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高貴なる晩餐会

「過去の『せいさん』7」の冒頭。オーリム視点。



「さて、明日の予定はこんなものかな? そろそろいい時間だからお開きにして、皆で食卓を囲み親睦を深めようではないか」


 この三日間で集めてきた情報から見えてきた事実の協議を重ね、明日の夜会の予定を話し終えた頃には、すっかり陽が落ちきっていた。ソフィアリア達の晩餐は、とうに終えた後だろう。


 重い真実によって精神的に疲労困憊だが、そんな中でもフィーギスだけはツヤツヤといい笑みを浮かべている。ここで食事を摂るのがよほど楽しみなようだ。


「皆で、ですか?」


勿論(もちろん)。プロディージもだよ」


「……光栄です」


「オレは給仕だけして帰るわ。アミーが飯用意して待ってるからよ」


「そうか。残念だが、それは仕方ないな」


 各々好き放題言って、執務室から出て行く。オーリムも続こうとしたが――。


『余は明日の夕方まで飛んでおるから、今夜は楽しんでくるが良い』


「ああ。……王」


 バルコニーに向かう王鳥を、思わず引き止める。王鳥は立ち止まってくれたが、オーリムは言い淀んでしまった。


『なんだ?』


「……やっぱいい。あとで話す」


『なら、無駄に引き止めるではないわ。ラズもさっさと行け』


 怒られてしまった。まあ当然かと思う。


 バルコニーから飛び立った王鳥の背中を目で追いながら思う。大舞踏会の時みたいに、姿を見せないソフィアリアを早く出せと催促しにいかないのかと。ソフィアリアが寂しがっていると。


 心の声でも聞こえるはずの王鳥からの返事は、残念ながらなかったけど。





            *





 今日の晩餐メニューは、ポトフとローストチキンだった。ポトフのじゃがいもが多めなのは、フィーギスの好物だからだろう。昔からよくここで食事をしていくから、料理長はフィーギス達の好みも把握していた。


 これに困惑の表情を浮かべたのが、プロディージである。


「……フィーギス殿下も、これを召し上がるのですか?」


「まあね。私の好物の一つなのさ。ポトフなんて、ここでしか食べる事を許されないからね」


「はぁ……それは、まあ、仕方ないかと」


 ふふんと得意げに言われた言葉に、ますますどう反応すればいいのか困っているようだ。


 見栄と矜持をなによりも重視する王侯貴族は野菜……特に地に埋まる根菜や豆類を毛嫌いし、口に入れたがらない。特にこの国では、安価で大量生産出来、平民の主食の一つとして広く流通している為か、じゃがいもを親の仇のように嫌う傾向にあった。

 だがポトフに使われているにんじんも玉ねぎも根菜で、レンズ豆も平民食だ。なんといってもじゃがいもがこれでもかというほどゴロゴロ入っている。王太子殿下の好物が王侯貴族が口にしない食材詰め合わせのポトフだという事実に、戸惑っているらしい。


「なるほど、ロディは野菜が苦手なのか」


 それを明後日の方向に解釈したラトゥスが、残念の者を見る目を向け、肩を叩いていた。苦手なら仕方ないなと、まるで子供扱いするかのように。


「野菜が苦手なんて、坊ちゃんはガキだなぁ。諦めて食え」


「苦手なんて言ってないし。……野菜を食べられないと、セイドでは生き延びる事が出来ませんでしたからね。普通に食べられますよ」


 勘違いされたプロディージは嫌そうな顔をし、弁明しながら席に着く。


「んじゃ、帰るわ。皿とかはそのまま残しといていいって、料理長が言ってたからな」


「ああ。お疲れ」


 給仕を終えたプロムスは、それだけ言って帰ってしまった。高位貴族に囲まれたプロディージが少し居心地悪そうにしていたが、気にしても暴言が返ってくるだけなので、放っておく事にする。


 挨拶もそこそこに、フィーギスもラトゥスもさっそくあつあつの食事を楽しんでいた。ここで食事をする時、二人は実に幸せそうな表情をする。


 プロディージは微妙に居心地悪そうにしながらも、綺麗な所作で食べ始める。ソフィアリアに似た動きをすると気付いてしまったが、なんだか(しゃく)なので見ないフリをした。卓上にあるデザートが気になるのか、視線はそちらに釘付けなので、少し視線をやってしまった事には気付かれなかったが。


「……ちなみにロディは、なにか苦手な食べ物はあるのか?」


「何? 嫌がらせでもする気?」


「何故わざわざそんな面倒な事をする必要がある? 聞いただけだ」


 そうは言ったものの、オーリムはやらなくても王鳥ならやりかねないと気付く。


 プロディージも察したようで、警戒心を強くし、目を細めて睨み付けてくる。苦手な物のフルコースでも出されたらたまらないと、答えるのを渋られてしまった。


 とはいえ、自分でふったのだから、今更引くのもなと思う。


「……隠してもフィアに聞かれるだけだぞ」


「多分姉上も気付いてないと思うけど、まあいいや。教えるから、絶対出さないでよ」


「ああ」


「……魚。昔、セイドの川で釣った魚であたってから、トラウマなんだよね。特にそのまま出されたら――」


 まさかの回答にオーリムはじゃがいもを喉に詰まらせて、盛大に()せた。フィーギスなんて思いっきり吹き出すし、ラトゥスすら、珍しく口角を上げている。


 高貴なメンバーが揃っているにもかかわらず、マナーを無視した王太子殿下の爆笑とオーリムの咳が響き、プロディージは(いぶか)しむ。


「……何か?」


「ぷふっ……! だってプロディージ、リムと同じ物を、同じような理由で嫌いなんて言い出すからっ……!」


「ロディも魚が苦手か。しかも丸ごと。……さすが双生(そうせい)だな」


 ケラケラと笑い混じりに言われた言葉で、何がツボに入ったのか理解したプロディージは、ギロリとオーリムを睨んでくる。水を飲んで咳を落ち着かせたオーリムも、負けじと睨み返してやった。


「ちょっと、真似しないでよ」


「馬鹿言うな。なんでこんなものを真似する必要がある?」


「クソ馬鹿オーリムに馬鹿とか言われたくないんだけど? なに魚でお腹を満たそうとしちゃってんの? 今すぐ僕に謝って」


「誰がクソ馬鹿だっ! だいたい、食べるものがなかったんだから仕方ないだろっ‼︎ 何故ロディに謝る必要があるっ⁉︎」


「笑われたんだから当然だよね?」


「な訳あるかっ⁉︎」


「はいはい。二人とも、楽しくお喋り出来る相手が出来て嬉しい気持ちはわかるけど、落ち着きたまえ。美味しい食事が冷めてしまうよ」


 くだらない水掛け論が始まったのを見て、フィーギスは笑いを堪えながら手をパンパンとわざとらしく叩き、場を(いさ)める。口論は止まったが、睨み合いは続いたままだ。


「にしても、リムはプロディージと本当に仲がいいのだね? そんなくだらない言い争い、私とすらあまりしてくれないではないか」


「そうでもないつもりだが。まあ、うん。フィー達には面倒ばかり掛けている自覚はあるから、無意識に遠慮してるかもな」


 別に線引きしているつもりはない。二人も、ここに居ないプロムスも、オーリムにとっては大事な親友だ。むしろプロディージを友人なんて思っていないのだが、じゃあなんだと問われても答えに詰まるので、言わない事にした。


 フィーギスとラトゥスからの微笑ましいと言わんばかりの視線は、あらためて言われると気恥ずかしいので、黙々と手を動かし、食べる事に集中して誤魔化しておく。


「……食事中にうるさくしてしまい、申し訳ございませんでした。私がオーリム相手に、少々大人げなかったと反省しようと思います」


「どういう意味だ」


「なに、構わないとも。今日は親睦を深める場だからね。今後もリムと仲良くやってくれたまえ」


「お詫びと言ってはなんですが、こちらを」


 仲良くという言葉を(かわ)したプロディージは、懐から折り畳まれた紙を取り出し、フィーギスに差し出した。


 フィーギスはその行動に、目をすがめる。


「なんだい?」


「今回の件とは全く関係ありませんが、夜会に同行させていただいた際に気になった点です。おそらく掘り進めると、何か出てくるかと」


 そう言ってニッと不敵に笑う。


 フィーギスは手渡された紙を開いてさっと目を通すと軽く目を見開いて、プロディージに貴人らしく読みにくい笑みを向けた。


「なるほど? 君はどうやってこれを見つけたんだい?」


「大した事はしておりませんよ。情報を集めるついでに周囲に耳を傾けて、それとなく探りを入れてみただけです」


「ずっと僕の後ろに控えていたのにか?」


「会話の中に全く無関係な話題をこっそり混ぜてみて、相手の反応を見るだけである程度予測出来ますので。イ・グノーラ伯爵令嬢の話も書いてありますので、フォルティス卿も、あれ以上しつこいようでしたらお使いください」


 その言葉に軽く目を見開いて、小さく感謝すると発言したから、ラトゥスに言い寄っている令嬢なんだなとぼんやり思った。


 どうやらプロディージは情報収集ついでに、貴族の弱みなんかも握り締めて帰ってきたらしい。ついでで出来る事ではないと思うが、まあ、深く尋ねまい。代行人は社交界には一切関わるつもりはないのだから。


「あーあ、もったいないねぇ。ねえ、プロディージ。セイドを代官に任せて、私の下に出仕する気はないかい? 君、側近になりたいのだろう?」


「側近になりたいのか?」


 初耳だった。フィーギスの側近の中には普段は領主をしていて、社交シーズンのみ集う人もいたと思うので可能だとは思うが、王太子殿下の側近という立派な看板を掲げられる分、仕事が増えるだけだろうにと思う。

 ただでさえ、セイド領を第二の聖都にすると意気込んでいたのに、フィーギスの側近という仕事まで抱え込む気なのか。


 ちょっと心配になったのを感じ取ったのか、プロディージは一瞬嫌そうに顔を(しか)め、またすっと表情を戻した。


「まあね。……ありがたいお話ですが、私はセイド領を他人の手に委ねるつもりはございません。それに、その程度の情報で満足せず、二年後の私を見て判断していただければ幸いです」


「既に充分に見えるが、まあ、期待しているよ。ただし、下るのは私のもと以外は許すつもりはないからね?」


「当然です」


 きっぱりと言い切るプロディージに、フィーギスは満足そうに(うなず)いていた。いい人材を見つけてご満悦らしい。


「しかし、何故このタイミングで渡した? これを小出しにすれば、僕達と有利に取引が出来ると考えなかったのか?」


「その程度の情報でフィーギス殿下達と取引が出来るなんて大それた事、考えておりませんよ。社交デビューを果たした暁には、もっと有益な情報を献上させていただきましょう。隙の多そうな学園もありますしね」


「随分な忠誠心だ。私はそれほど、君に認められるような事をしたのかな?」


 そう言って両者笑みを浮かべて、挑むような視線をぶつけ合っている。なんとなく、ソフィアリアとフィーギスが初めてここで話した日の事を思い出した。ソフィアリアは引き際を心得て、場の空気を緩和させるのも上手かったが。


 二人はまだ引くつもりはないらしく、話は続く。


「本当に、その程度の情報でしかありませんよ。言うなれば、挨拶代わりです。私はフィーギス殿下達を和ませる為のオーリムの添え物にも、王鳥妃(おうとりひ)の弟にもなるつもりはございませんので。プロディージ・セイドという一人の人間として、フィーギス殿下達に有益な人間と判断していただけるよう、今後も努めましょう」


「ほんと、貴族向きないい性格してるよな」


 そう言って溜息を吐く。プロディージは随分とプライドが高く、野心家だなと思う。


 貴族嫌いな大鳥達は、よくこんな男を大屋敷に招き入れたものだ。あとで王鳥に理由を問いただしてやろうと、頭の片隅に入れた。


 プロディージはデザートを引き寄せながら、当然と言わんばかりにニヒルに笑っていた。


「その腕なら同じ側近として肩を並べるより、僕の配下にほしかったな。とても残念だ」


「フォルティス卿のお手伝いなら、最優先でさせていただきますよ。クーの為にも、印象は良くしておきたいので」


「それがラスに指示を出す私への助けにもなるしね。いやはや、二年後が実に楽しみだよ」


 そう言ってご機嫌な様子の三人を見ながら、ふと思う。隠し事を暴くのが得意なプロディージが居るのなら、もうオーリムはフィーギスに付き添って、嫌々夜会に参加させられる必要はなくなったのではないかと。

 世話になっているフィーギスを助けるのは当然だと思うが、正直貴族との会話は苦手だ。妙な気を感じてゾワゾワするし、プロディージが代わってくれるなら、嬉しいのだが。


「リムも居るし、向かうところ敵なしになるね」


 ――残念ながら、そう上手い話にはならないようだ。


「……そういえばオーリムの侍従さ、平民って言ってたけど、どこのご落胤(らくいん)さらってきた訳?」


 フィーギス達の酔いが回り、プロディージがデザートに舌鼓(したづつみ)を打ち始めた頃、脈絡なくそんな事を言われた。


「ロムならアミー……一緒に部屋に居たフィア付きの侍女と一緒に、俺が来る前からここに居る。キャルを見つけて、住んでいた孤児院を抜け出してきたという事しか知らない」


「なんでも赤子の頃に、孤児院の前に捨てられていたらしいよ? まあ、院長が嘘を言っていなければ、だけどね」


「僕も気になって探してみた事はあったが、これだという決め手に欠ける。生粋の平民や他国の人間なら、もうお手上げだ」


「見た目の特徴からして、この国の人間で、貴族にしか見えませんけどね。……実は判明しているけど、絶対に隠さなければならないとかではなく?」


「不吉な事を言うのはやめたまえよ……。私はこれ以上兄弟が増えるなんて、御免被る」


 プロディージがそんな事を言い出すものだから、フィーギスとプロムスを脳内で並べて、比べてみた。

 そんな事考えた事もなかったけれど、そういえば両者は同じように容姿端麗だ。でも、似てはいないような気がする。フィーギスそっくりな国王陛下とプロムスを並べても、あまりピンと来るものはない。


「王ならわかるかもな」


 ポツリと言ってみたが、聞こえているはずの王鳥からは、何も返ってこなかった。


 ――そこから先は、酒も回ってきてなかなか賑やかな晩餐会となっていった。この雰囲気に慣れていないプロディージだけは、フィーギスに絡まれて困惑していたが、残念ながらこれが、通常運転なのである。ここにプロムスも混ざれば、より一層賑やかになるのだ。


 フィーギスの側近を目指すなら、今後いくらでもこういった名ばかりの高貴なる晩餐会に遭遇する事になるだろうから、慣れてもらうしかない。

 この場に馴染む日が楽しみだなんて、素直に思ってやらないけど。



オーリムとプロディージの双生設定をもう少し使う&お正月に更新した「殿下、多忙中!」でフィーギス殿下がプロディージに目を掛けていたのに説得力を持たせたくて書いてみた小話でした。


変な所でシンクロする、喧嘩するほど仲のいい二人です。

何気にフィーギス殿下の好物が判明。この設定は後々本編でも出てきます。


プロムスの出自は、書く書く詐欺をしているアミーとプロムスの外伝で判明予定なのですが……いつ書けるんでしょうねぇ(遠い目)

本編完結までには書きたいのですが、まあ長い目で見てやってください。

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