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ミルクティーはもう飲まない

「幸せの瞬間5」のオーリム視点。



 ふわりと甘いこの香りは、世界で一番安心するものだと、心に深く刻まれたものだ。

 もっと側に置きたくて、発生源をギュッと抱きしめる。


 柔らかさと温もりを腕の中に引き寄せたオーリムは、とても幸せな気分で心が満たされた。頬を緩めて、もっと欲しいと顔を寄せる。


 顔に当たった柔らかさが気持ちいい。甘い香りもより一層強くなり、至福のひとときである。


其方(そなた)、余でも遠慮しておるのに、随分と大胆よなぁ。まあ、よい。プロポーズも済ませ、めでたく夫婦となったのだから、誰に(はばか)る必要もないしのう。存分に楽しむがよい』


 愉快だと言わんばかりにくっくと鳴く王鳥はご機嫌なようだ。それは何故かと考えようと思ったが、今は諦める。


 最も大切な宝物を腕に抱えながら、オーリムは眠りの世界へと旅立つ事にした――……。





           *



 


 夢の世界は、本当になんでもありだなと思う。


 これが夢だと判断出来るくらいには、オーリムの意識ははっきりしていた。


 でも、たとえ束の間の幸せだとしても、ほんの少しだけ現実を忘れて、この夢を堪能するのも悪くないだろう。だってここは、オーリムの望むものが何一つ欠ける事なく揃っているのだから。


 ――いつもの執務室は大鳥が三羽居ても窮屈(きゅうくつ)じゃなくて、ワイワイと賑やかだ。


 フィーギスはメルローゼとマヤリス王女を巡って言い争いを繰り広げ、ラトゥスが無表情で二人に火に油を注ぎ、キャルはアミーに相変わらず擦り寄って袖にされ、プロムスがプロディージを揶揄(からか)い、オーリムはそれに巻き込まれている。

 ソフィアリアは彼と――彼等と親しげに話していた。


 人見知りで静かな場所が好きだったオーリムは最近、その好みが変わったのかもしれないなと感じていた。こうして気心の知れた友人達が集まった賑やかさは、存外悪くないと思うようになっているのだから。


 夢じゃないとありえない状況に適度にツッコミを入れながら、ぼんやりとこの状況に身を委ねていた。


「はい、お待たせ、リム。ミルクティーだよ」


 プロムスが呼び寄せた彼が、目の前にカップが置いていく。その中身は相変わらずで、思わず苦笑した。

 カップと受け皿を手に取り、大雑把なオーリムとプロムスでは出せない芳醇な香りを楽しみながら、愛しいその色を見つめる。


「ありがとう。……実は俺、紅茶は無糖のストレートが一番好きだったんだ」


 彼は二年越しの暴露に目を丸くして、でも困ったように微笑んでいた。


 思い返せば、その表情はオーリムと共に揶揄(からか)われる彼がよくしていて、本当に義父に似ている。何故義父に会った時に気付かなかったのか、不思議なくらいだ。


「そっか。余計な気を回していたね」


「そうでもない。二年前の俺は、諦めていたこの色を淹れてくれて、どこか慰められていた。でも、もういいんだ、ロー」


 そう言って顔を上げ、彼――ドロールを見上げた。


 プロムスが正式に侍従として認められた時に買い与えた質のいい燕尾服を着こなすドロールは、見慣れないものだ。

 だって二年前の彼はまだ侍従見習いでしかなく、仕事中は使用人用の制服を身に(まと)っていた。私服姿も何度か見たが、一番見慣れていたのはそれだろう。


 プロムスが初めて燕尾服に袖を通した時、その隣にいてくれるはずだったドロールの姿を想像したのは記憶に新しい。

 何も言わなかったが、何もない隣を見ていたプロムスも、きっとそうだったのだろう。


 想像でしかなかったその姿を、こうして実際に見る事が出来た。


 束の間の夢でしかなくても、目が覚めたら記憶から消えてしまうのだとしても、その事が、こんなにも嬉しい。

 だからオーリムは、幸せそうな表情で笑っていられた。今だからこうして、あの時は伝えなかった本音を、素直に言えたのだ。


「……慰めなんかなくても、フィアは隣に居てくれるようになったから。ミルクティーは、ローが俺の為に淹れてくれたものだけで充分堪能した。だから、もう滅多に飲む事はないと思う」


「たまには甘味を飲みたくなるかもよ?」


「その時は、セイドベリーのジャムでも混ぜる。ミルクティーを選ぶ必要はないだろ」


「……そっか」


 ほっとしたような、寂しそうな、複雑な表情をして笑っていた。その目は会った時からずっとオーリムを案じ続けてくれていて、とても優しかったのだと今ならわかる。


「ごめんね、何も役に立てなくて。……最期はリムを傷付けて」


「そんな事はない。不貞腐れていたこの四年間で唯一希望を持てたのは、ローが居た半年間だけだった。心の底から楽しいと感じられた、いい思い出だ。……でも、相談もなく勝手に動いたのは、どうかと思う。結局、帰ってこなかったし」


「本当にね。代行人様が大した事ない普通の子だったから、大鳥様もなんて、(あなど)ってしまったのかなぁ」


「悪かったな、大した事ない普通の奴で」


「褒めてるんだよ。だからぼくは、リムと仲良くなれた」


 そう言って優しく頭を撫でられる。少し乱暴なプロムスとは違うけど、ドロールもきっと、オーリムにとっては兄貴分だった。

 余裕の出来た今だからこそ、それを実感出来るのだ。


「な〜にやってんだ?」


 ニヤニヤと笑いながら、プロムスがソフィアリアお手製のセイドベリーパイを持ってくる。ドロールが紅茶の用意をしてくれたから、プロムスはお茶請けをみんなに配ってくれていたようだ。


「別に。ローに褒められてただけ。ロムと違って、ローはきちんと褒めてくれるんだ」


「失敬な。オレだって褒めるところがあれば、きちんと褒めやってるだろ? あればな!」


「そういうところだよ。……フィーギス殿下方にも紅茶を淹れてくるね」


 苦笑だけ残して、ドロールはティーポット片手に行ってしまった。


 フィーギス達に丁寧に話しかけるドロールの姿を見ながら、そういえば二年前のフィーギス達は、学園を早めに卒業する準備と公務が重なって、半年くらい来ない事もあったなと思い出す。ドロールと親睦を深めていたのはちょうどその時期だったから、フィーギスとラトゥスはドロールと面識がないと言ったのだ。


 これは夢だけど、あの三人を会わせられてよかったと思った。


 ふとドロールは、生まれたばかりの双子の大鳥――ピーとヨーを抱えていて、ソフィアリアと(たわむ)れていたヨーピが、いつの間にか居なくなっていた。

 ドロールはラトゥスに双子を渡し、穏やかな表情で何か話しているようだ。ラトゥスは少し目を見開いて、また無表情に戻ると、神妙に(うなず)く。

 ラトゥスの肩に飛び乗った双子は両肩からラトゥスの顔を挟み、ウルウルした表情でドロールを見つめている――……。


 その不思議な光景を眺めながら、本当に夢はなんでもありだなとぼんやり思う。接点なんてないのに、意味ありげな行動に出ているのだから。


 ……そういえば、ヨーピと双子は同色で同爵位。あと、名前も似ている。


 そこに何か繋がりを見出そうとしていたのだが。


『おい、もう起きるがよい。妃も、まもなく目覚めるぞ』


 いつの間にか隣に王鳥がいて、腕の中には背中を向けたソフィアリアがいた。


 ソフィアリアはオーリムの腕の中から、執務室のみんなを優しい目で見つめている。まるで、この幸せな夢を目に焼きつけるように。


 ソフィアリアの温もりを囲ったオーリムは無意識に表情を綻ばせ、やがて世界は真っ白に染まる。この幸せな時間は、もう終わりを迎えるようだ。


『リム、みんなで幸せにね』


 どこか遠くで、もう聞けなくなった優しい声が聞こえた気がした。




            *




 

 二度寝から覚醒したオーリムは、なんだか気分がスッキリして、多幸感に満たされているなと感じていた。

 それが何故だかわからない。そういえば少し前に、何かを見ていた気がする。それが何だったのかは、思い出せないけれど。

 まあ、思い出せないなら仕方ない。オーリムはこの腕に抱いた幸せの象徴に、顔を(うず)めるだけ……。


 ――ふと、何故今この温もりが腕の中にあるのかと疑問に思った。


 オーリムは既に独寝(ひとりね)が出来る年齢で、特にこの身に染みた香りも温もりも、まだ独身であるオーリムは朝から感じるはずがない。


 そこまで頭の()えたオーリムは、くわっと目を見開いた。


「〜〜っ‼︎ 〜〜っ⁉︎」


『うるさい。妃はまだ寝ておるのだぞ? それ以上声を出すのは許さぬからな』


 腕の中には、すやすや眠るソフィアリアがいた。今まで何に顔を(うず)めていたのかは、考えないようにする。そう、決して思い出してはいけない。


 邪な思考を外に蹴り出しつつ、ソフィアリアをついガン見する。まだ昨日の夜会用のドレス姿だが、着衣の乱れなどがなくて安心した。髪は下ろされていて、いつもよりあどけない顔をしている。少し幼くて、とても可愛い。


 ではなく――


『妃はいつもこの時間に起きるからな。いつまでも惰眠(だみん)(むさぼ)っておらんで、共に妃の目覚めを迎えようぞ』


 王鳥に文句を言う前にソフィアリアの長いまつ毛がふるりと震え、ゆっくり琥珀が現れたから、オーリムは目を見開いて硬直する事しか出来なかった。



 

 阿鼻叫喚の、ほんの少し前のお話――。



「幸せの瞬間5」の夢のオーリムが妙に現実的だったので、気がつけば生まれていた、そんなお話。


ソフィアリアの髪色がミルクティー色なので、オーリムはミルクティーが好き……なんて事考えたりもしたのですが、彼、セイドベリー以外は基本辛党なんスよね……。

そのあたりのお話も書けたらなと思っていたので、練り込みました。

故人との思い出を大切にされたら、現実で越えるのは難しいのです。


オーリムは4年間側にいて夢を変えさせたプロムスを蔑ろにしている訳ではなく、むしろ思いのままに無気力になれる程、甘えきっていましたよとフォローしておきます。

それでも、ソフィアリアを一目見てこいと背中押したり、ドロールを連れてきたりと、ここぞという所で救いに導いてくれる、いい兄貴分です。


ドロールがラトゥスにピーとヨー託してるシーンが地味に好きです。夢にクラーラがいないので、突然出すよりも、代わりにクラーラと双子の(⁉︎)未来の旦那様であるラトゥスが受け取っているっていう。


ところで、一体なににフカフカしてたんでしょうね(^^)

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