気になる尾羽
「聖都?島都?デート!5」〜「出来損ないの双子1」の間。ソフィアリア視点。
「ずっとお願いしたい事があったのだけど」
いつもの夜デートの時間。夜食を食べる未来の旦那様二人の姿に和みつつ、明日は久々にフィーギス殿下達が来るなんて雑談をしていたソフィアリアは、前からやってみたくて仕方がなかった事を、実行してみる事にした。
「なんだ?」
「ピ?」
たまに見る、二人同時に首を傾げる様子が可愛いなとほっこりしつつ、不意にオーリムの背中を覗き込み、代行人の特徴である細く二股にわかれた長髪を、期待に目を輝かせながら見つめ、言った。
「ラズくんの綺麗な尾羽、触ってもいいかしら?」
「俺のは尾羽ではないが……まあ、うん。いいけど」
「ふふっ、ありがとう」
同意しつつ渋い顔をしながら腕を組んでいるので、本当は髪を触られるのは好きではないのかもしれない。その事にしょんぼりしつつ、なら、今日が最後だと思う事にして、その片方を優しく掬い取った。
「はぁ〜。手からこぼれ落ちる程さらさら……とっても素晴らしい手触りねぇ」
ふわふわ揺れているのでもっとふわふわな手触りを予想していたのだが、指で撫でると絹のようにさらさらしていた。なんて至高な手触りなのだろう。
うっとりしながら楽しむのに夢中で、そんなソフィアリアを擽ったそうにソワソワしていたオーリムと、二人を愛おしげに眺めている王鳥の姿は目に入っていなかった。
「さすが代行人様。とてもいいシャンプーを使っているのね」
「使った事ないが」
ぽつりと溢した思わぬ一言にきょとりとし、思わず顔をあげる。見上げたオーリムこそ、不思議そうな顔をして、ソフィアリアを見ていた。
「……嘘よ」
「そんなどうでもいい嘘をつく理由がないが。俺は使用人が使っている適当な石鹸一つしか使っていない」
「全身?」
「ああ」
きっぱりと言い切られてしまい、片頰に手を当て「あらまぁ」と言うしかなかった。
備品のチェックもソフィアリアが担っているのでわかるのだが、大屋敷で使われている石鹸は特別いいものを使っている訳ではない。市販の量産品だ。
たしかに節制する平民や無頓着な人なんかは石鹸一つで済ます人はいるが、一般的な平民は男性でもそんな事はしない。ソフィアリアの弟プロディージだって特別オシャレという訳ではないが、少ないお小遣いからなんとか捻出して、自分用の石鹸にはこだわっていたくらいだ。
まあ、その辺は個人の自由なのでなんでもいいと思っているが、それより色々と聞き捨てならない事がある。思わず嘘だと思ってしまったのだって、それがあるからだった。
「なのに、肌荒れひとつないきめ細やかな美肌で、女性が嫉妬しそうなほどの綺麗な髪質なの?」
そう、ソフィアリアが引っかかったのはそこだ。先程触った極上な髪もそうだが、オーリムは一般的な女性より肌艶が素晴らしい。肌荒れどころか毛穴ひとつない陶器のような滑らかな肌に、日焼けとは無縁だと言わんばかりに色白だ。それも病的に見えない程度で、健康的な美白っぷりである。
ソフィアリアも大屋敷に来てからは侍女達のアドバイスを聞きながら美容に気を使うようになったので髪もさらふわだし、元々軽く日焼けしていたのに、今では念入りなお手入れの甲斐あって艶やかな美白となっていた。美容には無頓着な方だったが、ここまで目に見えて変化するとちょっと楽しいし、気持ちも弾む。
だがソフィアリアのこれはみんなに協力してもらい、時間をかけて丁寧にお手入れをした結果だ。
なのにオーリムは適当にやってもソフィアリア以上の見目麗しさを保っているという。こんな理不尽な話があっていいものか。
答えは断然、否だ。
なんて理不尽をぶつけながらムッと頰を膨らませていたら、オーリムから謎の嫉妬を向けられたが故の戸惑いを感じる。困惑しながら、解せぬと首を傾げていた。
「俺のせいじゃない……王のせいだ」
「ビー」
「いや、王のせいだろ。……この派手な髪色と髪型や目の色もそうだが、代行人という存在を普通の人間とは違うと示す為に、どこか人間離れするらしい」
それは知っているので、コクリと頷く。王鳥と代行人は目と髪が例外なく、同色になるそうだ。それを人間離れというかは、疑問であるが。
「ラズだった頃の俺を覚えているか?」
「ええ。栗色の癖っ毛が可愛くて、輝くようなオレンジ色の目がとても綺麗な子だったわ」
「あの状態の俺をそう高く評価するのはフィアくらいだと思うが」
そう言って苦笑するが、ソフィアリアから見てそんな子だったという印象が強いのだ。たしかにスラムにいたので少し汚れていたが、だからなんだという話である。
「薄汚かったが、多分、それを抜いても肌質もよくなかった」
「赤く染まったお顔もそばかすも、愛らしかったわ」
「本当にフィアは……。まあ、元はそんなだったのに、今じゃこの通りだからな」
「見た目が綺麗な方が、周りの人は神秘的に感じるのかしら? わたくしは昔のラズくんも可愛くて好きだけれど、そう。代行人様だからなのね」
代行人という重責を思うと手放しに羨む事は憚るが、そうだと言われれば納得する。生まれつきの体質だと言われるとちょっぴり嫉妬するが、それを聞いて、まだムッとしていられるほどではない。
まあそもそも、ただの冗談だったのだが、今更引っ込みがつかないので、そういう事にしておこう。
手慰みに髪を撫で続け、そう思っていた。
「あー、その。ちゃんとした方がいいか?」
「今がちゃんとしていないなんて全然思っていないわよ。でも、そうねぇ。今の状態からいいシャンプーでお手入れしたらどうなるのかは興味があるから、結婚してから洗い合いっこしましょうね〜」
そんな未来に想いを馳せ、一緒にお風呂という想像に顔を赤くしてふふふと笑っていたら、オーリムはもっとだったようで、ギョッとして真っ赤になった。いつもの事だが、全身に赤みがさすのが早いなと思う。
「ひっ、一人で出来るからっ⁉︎」
「ビーピ」
「今その話をするな、バカっ!」
「プピー」
二人の言い争いの内容がいまいちピンとこなくて、首を傾げて仲のいい二人の様子を眺めていた。
――オーリムの私室にある浴槽が、ソフィアリアはおろか子供とも一緒に入れる広さに改装したのだという事実を知ったのは、結婚後であった。
気を取り直して、髪の話に軌道修正する事にする。
「これだけさらさらしていると、結んでもすぐに解けそうね」
そう言って二股を編もうとするが、緩く編んだところでパラパラと解けてしまった。キツめに縛れば大丈夫かもしれないが、これだけ綺麗なのだから、少々やりずらい。
「子供の頃一度やられたが、三つ編みはダメだったな」
「二股それぞれを三つ編みにするのはありかしら?」
「絶対やめろ」
女の子みたいに可愛くなるかと思ったのに即答されてしまった。残念である。
「ピ」
と唐突に、王鳥が正面にまわってきて、ソフィアリアに向かってお尻――長い尾羽をフリフリ揺らしながら突き出してきた。その行動がちょっと可愛い。
オーリムは何故かイラッとしているようだが。
「あらあら、王様の尾羽にも触れていいのですか?」
「ピ!」
「では遠慮なく触らせていただきますね」
そう言って尾羽を持ち上げる。不思議と重さは感じないが、身体を撫でてあげた時と同じくツルツルのさらさらである。少しふわふわ感も感じるだろうか?
「王様も、素敵な手触りですわねぇ」
撫でながらうっとりしていたら、えへんと言わんばかりに胸を逸らしている。そんな姿にキュンとするのは自然の摂理だ。
「前から聞きたかったのだけれど、尾羽は踏まれても痛くないのですか? 中庭で遊ぶ皆様、平気で気にせず踏んでいらっしゃるので、気になっていたのです」
それは、よく見かける光景だった。
大鳥は伴侶でもなければ群れないが、全員が大きな体長のゆうに二倍はある尾羽を持っている。それを引きずって歩いているのだから、いくら中庭が広々としていようが、よく踏んでいるのだ。
なのに踏んだ方も踏まれた方も気にした様子はない。たまに鳥騎族希望者がうっかり踏んでしまい、地面に頭を擦り付けんばかりに平謝りしているが、謝られた大鳥も不思議そうな目でそれを見ているだけだった。
「ピィ」
「――――王は……大鳥のこの姿は、幻影でこう見えているだけだからな。踏まれても痛くはないし、そもそも刃物すら通さないし、悪意のある衝撃は跳ね返すんだと」
「まあ、刃物も……」
「たまに馬鹿が大鳥を捕獲しようと攻撃するが、矢で射る事も、刃物で斬りつける事も出来ないんだ。どんな鋭利な刃物でも大鳥は傷付けられない……まあ、身体に触れる前に軽くはたき落として、終わりだけどな」
そう言って困ったように肩をすくめる。代行人として人間と大鳥間のトラブルがあれば駆けつけなければならないオーリムは、そんな光景を嫌というほど見てきたのだろう。
大鳥は人間より上位の神様なのだが、見た目が大きな鳥なので、よく侮られるらしい。神様に向かって刃を向ける人間なんてもってのほかで許せないが、大鳥にとっては痛くも痒くもないならよかったと、心底思った。同時に人間の浅ましさに申し訳なくなる。
「だから、踏まれても気にしないというか、気付かない」
「ふふ、そうなのですね。なら、いいのですが」
「ピピー」
そう鳴いてご機嫌な尾羽を揺らす。そんな王鳥が可愛かった。
「ちなみに、俺のこの髪も切れないんだ」
「まあ! 切ろうとしたの?」
「鬱陶しいし邪魔だからな。まあ、ナイフすら通さないが」
そう言って魔法で小型ナイフを出現させ、切ろうとするので目を丸くした。止める間もなく髪に刃を当てるが、切れ味の悪い刃物のごとく、髪が切れる事はない。
「もうっ! ダメよ、こんな綺麗なものを切ろうとするなんて」
「どうせ切れないから、もうしない」
「ええ、そうしてくださいませ」
ぷりぷり怒ってみせると苦笑され、宥めるように髪を梳き始めた。オーリムの反対側で王鳥も同じように、嘴で器用に梳き始める。二人に大事にされたソフィアリアは笑顔がとまらない。
しばらくそのままにし、まだ楽しんでいる二人を横目に、チラリとオーリムの背中を見る。
オーリムの細長い後ろ髪が、ふわふわと機嫌よさそうに揺れていた――今は風も、吹いていないのに。
なんとなく聞いてはいけないような気がして口を噤んだが、たまにオーリムの髪がこんなふうに感情と連動して動く事があるのを、ずっと気になっていた。刃物を当てて平気なら神経が通っている訳ではなさそうだが、なんとも不思議な現象だなと思う。
まあ、可愛いからいっか。ソフィアリアはこれを、深く尋ねない事にした。
代行人の羨ましい体質と、不思議な尾羽のお話でした。
わりと美形設定だが、オーリムが美容に気を使う気がしなくて。石鹸一つで済ませそうだな〜と思ったのがきっかけでした。
ついでに大鳥の長すぎる尾羽のお話。王鳥は5〜6メートルくらいの尾羽を持っています。ちなみに文章では特に触れませんでしたが、尾羽だけ自由に動かす事も出来ます。だって神様だから……(えへん)
あと、髪が感情と連動して動くの可愛くない?とか、そんなお話。男に萌え(古い)設定を増やすな。




