殿下、多忙中!
あけましておめでとうございます!
今年も『王鳥と代行人の初代お妃さま』をよろしくお願いいたします(*^^*)
第二部、フィーギス殿下視点。
「あら、フィーくんじゃない! うふっ、偶然ね」
厳かで煌びやかな王城の廊下。
呼び止められた甘ったるく甲高い声音に内心ウンザリしつつ、振り返る。
視線の先には予想通り、現妃と見目麗しい御一行。現妃ははちみつ色の瞳をくりんと丸くさせながら、フィーギスを見つめてくる。
その年齢を感じさせない無邪気そうな表情にゾワッとした事なんて勘付かれないように、人の良さそうな笑みを張り付けた。
「おはようございます、王妃殿下。陛下に用でも?」
「ええ、昨夜だけでは足りなかったから、もっとイチャイチャしたくなっちゃって!」
キャッと小さく悲鳴を上げながら、頬を染めて口元を両手の指で覆う。前妻の息子に後妻が言う事かと頬を引き攣らせながら、なんとか表情を保っておいた。
「……左様ですか。陛下も王妃殿下のような可憐な妃に想われて、幸せ者ですね」
「あら、そう思う? なら、フィーくんも一緒にどうかしら?」
うふふと笑いながら瞳の奥に宿した熱に、カチリと硬直する。無駄に端麗な顔のせいでそういう目で見られる事には慣れているが、仮にも義母が義子に向けるなと罵りたい。
内心ドン引きしながら、笑みを張り付けたまま残念そうに見えるよう、眉を下げる。
「申し訳ございません。本日中に捌かねばならない書類が溜まっておりますので」
「まあ! つれないわねぇ。ふふ、でも、仕方ないわね。フィーくんの邪魔しちゃ悪いから、また今度ね〜」
そう言うと手をブンブンと元気よく振って、ご機嫌なのか鼻歌まで歌いながら、現妃一行は行ってしまった。
その姿が見えなくなった頃に、ふぅーっと深く溜息を吐き、眉間を揉む。今度なんて、一生なくていい。
「……災難だったな」
その淡々とした言葉と共に労うよう、ポンっと肩を叩かれる。
フィーギスの斜め後ろに控えていたラトゥスに振り向いて、頷きつつ苦笑するしかなかった。
「本当にね。あーあ、一気に気力を持っていかれたよ。何かで癒されたい気分さ」
「今の仕事が終われば叶う。その為に、はやくしないとな」
「そうだね」
そう言ってまた、執務室へと続く長い廊下を歩く。今日の仕事を終えれば、久々の大屋敷でのダラダラが待っているのだ。
それに、明後日到着予定のセイドの人間への聞き取りをすれば、秘密の多いソフィアリアの正体や思惑を暴けるだろう。大きな憂いの一つの解決が目前に迫り、心は弾んでいた。
*
執務室で今日聞いた話を信頼出来る側近達に聞かせれば、フィーギスと同じように期待に目を輝かせていた。
侯爵位の双子の大鳥の誕生という厄介事を聞いた時は意識を遠くに飛ばしかけたが、その後のソフィアリアの提案は実に素晴らしいものだった。
鳥騎族が増えて、しかも国から大屋敷への予算の増額はせずに、自分達だけで上手く賄ってくれるという。増額でぐちぐち文句を言う奴等の相手をせずに済み、検問所の増員が叶い、国が潤う。なんてこちらに都合のいい提案なのか。
なかでも大鳥の郵便事業の話は素晴らしいものだった。むしろ最優先で推し進めてほしいものだが、残念ながらだいぶ先の話になるらしい。側近達の間でも一番反応が良かったのは、勿論この話だった。
とりあえず行商の噂を流すよう指示を出して、内密に郵便事業の方も整備しておく。いつでも始めてもらえるように、準備するに越した事はない。
その下準備の為に側近達に指示を出したフィーギスは、実に上機嫌だった。
「仕事が増えたのに、楽しそうだな」
「はは、当然だとも。セイド嬢の話を聞いたラスも、同じ気持ちだろう? 王鳥妃であってくれて幸いだが、実に惜しいね。なんなら側近として、共に公務に携わってほしかったくらいだ」
「……側近か……」
意味深にジッと見られたが、気付かないフリをした。女性で仕官している人はいない為、勿論どうやったって叶う事はなかったが、夢を見る事くらい、いいではないか。
こうやって共に公務を出来る女性は、妃だけだ。フィーギスの正妃はマヤリスだというのは揺るぎないが、一瞬側妃なら――と過った考えは、慌てて打ち消した。
*
翌日の馬車の中。昨日はいい話を聞けて、今日はソフィアリアに対する憂いが払拭出来るだろうと気持ちを弾ませて大屋敷に出向いたその帰り。
だがフィーギス殿下は膝に肘を突いて、ガックリ項垂れていた。
対面に座るラトゥスが、心底気の毒そうな表情を向けてくる。普段無表情の彼のその顔に、ますます気が塞いでしまう。
セイドの人間は――特にソフィアリアの弟のプロディージが厄介そうな事くらい、当然予想していた。だってセイドに探りを入れて、必ずどこからともなく嗅ぎつけて、妨害してきた男だ。
だがプロディージは王鳥妃であるソフィアリアとは違い、男爵家嫡男という立場でしかないのだ。王鳥妃の弟ではあるが、王太子からの質問を突っぱねる力はない。だから侮っていた部分は確かにある。
実際会ってみると貴族らしさと嫌味な性格、若さと優秀であるが故の傲慢さはあるが、あのくらいどうという事はない。フィーギスを王太子として敬っているし、充分卸せる範囲だろう。
だがソフィアリアの話を聞く以前に、王鳥の側妃発言とセイドとペクーニアの内部事情が厄介過ぎた。それもこれも到底無視出来るものではなく、一刻も早く調べて、正さねばならない。しかも現妃まで関わっているというのだから、頭の痛い話だった。
疑問を解決する為にわざわざ呼び寄せたのに、もっと大きな問題を抱えてやってくるなんて、思ってもみなかったのだ。放置していたら更に厄介な事になっていただろうが、知りたくなかったと思ってしまう。
だが、手をこまねいている場合ではない。本来の目的であった疑問すら、今は後回しにせざるを得ない状況だ。
まずは――
「ラス、城に着いたら一刻も早く、婚約解消の書状の回収に動いてくれたまえ。手段は問わない」
「既にペクーニアに向けて、早馬を出している。が、少々厳しいものがあるな……」
そう言って腕を組むラトゥス。さすが優秀な右腕だ。指示を出す前に、既に動いてくれていたらしい。
が、それをもってしても、成し遂げられるか難しいかと眉根を寄せる。だろうねとは思うが、現妃権限での婚約解消は、なんとしても阻止しておきたい。
王鳥の側妃なんて冗談じゃない。王鳥妃だって話を通すのに苦労したし、現在進行形で反発を押さえつけている状況なのに、側妃の話なんて一文字も口にしたくないのだ。
話を通す為の苦労を考えれば、いっそ婚約解消からなくした方がいい。婚約中の人間を側妃に選ぶ事は不可能なので、それで解決だ。書状の回収が大変でも、難しくても、側妃の話を通すよりは、ずっとましである。
……ふと、王鳥が側妃なんて言い出したのは、こうやって書状の回収を後押しする為だろうかと考えたが、まさかその為に、大事な妃を泣かせるような真似はしないだろう……きっと。
まあ、なんにしても――
「厳命だよ。ラスならやり遂げられると信じる」
「そこまで言うなら、わかった。それと、いくつかの夜会の出席の後押しと、ロンジェの使用許可を」
「ああ、プロディージ用だね。いいとも。あとは――」
王城に着くまでの間に、夜会までしなければならない事とこれからの計画を、王城に着くまで話し合っていた。
――まさかこれがまだ、序の口だとも思わずに。
*
翌日。またまた大屋敷帰りの馬車の中。フィーギスは今度こそ、座席に行儀悪く、ぐったりと突っ伏していた。
「……私は何かしたかなっ⁉︎」
と、思わず叫んでしまう。今日はラトゥスとは別れたので、馬車の中はたった一人きりだ。
ただでさえ通常の公務もあるのに、情報収集の為に各所に出向いたり、許可を取ったり、指示を飛ばしたりと、昨日は徹夜で側近達共々走り回っていたのに、朝、執務室に王鳥がやってきて、嫌な予感はしたのだ。
フィーギスは本日、大屋敷に行く余裕はなかった所を無理矢理時間を作って出向いてみれば、生まれたばかりの双子の大鳥が、まだ女児であるソフィアリアの妹クラーラと、契約してしまったという。
その後聞いた、双子は侯爵位や、女性の鳥騎族が今までいなかった理由は、フィーギスの代でない時に判明してほしかった。聞いたからには、放置出来ないではないか。
王鳥妃が選ばれてからというもの、大鳥に関する新事実を知る機会が多い。それで喜ぶのは大鳥の研究者くらいで、その情報をどうするかは、大鳥の事を一任されている、フィーギスが考えなければならないのだ。
各所への報告と話し合い、周知徹底の為の根回しなど、また仕事が増えたなと遠い目をする。本当に、勘弁してほしい。一体フィーギスが何をしたと言うのか。
「……いや、王鳥妃の醜聞を広めて、大鳥を利用したバチが当たっているのかな?」
ははっ、と乾いた笑いが漏れる。大舞踏会でやらかした事の罰だと言われると、何も言い返せないのだから。
男爵令嬢でありながら、フィーギスと並んで次代の王と王鳥に認められているソフィアリアの秘密を知りたかっただけなのに、どうしてこうなったのだろうか。
せめて、イン・ペディメント侯爵家主催の夜会まで、これ以上何もありませんように。そう、切実に願っていた。
――夜会までに集めた事件の裏側やセイドの秘密に、心の中が阿鼻叫喚になったのは、勿論言うまでもない。
*
大波乱の夜会も終わり、フィーギスは通常公務に冬の忙しさが合わさり、マヤリスを安心して迎える為の準備や掃除に加え、この度は夜会の後始末まで重くのしかかり、相変わらず多忙ではあるものの、とても上機嫌だった。王城の執務机で手を忙しなく動かしながらも、表情は幸せを隠しきれていない。
「……機嫌がよさそうだな」
この部屋に唯一残り、一緒に書類を捌いていたラトゥスが、そんな様子のフィーギスに話しかける。さり気なく書類を回されたが、今は寛大な心で許そうではないか。
フィーギスは満面の笑みを浮かべ、頷いた。
「まあね。一連の事件も解決し、紆余曲折あったが、本来の目的も果たせた。今は幸せいっぱいさ。ラスもそうだろう?」
「まあ、先生達の事を知れてよかった。ご無事で何よりだ」
目をつぶって頷いているラトゥスも、無表情だがこれで機嫌がいいと、フィーギスにはわかる。誰よりも、一番長く共に過ごしてきた乳兄弟なのだから。
一番厄介だった王鳥の側妃の話も、婚約解消の書状を寸前の所で奪い取れたので、そんな話自体なくなって一安心だ。
どうやらプロディージは、メルローゼと上手く和解出来たらしい。プロディージのやらかしを考えると、メルローゼの健気さに感謝だ。だからといって、マヤリスへの過剰な愛情は、許さないけれど。
結局ソフィアリアに同情され自白させたようなものだが、彼女の謎も暴けた。
ソフィアリアは亡くなったと思っていたフィーギス達の先生が遣わしてくれた、母や姉のように甘え、導いてくれる存在だったのだ。まあ、もう成人はとうに迎えているので、馬鹿正直に甘えはしないが、今後は同じ師を仰いだ兄妹弟子として、より気を許し、密接な付き合いをしてもいいだろう。
ほんの少し、気持ちを傾け過ぎて恋心のようなものを抱いたりもしたが、もうその気持ちは欠片もない。それは、最愛のマヤリスにだけ注ぐべきものなのだから。
あと、プロディージという有力な側近候補が出来たのも、僥倖だった。学園での主席の座と、義弟である第二王子の失脚を手土産にするつもりらしいが、実に楽しみである。
それに――
「マーヤに会いに行くついでに、先生達にも会えないだろうか?」
仕事終わりの楽しみにしてある一枚の手紙を手に取って、夢見るようにそう漏らす。
冬の季節の終わり頃、フィーギスはコンバラリヤ王国への訪問が決まっていた。
先生達は現在、コンバラリヤ王国の温泉療養地に居るので、ついでに会えればいいなと、そう夢見ているのだ。
まあ、叶う事など、ないに等しいが。
「あの自治区は王都コンバラリヤから馬車で一週間はかかる。正式訪問となるともっと必要だし、それに、先生達の生存は、秘匿すべきものだ。不用意に近付いていい訳がない」
「わかってる。言ってみただけだとも」
珍しく眉根を寄せ、咎められるようにキツく注意されてしまった。ほんの軽口だったが、確かに馬鹿な発言だったなと反省する。少々浮つき過ぎである。
「……そう急がなくても、春には会える。より安全に過ごしてもらう為にも、少しでも掃除しておかないとな」
「そうだね。遊んでないで、仕事に戻ろうか」
そう言って手元の書類に集中する姿勢を見せると、ラトゥスは満足そうに頷いた。先程からさり気なくこちらに書類を回してきている事は、いい加減注意するべきだろうか。
ふと、仕事に戻る前に、ご褒美にとっておいたマヤリスからの手紙に目を向ける。後で読むなら先に読んで、喝を入れるのもいいだろうと、表情をだらしなく蕩けさせて、丁寧に手紙を開封した。ラトゥスからの視線は、当然無視だ。
ふわりと便箋から香る、マヤリス愛用の甘いコロンの香りを胸いっぱいに吸い込み、綺麗で少し愛らしい筆跡を目で追う。この時間は、何にも代え難い特別な時間だ。
幸せな気持ちで読み進めていくうちに、だんだんと気持ちが冷えていく。読み終わる頃には、すっと目を細め、手紙を睨みつけていた。
「……ラス」
「どうした?」
「今すぐ準備を進めて欲しい事があるのだよ。……どうやらまた、しばらく忙しくなるねぇ」
そう言って浮かべた笑みは、だが目は一切笑えていなかった。
何故年明け一発目が主人公ズ不在のフィーギス殿下視点のお話やねんと思われたかもしれませんが、王代妃世界の冬と春の間にある年明けーー『明けの5日』と呼ばれるうちの1日目ーーは、フィーギス殿下の誕生日なのです。
おめでとう、殿下!
おめでとうと言いつつ、軽いノリのタイトルに反して、内容は第二部で過労死しかけた話でお送りしました。ほんまごめんて。
ちなみにフィーギス殿下誕生日の『明けの1日』は、日本の暦に換算すると2月下旬(3月1日の5日前)になります。
あまり大屋敷の外の描写がないので実感がないかもしれませんが、第二部のフィーギス殿下はかなりの多忙でした。
ただでさえ王太子としての公務が忙しいのに冬だから尚忙しくて(前回参考)、大屋敷では問題の発覚続き。無駄に攫われるわ失恋もどきをするわ、踏んだり蹴ったりです。あれこれ第一部のざまあパートじゃね?とうっすら思ったり。もちろん、そんな意図はありませんでしたが。
意味深に終わらせた通り、このお話は第三部への繋ぎのようなお話だったので、番外編の最後の方でやる予定のお話でしたが、誕生日なので先に持ってきました。
さて、マヤリス王女のお手紙に何が……?




