お昼寝タイム 代行人編
「聖都?島都?デート!5」〜「出来損ないの双子1」の間。王鳥視点。
昼下がりの執務室。ふわぁ〜と珍しく欠伸をしているオーリムの姿を目撃した。
ひとっ飛びする前にオーリムの顔を見に来たのだが、どこかぼんやりとしている。王鳥はそんな自身の代行人の様子に、首を傾げた。
『どうした? 代行人は睡眠を必要とせぬのに、眠たいのか?』
「そうでもないが。……いや、最近平和だなと思うと、気が抜けた」
『妃を迎えたここ半年程はずっと忙しなかったからのぅ。大舞踏会の後始末も終えたし、あとは結婚式までゆったり過ごせば良い』
結婚式という言葉に照れたのか頬を赤くして、それを隠すように俯き、小さく首肯している。
ついニヤけそうになるのだろう表情を必死に引き締めようとしている様子が愉快で、ニンマリと目を三日月型に細めると、撫でる代わりに嘴で髪を梳いてやった――当然、嫌そうに押し退けられたが。
まあ、そうは言っても近々大波乱が巻き起こるだろう予感がしているので、束の間の平穏……嵐の前の静けさというやつだ。せいぜい今のうちに、怠惰を楽しんでおれば良い。
そんな事を、こっそり思っていた。
『妃の謁見でも見学に行くか?』
「それもいずれ見たいと思っているが、今日はいい。見る時は事前に言っておかないと、侍女達が萎縮するだろ」
『どこに配慮しておるのだ……』
思わず溜息が出る。まあ確かにそうなって、いつもの和やかな時間が少々張り詰めたものになるだろうが、それもソフィアリアなら、なんとか取り持つ事など造作もないだろうに。
そもそも代行人はこの大屋敷では王鳥に次いで偉いのだから、大手を振っていればいいのだ。誰に遠慮する必要もない。
まあ、そう配慮しているフリをしつつ、その実態は接点のない侍女と顔を合わせるのが気まずいのだろうが。オーリムは筋金入りの引きこもりで、人見知りなのである。社交能力に期待してはいけない。
「王、背中を借りるぞ」
『うむ。なかなか良い判断だな』
それだけ言うとオーリムは後ろにまわり、王鳥の上に飛び乗ってゴロリと横になった。王鳥はオーリムが寝やすいように、屈んで背中をまっすぐにしてやる。
オーリムはこの時間、午睡を貪る事にしたらしい。
代行人になった際、オーリムは寝る必要がなくなったのだが、半分は人間のままなので、寝る事で気分転換にはなる。だから夜になれば毎日睡眠をとっているし、こうして午睡を楽しむ事で気晴らしになるのだ。生命の維持に不必要だろうと、人間らしい行動は行っておくべきである。
余談だが、鳥騎族は代行人のように寝ずに済む訳ではないが、睡眠時間を大幅に短縮出来る。と言っても大半の人間は人間だった頃と同じように寝ているようだが。
たとえばサピエなんて毎日勉強と研究に明け暮れて、ウィリと契約してからの三十年程、平均二時間程度しか寝ていないのではないだろうか。鳥騎族はそれでも全く問題ないのだ。
『上掛けでも取り寄せるか?』
「いらない。一時間くらいで起きる」
『あい分かった』
背中にいるので直接目で見る事は叶わないが、さっそく眠りの世界に入っていったらしい。オーリムは昔から寝入るのが早い。反面、眠りが浅いのか、微かな気配を感じるだけで目を覚ましてしまう。
だから王鳥はオーリムに気配を一切感じさせないようにこっそり防壁を纏わせてやる。大屋敷にいる以上身の危険なんて感じる余地もないが、何かあれば起こしてやればいいだけだ。寝るなら何に煩わされる事もなく、ゆっくり寝ていればいい。
それにしても、こうやってオーリムを背中に乗せてベッド代わりをしてやるのは随分と久しぶりだ。代行人や鳥騎族が野営をする際は、こうして背中を貸す事が多いが、最近はそんな長期になるような任務はなかった。
まあ戦闘能力を求められない細かな任務は、今後は頻発するかもしれないが。それでも、オーリムとソフィアリアが二人で力を合わせれば、絆を深めながら乗り越えてくれるだろうと信じていた。
そこに混じれない事が少し寂しい、なんて思わないようにする。
と、一羽で哀愁を漂わせていたら、コンコンコンとノックを三回。扉の向こうに愛しい気配を感じて、遠隔で扉を開けた。
「お仕事中に失礼します……あら?」
「ピ!」
相手はもちろん、ソフィアリアだ。いつものようにプロムスが開けてくれたと思っていたようだが、今日は別の任務でいない。
誰もいないのに勝手に扉が開いた事を不思議がっていたが、室内に王鳥がいる事に気がつくと、目元を蕩けさせていた。その表情は、一生愛でていられる。
「王様、こちらにいらっしゃったのですね? ふふ、この時間に珍しく王様にお会い出来て、とても幸せなお昼を過ごせそうですわ。……ラズくんはご不在ですか?」
笑みを浮かべたまま首を傾げるソフィアリアは、オーリムに用事があったらしい。残念ながらついさっき寝たばかりなのだが。
「ピィ」
身体を反転させ、背中で眠るオーリムを見せてやる。肩越しに振り向くと、強く衝撃を受けたように目を見開いて、口元に手を当てながら戦慄いていた。その頰はふんわりと赤い。
「ピ?」
「かっ……」
「……ピィ?」
オーリムを凝視したままプルプルと震えるソフィアリアに首を傾げる。鳴き声で発言を促しても聞く耳持たず。一体何だというのだ。
やがてキラキラとこの上なく目を輝かせたソフィアリアは、珍しいくらい表情をだらしなく蕩けさせて、叫んだ。
「可愛いいーっ!」
「ピ⁉︎」
「なんて可愛いのでしょうっ! 大好きな未来の旦那様の無防備な寝顔と、そんな旦那様を赤子のようにおぶってあやしている、慈愛に満ちた表情のもう一人の未来の旦那様! なんて罪作りな組み合わせ、絵に描いて飾ってしまいたいわっ!」
「ピ……ピィ……?」
「ああ、何故わたくしは絵を描く道具を持っていなかったの……? いつかと思ったまま、後回しにしてしまったのを悔やむ日がくるなんてっ……! ……いいえ、記憶力には自信がありますもの! しっかりこの目に焼き付けて、届いた暁には描いて飾ってみせますわっ!」
目をギラつかせて、鼻息荒くこちらをガン見してくるソフィアリアの、いつもとは違う様子にふるふると震える。まるで獲物に狙いを定めた肉食動物だ。一体何がそんなにソフィアリアを変えてしまったのかわからない。見たいなら普通に見て楽しめばいいのに、じんわりと逃げ出したくなるその異常な様子は何なのか。
恋に浮かされた熱視線は心地いいのに、この熱視線はなんとなく怖いと感じる。
王鳥に恐怖を感じさせるなんて、さすが余の妃だと遠い目をしながら現実逃避をはかっていると、時間が経って落ち着いたのか、次第に羞恥を感じ始めたらしい。
両手で頬を挟み、照れくさそうにはにかんでいた。
「やだ、わたくしったら、はしたない……。申し訳ございません、王様。幻滅されましたか……?」
そう不安そうに目を揺らすソフィアリアに近寄って、スリッと頬同士を擦らせた。
『驚いたが、幻滅なぞせぬよ。余はそこまで狭量ではないわ。まあ、様子がいつもと違うから、困惑したがな。余に恐怖心を抱かせる其方はほんに大物だな?』
「ふふっ、ありがとうございます。お許しいただけるのですね? あまりにも可愛い未来の旦那様達の様子に、つい我を忘れてしまいました」
その恥ずかしそうに微笑む表情が愛しくて、肩口に額を擦りつけてしばらく戯れていた。背中にはオーリムが、額にはソフィアリアが、二人の気を感じながら過ごす時間は至福である。
それはそうと、一つ気になる事を言っていた。
『其方、絵も嗜むのか? なら、余に進呈するが良い』
ソフィアリアからすれば「ピィ」という鳴き声にしか聞こえないだろうが、案外意を汲んでくれる事が多いので一応強請っておく。セイドにいた頃、弟と義妹と一緒に教師に習っていた事は知っていたが、じっくり見た事はなかった。
ソフィアリアは王鳥が何か言いたいのはわかったようだが、残念ながら今回は察せなかったようで、困ったように首を傾げている。
「……申し訳ございません。次からはもっと気持ちを抑えられるかと思いますので、今回は見逃してくださいませ」
『違うが、まあ良い。ラズが起きてから伝えてやる。それと、別に気持ちを無理矢理抑えなくとも良いのだ。妃はもっと、素直な気持ちを感じるままに口に出せ……はよう気を馴染ませて、直接話せるようになればよかったな』
それだけは、本当に残念だった。いずれ出来るようになるとわかっているが、結局その前に離れる事になるだろう。離れてしまえば馴染ませるも何もないので、直接話せないまま、別れを迎える事になりそうだ。
先程の言葉の同意と、自身の甘えたい気分で、ソフィアリアの肩にもう一度戯れ付く。ソフィアリアは擽ったそうにコロコロ笑って、そんな王鳥を存分に撫でてくれた。
本当に、離れ難いくらいの多幸感だ。
充分ふれあいを楽しんだ後、王鳥ばかりソフィアリアの愛情を独占する訳にもいかないので、くるっと右を向いて、寝ているオーリムをソフィアリアに見せてやる。オーリムの事も、愛でてやれば良い。
まあそろそろ起きる頃合いなので、寝起き一番でソフィアリアの姿を見せて、慌てふためく様を楽しもうという、小さな悪戯心が多分に占めるが。
「はあ……王様の上で眠るラズくんがとっても可愛いわ。昔からこんな風におやすみしていたのですか?」
『うむ。まあ外にいる時だけだがな。余の上は寝心地が良いから、ラズと一緒に妃も寝てみるが良い。二人寝るには少々狭いが、密着すれば眠れるだろうて』
「……細かい事はわかりませんが、王様にラズくんとの添い寝を誘われている気がします。願望かしらね? 嫌だわ、わたくしったら、本当にすっかりふしだらな女になってしまって」
『今度は聡いな』
ピルピル笑っていると、「ううん」とオーリムが身じろぎした。どうやら目が覚めたようだ。
「おはようございます、ラズくん」
「っ‼︎ うわっ⁉︎」
「ふふ、王様の背中は、よく眠れた? あまりにも可愛らしい事をしているから、ついつい見入ってしまったわ。ごめんなさいね?」
オーリムの目を通して見るソフィアリアの姿はともかく、オーリムの姿は見えないので細かな事はわからないが、感じる体温が上昇しているので、案の定慌てふためいているらしい。狙い通りで愉快だ。
「ねっ、寝顔を覗き込む奴があるかっ!」
「まあ! 王様やアミーやプロムスには見せていたのに、ずるいわ」
「昔の話だからなっ⁉︎ 今アミーにそんな姿を見せたら、俺がロムに殺されるだろ!」
「なら、いいではありませんの」
そう言ってソフィアリアはぷくりとむくれている。オーリムも譲れないらしくジトリと睨み付けているみたいだし、意見は平行線だ。
『どうせあと一季もすれば毎日見られるし見せるというのに、細かい奴よのぅ』
「わっ、悪いかっ⁉︎ まだなんだから、ケジメはつけたいだけだ!」
『まあ、妃を悲しませない程度なら、好きにすれば良い。ああ、そうだ。妃に絵が欲しいと伝えよ』
「……絵?」
何の事かと目を眇めるオーリムの発した一言で、ようやく先程王鳥が伝えたかった事を察したらしいソフィアリアが、パッと表情を明るくし、手をパチンと合わせる。
「もしかして王様、先程はわたくしの絵を望んでくださっていたのですか?」
「ピ!」
正解とばかりに頭頂部にすりすりする。ソフィアリアは理解してくれたようで、ふわりと微笑んで、よしよしと首元を撫でてくれた。
「……何の話だ?」
と、二人だけで通じる会話をしていたからか、仲間はずれにされたオーリムが不機嫌そうにムスッとしている気配を感じる。王鳥の上で足と腕を組んでいるようだが、そろそろ顔が見たいので、降りてくればいいものを。
「ふふっ、そう拗ねないでくださいな。さっきまでラズくんが王様の上でお昼寝をしていたでしょう? その姿があまりにも可愛かったから、ちょっとはしゃいでしまって。せっかくだから絵を描く道具を発注して、今度描きますわってお話をしていたのよ」
「待て、何を描く気だっ⁉︎」
「お任せくださいませ。絵は結構得意なのよ? 実物には敵わないけど、とびっきり可愛く描くわね」
「そもそも俺達なんか描くなっ⁉︎ ……フィアの描いた絵なら、俺も欲しいけど……どうせなら、フィアを描いてほしい……懐中時計サイズで」
後半はボソボソしていて聞き取りづらかったが、ソフィアリアと顔を見合わせて、笑ってやる。どうやらソフィアリアを好きな時に好きなだけ眺められるように、持ち歩きたいようだ。その意図を察する王鳥達だった。
どうでもいい日常ほのぼの回と見せかけて、第三部の伏線てんこ盛り回でした。何故番外編でやった……?
王鳥は全長2.7メートルほどなので、背中で寝られそうな大きさだなと思って。
そしてソフィアリア、ご乱心(笑)。彼女は可愛いものに目が眩む、とだけ今は伝えておきます。




