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【第三部番外編連載中】王鳥と代行人の初代お妃さま  作者: 梅B助
第一部 黄金の水平線の彼方
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無邪気なお姫さま 2

本日(4/2)より、6時•18時と1日2話更新をしております。こちらは18時更新分です。ご注意ください。

 祖父が亡くなって一年程経った頃の夏。八歳になったソフィアリアはその日、初めてお屋敷から外に出た。


 いつも着ているドレスよりずっと簡素で地味なワンピースを着せられ、けれど新しいクリームイエローとブラウンのリボンにご満悦で、服の事は特に気にならなくなった。

 柔らかで触り心地のいい、リボンと同色のお気に入りのハンカチをポケットに入れれば準備は万端だ。初めてのお出掛けが楽しみで、ついニコニコしてしまう。


「いいかい、ソフィ。村では自分の事をお姫さまで、あのお屋敷に住んでるなんて言ってはいけないよ?」


「……? わかったわ」


「いい子ね。何か買いたいお菓子があった時に、これで一つだけ買いなさいね」


 そう言って母はお金をくれた。……当時はお金が何かわからなかったが、パン一つ買えるぐらいの小銭だった。キラキラしていない赤胴色のそれを初めて見て、当時は不思議そうに眺めていたように思う。


 お屋敷から少し歩いて、お店が立ち並ぶ通りに辿り着く。通りは閑散としていて何もないお店が目立ち、やっているお店も点々としていたが、ソフィアリアはキョロキョロと物珍しげに見回していた。

 ふと気になった物を見つけて、ソフィアリアは両親から離れて駆け出した。ソフィアリアがいなくなった事に、お店の人と話していた両親はしばらく気が付かなかった。


 ソフィアリアが見つけたのは、屋台の死角にしゃがみ込んでお菓子に手を伸ばそうとしてる、ぶかぶかの赤い服が特徴的な、黒く汚れた大きなお人形だった。屋台の奥さんはお客さんと長話をしていて、そのお人形には気付かない。


「こんにちは、お人形さん! 何をしてるの?」


 後ろからそう声をかけるとお人形はビクリと肩を震わせ、バッとソフィアリアを振り向く。細くて黒くて小汚い、栗色のボサボサうねり髪のお人形は、けれどオレンジ色の瞳だけはキラキラとしていて、宝石みたいで綺麗だった。


「う……あ……」


 声の出るお人形を初めて見たソフィアリアは、目をまん丸にして、パッと明るく笑う。


「お話しした! お菓子がほしいの?」


 首を傾げてお人形を見つめると、大きな瞳を見開いて、コクコク頷く。

 ソフィアリアはにっこり笑うとお人形の手を取り、お店の奥さんに話しかけた。


「お菓子をくださいな!」


 お屋敷で母に貰ったお金を手のひらに乗せてそう言うと、奥さんはお人形を見て嫌そうに顔を(しか)めたが、ソフィアリアがお金を持っているのがわかると苦笑して、お菓子を二つ包んでくれる。


「はいよ」


「二つ? これでお菓子は一つ買いなさいって言われたわ」


「この値段だと二つ買えるんだよ」


 よくわからないが、二つ貰えるなら貰っておく事にした。


「これはどんなお菓子なの?」


「これはラズベリーっていう果物を使ったスティックパイさ」


「美味しそう! ありがとう」


 にっこり笑ってお礼を言い、お人形の手を引いて、キョロキョロとあたりを見回しながら歩く。


「……何、探してるの?」


 ソフィアリアより一回り小さなお人形はおずおずと声をかけてきたので、ソフィアリアはキョロキョロしたまま答えた。


「お座り出来るところよ!」


「それなら、こっち」


 そう言うと今度はお人形が前に出て、ソフィアリアの手を引いて歩き出した。おしゃべりだけではなく手を引っ張って歩けるお人形に、またパッと表情を明るくする。


「お人形さん、すごいのね!」


「そのお人形さんって何? おれは人間だけど」


「人間なの?」


 ビックリした。ソフィアリアは洗い忘れたお人形かと本気で思っていて、こんなに汚れた人間がいるというのを知らなかったのだ。そのくらい、無知で綺麗で狭い世界で生きてきた。


 話しながら歩いていると、やがて村外れの川のほとりに着いて木の下に腰掛けたので、ソフィアリアも当たり前のように隣にピッタリとくっ付いて座った。お人形とはくっ付いて座るのが当たり前だったのだ。お人形――もとい男の子はビクリと肩を揺らしたが、ソフィアリアはそんな様子に気が付かない。


「はい、どうぞ!」


 ソフィアリアは一つ差し出すと、男の子は困惑しながらも受け取った。

 一口齧って、それがとても美味しかったのか、目をキラリと光らせて黙々と食べ進める。


 そんな様子に笑みを浮かべつつ、ソフィアリアも「いただきます」と挨拶をし、口にする。

 薄めたような味のあまりないバターに粗悪品の小麦を使ったパイ生地はあまり美味しくなかったがサクサクしていて、中に入ったラズベリーと呼ばれた赤い果物のコンポートは甘味が強くて絶品で、ソフィアリアもホクホク顔でこれを食べた。


「『いこくのこうきゅうひん』ではないけど、これもとっても美味しいわね!」


 男の子は聞きなれない単語に首を傾げて、でも美味しいという言葉には同意だったのかコクコクと頷いた。


「ごちそうさま!」


 食べ終わったのでそう言えば、男の子も初めて聞いた挨拶に首を傾げつつ、小さな声で


「……ごちそうさま」


 と反芻(はんすう)する。ソフィアリアはそれをニコニコして見ていたが、大事な事を聞いていなくて、手をパンっと合わせた。男の子が音に驚いてビクリと跳ねる。


「そうだわ! ソフィ、あなたのお名前をまだ聞いていないわ。あなた、お名前は?」


 手を地面について男の子を見ると、オレンジ色の瞳が微かに揺らいで、でもプイッと顔を背けた。


「ない」


「お名前ないの? なら、ソフィがつけなくちゃ!」


 最近はもう来なくなってしまったが、部屋にお人形が増えたらそれに名前をつけるのはソフィアリアが真っ先にする事で、名前のない男の子にもそれをしなければいけないと当たり前のように思っていた。

 唇に人差し指を当てながら、ジロジロと男の子を観察する。男の子はソフィアリアに困惑していて、でも何かを期待するように、ソフィアリアの琥珀色の瞳をじっと見つめていた。


「あっ! さっきの人がお菓子はラズベリーっていう果物を使ったお菓子だって話していたわ! 果物と同じ色のドレスを着ているあなたは『ラズ』くんよ!」


「ドレス? ……ラズ」


 名前を飲み込むように言葉に乗せて、気に入ったのかコクンと頷いた。ソフィアリアは目を細めて笑うと、男の子――ラズの右手を取ってぶんぶんと握る。


「ラズくんも今日からソフィのお友達ね! ソフィはね、ソフィアリアっていうの! お年は八歳。よろしくね!」


 ――のちに、ソフィアリアの人生と考えを大きく変えるきっかけとなった、埃まみれのボサボサの栗色の癖っ毛で、煤けた肌にはそばかすが散っていたが、輝くような鮮やかなオレンジ色の瞳を持ち、赤い服を着た身体の小さな年下の男の子……ラズとはこうして出会った。

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