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私の正義のヒーローは 4

今週は毎日更新を行なっております。お読みの際はご注意ください。


本編から40年以上前。誰も知らない過去の真実。

救いがありませんので、ご了承ください。



 結局フラーテを捕まえられないまま、卒業式前日を迎えた。ラーテルはあの日の空き教室で、ガクリと項垂れる事しか出来ない。


「……ごめんね、役立たずで」


 気落ちしながらそう言うと、トリスは泣きそうに笑って、首を横に振る。


「ううん、テルは頑張ってくれたって知っているから。ありがとう、あたしの方こそ、ごめんなさい」


 何も悪くないのに頭を下げる姿が居た堪れなくて、思わず視線を逸らした。


「……あたしはね、何度かフラーを見たの。いつもあの子と楽しそうに話していたから、声は掛けてないけど……」


「トリィ……」


「あ、はは……、もう、なんかダメだなって。だんだんね、気持ちがなくなっていくの。どうして好きになったのか、もうわかんない」


「まだ諦めちゃダメだ、トリィ。だって君達はまだ、何も話し合っていないじゃないか」


 真剣な表情でそう訴えるが、困ったように首を振るだけ。そんなトリスを見て、くしゃりと表情を歪めた。


 二人がそんな簡単に別れられるはずがない。物心ついた時からずっと一緒にいて、十年近く、言い争いは絶えなかったけど、二人が惹かれ合っていたのを、誰よりも間近で見てきた。

 ようやく想いが成就したのは学園に来る前で、随分時間はかかったけど、その分二人は今までの時間を埋めるかのように、誰よりも愛し合っていた。


 最初はどうなるかと思ったけど、アーヴが出来て、楽しく学園生活を送る二人を見ていたから、ラーテルもすぐに気持ちに区切りをつけられたのだ。


 なのに、この状況はなんだろう? もう少しで学園を卒業して、セイドに帰れば二人は結婚するんだなと楽しみにしていたのに、その直前になってこんな――……。


 ラーテルは、信じられない気持ちでいっぱいだった。


「ありがとう。でも、ごめんね? 今セイドに帰っても、フラーと今まで通り過ごせる自信、ないんだ」


「そんな……」


「その前に、フラれちゃうと思うけど」


 あははと無理して笑うトリスに、首を振って否定する事しか出来ない。ラーテルもどうすれば元に戻るのか考えるのに必死で、上手く慰めの言葉を口にする事が出来なかった。


 だから、この時のラーテルは油断していたんだと思う――そう言い訳しても、もう誰からも(ゆる)しを得られる事なんて、ないけれど。


「テルは昔からいつも優しいね。……最近ね、毎日話すようになってから思うんだ。フラーに揺れたりなんかせず、初恋を握り締めたままいればよかったなって」


 ほんのり頬を染めて、ラーテルに向けた事のない熱い眼差しで見つめながら言われた言葉を理解するのに、長い時間がかかった。

 けれど理解を拒絶して、思わず表情を強張らせてしまう。


 その様子で、トリスも察したのだろう。ふっと自虐的な笑みを浮かべ、表情を隠すように俯き、語り出した。


「テルは覚えてない? 本当に小さい時は、あたし、テルの後ろばかりついて行ってたんだよ?」


「なにを……」


「いつも優しいテルが大好きで、お嫁さんになるんだってずっと思っててね」


 それこそ、信じたくなかった。でも確かに最初の頃は、いつも後ろをちょこまかついてくるトリスが可愛くて仕方なかったのを覚えている。


 あの時は、フラーテよりラーテルの方が好きだった?


「でもね、テルはずっと優しかったけど、あたしと同じ気持ちじゃないって気付いてたから、それが苦しくて、そのうち諦めちゃった。それからだよ、喧嘩ばかりしてたフラーに惹かれたの。だからあたしの初恋は、テルだったんだよ」


 気付かなかったでしょ?と苦笑いを浮かべているが、そもそもそれは絶対にない……はずだ。だってラーテルが知る限り、トリスはずっとフラーテと喧嘩しながら、二人の世界に入っていた。


 だが、小さい頃のトリスは、ラーテルの後ろばかりついてきていたのも本当だ。よくそれでフラーテにずるいと怒鳴られたから、覚えている。


 だったら、本当に……?


「トリィ、私は」


「わかってるよ。テルにとってあたしは年上だけど妹で、義妹だったよね? あたしの一方的な片想いだから、気にしないで」


 グッと息を詰まらせる。違う、ラーテルはトリスを妹だと思った事はない。ずっと特別な女の子だった……フラーテと両想いになるまで気持ちを断ち切れなかったくらい、どうしようもなく恋をしていたのだ。

 二人を見届けた後は気持ちを整理して、義妹だと思っていたのは、その通りだけれど。


 でも、そんな事言えない……言いたくない。二人の幸せを壊したくない。


 でも、今は?


「……やだな、あたし。なんだかまた、テルの事を好きだなって気持ちが、よみがえってきたみたい」


 ゆっくりと顔をあげたトリスと、視線を絡ませる。どうしようもない熱に浮かされて、心の奥底にある封印が、ミシリと悲鳴をあげたような気がした。


 これ以上はいけないのに――……。


「……好きだよ、テル。ごめんね、また好きになっちゃったみたい、なんだ」


 ずっとトリスから向けられたいと願っていた表情を見て、心に秘めていた何かが、派手に壊れたような音がした。





            *





「とにかく、トリィはフラーと話し合うべきだよ。明日は絶対、捕まえられるから」


 なけなしの理性を総動員し、(すが)るような視線から目を逸らしたラーテルはあれから、トリスと別れた。


 きっと彼女は不安なのだろう。だから少し優しくしたラーテルに恋をしたような錯覚を覚えただけ――そう言い聞かせて、心を落ち着かせた。


 ラーテルは、トリスへの恋心を思い出してしまった。そのまま手を伸ばせば今度こそ手に入っていたのに、それでも、同じくらいフラーテの事も大切だったのだ。


 だからもう一度だけ、二人にチャンスを与えた。


 フラーテの言い分を聞いても、トリスを傷付けた事は許せなくて手が出るかもしれないし、トリスにもう一度告白されたら、今度こそ抱きしめてしまうかもしれない。その前に、二人できちんと話し合ってほしかった。


 そのままお互い別の道を進むなら、遠慮なくトリスは貰い受ける。というより、フラーテとトリスは家同士で話し合って婚約したのだから、フラーテがダメになったのなら、ラーテルが責任を取らなければならない。まあ、それすらも、願ったり叶ったりだが。


 仲直りするなら、それはそれで構わない。ただ、トリスの初恋を知り、恋心を思い出した今のラーテルは、入学前の比ではないくらいの絶望と後悔に苛まれるだろうなと思っていた。今だってトリスの元に走り、強く抱き締めたい衝動に駆られているのだから。

 

 だから一晩かけて、頭を冷やした。この日も結局、フラーテと会う事は出来なかった。


「トリィ」


 おごそかな卒業式も終わり、卒業パーティの会場に向かう途中、今日もたった一人でいるトリスに声を掛けた。


 淡いクリームイエローのドレスに身を包み、化粧と髪型もバッチリ決めたトリスは、フワッと笑ってこちらを振り向く。その目には今日も、恋情が宿っているのかもしれない。


 とても綺麗で、手を伸ばしそうになるのを、グッと我慢した。


「……一人?」


「うん……でもね、今日はフラーを捕まえられたの。庭園で待ってるよ」


 そう言って手を取ろうとするから、慌てて(かわ)す。


「なら、今度こそ二人きりで話さないと。私は待ってるから、トリィは一人で」


「嫌っ‼︎」


 強い拒絶に、目を見開いた。呆然と見つめたトリスはふるふる震えていて、目に涙を溜めている。


「……ごめん、でも、不安なの……」


「トリィ……」


「何も言わなくていいから、一緒にいて? 口出しも、手助けも、望まないから……」


 お願いと上目遣いで頼まれて、断れなかった。たしかにいつも口喧嘩をしていた二人なら、拗れる可能性もある……そう、自分に言い訳をした。


 歩いてやってきたのは、学園内の庭園。四季折々の花々が美しい、婚約者や恋人同士の逢瀬スポットだ。当然、相手のいないラーテルは初めて来た。

 トリスは慣れた様子で、庭園を進んでいく。きっとフラーテといつも来ていたのだろう。長らく感じていなかった胸の痛みがぶり返してきて、グッと拳を握り締めてやり過ごした。


 庭園の奥地、今は花は咲いていないが、薔薇の生垣に囲まれたガゼボの近くに、今日のパーティに相応しい正装を着たフラーテは居た。顔を見るのは、随分と久し振りだ。


「トリィ⁉︎」


 こちらに気付いたフラーテは、一瞬嬉しそうな表情をしたが、隣にラーテルがいるとわかると、顔を強張らせた。


 それはラーテルも同じだ。フラーテの姿を見て……手に握られていたものを見て、硬直する。その場に縫い留められ、動けなくなった。


 混乱している間に、トリスが腕を絡ませてきたので、ますます訳がわからなくなった。


「ト、トリィっ⁉︎」


「フラー、わかるでしょ? あの噂は本当なの。……少し前から、テルと付き合ってる」


「ちがっ⁉︎」


 突然意味のわからない事を言い出したトリスを引き剥がそうとしたが、無理に振り払おうとすると吹き飛ばしてしまいそうなくらい強く掴まれていて、上手く抵抗出来なかった。


 一体何が起こっているのか、脳が理解を拒もうとする。これではまるで……。


 オロオロしている間に背筋の凍るような冷気を感じ、顔を青くしながら、発生源を辿る。

 そこには、見た事もないくらいの冷たさを瞳に宿したフラーテが居た。そのまま射殺せそうなくらいの表情に、頭も口も、上手く回らない。いっそそのまま殺してくれと、無意識に願っていた。


「……そうかよ。結局テルか」


「うん」


「そんなに城への出仕断ったのが気に入らねーのかよっ‼︎」


 一度も自分に向けれた事のない威圧を含んだ怒鳴り声に、慣れていないラーテルはビクリと肩を震わせる。


 王城での出仕を望まれるなんて、大変栄誉な事だ。特にフラーテは継ぐ爵位がないので、大出世と言っても過言ではない。地方の男爵家を継ぐラーテルなんかよりも、ずっといい暮らしが出来たのではないだろうか。

 首席で卒業する事は知っていたが、フラーテにそんなお誘いがあったのを、今初めて知った。当然、それを断ったのも。


「……違うよ」


「違わねーだろっ‼︎ 露骨によそよそしくなったのは、半年くらい前のその日からだし、捕まえた男の地位と稼ぎにこだわる下品な女に囲まれて、すっかり影響されたんだろっ⁉︎」


「トリィ、待って。何? よそよそしいって」


 なんとか口を動かし、聞いていないそれを尋ねるようトリスを見下ろした。よそよそしくなったのは、フラーテからではないのか?


 トリスは相変わらずしがみついたまま、まっすぐフラーテだけを見つめていて、答える気がないようだ。その事に歯噛みする。


「はっ、知らなかったのか? まんまと寝取った女の本性に気付いてないとか、傑作だな」


「違うったら! ねぇ、本当に待って。トリィ、何勝手な事を」


「勝手なんて酷い! 毎日空き教室で一緒に過ごしてくれたのに、あれは遊びだったって言うのっ⁉︎」


 涙を湛えながら言われた言葉にギョッとする。何故、そんな誤解を招く言い方をするのだろう? 空き教室で相談に乗った事なんて二回しかないし、たしかに最近は毎日何かしら話していたが、一言二言の短い時間だ。


 意味のわからないトリスは後回しにする事にして、まずは誤解を解こうとフラーテを見たが、その前に頰に重い衝撃がはしり、吹き飛ばされた。

 トリスの悲鳴を聞きながら、地面に這いつくばって、呆然とする。殴られたと気付いたのは、口の中に血の味が広がったからだった。


「……おれを追い払って何してんのかと思えば、そういう事だったのかよ」


「追い払って……?」


「今日に間に合うように必死に金貯めてさぁ、一人で夢見て、馬鹿みてーじゃん」


 声音に涙が乗っていたから、痛みを押し込めてフラーテを見上げれば、フラーテは泣いていなかったが、深く絶望していた。ボロボロに傷付いて、でも口元には歪な笑みを浮かべている、そんな無茶苦茶な表情だった。


 フラーテは手に持っていた物を手放して足で無惨に踏みにじると、ポケットから何か手のひら大の物を取り出して、生垣の向こうに放り投げる。

 ぐしゃりと泣きそうな表情を見せたのを最後に、くるりと背を向け、立ち去ってしまった。


 そんな様子を、悪い夢でも見ているかのように、呆然と見ている事しか出来なかったのだ。


「……あたし、先にセイドに帰るね」


 その声にハッとして正気を取り戻すと、顔を強張らせてトリスを見上げる。


 叱るべきだったのだろう。どういう事だ、仕組んだのか、騙したのかと、会話から推測出来た事を問い詰めて、裏切り者と蔑むべき相手だとわかっていた。たとえ幼馴染で恋心を抱いていたとしても、こんなの、許してはいけないと。


 でも、出来なかった。だってトリスもフラーテと同じ表情で、ポロポロ涙を流していたから。それに絆されるラーテルだったから、こんな事になったのだ。自分で自分が嫌になる。


「……トリィ、ゆっくり話そう? 先にセイドに帰って、しっかり頭を冷やしてね」


 だから、罵倒とも言えない言葉をぶつける事が精一杯だった。小さく(うなず)いたのを見届けて、立ち去る背中を見送る。


 ラーテルはノロノロと立ち上がると、フラーテが踏みにじった物を拾い上げて、無駄だとわかりつつ、フラーテを追う。だがパーティ会場に居るはずもなく、学園内を探し回り、目撃情報をようやく見つけたのは、帰る生徒すらまばらになるくらい、遅い時間だった。


 学園の門番が、フラーテがパーティの最中に早足で出て行き、辻馬車を拾ったのを目撃していたらしい。あの辻馬車は、島都から西へ向かう馬車だと言っていた。


 その言葉を聞いて理解した。フラーテはセイドに帰る気はなくて、そのまま行方をくらます気だろうと。当然と言えば当然で、オロオロしていただけの自分が許せなくて、フラーテに殴られた頰を、自分でも殴った。

 痛みの増した頰と拳を気にせず、拾った物を大事に抱え込むと、先程の庭園に戻る。


 慣れない道をあちこち探し回って、目的の物を見つけた時には、空も白んだ明け方になっていた。


 薔薇の棘に護られるように置かれたそれに躊躇(ためら)いもなく手を伸ばすと、大事に掴み取る。

 土埃を落としてそっと開ければ、くしゃりと表情を歪めながら、その場に座り込む事しか出来なかった。


「……馬鹿だなぁ。少し考えればわかる事なのに、私は何をしていたんだろうね?」


 その問いに答えてくれる人は、もういない。


 フラーテは正義の人だ。曲がった事が許せなくて、浮気なんて疑うだけ無駄だと、よく知っていたのに。よりによって双子の自分が疑ってしまった。


 そういえば中庭にいた女子生徒の実家は、こういったものを取り扱う商会を持っていたなと、今更思い出すのだから、本当に、どうしようもない。


 もしかしたらまだ、トリスへの気持ちを吹っ切れていなかったのだろうか? 割り込む隙を探していたのだろうか?

 ……二人がこうなる未来を望む、悪人になっていたのだろうか?


 今度こそポロポロと涙を流して、フラーテが最後に捨ててしまった物を、ギュッと抱き締める。


 十二本の赤い薔薇の花束と、二人の瞳と同じ色の宝石が使われた、対になったピアス。

 紛れもなく、トリスに求婚する為に用意されたものだった。




修羅場……!


このシーンは第二部本編の「それぞれの道4」とリンクしており(というかこの過去編は「それぞれの道」の謎の昔話の解答編ですと今更説明)、矛盾点があるように見えますが、キャラの捉え方や視点が違うだけです。多分。……ま、間違えていなければ……?


この過去編は、本編は誰も真実を知らないので、状況証拠から憶測で馬鹿で悪だったと話が進んでましたが、その真相は……?というお話になっておりますので、今後も微妙な齟齬が増えていく予定です。

一応確認しながら書いてますが、ただの矛盾になっていたらごめんなさいm(_ _)m

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