おてんばお嬢様のお世話係 前編
本編の裏側。ベーネ視点。
「ベーネには妹のクーちゃん……クラーラのお世話係を頼みたいのだけれど、どうかしら?」
「えっ、マジですか? めっちゃやりたいです!」
緊急招集を受けたベーネは、主人であるソフィアリアに、なんとも重大なお役目をいただいた。
どうやら明日、ソフィアリアの家族がこの大屋敷に来る事になったらしい。随分と急だなと思ったが、色々あるのだろう。勿論、二つ返事で了承した。
「ふふ、ありがとう。ちょっとお転婆さんなのだけれど――」
そう言って困ったように笑っているが、そのくらい全然問題ない。弟妹の多いベーネの実家にはやんちゃな妹も弟も居て、両親の代わりに面倒を見ていたから、慣れている。
まあ、貴族のお嬢様と一般家庭の子供を一緒にしていいのかは不明だが。
特別手当も付けてくれるらしいし、なによりお客様付きの侍女なんて、なんとも侍女らしいではないか……いや、王城に出入りを許されるくらい、立派な侍女にしてもらえたのだけれど。
とりあえず、相手は五歳の女の子だが、ソフィアリア以外の人に仕えるのは初めてなので、とてもワクワクしていたのだ。
*
「はじめまして、クラーラお嬢様。お嬢様が大屋敷滞在中にお世話させていただく事になりました、ベーネと申します」
ソフィアリアの家族が滞在する事になった客室で、初めて対面したクラーラは大鳥が気になるらしく、窓にへばりついて、目をキラキラさせながら、大鳥が過ごしている広場を見ていた。
そんなクラーラと目線を合わせるようにしゃがんで挨拶をすれば、クラーラはこちらを見て、パッと笑ってくれる。本当にソフィアリアそっくりで、そのまま小さくしたような見た目だなと思った。お淑やかなソフィアリアよりも、ずっと元気溌剌としているけれど。
「ベーネお姉しゃん! はじめまちて、クーはクラーラと、もーします! お年は五さい! よろしくおねがいしましゅ!」
「ふふ、しっかりご挨拶出来て、偉いですね。でも私はお世話係なので、もっと簡単な話し方でいいですよ」
「うん! じゃあベーネお姉しゃんも、かんたんなお話ね? クーとベーネお姉しゃんは、きょうからなかよしさんだもん」
そう言ってニコニコしているクラーラは、とても可愛い。お仕えしているソフィアリアも綺麗な子だし、チラリと見えた母親と弟らしい方も、目に眩しい美貌だし、セイドの血筋ヤバいなとこっそり思う。
唯一父親らしい人だけは、なんとなく親しみやすい顔をしているけれど。
「はい、仲良しさんですね。お嬢様、喉は渇いていませんか? とっても美味しいリンゴジュースがありますよ」
「ジュース! のみたい! 今日はジュースがのめる、とくべつな日なのね〜」
そう言ってコロコロ笑うクラーラに、内心首を傾げる。平均的な平民であるベーネの自宅でも気軽に出てくるジュースを飲むのに、特別な日とは?
まあ、深くは聞くまい。セイドはめちゃくちゃ貧乏だったとソフィアリアから聞いたので、色々あるのだろう。ジュースが特別なら、ここに居る間だけでもたくさん飲んでいけばいい。だって、特別なお客様なのだから。
「あのねあのね、ベーネお姉しゃん。あのこがね――――」
――やって来たその日のクラーラは、本当に大鳥に夢中だった。
目で追いかけて、大鳥に関する事を質問してきて、パタパタと走りながら近寄り、ニコニコと話しかける。……大勢の大鳥に囲まれながら犬のような棒拾い遊びを始めた時は、踏まれないかとヒヤヒヤしたが。
ずっと走り回って疲れたのか、突然バタリと倒れてスヤスヤ寝始めるまで、そうやって遊んでいた一日だった。
心配そうに見下ろす大鳥をかき分けてクラーラを回収しながら、たくさん遊んで突然寝るところは、貴族のお嬢様なのにヤンチャな弟と一緒だなと苦笑する。ずっしり重たくミルクのような甘い香りのするクラーラを抱っこしながら、そんな事を思っていた。
「――そう、大鳥様達に遊んでいただいていたのね」
夜、晩餐後の隙間時間にソフィアリアにそれを報告すると、頰に手を当て、困ったように笑っていた。その目は優しく慈愛に満ち溢れているから、姉妹仲いいんだなと微笑ましくなり、自然と頬が緩む。
「お嬢様、見た目はソフィ様そっくりなのに、めちゃくちゃ元気ですね〜」
「ごめんなさいね、お転婆さんのお世話を任せてしまって。大変だったでしょう?」
「いえいえ、弟妹のチビっこい頃を思い出して、懐かしんでますよ。お貴族様も、あたしらと変わらないんですねー」
「ちょっと、ベーネ。失礼だわ」
「ふふ、いいのよ、アミー。背負う責任と考え方が少し違うだけで、同じ人間である事には違いないもの。特にセイドは、暮らしはほぼ貧乏な平民と変わりなかったから」
アミーには睨まれたが、ソフィアリアにはくすくす笑われただけだった。でもちょっと失礼だったなと、頰を掻きながら反省しておく。
きっと明日も今日と同じくらい、いっぱい動いて、いっぱい話して、いっぱい笑って、楽しい一日を過ごしてくれるだろう。
貴族とか、平民とか関係なしに、子供はそれでいいと思う。それだって、結構幸福な事なのだから。
*
いっぱい動いて、いっぱい話して、いっぱい笑って――それにしたって限度はあるだろうと実感したのは、クラーラに仕えて三日後の朝だった。
その日のベーネは朝から、パタパタと客室棟の廊下を走っていた。侍女失格だが、そんな事気にしていられない。
「きょうは木のぼりだよ〜! ピーたん、ヨーたん、今日もい〜っぱい! あそぼーね!」
「ピー!」
「ピヨー!」
「お嬢様方〜! ちょっ、待ってくださいってばー‼︎」
全力ダッシュをして切実に叫ぶも、クラーラと契約した大鳥の子供達――ピーとヨーと言うらしい――は木登りがよほど楽しみなのか、キャッキャと笑いながら聞こえていないようだ。
クラーラが鳥騎族になった。色々規格外の契約にツッコミが追いつかないが、まあ王鳥妃であるソフィアリアの妹だしなと納得する事にした。
それは別にいい。新しいお友達が出来て、三人とも幸せそうなのだから。
いいのだが、クラーラが契約した事で、他の鳥騎族と同様、身体能力が上がった事が問題だった。
おぼつかなくたたたたと走るスピードは大人を超え、体力は底知らず。本能のまま動くクラーラに、そこそこ体力はある程度のベーネが追いつけるはずがないではないか。
それでもお世話係を任されたのだから、鳥騎族になろうが小さなクラーラから目を離す訳にはいかない。必死に追いかけて、距離がだんだん離されて、ちょっぴり涙目だ。貴族にお仕えするとは、なんと大変な事か――いや、普通の貴族は、こうはならないだろうが。
事情が事情だけに目を離してしまっても、大屋敷内にいるのなら危険はないし、許してくれると思うが、それでもベーネはクラーラに仕えるお世話係の役割を、まっとうしたかった。わりと雑で気が強くてさっぱりしてるとよく言われるが、こう見えて案外真面目なのだ。
いよいよ姿が見えなくなりそうな玄関ポーチ付近で、一筋の救いの光を見つけた。目的地はわかるので三人を追うのは今は諦めて、そちらに走っていく。
「そこの鳥騎族、止まりなさーい!」
「え?」
別館の方から出てくる、私服姿の鳥騎族を一人見つけたのだ。ベーネは他のメイド達のように鳥騎族に熱をあげる事はないので彼等とは縁遠いが、彼の事は辛うじて知っていた。
多分二十代前半くらいの、背は高くも低くもなく、イケメンでも不細工でもない。何か特徴がある訳でもない、至って普通の青年の側で立ち止まると、そのきょとんとした顔にビシッと指を突きつける。めちゃくちゃ失礼で行儀が悪いが、ベーネは必死なのだ。
「あなた、今、オフよね?」
「う、うん、まあ今日は。えっと……?」
「彼女か奥さんはいる?」
「はあっ⁉︎」
途端、目を見開いて真っ赤になっていた。年齢のわりにその反応は初心だなと一瞬思ったが、どうでもいい。
「早く答える!」
「いや、えっと、今は居ないけど……?」
「じゃあちょうどいいから、今日からあたしと付き合いなさい!」
キリッと言い放つと、二人の間に少し沈黙が流れる。
「は、はああああっ⁉︎」
ボボボボと今度は耳まで真っ赤になった顔に「あっ、間違えた」と思うが、まあ後で説明すればいいかと流す事にした。
「いやっ、そもそも君、誰だよっ⁉︎ いや、何度かソフィ様の側にいるのを、見かけた事はあるけど!」
「あたしはベーネよ。ソフィ様付きの侍女で、今はソフィ様の妹のクラーラお嬢様のお世話係を任されているの。クラーラ様は知ってるでしょ?」
ふんっとドヤ顔をして腕を組む。まだ仕え始めて三日目、それも期間限定だが、クラーラのお世話係として仕えているのは自分だけという事からか、なんとなく特別な感情を抱いていた。うちのお嬢様は可愛くてすごいだろうと、自慢したい気分なのだ。
まあそのお嬢様のせいで、今は困った事になっているのだが。
男は困ったように、ボリボリと頭を掻いていた。
「あ〜、えっと、昨日の子だっけ? 初めての女性契約者で、最年少で、二羽同時契約とか、別館ではめちゃくちゃ話題になってたけど」
「そう、その子!」
「なら、そのお嬢様はわかるけど。……で、ベーネさんね。あの、いつから僕の事を、その、すっ好きに……? 接点ないよね?」
怪しみの中に、ほんの少しの期待の混じった顔。鳥騎族だと大屋敷内では無条件でモテるだろうに、まだ告白され慣れていないのかと目を眇めた。
まあ、その辺りは本当にどうでもいいのだ。心の中で察しが悪いなと理不尽な怒りをぶつけつつ、きちんと説明する事にする。
「別に好きじゃないわよ。本当に接点とか欠片もなかったじゃん?」
「は、はあっ⁉︎ じゃあ、なんで付き合ってなんて……」
「そうじゃなくて、仕事よ仕事! あたしには今、鳥騎族の協力が必要不可欠なの!」
そう言ってグッと拳を握るも、愛の告白じゃないとわかり、ちょっと残念そうな顔をされた。でも首を傾げながら、言いたい事を懸命に汲もうと努力する姿勢はなかなか好感触だ。
「……そのお嬢様を探してるのかい?」
「ううん、お嬢様は多分、広場の木に登っているわ。あの大鳥様達と一緒に」
「あの木にっ⁉︎ あっ、わかった。降ろしてほしいとか?」
「自分達で降りてくるでしょ。まあ、必要そうだったらあたしを上に持ち上げてほしいんだけど、それよりあたしを抱えて、代わりに足になってほしいのよね。お嬢様はお転婆で走るのがお好きみたいなんだけど、あたしじゃあの子達に追いつくとか無理だから」
それが目的だった。クラーラは鳥騎族となって体力無尽蔵、無邪気に猛スピードですぐに走って行ってしまう三人に追いつくには、同じ鳥騎族でないと無理だと判断した。
だから、この男に協力してほしかったのだ。同じ鳥騎族で成人男性なら、まだ鍛えてなくてもクラーラに追いつけるだろうと踏んで。
男は渋い顔をして、唸っていた。休日返上が嫌なのだろうか。でも最近忙しそうな鳥騎族の中から協力を頼めそうなのは、休暇中の彼くらいだろうから、引き下がる気はない。
「……それに恋人の有無に何の関係が?」
と思ったら、その事が引っかかっていたらしい。そんなの、言うまでもない。本当に女慣れしていないと、嫌でも察してしまうではないか。
「めっちゃあるじゃん。恋人持ちの男に抱えられて、後々修羅場るとか勘弁」
「ああ、なるほど? なら、うん、わかった。足役をするよ」
「マジで? やった。あっ、あとでソフィ様経由で隊長さんにも話を通してもらうから、特別手当て、ちゃんともらってね」
パチンと指を鳴らして喜びを示すと、彼も笑った。こうして見るとパッとしないながらも、まあまあ可愛い。
投稿予定時刻からずれてしまい、申し訳ございませんでした。
後編に続きます。




