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私の正義のヒーローは 8

今週は毎日更新を行なっております。

また、本日(2/24(土))は6時、12時、18時の3回更新します。このページは18時更新分です。

お読みの際はご注意ください。


本編から20年程前。誰も知らない過去の真実。

救いがありませんので、ご了承ください。


※このページには直接的な表現はありませんが、際どいシーンがあります。ご注意ください。



「し、失礼しま、す。あのっ、あのっ、父さん」


 執務室の扉を開けて顔を覗かせた、栗色の髪と琥珀色の目をした少年に、何も宿っていない無表情な視線を向ける。

 たったそれだけでビクリと肩を震わせ、青褪めるのだから、本当にひ弱だなと思う。まあ、別にどうでもいいけれど。


「……なに?」


 さっさと用件を言えと促しても、すぐ言葉を詰まらせて、何度か深呼吸する。


 なんだか相手にするのも馬鹿らしくなって書類に視線を戻せば、オロオロしているのが伝わってくるのだから、鬱陶(うっとう)しい。


 何かあるなら、さっさと言えばいい。


「あのっ、ぼ、僕、勉強、したくて! だから、あの、ここの本、読んでいい……?」


「ダメだ」


「でもっ」


「聞こえなかった? そんな理由なら、呼ばない限りは、ここへの出入りは禁止する。今度この部屋に入ってきたら、叩き出すからな」


「ひぇっ⁉︎ あっ、うん、ご、ごめん、なさい……」


 ピリッとした冷気を纏わせて睨みつけると、それだけで萎縮して、部屋から出て行った。


 今の少年は、ティミドゥス・セイド。琥珀色の目以外はラーテルの血を色濃く受け継いだラーテルとトリスの息子で、戸籍上はセイド家嫡男だ。


 だがラーテルは、ティミドゥスに家を継がせる気はなかった。領地経営学はおろか、一般教養である文字の読み書きすら教えず、徹底的に教育から遠ざけた。

 まあ残念ながら、一人で勝手に村に降りて、平民に混じって一般教養は習ってきたみたいだが。


 (とが)めようかと思ったが、一般教養がある程度では領地は継げないので、放っておく事にした。





           *





 トリスの死から十七年という年月が流れた。


 ラーテルはあの後、貧民街で起こった大火災の復興を理由に、セイドにギリギリ生きていける程度の重税を課し、それ以来圧政を敷いている。

 おかげで十七年前は活気があって栄えていたセイドは、見るも無惨に衰退した。今では行く当てのないものが辛うじて生きているような惨状になり、領主は最愛の妻の死で狂ったという噂が流れている。

 別に他人からの目なんかどうでもいいし、あながち間違いでもないので、噂を放置していた。ラーテルは最低最悪の悪徳領主として君臨出来ていれば、それでいい。


 そんな悪徳領主は、やがて正義のヒーローが、制裁を下すのだ。


 かつて多くの領民から慕われていた、セイドの正統な後継者であるフラーテが、セイドを苦しめる領主を騙った悪人ラーテルを討ち取って、領地と領民を救う。


 ――そんな夢物語が現実になるのを、今か今かと待ち望んでいる十七年だった。





           *





 重税を課した分溜まりに溜まった税金は、領地に還元する事なく、他所で散財していた。


 その日もまた、とある商会で大量の高価な美術品を買うと、そこの商会長はラーテルの羽振りの良さに目をつけたらしく、ニマニマといやらしく笑って、明らかに媚を売り始める。


「へへっ、男爵様。実はもう一つ、とっておきのものがあるんですがね?」


「……ほう?」


 別に興味はなかったが、金ならまだ残っていたので、なんとなく口車に乗っておく。出てくるのは違法薬物か、取引が禁止されている物品か。どうせ、そんなところだろう。

 薬物ならセイドに流すのもいいかと(うなず)き、興味があるような食いつきを見せる。


 それを察した商会長は、ニンマリと笑みを深めた。


「世界で二つとない、とっておきの品となっております。……おい、あれを連れてこい」


 部屋にいた従者に乱暴に命令を下したその言葉から察するに、生き物なのかとガッカリする。残念ながら愛玩動物に興味はない。


 まあ、食いついた手前、一目見て適当にあしらうかと考えていた矢先、その従者が連れてきた者に、長らく凍りついていた心がざわめくのを感じ、目を見開いた。


 丁寧に手入れされた緩く艶やかに波打つ髪は、トリスと同じミルクティー色。優しく垂れ下がった目はこの国では珍しい紫色で、この上なく整えられた美貌を晒していた。

 まだ成人を迎えたばかりの少女のようだが、その肢体は男性を誘う豊満さで、既に完成されている。


 部屋に入ってきたのは、ラーテルが見てきた中でも圧倒的頂点を戴くに値する、とんでもない美少女だった。


「へへっ、お気に召していただけましたか? こいつぁ、うちの娘でしてね」


「娘……」


「ええ。言っておきますが、私の実子ですからね? 大鳥様の(おぼ)()しか、こりゃまた素晴らしいものが出来たなと自負しておりますよ、はい」


 もみ手をして笑みを浮かべているが、それはないだろうなと思う。一致する情報が何もないので、この商会長の妻が、浮気か何かしたのだろう。


 まあ、そのあたりの事情はどうでもいい。ラーテルはその少女に、目が釘付けになっていた。


「……お気に召していただけましたかな? 娘は妻の指導によって、男を悦ばせるあらゆる手練を教え込み、少々味見をさせた身ではありますが、とっておきの部分は、お客様の為にとってあります」


「……娘を売ると?」


「私共は、商人ですので」


 そう言ってニマニマ笑っているが、娘を売る商人なんて、そういないだろうに。


 一組、婿まで売ろうとしていた不愉快な夫婦を思い出したが、いらない存在だったので、忘れる事にした。


 考え事をしていたので黙っていれば、焦りと共に畳み掛けてくる。


「……では、味見を許可しましょう。おい、レクーム」 


「はい、お父様」


 少女は淡い笑みを浮かべながら、綺麗な所作でしずしずと近寄ってくる。

 その美貌を凝視していれば、少女は躊躇(ためら)いもなく襟元をくつろげ、膝の上に乗り込んできた。


 ゆっくりと見せつけるように、唇が近付き――……。


「……わかった。買おう」


 触れる直前で肩を掴んで、その場に押し留める。少女はまだ、表情を崩さないままだ。


 商会長は、今日一番の笑みを浮かべた。


「お買い上げありがとうございます。どうか末長く、お楽しみください」





            *





 セイドに帰る馬車の中。ラーテルは対面に座る、世にも美しい少女を見る。


 少女は家から引き離されても、相変わらずの淡い笑みを浮かべたまま、ぼんやりしている。

 その姿は、妻になった頃のトリスを彷彿(ほうふつ)とさせた。同じ表情、同じ髪色、同じ美少女なので尚更だ――いや、トリスもこのような、他者を圧倒するほどの美しい顔ではなかったが。


 どうやら彼女は実の両親に、娼婦の真似事をさせられそうになっていたらしい。そういう境遇も、トリスとよく似ているなと思う。


 そう育てられたせいか、自分の意思がなくて、従順なようだ。きっと彼女もまた、両親の手によって、心を壊されてしまったのだろう。あるいは、心が出来る前に、何も考えるなと言い聞かされてきたのかもしれないが。


「……哀れな。これほどの娘なら、島都に行けば数十倍の値がついただろうにね」


 そして思っていたより、ずっと安かった。あの商会長は田舎者で、目利きはいまいちなのかもしれない。つくづく馬鹿な奴だなと、失笑する。


「旦那様?」


「君の旦那は、私ではないよ」


「申し訳ございません」


 そういって口を噤む少女は、本当に従順で、どこまでも不憫だ。


 だがラーテルは別に、親切心でこの少女を買った訳ではない。彼女には、ラーテルが制裁を下される為の(いしずえ)となってもらうのだから。


 悪人に攫われた美しいお姫さまを救出するなんて、正義のヒーローに相応しいエピソードではないか。


 その日が待ち遠しいなと、小さく口角を上げた。その目はこの十七年で(かげ)り、ドロドロに濁りきっていた。





            *





「し、失礼、しますっ。……っ⁉︎」


 屋敷に到着し、執務室にティミドゥスを呼び出すと、のこのこやってきた彼は相変わらずビクビクしていて、だがソファに座る少女を見つけるとギョッとして、次いでその美しさに真っ赤になった。


「なっ、えっ⁉︎ だ、誰です、かっ⁉︎」


「君の妻だよ」


「えっ?…………えええええっ⁉︎」


 ティミドゥスは一瞬呆けた後、ぼぼぼぼと顔を赤くして、ラーテルと少女を交互に見つめる。


「いやっ、えっ⁉︎ ここ、こんな綺麗な子を、僕なんかがっ⁉︎」


「異論は許さない。妻に迎え、さっさと子を作って」


「いやいやいやいやっ⁉︎ なんで急にっ‼︎ って、子供っ⁉︎⁉︎」


 未だあわあわとしているティミドゥスに溜息を吐く。冷たい目で睨みつければ、今度は赤い顔が、青くなった。


「……聞こえなかった?」


「いぇっ……あの、聞こえて……ました…………」


「なら、今すぐ行って」


「い、今すぐっ…………⁉︎」


「ティミドゥス」


「はっ、はいいぃぃっ‼︎ えっと、ごめん、とりあえず、行こう?」


「はい、旦那様」


 そう呼ばれて硬直していたが、睨みを効かせると、おそるおそる手を引いて、ようやく出て行った。


「……そう、一刻も早く、女児を産むんだよ」


 正義のヒーローが救出するのに相応しい、純粋無垢なお姫さまを。


 そうポツリと(つぶや)き、用事は終わったとばかりに、書類に視線を落とした。





            *





 命令通り、閨は完遂させたようだ。教え込まれた手練とやらがよほど凄かったのか、単に気に入ったのか、ティミドゥスは突然出来た妻に、夢中になっていた。


 手を引いて連れ歩く姿が日常になった頃、唐突にティミドゥスは、新婚旅行に行きたいと言い出した。

 逃げられると困るので、護衛という名の監視をつけて、旅費を握らせて送り出す。その金額にギョッとして、あわあわしていたが。


 行き先は少女を買った商会のある町なのは何故なのかと首を傾げたが、逃げないなら好きにすればいい。


 そして半季ほど経った頃、逃げずにちゃんと帰ってきた。握らせた金は四分の一も減っておらず、わざわざ何に使用したかという帳簿までつけて、きっちり返されたが。


 それからしばらくして、あの商会が領主によって差し押さえられたらしいという噂を耳にした。多分、密告したのはティミドゥスなのだろう。それほど妻に夢中なようだ。


 仲睦まじい二人の間に子供が出来たと聞いたのは、それから一年以上後のこと。


 そして秋の季節の最終日に、狙い通りの女の子を産んだ。


 偶然にもトリスと同じ、ミルクティー色の髪と琥珀色の目を持つ、女の子だった。





「父さん、父さんっ‼︎ お願いします、お願いしますっ! 返してくださいっ‼︎ その子は、ソフィはっ、ソフィアリアはっ! 僕とムーさんの、大切なっ、ほんとに大切なっ! たからものっ、でっ……お願っ……かえし……返してよおっ……‼︎」




ラーテル、ご乱心。いえ、最初からわりとヤバい奴でしたが。


まさかのソフィアリアの両親の馴れ初め編。

2人の新婚時代と新婚旅行の話は、中編くらいで面白そうな外伝を書けそうだなと思いつつ。でもこれだとムーン行きになりそう……?

ただ、独立したお話を書こうにも、パパさんはオーリム以上にスーパーなダーリンさんにはなれないので、微妙なところですが。でも旅行先でめちゃくちゃ頑張りました。


ラーテルが欲しがっている、囚われのお姫さまとは……?

なんて、本編見ればお察しですね。

ラーテルがレクームを見ていたのは、惚れたのではなく、トリスに似ていたのと、未来の作戦を練っていたせいです。


さて、物語はいよいよ佳境を迎えます。もう少し、ラーテルの過去の真実にお付き合いください。

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