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十六歳の誕生日 前編

「エピローグ〜恋の結末〜6」の前。ソフィアリア視点。



「おはよう、ラズくん。十六歳のお誕生日おめでとう」


「ピ!」


 オーリムの私室のベッドの淵に腰掛けて、寝顔を覗き込んでいたソフィアリアは、彼の起床と共にそう声を掛けた。

 ソフィアリアの背中にはピッタリとくっ付いた王鳥が、同じように覗き込んで、悪戯な視線を投げかけている。


 寝起き早々そんな事をされたオーリムは、当然ギョッとしながら飛び起き、慌てて後ずさる。その顔は、当然耳まで真っ赤に染まっていた。


「っ⁉︎ フ、フィアっ⁉︎」


「ええ、わたくしよ? ふふ、それ以上後ろに行くと、ベッドから落ちてしまうわ」


「フィアのせいだろっ! というか、なんでここに居るんだっ⁉︎」


「王様に入れてもらったの」


「王っ‼︎」


「プピー」


 朝から元気だなとニコニコしながら見守り、言い争う二人の邪魔をしないようにそっと立ち上がると、部屋に運び入れたカートの前に立ち、カップを手に取る。


「ラズくんの寝覚の一杯はお水? 白湯? 一応他のものも準備しているわよ?」


「水」


 水らしい。反論される前にカップに水を注いで、オーリムに差し出す。


「ありがとう…………いや、違うだろっ⁉︎」


「あら? 違うものの方がよかったかしら?」


「水の話じゃないからっ⁉︎ フィア、何やってるんだっ!」


 キッと眉を吊り上げて、真剣な目で睨め付けられる。その頰が赤く染まっているせいで怖さが半減しているが、ソフィアリアに甘いオーリムが、今日は本気で怒っているようだ。


 それも当然だろう。オーリムはソフィアリアをとても大切にしてくれていて、誰にも文句を言わせないように、まだ婚約者だという節度を守ろうとしてくれているのだから。

 まあ結婚前に一つ屋根の下で暮らし、夜な夜なデートなんてしている時点で、かなり怪しいものではあるが。王鳥という神の強制力もあり、共寝まで経験済みではあるが。

 なんにせよ、ソフィアリアのこの行動は、オーリムが必死に守っている節度というのを、台無しにしているようなものである。


 それはわかっているので、ソフィアリアは眉尻を下げ、しょんぼりとした表情をしてみせた。


「ごめんなさいね。でもわたくし、ラズくんのお願い事を叶えてあげたかったの」


「……お願い?」


「忘れてしまったかしら? セイドのみんなが来た日の夜に、誕生日プレゼントに何が欲しいか聞いたでしょう? そしたらラズくん、わたくしの手料理が食べたいって言ってくれたのよ?」


 そう言い訳をしてもこの行動に結びつけてくれるはずもなく、腕を組み、ますますじっとりと目を半眼にしていく。


「……勿論(もちろん)覚えてる。楽しみにしていたんだから、忘れる訳ない。けど、朝っぱらから俺の寝室にいて、寝顔を見ていい理由にはならないだろ?」


「あら、そう? ……わたくしね、今日ラズくんが口にするものは、全て用意したいと思ったの」


「全て?」


「ええ、寝覚の一杯から、就寝前に飲むものまで、全てよ」


 キラキラした笑顔を振りまきながらそう言うと、オーリムはぽかんとしていた。


 だがはっとして、首を横に振る。


「そっ、そこまでする必要あるかっ⁉︎」


「あるわ。だって今日は初めて正式な誕生日をお祝いする日になるんだもの。特に十六歳は特別だわ」


「だからって!」


「ねえ、ラズくん」


 両手を握って、恋心をふんだんに込めた笑みを浮かべる。


 その表情を見たオーリムはほんのり頬を染め、見惚れてくれた。その反応がとても嬉しくて、ソフィアリアだって火照りが伝染してしまうのは仕方ない。


「どうか受け取ってくださいな。プレゼントは先になるし、こんな事でしかお祝い出来ないのよ?」


「フィア……」


「わたくしは今日という日を、幸せいっぱいに過ごしてほしいわ。だからほんの少し、お手伝いさせてね?」


 ダメ?と首を傾けて優しく問えば、ぼんやりと惚けたまま、思わずといった様子でコクリと(うなず)く。


 しめしめである。


「ありがとう! では、朝食の準備をしてくるわ。ラズくんはゆっくり鍛錬してきてね? お水とタオルは、ここに置いてあるから」


 パッと手を離して満面の笑みを浮かべながら、スキップでもしそうな上機嫌さで部屋を出る。

 扉を閉める前に振り返って、ふりふりと手を振れば、オーリムはやんわりと、王鳥も嬉しそうに返してくれるのだから、可愛い未来の旦那様達だ。


 色々誤魔化すようにそそくさと部屋を出れば、正気に戻ったらしいオーリムの「いや、寝顔を見る必要はないだろっ⁉︎」なんて叫び声が聞こえた気がしたが、聞こえなかったフリをした。


 ――ソフィアリアの誕生日の朝。寝起き一番にオーリムの姿を借りた王鳥の顔を見れて、お祝いの言葉をもらえた事が、照れ臭かったが嬉しかったので、そのお裾分けをしたかったのだ。

 オーリムは王鳥がそんな事をしでかした事実すら知らないので、ただの悪戯だと思われるのかもしれないけれど。


 共感を得られなかったのが残念で、ちょっとだけおセンチな気分になりながら、今日という特別な日に思いを馳せた。





            *





「「いただきます」」


「ピ」


 朝の鍛錬を終え、軽く湯浴みも済ませたオーリムと王鳥、朝食の準備をしながら二人を待っていたソフィアリアは、ソフィアリアの誕生日の際にも使用した中庭のガゼボで、そう言って手を合わせた。


「美味そうだ」


「ピィ!」


 朝食に用意したのは、甘さ控えめのパンケーキとカリカリに焼いたベーコンとスクランブルエッグ、サラダにカットフルーツという、なんの変哲もないメニューだ。強いて言えば、料理長に勝てるはずもないので、いつもより見栄えが悪い。


 それでも喜んでくれて、ソフィアリアも嬉しかった。


「ふふっ、どうぞ召し上がってくださいな。でもわたくしの手料理より、いつもの料理長さんのお料理の方が、美味しいわよ?」


「フィアの手料理ってところに意味がある。な、王?」


「ピピー」


 そう言ってワクワクした表情でパンケーキを切っていた。ソフィアリアも王鳥に食べさせてあげながら、自分も食べ始める。

 味見済みなので知っているが、やはり今までで一番の出来だ。


「……あまり甘くなくて美味い」


「ピ!」


「ありがとう。いつもはもう少し甘くするのだけれど、リム様は辛党だから、これくらいの方が好きかと思ったの」


「うん、これくらいが好きだ。……セイドでも朝からパンケーキを焼いていたのか?」


「ええ、パンケーキって簡単だもの。でも、セイドでパンケーキを作ると、もう少しこう……素材本来の野生的な味? だったわ」


「……素材本来……野生的」


「ちゃんといい材料を使えば、こんなにも違った味になるのねぇ〜」


 何もしていないのに料理上手になった気分だとふわふわ笑っていたら、王鳥とオーリム、少し離れた所で控えているアミーとプロムスからも、憐憫の視線を感じる気がする。


 そんな空気を無理矢理変える為に、少し思い出話をする事にした。


「パンケーキはお母様の得意料理なの」


義母(かあ)さんの?」


「ええ。だから初めて教えてくれたお料理が、パンケーキだったわ。でもお母様の味は、結局わたくしでは再現出来なかったわね」


 それが少し心残りで、王鳥にパンケーキを与えてから、頰に手を当てて溜息を吐く。


 ソフィアリアと同じ粗雑な食材を使っていたはずなのに、母の作るパンケーキはふわふわしていて雑味も少なくて、とても美味しかったのだ。

 ここではいい食材を使っているので雑味はなくなったが、あのふわふわ感はやっぱり勝てないなと思う。


「そうだったのか。義母(かあ)さんのパンケーキも気にならなくもないが、でも俺も王も、フィアの作る物が一番だ」


「ふふ、ありがとう。ああ、でも、お母様のパンケーキが食べたかったら、春からは毎週のように食べられるわよ?」


「……毎週?」


「ピィ?」


 二人同時に首を傾げてきょとんとした表情が可愛いなと和みつつ、首肯しながら、その理由を教える事にした。


「ロディが完璧に受け継いでいるもの」


「ロディの手料理なんか食べたくないんだが? というか、頼んだら何言われるか、わかったもんじゃないだろ」


「ビビー」


 ものすごく嫌な顔をされてしまった。


 プロディージは甘い物に並々ならぬこだわりを見せるからか、甘い物を作らせると、とても美味しく作ってくれるのだ。だから作り手が嫌だから食べたくないと突っぱねるのは、少しもったいないと思う。

 まあ、学園に入学したら毎週のように来るみたいだし、多分勝手に作るだろうから、そのうち機会は訪れるだろう。


 そんな日を待ち侘びつつ、今はそれでいいかと流して、この幸せな時間を堪能する事にした。





            *





「おかえりなさいませ。巡回お疲れ様でした」


「お疲れ様でした」


 正午。執務室のバルコニーに降り立った王鳥とオーリム、キャルとプロムスを、アミーを伴って出迎えた。


 初めての試みに、王鳥は嬉しそうに擦り寄ってきて、オーリムは照れくさそうに微笑んでくれる。


「ただいま。……なんかいいな、こういうのも」


「ピ!」


「ええ、幸せねぇ。お昼はご一緒出来そうかしら?」


「ああ」


「よかった。では、準備をしてくるわ。キャル様、プロムス、少しアミーを借りるわね」


 キャルとプロムスも出迎えが嬉しかったようで、アミーを撫でくりまわしていた。アミーはすんっと澄ましているが、あれは絶対照れている。

 そんな三人を引き離すのは申し訳なかったが、アミーと一緒に執務室の応接スペースで、昼食の準備をする事にした。


 巡回中に何かあれば一緒に食べる余裕はなくなっていたので、何事もなく無事に帰ってきてくれてよかったと、心から思う。平和が一番だ。


 外から帰ってきたオーリムとプロムスが軽く身なりを整えてくるのを待って、六人で一緒に昼食を摂り始める。

 出迎えまでしたのは初めてだが、時間があればここで昼食を摂っていたので、こういう時間は初めてではない。


 だが、いつもは料理長にバスケットに詰めてもらっていたので、昼食をソフィアリアが用意したのは初めてだった。


「……夜じゃないのにフィアの手料理を食べられるなんて、不思議な気持ちだ」


 そこはかとなく感動しているような表情で、しみじみとそう言うのだから、少し(くすぐ)ったい。昼食の為に作ったバケットサンドなんて夜食としての定番メニューなのに、食べられる時間が違うだけで、こんなに喜んでもらえるとは。


 嬉しくて、思わず頬を緩ませていた。


「喜んでもらえてよかったわ」


「ああ。たまにロムがアミーの作った昼飯を持ってきてて、少し羨ましかったんだ。夢が叶った」


「あら、そうだったの? ふふ、そういえばアミーも、すっかり料理上手ね?」


 王鳥に食べさせつつ、隣に座るアミーを覗き見れば、突然話を振られたアミーは目を丸くして、首を横に振っていた。少し頰が染まっていて、とても可愛い。


 チラリと視線をやったアミーとプロムス、キャルのバケットサンドは、もちろんアミーお手製だ。一緒に作ったので見ていたが、すっかり手際がよくなったなと感心したのだ。

 分量だってきちっと計っていたから、味も美味しいはずである。


「い、いえ、普通ですっ」


「んな事ねーよ。めちゃくちゃ美味いから、そう卑下(ひげ)すんな」


「ピィ」


「あんた達は色眼鏡をかけてるせいでしょ」


 ぷいっと拗ねてしまった。耳まで赤いその姿を、プロムスとキャルと同じように愛でる。オーリムだけは反応に困っているのか、視線を逸らしてしまったが。


 でも、自己評価が不当に低いのは、あまりももったいない。身内からの評価を信じられないなら、部外者であるソフィアリアが、目一杯褒めてあげるだけだ。


「わたくしもそうなのだけれど、大好きな旦那様達の事を想いながらお料理をするのは、とても楽しいわね?」


「……はい」


「そのうえアミーは美味しく食べてもらえるように、たくさんプロムス好みの味を研究してきているんだもの。レシピノートに細かく書き込んでいるのは、知っているのよ?」


「そ、それはっ……!」


「それだけ手間暇かけているんだもの。美味しいに決まっているじゃない。だから色眼鏡なんて言ってはダメよ?」


 たくさん褒めながらよしよし撫でて、言い聞かせるように目を見つめる。どんどん染まっていく頬を、可愛く思いながら。


「アミーからの愛情たっぷりの特別な手料理を作ってもらえるプロムスは幸せ者ねぇ〜。キャル様の分だって絶対忘れないし、素敵な奥様だわ」


 照れが最高潮に達したアミーはすっかり真っ赤に染まった顔を両手で隠し、撃沈してしまった。少しやり過ぎてしまったようだ。


 でもアミーはこれくらい評価されていいので、反省はしない。身内から褒められても突っぱねてしまうなら、突っぱねなくなるまで、身内以外からもたくさん褒められればいいのだ。そうすればいつか、身内からの褒め言葉だって、素直に受け止めてくれるだろう。


 キャルはご機嫌に、そんなアミーも可愛い可愛いとすりすりしているが、プロムスからは何か物言いたげな、オーリムはアミーへの同情心が見えた気がするが、気のせいだと流して、次の話題を振る事にした。


「プロムスはアミーに作ってあげたりしないの?」


「朝だけは絶対私が作る事になりますね。と言ってもアミーの作り置きか、買ってきたパンを焼くくらいですが」


 何故朝だけは絶対?と尋ねようと思ったが、プロムスのつやつやした笑顔とますます赤くなるアミーの様子で察したので、深入りしない事にした。夫婦円満なのはいい事だ。


 代わりに口を開こうとしたオーリムを静止させるように、プロムスが畳み掛ける。


「私よりアミーの方がすっかり上手になりましたが、休みが重なると一緒に作るようになりました。結構楽しいですよ」


「まあ! 仲良しさんねぇ〜」


「……一緒に」


 その発想はなかったのか、オーリムが衝撃を受けたように目を見開いている。


 プロムスはその表情を見て、ニヤリと意地悪く笑った。


「リムは作った事ねーの?」


「……ない。スラムにいた頃は料理なんて知らなかったからそのまま食ってたし、ここでは用意してくれるからな。外でだって、買って済ます」


「リム様は代行人様だもの。それが普通だわ」


 オーリムが親しみやすい性格をしているおかげでたまに忘れそうになるが、代行人は王族より位が上だ。

 王族どころか貴族の男性は、厨房に立つ事は絶対にない。貴族女性ですら、料理が趣味だと公言しても、その実態は見た目を考えたり、最後の仕上げに少し触る程度が普通なのだ。家族全員料理が出来るセイドは、かなり特殊だったといえるだろう。


 だからオーリムは気にする事ないと思っていたが、ソワソワしている様子で察してしまった。思わず笑みを深め、王鳥が「プピィ」と小馬鹿にしたように鳴く。自分から言えばいいのに、と言っているようだ。


「リム様も一緒に作る?」


 先手を打ってそう問えば、目をキラリと輝かせるのだから、可愛い未来の旦那様だ。一緒に料理を作るアミーとプロムスを羨んだ事なんて、お見通しである。


「いいのか?」


「ええ。きっと楽しい時間になるわね?」


「じゃあ今日――」


 ウキウキした表情で勢い込んでそう言いかけるが、プロムスのわざとらしい咳払いで、口を閉ざしていた。

 そしてジトリと睨まれている。


「リム? 明日までに仕上げなきゃなんねぇ仕事が、たんまり残ってんだろ?」


「せっかくソフィ様が晩餐も用意してくださっているのだから、遅刻はダメ。だから、今日は諦めて」


「……わかってる」


 保護者二人に叱られたオーリムは、すっかりしょんぼりしてしまった。調子に乗ったと反省しているらしい。

 まるで親子のような三人のやりとりが微笑ましいなと思う。長年連れ添ったが(ゆえ)の絆が、ほんの少し羨ましい。


 その思いを振り切るように、やんわりと首を振る。


 それにしても、オーリムと料理をする日が来るとは思わなかった。いつになるのかは未定だが、とても楽しみだ。


「王様もご一緒する為に、野外で作りたいですわね?」


「ピィ」


 すりすりと愛おしげに頬擦りしてくれる王鳥も当然一緒に、幸せな時間を過ごすのだ。




本編にまつわる番外編のラストは、夜以外カットされたオーリムの誕生日でした。誕生日で始まり誕生日に終わる第二部番外編。

金曜日の後編で〆になり、来週再来週の過去編で番外編はおしまいです。


オーリムの誕生日なのにソフィアリア視点。なかなか大暴走しております。そういうとこだぞ。


ただ三人イチャイチャするのも味気ないので、小謎や伏線もちょこちょこ入れております。

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