表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
246/427

十六歳の誕生日 後編

「エピローグ〜恋の結末〜6」の前。ソフィアリア視点。前回の続きです。



 休憩時間をなんとか開けてもらったソフィアリアは執務室にて、王鳥とオーリムとティータイムを過ごしていた。アミーとプロムスは気を利かせてくれたらしく、どこかへ行ってしまったので、今回は三人きりだ。


 今日のおやつはブランデー入りのチョコレートタルトケーキを作ってみた。中にはセイドベリーソースを入れてあり、最近好物だと認めたものを組み合わせたこのスイーツは、我ながら絶品だと高評価しよう。


 大鳥に頼んでいいと言われたので、ブランデー抜き二ホールとブランデー入り一ホールを、弟の成人と結婚祝いと称してセイドにも贈った。セイドでは本日ペクーニアと合同でお食事会をしているはずなので、デザートに食べてもらえたら嬉しい。

 セイドのみんななら、まだ食べた事のないチョコレートの蕩けるような未知の甘みを、きっと気に入ってくれると思う。


 そんな事を振り返りながら、おやつに舌鼓(したづつみ)を打っていた。


「そう言えば聞きたい事があったのだけれど」


 ソフィアリアはそう言って、とてもいい表情でチョコレートタルトケーキを堪能していたオーリムと、背中で引っ付いている王鳥を仰ぎ見る。


 二人はソフィアリアの方を見て、首を傾げた。


「どうした?」


「ピ?」


「ラズくんのお誕生日は今日でしょう? なら、王様のお誕生日はいつなのかしら?」


 今日という日を楽しみながら、ふとそれが気になったのだ。


 大鳥は孤高の存在なので、お祝いされているところを見た事はないが、きっと誕生日があるはずだ。オーリムの事も一日がかりでお祝いしたのだから、王鳥にだってお祝いしてあげたいと思うのは、ソフィアリアにとって当然の事である。

 もし過ぎていたら残念だが、その分次に注ぎ込めばいい。だからいつだと、爛々(らんらん)とした熱い視線を向けた。


 ところが、王鳥が珍しく困り顔になってしまった。


「――――ああ、だよな」


「ラズくん?」


「俺ではうまく伝えられないから、王が直接言え」


 それだけ言うと腰に手を回され、引き寄せられる。見上げると不敵な表情をしていたから、ふわりと微笑んだ。


「お教えいただけますか? 王様」


「そうだなぁ。ちなみに妃は誕生日というのは、どのタイミングだと考える?」


 ニッとイタズラな目をして言われた言葉にきょとんとした表情を返して、その意味を必死に考えてみる。

 だが答えがまとまる前に、ソフィアリアの髪をくるくると弄びながら、説明してくれた。


「人間だと、腹から出てきた日が誕生日になるのであろう?」


「はい。……ああ、そうですわよね。大鳥様は卵から(かえ)るんですものね」


「うむ。それと、大鳥は人間と違って、子が死ぬ事は絶対にない。気が絡んだ時点で、卵として存在せずとも、生存は確定なのだ」


 王鳥の言いたかった事がわかり、なるほどと(うなず)いた。


 つまり死産の可能性がなく卵から生まれる大鳥の誕生日とは、卵として存在する前の気が絡んだ時なのか、卵として誰の目にも見えるようになった時なのか、卵から(かえ)った時なのかを問いたかったのか。なんとも難しい問題だなと、王鳥に一口大に切り分けたタルトを食べさせながら思う。


「絶対産まれてきてくださるのですね。ではわたくしは、卵から(かえ)った瞬間だと考えますわ」


 とりあえず、ソフィアリアなりの考えを述べる事にした。それが確定ではないし、誕生日というものが希薄な大鳥に、この考えを押し付けるつもりはないけれど。


 にっこり笑ってもう一口タルトを突っ込めば、美味しそうに咀嚼(そしゃく)しつつ、先を促された。


 だから遠慮なく、自論を展開する。


「自分の意思で自由に動く事が出来るようになった瞬間が、誕生日と呼ぶのに相応しいのではないでしょうか? 気のままや卵の中だと、自由に動けないでしょう?」


「産まれたばかりの赤子だって、自由には動けぬだろう?」


「たとえ指一本だとしても、自分で動かそうと思って動けば、自由と呼んでいいと思います」


「気のままや殻の中でも、身じろぎくらいはする」


「もうっ、意地悪っ! ……とにかく! 世界に放たれて自由を得た瞬間だと、わたくし考えますわ」


 そう、きっぱりと言い放つ。


 ソフィアリアの勝手な意見でしかないので、とりあえずそれでいいではないかとジトリと睨めば、王鳥は飄々(ひょうひょう)と笑ったまま、机に置いてあったタルトを自分で食べている。

 よほど気に入ったのか、今日はソフィアリアに食べさせる事はしないんだなと思った。お気に入りなら、なによりだ。


 ……自分で食べている分は、オーリムの分ではないかと気になったが。


「ふむ、まあ、妃がそう言うならそれで良い」


「ありがとうございます。ですから、どうか王様が卵から(かえ)った尊き日を、わたくしにお教えくださいませ」


 両手を組んで、笑顔でさあさあと迫れば、王鳥は悠長にもう一口タルトを味わいながら、ニヤリと笑った。


「わからぬな」


「王様? 冗談ですわよね?」


「まあ待て。そもそも余は、この世界で産まれておらぬ」


 衝撃の事実に、目を見開いた。その事に思い至らなかったのだ。


 詳しくは知らないし、聞いても教えてくれないだろうが、大鳥は次元を(また)ぎ、大鳥だけが住む世界すらあるという。この世界に居る大鳥は、ほんの一部でしかない。

 そもそも大鳥の姿だって、この世界ではこう見えているだけだ。なら、鳥のように卵生ですらないかもしれない。


 あまりの衝撃で、目を見開いたまま硬直していた。


 王鳥はくつくつ笑いながら、ソフィアリアの髪を()く。


「それと、次元を(また)ぐと、時間の流れも違うからな?」


「……時間の流れ」


「ほら、理解出来る範疇(はんちゅう)を超えるであろう? それでよい。人間は人間の箱庭の事だけ考えておればよいのだ」


 慰めるようにポンポンと肩を叩かれて、とりあえずわかった事は、王鳥の誕生日が不明という悲しい事実だけだった。


「そうですか……では王様のお誕生日のお祝いは出来ないのですね」


 それはあんまりだと、思わずしょんぼりしてしまう。せめてオーリムにしたのと同じくらい、何か王鳥を祝える特別な日があればいいのだが。


 王鳥は苦笑しつつ、考え込んだソフィアリアに顔を近付けて、コツリと額を合わせる。


 覗き見た王鳥は思いのほか優しい目をしていて、その表情にドキドキと胸を高鳴らせてしまうのは、恋をしたソフィアリアにとって当然の反応だった。


「なあ、フィア。忘れたか? 余は王鳥ぞ」


「まあ! 忘れるはずないではありませんか。わたくしの愛しい王様ですわ」


「そうだ、余は王鳥だ。大鳥が、王鳥となったのだ」


 一見当たり前のような言葉だが、ソフィアリアはその意味を正しく理解して、じわじわと目を見開く。

 やがて表情だけで花を咲かせられそうなほど、ぱあっと明るく笑っていた。


「ええ、ええ、そうでしたわね! 王様が王鳥様を継承された瞬間があるではないですか! その時は、こちらの世界にいらっしゃったのでしょう?」


「当然。王鳥はこちらにいる大鳥の中から、最も波長の合う者が選ばれるからな。どうしても余の誕生日を祝いたいというのであれば、その日にすればよい。いつかは、わかるであろう?」


「もちろんです。わたくしとラズくんがセイドで過ごした次の日ですわよね?」


 うっとりとした表情で王鳥に答えれば、王鳥も目を優しく細めて首肯する。どうやら、正解だったようだ。


 オーリムが過去を話してくれた時に言っていた。代行人に選ばれたのは、朝が来て、ソフィアリアに会いに行こうとしていた時だったのだと。

 王鳥としての初仕事は代行人を選ぶ事だ。代行人に選ぶ人物には本能的に引き寄せられるらしく、だが王鳥はその途中でラズを見出し、勝手に変更したという。


 だから王鳥となった日は、ラズを見つけた日だったはずだ。


「そうだな。まあ色々あった日ではあるが、余の誕生日とやらは、そこでよいのではないか?」


「そうですね。幸いわたくしはまだ、大屋敷でその日を一度も迎えておりませんし、楽しみにしていてくださいませ」


「うむ」


 王鳥はソフィアリアが差し出した分と、王鳥が手に持っていた分のタルトを食べると、ソフィアリアの頰にキスを落とした。


 だが触れた瞬間、ばっと肩を引き離されたので、触れてからオーリムに身体を返したのだろう。その顔は真っ赤で、キッと眉を吊り上げていた。


「〜〜っ! 王っ‼︎」


「プピー」


「俺は説明だけを任せたんだっ! 俺の分のタルトまで勝手に食べるし、キ、キスもするしっ! 何やってくれたんだっ‼︎」


「プーピ」


「許すかっ⁉︎」


 そう言って王鳥に飛び掛かり、喧嘩を始めてしまった。


 執務室は書類や本が多く、やりづらそうだなとのほほんと思いながら、カートから残りのチョコレートタルトケーキを取り出す。

 オーリムの新しい分を切り分けて、二人が落ち着くのを、ニコニコと眺めていた。





            *





 誕生日の晩餐は豪勢に……と言いたいところだが、オーリムのリクエストにより、セイドの誰かが誕生日を迎えた日の、少し豪華な程度の夕飯メニューとなった。つまりここでの日常程度か、それ以下である。作り手がソフィアリアなので尚更だ。

 少し申し訳ないなと思いつつ、でも対面で食べているオーリムがいい表情をしているので、これでいいのだろう。


 本体は空の巡回に出てしまった王鳥にも分け与えているらしく、コロコロと王鳥とオーリムが入れ替わるのを眺めるのが、少し面白い。


「なんだか今日は、わたくしの方が楽しかったお誕生日お祝いだった気がするわ」


 一日を振り返りながらぽつりとそう(こぼ)すと、オーリムは不思議そうに首を傾げていた。


「そんな事ないが。俺も王も、フィアの用意してくれたものだけを食べる一日を、充分楽しんだ。ありがとう。でも、大変だっただろ?」


「そうでもないわよ?」


「だが料理を作る為に、今日はほとんどの時間を厨房で過ごしていたと聞いた」


 たしかに、オーリムと王鳥を想って料理を作るのは楽しかったが、料理はどうしても時間が掛かるから、今日は厨房にいるか、オーリム達と過ごすばかりだった。

 日課である王鳥と引っ付きながらの温室での勉強会も、大鳥との面会も、大屋敷の見回りだって、ろくに出来ていない。


 でも、ソフィアリアはゆるゆると首を横に振る。


「それはそうだけれど、リム様を想ってお料理をする一日は、とても楽しかったわ。だから気にしないでくださいな」


「そうか。ならいいが」


「もう少し美味しく出来れば、なおよかったわ」


「充分美味かった。……多分セイドとは少し違った味なのかもしれないけど、ロディ達はこの味で育ってきたんだろ? 俺もフィアの手料理で一日を過ごしたから、これからは羨む事なく、ロディと肩を並べられる」


 そう言ったオーリムはふふんと勝ち誇った表情をするから、行儀悪くも吹き出してしまった。

 くすくすと笑いながら目尻に浮かんだ涙を掬って、困ったように微笑む。


「もう、どこで張り合ってるのよ」


「しょうがないだろ。嫌味なロディが悪い」


「次は八年間と一日を並べるなって言われてしまうだけじゃない」


「……でも、これからは毎年の事だから。夜に夜食も作ってもらってるし、フィアの手料理を食べた回数なんて、すぐに追い越す」


「あらあら」


 さり気なく毎年恒例にしたいとおねだりされてしまった。そう望まれたら、叶えてあげたい恋心だ。

 そんな事で喜んでくれるのだから、心が(くすぐ)ったくて、ますます笑いが止まらなくなってしまうのだ。


「――――よく思い返してみれば、起きてすぐフィアと会えたのだって、本当は嬉しかったんだ」


「ふふっ、王様に何か言われた?」


「照れ臭いという未熟な理由で、目を曇らせるなとだけ」


 王鳥はどうやらソフィアリアの誕生日の朝にベッドに潜り込んだ事までは話さなかったらしい。二人だけの秘密というのを、大事に抱え込んでいるようだ。

 なら、ソフィアリアも黙っていよう。王鳥は常にオーリムと繋がっているから難しいかもしれないが、オーリムとも二人だけの秘密がいつか出来ればいいなと、そう思いながら。


「まあ、嬉しかったのは事実だけど、やっぱり結婚するまで、ああいうのはダメだからな?」


「ええ、わかっているわ。ごめんなさいね、かえって気を遣わせてしまって」


「別に気を遣って嬉しいって言った訳じゃない」


 頰に赤みは差しているが、真剣な表情でそう言い切られるから、今朝の失敗は浄化された気分になって、グッと息が詰まらせる。

 あれはソフィアリアも嬉しかったからオーリムも、なんて勝手な気持ちを押し付けた結果だ。嫌だと怒ってくれていいのに、嬉しかったという気持ちも本当だなんて返してくれたら、反省出来なくなるではないか。


「……もう、甘やかさないでくださいな」


「みんながフィアに甘えるから、俺と王くらいは甘やかす側に回ってもいいだろ」


「そんな事されたら、ますます好きになってしまうわよ?」


「だったら、いくらでも甘やかすだけだ」


 ふっと笑った表情に余裕が見えて、いつものオーリムらしくない大人らしさにドキドキする。好きだな、とますます恋に落ちていく。


 ――セイドで出会った頃のオーリムは、自我が薄いのかぼんやりした男の子で、ソフィアリアに戸惑いながら、初めての感情に振り回されて、突き放された。


 ソフィアリアが大屋敷に来たばかりの頃は、この状況を受け入れるのに精一杯だったようで、肩が触れ合うだけで真っ赤になるくらい、必死だった。


 お互いから(わだかま)りがなくなり、両想いになった頃だろうか? 少し気持ちに余裕が出て来たのか、ソフィアリアの事も周りの事もよく見て、助けてくれるようになったのは。


 身長も伸びてきているし、精神的にも成長して、今日みたいに年齢も重ねて、どんどん大人になっていくのだろう。

 求められるがままに大人のように振る舞うばかりの歪なソフィアリアとは違うそのまっすぐさが、とても眩しい。


「……なんだか王様に甘えたい気分」


「なんでここで王なんだ? 俺だって、フィアを甘やかせてやれるのに」


「リム様がすっかり大人ねってわかり合えるのは、王様だけだもの」


「……確かに俺は二人から見て頼りないのかもしれないけど、二人が親の顔をして、俺を見守るな。俺だって、二人に並べる」


「ええ、勿論(もちろん)わかっているわ。リム様を挟んで、そう目配せしたいのよ」


 ね?とオーリムに同意を求めれば、一瞬だけ不敵な笑みを返されたので、王鳥も聞いてくれていたのだろう。すぐに複雑そうな顔に戻ってしまったから、オーリムも変わった事に気付いていないようだ。


「……まあいい。とにかく、初めて俺の正式な誕生日を祝う日に、こんなに尽くしてくれて、幸せな一日だったんだ。だから楽しかったって気持ちは、フィアにも負けないからな」


「ふふ、ありがとう。でも、ダメよ?」


 否定をした事でムッとした反応を返されたから、少し意地悪な微笑みを浮かべる。


 だって――


「このあとも夜のデートが残っているでしょう? とびっきりのお夜食を用意しているのだから、まだ終わらせないでくださいな」


 そう言って笑みを深めれば、とびっきりの夜食の正体にピンときたオーリムは目を輝かせるのだから、この瞬間ばかりは、いつまでも可愛い未来の旦那様だ。




 

 幸せな今日という時間はまだ終わらない。夜デートも久々なのだから、あの日以来のキスだって、夢見てもいいだろうか。

 一日を掛けてより大きく育んだ恋心が、それを強く願っていた。




エピローグでカットしたオーリム誕生日話をフルサイズでお届けしました。これをもって本編にまつわる番外編は〆となります。


見返した時に矛盾が生まれそうなので深く考えてませんが、オーリムの真の誕生日は冬の3週目(12/20〜12/30くらい)あたり、王鳥の誕生日は夏の始め頃(6月上旬)を想定しております。多分、合ってるはず。


誕生日なのに寝起きドッキリをされるし、タルトケーキ勝手に食べられるし、久々に王鳥と喧嘩するし、幸せなだけじゃないのがオーリムらしい。基本いじられ振り回されキャラの可愛い子です。


第二部でソフィアリアの全貌を明らかにしてから、ちょっと弱々しくなりましたね。反対にオーリムは成長したな〜としみじみ思います。

目指せ、スーパーなダーリンさん!(無理そう)


誕生日を楽しみつつ、プロディージの得意料理が判明したり、ソフィアリアがアミーをやたら可愛がる理由が判明したり、大鳥の誕生秘話を語ったり、他にも第三部の伏線らしきものも詰め込んでます。さて、何が回収されるかな?♪

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ