私の正義のヒーローは 6
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また、本日(2/24(土))は6時、12時、18時の3回更新します。
お読みの際はご注意ください。
本編から37年前。誰も知らない過去の真実。
救いがありませんので、ご了承ください。
※このページには直接的な表現はありませんが、強姦を仄めかすような記述があります。ご注意ください。
巡回中に見える、遮るものが何もないこの景色を見渡すのが、何よりも好きだった。
『あー! 酷いよっ! 何よりも好きなのはヨーピでしょ?』
「ははっ、わりぃわりぃ。そうだな、一番はおまえだよ」
『えっへん』
そんな事で嫉妬する自分の大鳥の後頭部をわしゃわしゃと撫でてやれば、嬉しいのか、擽ったそうに身体を揺らす。すると視界も大きくブレるのだから、また声をあげて笑った。
――敬愛していた兄に昔から好きだった婚約者を寝取られるという地獄の卒業式から三年後。失意のまま島都を飛び出し、剣を片手に傭兵となったフラーテは、国を回るうちに視野が広がり、たくさんの出会いを経て、すっかり当時の傷なんて消え去っていた。むしろ裏切り者の兄には、あの島都かぶれのつまらない田舎娘を引き取ってくれてありがとうと、感謝の気持ちすら湧くくらいだ。
今まで傭兵として活躍しながら、様々ないい女の間を渡り歩いてきたが、気まぐれに聖都の大屋敷に立ち寄った時に、運命の出会いを果たした。
黄金色の艶やかな毛色に、赤い嘴を持つ、なんだか巨大なヒヨコにも見える大鳥のヨーピに出会い、契約し、鳥騎族となったのだ。
しかもヨーピは、王鳥を除いて最高位に君臨する侯爵位の大鳥らしい。侯爵位の大鳥と契約した者が現れたのは、実に数百年振りなのだとか。
元々傭兵として剣を振るっていたので腕にも自信があり、学園を首席で卒業したので頭もよく、他の鳥騎族達とも打ち解けて、ちょうど今の隊長も高齢で引退を考えていたタイミングだったので、そのまま鳥騎族隊長という地位まで授かった。あの日断った王城の出仕なんかよりもずっと名誉職だ。正直、ざまあみろと、かつて自分を裏切った二人を嘲笑っている。
フラーテは幸せだった。セイドでくだらない見栄に取り憑かれた女と結婚し、真面目系クズだった弟の補佐なんかをしているよりも、今の人生の方がずっといい。心底、そう思っていた。
『ヨーピもだよ! フラーテに会えて嬉しい! そういえばここ、フラーテの故郷に近いんじゃない?』
「ん? ……ああ、そういや、そうだな」
そう言われて思い出す。そういえばここはビドゥア聖島の東部の上空で、もう少し行けばセイドが見える。
別にもうセイドなんて狭い世界に興味もなかったので、自身がセイド出身だった事すら完全に忘れていたなと苦笑した。
そして連鎖的に思い出してしまった。たまに脳内で馬鹿にするばかりだった双子の兄と、幼馴染の女の事を。
今頃何をしているのだろうか? 狭いセイドで幸せに暮らしているのだろうか?
そう考えても、別になんとも思わない自分に驚いた。むしろちょっと懐かしくて、顔が見たいくらいだ。
もう二度と会いたくないと思っていたはずなのに、気持ちなんて案外簡単に変わってしまうものらしい。
まあ、ずっと助けてやらなきゃいけないと思っていたラーテルへの想いも、一生愛し抜くと誓っていたトリスへの愛も、今やすっかりなくなってしまったのだから、そう驚く事ではないが。
『ヨーピへの愛だけは、忘れちゃ嫌だよ!』
「はいはい、わかってるよ。まっ、そろそろ顔を見せに行くのも悪くねーか。いつまでもガキみたいに拗ねる気もねーしな」
『ヨーピの事も、紹介してね?』
「おうよ!」
こうして次の非番には、数年振りに故郷に帰る事を決めた。
――まさかそれが、幸せな今を捨てるきっかけになるなんて、思いもせずに。
*
両親に制裁を下した後の日々は、セイドを発展させる事に力を注いだ。
それと同時に、アーヴを――アーヴィスティーラという組織を立ち上げて、こっそり裏から牛耳っていた。
表向きは義賊団として、正義の名の下に盗賊団のアジトを襲撃したり、圧政に苦しむ他の領地を解放する手助けをしたり、その際回収した金品の一部を困っている人達に配り、一見善行に見える行動をさせていた。
まあその実態は、悪人から金品を掠め取って、セイドの復興と屋敷で裕福に暮らす為の資金源にしていた訳だけど。善行を成しているという建前があれば、人は勝手に集まってきて増長するのだと、ラーテルはよく知っている。学園でやっていたアーヴが、まさしくそうだったのだから。
アーヴィスティーラの本当の役割なんて、学園にいた頃からそんなものだ。正義の名の下に集まってきた人々を上手く操り、フラーテとトリスの幸せな学園生活を護る為の盾が、フラーテに完全な形でセイドを返す為の資金源になっただけ。
――そう、ラーテルはフラーテに全てを打ち明け、間違って継承してしまったセイドを、フラーテの手に返そうと思っていた。せめてもの罪滅ぼしとして、綺麗な形に整えてから。
その為ならば、父が傾かせたセイドを立て直し、より発展させる事に全力を尽くせたし、フラーテが何よりも大切にしていたアーヴィスティーラの基盤も整えた。少し形は違うが、一見正義の組織である事には変わりないので、気に入ってくれるだろう。
まあ、フラーテが帰ってきて、セイドにいてくれる事を望むのであれば、という仮定の話だが。たとえ叶わなくても、その為の準備はしておこうと思う。
あと一つ、返さなければならないものは――……。
最近屋敷を建て替えた為、少し豪奢になったその扉をコンコンコンとノックする。
対応に出たメイドに二人きりで会いたいと話し、微笑ましいと言わんばかりの目を向けられながら、部屋で二人きりにしてもらった。
ソファに腰掛けるいつも通りの姿に一瞬仄暗い感情が浮かんだが、昔と同じ笑みを張り付けて、隣に座る。
「やあ、トリィ。元気にしてる?」
ますます美しさに磨きがかかった幼馴染を見つめるも、相変わらずの微笑と虚ろな目。そしてより悪化したぼんやり具合に、溜息を吐いた。
――卒業式の真相を知ったあの日以来、トリスはますます心を病んでしまったようで、前以上に反応が薄くて、何もしなくなってしまった。今では執務室に来る事すらない。
身勝手だなと思う。こうなった元凶のくせにそうやって逃げて、悲劇のヒロインかのように、不幸に浸っているのだから。
大切な女の子だったのはもう過去の話。仕方ないから制裁を下そうかと思ったが、トリスも元々はフラーテのものだったので、返さなければならないと思いとどまった。どうするかはラーテルではなく、フラーテが決める事だ。
こんな幼馴染でもまだ欲しいなら、セイドとアーヴィスティーラと一緒に返すし、いらないならラーテルが制裁を下すだけだ。自分でやりたいなら、それでもいい。
まあ、もう欲しがるとは思わないけど。
「ほら、今朝は食べてないって聞いたよ? お腹の子供の為にも、少しは食べないと」
「……お腹の子供?」
「そうだよ。ほら、あーん」
そう言ってパン粥を食べさせてやる。口元にスプーンを持っていくと食べてくれるので、せっせと世話を焼いていた。
――トリスは今、身籠っている。別に欲しくなかったし、完全に不可抗力だが、ラーテルとの子供だ。
トリスはあれ以来基本的にぼーっと過ごしてしているが、時たま思い出したように、謎の行動にはしる時がある。
庭の花壇から根こそぎ花を毟ってきて屋敷中を飾ってみたり、村におりて服や装飾品を買い漁ったり、たった一人でお茶会を開催して、誰もいないのに話しかけていたり……。
あれは多分、貴族夫人として振る舞いたいんだろうなと思う。金はかかるが問題ない範囲なので、そういう時は好きにさせていた。止めるような労力を使う気がなかったとも言える。
そんな彼女がある日、夜中に忍び込んできてラーテルを襲った。どこで見つけたのか妙な薬を無理矢理飲まされ、ラーテルの理性を強制的に飛ばしたのだ。
ラーテルに跨りながらフラーテを呼んで喘ぐあの日の事は、思い出したくもない。貴族夫人として次代を産むという役目を果たしたかったらしいが、今更何も嬉しくもない。とりあえず、処女じゃなかったんだなという感想だ。
それだけなら悪い夢だと流せばよかったのだが、よりによってその一回で懐妊した。冗談だろうと思いたかったが、現実らしい。もうすぐ産まれてくるので、使用人の間では歓迎ムードが漂っている。
フラーテが帰ってきてくれるのであれば、セイドを明け渡すつもりなので、ラーテルの血族は不要だ。帰ってこなければ、セイドは国に返還する予定だったのに、予想外の事が起こってしまって困惑している。生まれてくる子供が男児だった場合、継承権が生まれて、事態がややこしくなるのだ。
さて、どうしたものかと考えを巡らせている時に、コンコンコンと扉がノックされる。
立ち上がり、扉を開けると、昔から勤めてくれている使用人が立っていた。
「どうかした?」
「ご歓談中失礼します。旦那様にお客様です」
「客?」
今日は来訪予定なんてなかったはずだが?と首を傾げる。使用人も困ったような表情を浮かべていた。
「それが――」
その名前を聞いて、部屋から飛び出した。
*
「よお、元気にやってっか?」
玄関ホールでニッと笑うその表情が懐かしくて、目に涙が浮かぶ。
「っ、フラー!」
「おいおい、いい歳した男の泣き顔なんて見せんなよ」
「ご、ごめっ……!」
「もうなんとも思ってねーから、謝んな。だから帰ってきてやったんだからよ」
みっともなく流れてくる涙を子供のように袖で拭っていれば、豪快に笑って、バシバシと肩を叩かれた。純粋に痛い。
フラーテは昔のままだ。ラーテルもトリスも醜悪に変わり果てた今となっては、それが眩しくて、とても嬉しい。だから思わず泣けてきたのだ。
それでも真っ先に謝らなければならない事と話さなければならない事があって、急かされるように口を開こうとしたら――
「いらっしゃい。ふふっ、元気そうね?」
ラーテルの後ろからそう声が聞こえてきて、ギョッとした。振り向けば、大きなお腹を抱えながら歩いてくるトリスが居て、慌てて駆け寄る。
二年間ほぼ寝ているかぼんやり座っているかという生活を送っていたトリスは、歩行もおぼつかない。身重なので尚更で、今もヨタヨタと、いつ転んでもおかしくない足取りだった。
とりあえず腰を抱き、まっすぐフラーテを見ていたので、一緒に歩く。その目は相変わらず虚ろだが、フラーテだときちんと認識しているのだろうか?
フラーテはそんなトリスの姿に目を見張り、困ったように苦笑していた。その目にはかつての燃えるような愛情も、裏切られた憎悪も、何も浮かんでいない。知り合いに会った、その程度に見えた。
本当にもう、全て吹っ切ってしまったんだなと思った。あの時のように絶望しながら生きていた訳じゃなくてよかったとほっとして、そして寂しい。ラーテルの知るフラーテはずっとトリスが好きだったから、こんな未来になるとは思わなかった。
「よぉ、トリィ。つわりで具合でも悪ぃのか? なんか随分とやつれたな?」
「ふふっ、つわりはもうとっくに終わっているから、気のせいよ」
「ごめん、フラー。いつまでもここで立ち話させるのも悪いから、奥に行こう?」
「おうよ! トリィも心配だしな。応接室の場所は、変わってねーのか?」
周りを見渡しながら言われた言葉に、笑みを浮かべながらコクンと頷く。少しでも、気に入ってくれるといいのだが。
ヨーピ、何気に初めて喋る。
ラーテルとトリスの関係が、なんか本編と印象違うな?あの関係でよく血を繋いだな?というアンサー回。色々ごめんなさい。
さて、みなさんどんどん不穏な方に転がって……?
ようやくこの過去編を全て書き終えたので、今週中に全て投稿しきれるように、今日明日の更新頻度を上げます。
予定はトップページか前書きをご覧ください。




