親子喧嘩
「史上初の女性鳥騎族2」の直前。オーリム視点。
「失礼します。代行人様、温室の方に皆様お集まりですので、そろそろお越しください」
おやつ時の少し前。執務室で山積みになっていた書類を捌いていたら、アミーが迎えにきた。仕事中なのでお仕事モードだ。
午前中に義妹のクラーラが鳥騎族に選ばれるという不測過ぎる事態に陥ったので、予定にはなかったが、今からフィーギス達が来る事になっているのだ。
オーリム達も忙しいが、フィーギス達はもっと忙しいだろうに、更に仕事を増やしてしまい、色々と申し訳ない。大舞踏会の事があったとはいえ、またこっそり何かお礼をしようかなと目論んでいた。
まあ、この多忙が落ち着いてからの話だが。
「お〜。もーちょい片しておきたいから、ちょっと待ってろ」
「……」
「コラ、無視すんな。ほんと悪かったから。な?」
頭を働かせつつも手が離せないオーリムの代わりに答えてくれたプロムスに冷たい反応を返すアミーのやりとりを見て察するに、どうやら現在、夫婦喧嘩中らしい。
アミーは本気で怒ると無視をすると知っているのだ。まあ、オーリムはされた事はないが。
理由はなんとなくわかっている。というか、よく思い返せばオーリムもまだ、本人からは何の弁明を聞いていない。だからついでに聞いておこうと、ギロリと睨んでやった。
「ロム、そういえばいつから諜報員なんてやってたんだ?」
腕を組んでジトリと睨んでやれば、アミーも同じようにプロムスを睨み始めた。
オーリムもアミーも昨日プロディージが探り当てるまで全く気付かなかったが、どうやらプロムスはフィーギスに頼まれて、ソフィアリアの事を探る諜報員なんてやっていたらしい。
この様子だと、アミーは昨夜問い詰めたらしいが、何も引き出せなかったようだ。そしてオーリムも多忙過ぎて、半分忘れていた。
二人して視線でプロムスを責めるも、プロムスは全く堪えてないようで、呑気に片頬を上げているだけだ。
「私もまだ話してもらってない。ロム、なんでそんな事を引き受けたの?」
「この国の王太子殿下の指示だぜ? そうほいほい嫌なんて言えっかよ。でも、もうやらない。それでいいじゃねーか」
至極真っ当に聞こえるが、そんな訳ない。たしかにフィーギスは最高権力者だが、兄貴分であるプロムスに権力で強制させるような真似は滅多にしない。今回の事は、その滅多には当てはまらないだろう。
頼み事に嫌なんて言わず、自分の意思で引き受ける事にした。それくらいわかっているのだ。
「……私、まだしばらく夜はキャルの背中を借りるわ」
適当に流そうとするプロムス相手に、アミーはぷくりと頬を膨らませて、強硬手段に出る事にしたらしい。
ガタリと音のしたバルコニーの方を見ると、扉の向こうではキャルが目をキラキラ輝かせて、フリフリと尾羽を揺らしていた。昨夜はそうやって、キャルの背中で拗ねていたようだ。
キャルは大歓迎だろうが、プロムスは断固拒否だろう。視線を戻すと案の定、プロムスは狼狽えている。その様子に、ちょっと気分がスカッとした。
「また独寝しろってのか⁉︎」
「寝相の悪いロムは寝台を広々使えて幸せ。キャルは私と二人きりで幸せ。誰も不幸にならないわ」
「俺が不幸だろうが! なあ、リムなら寂しい俺の気持ち、わかるだろ? 可哀想だろ? 黙ってないで、説得を手伝ってくれよ」
「知るか」
夫婦喧嘩を始めた二人を傍観していたら、巻き込まれてしまった。まあ、確かにソフィアリアと喧嘩して、オーリムをハブって王鳥と二人だけの夜を過ごすなんて、耐えられる気がしないが……ソフィアリアと共寝なんてした事がないが。
ちょっと想像して赤くなった頰を悟られないように、アミーと同じようにツンとそっぽを向けば、プロムスが項垂れていた。いい気味である。
そもそも適当に流さず、きちんと弁明すればいいだけではないか。オーリムだって、それを聞く義務があるだろう。
「……で? そっちはどうでもいいから、さっさと話せ」
「怒るだろ?」
「ああ」
きっぱりと言い放つと、プロムスはぐっと眉根を寄せていた。何を当たり前の事を。当然ではないか。ソフィアリアに疑いを持って接していたなんて、いい気分ではないのだから。
おそらくだが、プロムスはソフィアリアとよく接しているわりに、大屋敷の誰よりも距離が遠い。それはオーリムの想像以上だったようで、一線どころか、遠くで睨みをきかせていると言っても過言ではないくらいだったのだろう。
諜報員をしていたからというのもあるのかもしれないが、きっとそれだけではない。ソフィアリアが来たばかりの頃に本人も、先程ガゼボでプロディージと話した後には王鳥も言っていた通り、根本的に不信感を抱いていたのだろう。その気持ちはソフィアリアと接した今も変わらないのか、ちゃんと聞きたかったのだ。
「いいから、ちゃんと教えろ」
だからそう、念を押しておく。
まあ、怒るだろうなんて聞いてくるあたり、結果は目に見えているが。だからと言って口を噤むのは違うし、水臭いと思ってしまう。
オーリムの兄貴分と何よりも大切な最愛が、どうしても合わないというのであれば、寂しいけど仕方ない。どちらも善人でも、相性が悪いという事だってあるだろう。
でもそれを聞いて、受け止める度量はあるつもりだ。ちょっとムッとするくらいは、許してほしいが。
プロムスは嫌そうに、はぁーと溜息を吐いていた。目元を手で覆って、逡巡しているのか沈黙が支配する。それでも、根気よく待っていた。
「……頼まれたのは夏のはじめだ」
「最初からなの?」
「まあな」
そう言ってこちらを見る瞳は、どこか揺れていた。こうしなければ気が済まなかった事を、悔やんでいるかのように。
その表情を見れば、プロムスがソフィアリアを嫌っている訳ではない事がわかる。だからこれ以上責めるのはやめようと思った。
「……フィアの事、まだ怖いか?」
「怖い?」
「フィアとの婚約証書にサインした後、ロムは言ってただろ。フィアは人心を掌握するのが上手くて、だから怖いとな。何か悪巧みしていたら、とんでもない事になるぞって」
目をパチパチさせるアミーは、プロムスがソフィアリアにそんな理由で恐怖心を抱いていたというのは初耳だったらしい。
「……ソフィ様は、悪巧みなんて考えていないわ」
「わかってる。そっちは例え話だから、気にすんな。なら、なんでソフィ様は……」
何かを言おうとして、ハッとしたように口元を押さえた。
「ロム?」
「わりぃ。これは本当にオレからは言えねぇ。フィーにも口止めされてっからな」
思わず眉根を寄せるのは仕方ない。今の言い方だと、オーリムも知らないソフィアリアの何かを、フィーギスとプロムスは……おそらくラトゥスも、握っているという事だ。そしてそれを、話すつもりはないと言っているようなものではないか。
問いただそうにも、話術の乏しいオーリムでははぐらかされるだけだから、態度で面白くないと示すしかない。
プロムスにはそれで通じたようで、苦笑される。
「わりぃな。とりあえず、オレはソフィアリア様の身分と実力がどこかちぐはぐで、なのにどんな奴でも慕わせる人柄が、ちょっと怖いって思ってる。……フィーに頼まれたからってよりも、もっとソフィアリア様の事を知ればそう思う必要はなくなると思って、監視してた。だからあんま、フィーばっか責めてやるなよ?」
――申し訳なさそうにそう言って、困ったように笑われたら、オーリムも納得するしかなくなるではないか。
正直、オーリムにはソフィアリアが怪しいと思う気持ちがわからない。過去を知っている身からすれば、不運が重なって、気が付けば悪意の中心に立たされてる不憫な人としか思えないからだ。
本人が善人だから、その状況はなお苦しいだろうに。だからオーリムはそこから救い上げるか、寄り添ってあげようと思っている。これ以上、たった一人で傷付かないように。
ソフィアリアに寄り添う事を決めたオーリムでは、プロムスに共感してやれない。多大な恩義がありながら相容れない事があるのは、寂しいけれど仕方ない。オーリムが最優先にしたいのは、ソフィアリアなのだから。
「……ロムは、ソフィ様が嫌い?」
オーリムはよくても、プロムスが最優先のアミーは、意見が一致しない事を上手く飲み込めないみたいだ。
そう尋ねた声は悲しそうに揺れていて、不安そうな目でプロムスを見つめている。
無理もない。アミーにとっての最愛は、間違いなくプロムスだが、可愛がって色々と教えてくれるソフィアリアは、尊敬出来る主人であり、恩師であり、友人だ。
オーリムと同じくらい人見知りだったアミーは、最近ソフィアリアが他の侍女やメイド達との仲介をしてくれたおかげで、多くの友人に囲まれるようになった。なかでもソフィアリアが別格で慕っているのは、見ていてもわかる。
だから胸中は、オーリムの比ではないくらい複雑なのだろう。
プロムスはふっと笑うとアミーの側に寄り、頭をサラッと撫でている。その手の動きがなんだか気恥ずかしくて、サッと目を逸らした。
プロムスは言い聞かせるように、優しく答える。
「嫌えねーよ。間違いなく、いい方だ。まあ、オレの事まで世話焼いて面倒をみようとする所は、ちょっとどう反応すればいいのか、わかんねぇけど」
「ロムは俺達の世話ばっかしてて、世話される所なんか、見た事がないしな」
アミーと顔を見合わせて、笑い合う。
プロムスは昔から……少なくともオーリムがここに来た頃には既に自立していて、大人相手に立ち向かって、甘えるような事はしていなかったように思う。むしろ、アミーとオーリムを背負っていたくらいだ。
なのに、ソフィアリアはそんなプロムスすら甘やかす。そんな扱いを受けた事がなかったから、困惑しているのかもしれない。その途方に暮れた様子が珍しくて、なんだか少し笑えたのだ。
アミーと無言でわかりあっていたのが面白くなかったのか、今度はプロムスがムッと不機嫌になる。それには二人して、気付かないフリをした。ちょっとした嫌がらせだ。
「なら、いいわ。ソフィ様の疑念が晴れるなら、私が教える。これでもリムと同じくらい、ソフィ様の事を知っているのよ?」
「絶対俺の方が知ってる」
「それはどうかしら? ソフィ様、聞けばなんでも教えてくれるし、ここに来てから一緒に過ごした時間も、私の方が長いもの」
そう言われるとぐっと渋面を浮かべてしまった。
たしかにずっと侍女として朝から晩まで側で控えていたアミーは、休日の事を含めても、ソフィアリアと過ごした時間は長いだろう。おそらく、オーリムでも勝てないくらいに。
それに、同性というだけあって、オーリムの知らないソフィアリアの情報を握っている可能性が高い。だから、否とは言えなかった。
無表情だけどふふんと勝ち誇った顔を、羨望と嫉妬を乗せて睨みつける。オーリムにはそれで精一杯だ。
「あーあ、せめてソフィアリア様がもう少し事情を話してくれれば、こんな目を向けずに済むのにな」
「それで納得するの?」
「言ったろ? 別に嫌いじゃねーって。疑念さえ取り除けば、なんの蟠りもなくなる。ちゃんと友人扱いも出来そうなのにな」
それを聞けて、どこかほっとした。どうやら根本的に相性が悪いとか、そういう事ではないらしい。
「でもロム、アミーを即日手懐けたフィアに、嫉妬してたんだろ?」
「ロム?」
「それは仕方ねーだろ? 人見知りのアミーを会ってすぐ口説き落とせるとか、ほんと何者だよって思ったし。オレは間違ってない!」
「……やっぱりしばらくキャルと寝ようかしら」
「なんでだよっ⁉︎」
そう言ってまた始まった夫婦喧嘩に苦笑する。いや、オーリムも混ざっていたから、親子喧嘩になるのかなと、ぼんやり思いながら。
いつかプロムスが納得して、ここにソフィアリアが混じる事が、日常になればいい。そんな未来に、思いを馳せた。
そう言えばスパイバレした後の話を書いていないなと思って。ついでに初期メンバー3人で語り合っている姿の描写があまりないなと思って、書いてみました。
オーリムの中では2人は兄貴分と姉気分という名の、親扱いなのでしょう。だから親子喧嘩です。
父と母は、ソフィアリアの両親で賄ってますが。オーリムの中の家系図が不思議な事になってます。
プロムスがソフィアリアに向ける感情が周りとは違うので、少し説明が難しいですね。
多分根本にあるのは、嫉妬が強いんじゃなんじゃないかなと思ってます。
上に立つ人間、アミーを手懐けた早さ、面倒見の良さ……プロムスが担っていた色々な事を、ソフィアリアが掻っ攫ってしまったので。
アミーの事以外はフィーギス殿下もですが、彼はソフィアリアと違ってれっきとした王太子殿下なので、許しているのかなと。
第二部が終わった頃には全ての蟠りが解けているので……?さて、どうなるのでしょうね(^-^)




