなかったのだから、推理しようがなかったと弁明しておきます。

こんな過去編をしても、本編では間違った方を正史として後世語り継がれるので、真実は闇の中です。ああ無情。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ