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私の正義のヒーローは 3

今週は毎日更新を行なっております。お読みの際はご注意ください。


本編から40年以上前。誰も知らない過去の真実。

救いがありませんので、ご了承ください。



 結論から言うと、フラーテとトリスが発案して、ラーテルが細部を練った『正義のヒーロー』計画は、思っていた以上にうまくいった。


 ラーテルがまず提案したのは、正義のヒーローのバックには、強力な後ろ盾が付いていると周りに錯覚させる事だった。

 この世界は地位と権力こそが全てだ。それらの前に、正義なんて何の意味もない。だから、大きな権力の名のもとに動いていると思わせる必要があるだろうと考えた。


 フラーテは誰か高位貴族と縁が出来ればいい、自分が人脈を作ると意気込んでいたが、ラーテルは待ったをかけた。

 ラーテルは貴族というのを信用していない。たとえ固い絆を結んでいても、何かあれば簡単に掌を返すのが貴族という生き物だと、よくわかっていた。彼等は信用するに値しない。


 だから、三人は知恵を出し合って『アーヴィスティーラ』――通称『アーヴ』という偶像を作る事にした。バレないように何重にも予防線を張って、正体は高位貴族だと匂わせたその名は、そのうち正義のヒーローの組織名へと変わった。正直、よくバレなかったなと今でも不思議に思う。


 もう一つ。創始者であるラーテル達三人はあくまで使いっ走りの一部だという事を徹底し、目立つ事はさせず大勢の中に紛れ込ませた。

 フラーテは旗本でありたかったみたいだが、とんでもない。ただの男爵家次男の言葉なんて誰も耳を貸さないし、責任を取らされてセイドごと潰されるのは御免被る。フラーテとトリスに楽しく学園生活を送ってもらうのに、旗本なんて目立つ地位は必要ないのだ。だから、ただの使いっ走りの一部だと思わせておけばいい。


 それを二人に充分言い聞かせ、行動に移した後は、登り詰めるのは案外簡単だった。


 まず、特に嫌味な奴らを見せしめに選んだ。いつもフラーテより気弱そうに見えるラーテルに絡んでくる同クラスの奴らだ。まあ、そんな奴らに屈するほど、ラーテルは弱くはないのだが。

 その程度の奴等だったから、背後を洗えば簡単に違法薬物なんて決定的な弱みが出てくるのだと失笑する。


 あとは無害な生徒に目をつけ、指定の場所に指定の先生をなんとか連れて行ってほしいと書いたメッセージカードを机に入れて、上手く誘導してもらう。その方法も提示し、簡単な仕事だと理解してもらったうえで、悩みの解決方法と金銭的な報酬をチラつかせば、あっさり乗っかってくれるのだから、笑いがとまらない。

 お楽しみの真っ最中を誘導させた先生に目撃させ、平穏を乱される事を何よりも嫌ったその先生は、すぐに動いた。衛兵に生徒を引き渡した後は家の力を使って、そんな人間はこの国に居なかった事になったのだ。


 見せしめにはおあつらえ向きの結果にこっそりほくそ笑み、三人で密会した時には笑顔でハイタッチをし、成功をねぎらい合った。


「やったな、テル」


「こんなに上手くいくとは思わなかったけどね」


「ふふ、テルの作戦のおかげね? じゃあ次は――」


 ――その後も規模の大小はあったが、結果を出し続けた。


 ターゲットを絞り、背後を洗って弱みを握り、なければ適当にでっち上げて、アーヴの名の下に生徒に指示を出し、蹴落とす。

 指示を出す生徒は無害そうな生徒から適当に選び、その中からやる気のある生徒は特に重用して、幹部の位を授けた。

 正義を成しているという高揚感を煽ったのがよかったらしく、図に乗って自らも正義と信じる行動するようになってくれたのだから儲け物。フラーテ達を隠す盾として便利に使い、ボロを出せば切り捨てればいい。所詮指示通りに動いてもらうだけなので、代わりなんてすぐ見つかる。


 ちなみに報酬が必要な時は蹴落とす奴らからこっそりくすねていたが、途中からはその必要はなくなった。アーヴに使われる事こそが名誉な事――正義のヒーローに選ばれたのだという特別な雰囲気が出来上がっていたからだ。


 そんな事を繰り返しているうちに、やがて品行方正、表向きでもみんな仲良くを守らない人間は、アーヴから制裁を受けるという噂が広まった。事実、制裁を下し続けた。


 こうしてアーヴという正義のヒーローの偶像を使い、学園は随分と過ごしやすい環境へと変化していった。小さなマウント合戦は相変わらずだが、度の過ぎた人間はいない。それで充分だ。


 意外だったのは、高位貴族クラスでは一度も制裁が起きなかった事だ。まあ彼等なら嫌がらせやいじめなんかに時間を費やす事なく、家ごと潰して終わりに出来る権力があるのだから、当然かもしれない。

 彼等は深く関わってくる事はなかったが、正義ごっこに(ふけ)る下位貴族と商家クラスに顔を(しか)めて、こそこそと馬鹿にしていたようだ。まあ、ラーテルも実はその気持ちはわかる。


 それと、高位貴族がアーヴィスティーラの正体を探っていた痕跡があったが、ラーテル達が発端だという事実も案外探り当てられなかった。高位貴族の権力があれば、いずれバレるかもしれないと恐れていたのに、指示に使った人間がバラバラだったのが良かったのか、その他大勢として紛れ込んだのがよかったのか、馬鹿らしくて探す価値もないと思われたのか。


 なんにしても、正体がバレず、アーヴの存在が暗黙の了解となり一定の支持を集め、ラーテル達の学園生活は入学前に思い描いていた通り、楽しく順風満帆となった。


 フラーテも望み通りの正義のヒーローをやれて、トリスもそれを陰から手伝いつつ、女子生徒と和やかに過ごせるようになって、なんと言っても大切な二人が一緒に過ごす事が当たり前となって、ほっと一安心だ。


 ――だが、少し調子に乗り過ぎたのかもしれないと実感したのは、学園をもうすぐ卒業するという、ある日の事だった。


 ラーテルは窓から中庭を見下ろし、最近見るようになった光景に、憂鬱そうな溜息を吐く。

 中庭には、ベンチに腰掛けて、仲良さげに昼食を食べていたフラーテと女子生徒が居た。彼女は下位貴族クラスに在籍する女子生徒で、かつてトリスを連れ歩きながら、事あるごとに馬鹿にしていたうちの一人だ。


 そんな女子生徒とフラーテがああやって過ごす姿を、何度も見かけるようになったのだ。


「テ〜ル!」


 今は聞きたくない声で名前を呼ばれて、ラーテルはビクリと肩を震わせる。

 まるで窓を隠すように振り返りながら、引き()った嘘くさい笑みを浮かべた。


「……トリィ」


「どうしたの? 怖い顔して」


 そこに立っていたのは、入学してから美少女っぷりが更に増したトリスだった。当然、フラーテとはまだ婚約関係にある。


「……なんでもないよ、ほら、行こう?」


 あんな光景を見せたくなくて窓から離れようとしたが、目を(すが)めたトリスには不自然だとバレてしまったようで、つかつかと近寄ってくると、ラーテルが背中に隠そうとした窓の外を眺める。

 それを見てしまったトリスの目から、光が消えた。


「ち、ちがっ⁉︎」


「別にいいよ。もう知ってるし……フラーの周りには、いつも華やかな人が集まっているもんね。田舎の貧乏商家のあたしなんて、大した事ないってバレちゃったかな?」


 ははっと目に涙の幕を張って笑おうとするトリスがあまりにも儚げで、心の奥深くに沈めたかつての気持ちが、微かに鼓動を鳴らす。


 だが再度押し込めるように首を振って、トリスをその場から連れ出すと、人気のない空き教室に避難させた。何やってるんだと、フラーテを内心なじりながら。

 トリスを空いている席に座らせると、ラーテルも斜め向かいに腰を下ろした。泣くのを必死に我慢しているトリスが不憫で、居た堪れなかった。


「……知ってるって、どういう事?」


 フラーテがあの女子生徒と仲がいいのを、ただ見過ごしているのが気になって、尋ねる。

 知っていながら、二人の間に割って入る事も問いただす事もしないなんて、トリスにしては不自然だ。だって彼女はハキハキしていて気が強いのだから、殴り込みも辞さない子だろうと思っていたのに。


 トリスはギュッと手を握り締めて、痛みを堪えるようにポツポツ話してくれた。


「なんかね、最近のフラーは、あたしにそっけないんだ。お昼の時間も放課後も、休みの時間だって一緒に過ごしてくれなくなって、その時間もアーヴのみんなか、あの子とばかり一緒にいるみたい」


 そう言ってポロポロ涙を流し始めたから、ラーテルはハンカチを差し出した。トリスはありがとうと言って受け取り、涙を拭う。


 昔から正義感の強かったフラーテがアーヴの活動を殊更(ことさら)楽しみ、組織を大切にしているのは知っている。

 ラーテルもトリスも創始者として大切に思っており、ここまで成長したのは誇らしいが、そもそもの発案者がフラーテだったからか、彼はより一層その想いが強いのだろう。

 だからなのか、フラーテはアーヴに引き入れた連中とつるみ、同じ選ばれた下っ端というポジションを弁えながら、集まったメンバー全員を気にかけているようだった。


 なのでアーヴのみんなと一緒にいるのは珍しくもないが、あの女子生徒と二人きりで過ごす意味がわからず、眉根を寄せる。フラーテにはトリスという婚約者がいるし、一時はアーヴの制裁対象だった彼女と話す理由なんてない。

 制裁を恐れたのか、そのうちトリスといい友好関係を結んでいるように見えたので、改心したのかと思っていたが――……。


「……彼女、トリィと仲良くしていたはずだよね?」


「本心はわからないけど、多分友達、と呼んでいいと思う。何度かお屋敷に呼ばれて、和やかな時間も過ごしていたし……それも、フラー目的だったのかなぁ……?」


 友達に裏切られたと悲しそうにすんすん鼻を鳴らす姿が可哀想で、抱き締めてやりたい衝動に――(ふた)をした。


 それはもう過去の話だ。今はそんな事、望んでいない。


「……わかった。私がフラーに問い詰めるよ」


 グッと机の上に置いた拳を握り締め、真剣な表情でそう誓う。

 ラーテルが泣いているトリスの為に出来る事は、抱き締めて慰める事ではない。不安を取り除く事だ。


 トリスははっと顔をあげて、(すが)るような眼差しを、ラーテルに向ける。


「……いいの?」


「当たり前だろう? 私はフラーにとってもトリィにとっても兄だからね。それに、フラーが悪さをしていたら、双子の私が正してやらないと」


 だから安心してと優しく微笑めば、トリスはポロポロ涙を流しながら、コクコクと(うなず)く。


「ありがとうっ、ありがとう、テルっ……!」


 そう言ってハンカチで顔を覆うトリスを、妹を見る目で見守っていた――見守っていられたと、信じたい。





             *





 だがその決意も虚しく、あれからフラーテを見つけられない日が続いた。


 元々ラーテルとフラーテは最終学年に入ってから、領地経営科と商業科に分かれて授業を受けており、学園で一緒に居る事は、もうあまりない。休み時間も、それぞれ同学科の友人達と過ごしている。

 放課後も休みの日もアーヴの活動をしているのか友人と勉強をしているのか、あまり見かける事はない。


 それに、商業科よりも領地経営科の方が難しいので、ラーテルにもあまり余裕がないのだ。今は卒業試験と卒業論文が差し迫っているので、尚更だった。おかげでラーテルはアーヴの活動にも、しばらく参加していない。というより、もうやれないだろうなと寂しく思っていた。


 思い返せばここ半年程は、二人とは片手で数えられる程度しか一緒に居なかった気がする。単純に勉強が大変なのもそうだが、卒業後の事も考えなければいけなかったし、二人の逢瀬の邪魔をするつもりもない。島都にも学園にも居られるのは、あとわずかなのだから、それまでにたくさん思い出を作っておけばいい。

 遠慮した分、卒業までの微かな時間をそれなりに楽しんでくれていると思っていたのに、この結果はなんだろう? なんだか、やるせなさが込み上げてきた。


 ラーテルは憂鬱な気持ちを振り払うように首を振ると、空いた時間をフラーテを捕まえる事に専念した。だが場所を変えたのか、あれ以来中庭で見かける事はなくなり、教室に訪ねても、寮に割り振られた部屋に訪ねても、いつも姿が見えなかった。


 寮の部屋にいないのは、アーヴが軌道に乗ってきた頃に、フラーテはメンバーの部屋を渡り歩き、そのまま夜を越してくる事があったので、今回もそうだと信じたいが……。


 フラーテは全然見つからなかったが、代わりにトリスとは毎日のように、一言二言話す時間が取れていた。


「忙しいのにごめんね」


「もういいよ、無理しないで」


「ありがとう、でも、このままだとテルが心配だよ」


 いつ鉢合わせても、申し訳なさそうにそうねぎらってくれる気持ちが身に沁みる。妹を持つ兄とは、こんな感じだろうか?




本編でみんなが呆れていた正義のヒーロー誕生秘話。


ラーテル、とうとうお気に入り以外はどうなっても興味ないねという本性をあらわす。

おや、次は雲行きが……?


なんでアーヴの創始者がこの3人だとバレなかったのかといいますと、ラーテルは隠し事が上手いという、プロディージとは真逆の特性があったせいです。特に細かく描写してませんが、本人が軽く思ってても、周りから見れば巧妙な細工でもしてあったのでしょう(適当)

まあ、だいぶ後になってプロディージとラトゥスが探り当ててきましたが。


本人は死ぬほど嫌がりそうですが、ラーテルの周りを思い通りに動かして若干小馬鹿にする性格の悪さは、プロディージにまんまと引き継がれてます。

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