無邪気なお姫さま 1
※「無邪気なお姫さま」は精神的、物理的、人間性的に痛い話が続きます。ご注意ください。
『おれが汚いのはあんたみたいなのを綺麗にする為で、何も食べられないのはあんた達が自分達だけで食べるからって全部持っていくせいだろっ! ……なのに分け与えていい事した気になって……おれを、あんたがお綺麗な良い子になる為の道具にするんじゃねえっ‼︎』
埃塗れの栗毛の男の子が心から叫んで投げかけた言葉が、黒く汚れた肌でも引き立つ爛々と憎悪を帯びた鋭いオレンジの瞳が、ソフィアリアの胸にずっと残っている。
*
小さな国のお城に住む無邪気なお姫さまだったソフィアリアは、優しい国王である祖父が大好きだった。
『お姫さまは毎日違うドレスを着なければいけないよ?』
そう言って毎日届けられる色とりどりの可愛いドレスに、可愛いものもドレスも大好きなソフィアリアは大喜びし、ありがとうと笑って祖父に抱きついた。
『可愛いお姫さまはキラキラした宝石が似合うねぇ』
そう褒められたのが嬉しくて、色々な種類のキラキラをおねだりしては身につけて、その姿を祖父に見せて喜んでもらった。
『そのお人形さんはね、お友達が沢山いるんだ。みんなを呼んでこのお城でパーティを開こうか』
気に入った猫のお人形を持っていたら祖父はそう言って、翌日にはソフィアリアのお部屋にお人形のお友達が本当に沢山集まっていた。祖父も呼んでみんなでパーティをした。
『このお菓子はね、『いこくのこうきゅうひん』で、国王様とお姫さまだけが食べられる特別なお菓子なんだ』
名前は難しくてわからなかったけれど、机にたくさん並べられたお菓子を一口ずつだけ食べて、祖父と味の感想を言い合った。
小さなお城でソフィアリアは毎日ニコニコ笑い、世界で一番幸せなお姫さまだと思って平和に楽しく暮らしていた。
『ねえ国王おじいちゃま! ソフィ姫は幸せよ!』
『それはよかった。ソフィは本当に可愛いねぇ』
ソフィアリアは祖父に愛されていた……ソフィアリアだけが祖父に愛されて幸せに暮らしていたのだ。
――だからソフィアリアは、その影で財産を食い潰していく父と娘にオロオロする事しか出来なかった父と母、妬みと蔑みの目を向けてくる寵愛を受けなかった弟がいる事なんて、目に入っていなかった。
*
七歳の頃、大好きだった祖父が亡くなって、ソフィアリアの生活環境は大きく変わった。
初めて認識した父と母に祖父は馬車で移動中に亡くなったと聞かされて、亡くなるの意味はわからなかったが、お墓の前に連れて行かれて、亡くなるとはいなくなって石に姿が変わる事だと理解して、もう遊べないのが悲しくてしばらくわんわん泣いていた。
「……姉上は亡くなるの意味も知らないの?」
自分と同じ色の髪と瞳を持つ知らない男の子に馬鹿にされても、意味がわからずキョトンとしているだけだった。この子がソフィアリアの弟だというのも、この時初めて知った。
やがて祖父の事も思い出に変わり、泣き暮らすのも飽きてきた頃、父という人に初めて話しかけた。
「ねえ。もうずっと同じドレスを着ているわ。これじゃ石になった国王おじいちゃまにお姫さまらしくないって嫌われちゃう」
そう言うと父は困った顔をしてソフィアリアの肩に手を置き、切々と言い聞かせる。
「ソフィ。お祖父ちゃんの事を国王、自分の事をお姫さまだと言うのはやめなさい。不敬罪で偉い人に怒られてしまうんだよ」
「どうして? 国王おじいちゃまがこの国で一番偉い人よ? 怒られるなんて事ないわ」
「違うんだよ。ここは国じゃなくて国の中の小さな領地で、ここもお城じゃなくてただのお屋敷で、おじいちゃんはこの領地では一番偉い人だったけど国で一番偉いじゃなくて、ソフィもお姫さまじゃないんだ」
「お父ちゃまの言っている事はわからないわ。ドレスは?」
「……お姫さまじゃないソフィは、毎日違うドレスを着なくても大丈夫なんだ。たくさんあるから、それで我慢するんだよ」
難しい事はよくわからなかったが、ドレスはたくさんあったからまあいいかと諦める事にした。
また別の日、母という人に初めて話しかけた。
「ねえ。そろそろ新しいキラキラを付けて、まだ会った事がないお友達を呼んでパーティを開きたいわ」
そう言うと母は微笑んで手招きをし、髪にリボンを結んでくれた。
「キラキラじゃなくてリボンを付けたソフィも可愛いわよ。着れなくなったドレスでリボンはいくらでも作ってあげるから、それで我慢してね。お友達は、お部屋にいる子で全員なの」
初めて身に付けたリボンはキラキラしていなかったけど可愛くて、ソフィアリアは大喜びした。その日、今いる子だけを集めてお披露目会をしたので、宝石と新しいお友達の事なんて忘れた。
また別の日、クッキーを一緒に食べる弟に初めて話しかけた。
「ねえ。国王様とお姫さまだけが食べられる『いこくのこうきゅうひん』って、あなたが読む本には載ってる?あの中でまた食べたいものがあるのだけど、どうやったらまた食べられるのかわからないの」
「一生食べられないんじゃない? 姉上は国王様でもお姫さまでもないし、家じゃこのクッキーももう『ぜいたくひん』だってわからない訳?」
はぁーと呆れたように溜息を吐いて、本を抱えてどこかへ行ってしまった弟の後ろ姿を、首を傾げて見ている事しか出来なかった。
――後に知った事だがソフィアリアは産まれて間もなく祖父に取り上げられ、家族から隔離され、一切外に出される事も許されずに、祖父の部屋で暮らしていた。それが普通だったから、それが異常だと気付いていなかった。
何故そんな事をしていたのかは、祖父が亡くなった今はもうわからない。
そうして祖父の作った箱庭の国で、祖父の作ったシナリオ通りの王族ごっこをして暮らしていたソフィアリアは、七歳という年齢よりもずっと幼く、物知らずな女の子だった。
それが一般家庭の女の子だったのならまだマシだったのかもしれない。優しい虐待をされた、可哀想なただの女の子で終わる話だった。
けれどソフィアリアはこの男爵領の領主の娘……男爵令嬢だった事が、罪を重くしてしまったのだ――
この回より1日2話投稿をしております。次回は本日18時更新です。
間隔が空き過ぎて読みにくかった為、この章から変更させていただきます。




