昔馴染みな二人
「聖都?島都?デート!5」〜「出来損ないの双子1」の間。オーリム視点。
「失礼します」
コンコンコンと執務室の扉をノックされ、愛しい人の来訪かとソワソワしながら、入るように促す。
だが予想に反して入ってきた人物はたった一人だった為、あからさまに落胆してしまった。
そんなオーリムの気持ちを察して、入ってきた人物――アミーにジトリと睨まれてしまった。だが執務室をキョロキョロと見回して、首を傾げている。
「……一人なんて珍しいわね?」
「ロムなら応援に呼ばれて見回りだ。今日は書類が少ないからな」
「そう」
短くそう尋ねるアミーの声音的に、お互い様だったようだ。アミーは感情が乏しい方だが、ソフィアリアからアミーの事をよく聞かされるからか、最近はなんとなく察せるようになってきた。
まあアミーと接する機会は、ここ四年程あまりなかったのだが――それ以前も直接会話した回数なんて、たかがしれているが。
「ソフィ様からこの報告書をチェックしてもらってきてほしいって頼まれたの。今はお忙しいみたいだから」
「ああ、あれか」
そういえば今朝、使用人棟の設備が破損したとの報告を受けたとソフィアリアが言っていたのを思い出す。その確認と、ついでに他にも使用人棟に不備がないか聞き込みをして、要望をまとめてくると言っていたので、その報告書だろう。
代行人や王鳥妃の暮らす本館や、鳥騎族達が暮らし人の多い別館とは違い、使用人棟はどうしても後回しになりがちだ。本人達も使用人だからと軽く考えているようで、本当にどうしようもなくなった段階でなければ、この手の書類なんて上がってくる事はなかった。まあ、それで良しとしていたオーリムにも問題はあるのだが。
当然、オーリムと違ってソフィアリアはそれを見逃さない。自分達や鳥騎族達のような立場のある人間でなくとも、大屋敷にいる以上、使用人だってソフィアリアの庇護下にある人達だ。同じように楽しく快適に過ごしてもらいたいと思っているようで、小さな要望だろうが真剣に耳を傾けて、叶えられる要望は、なんでも叶えてあげたいらしい。
立場が上だろうと偉ぶる事はなく、気安く話しかけやすい関係性を構築し、人柄も温厚で面倒見がいいからか、大屋敷では大鳥人間問わず、すっかり人気者だ。ちょっとだけ面白くないという独占欲もあるが、それでもソフィアリアはオーリムと王鳥への恋心をまっすぐ示してくれるから、ならいいかと許せていた。
大屋敷も半年間ですっかり温かく明るい場所になったなと報告書をチェックしながら頰を緩ませていたら、ふと視線を感じて、顔を上げる。
ここ半年間で見違えるくらい綺麗になった姿勢を維持したまま、アミーはじっとオーリムを見ていた。顔を上げた事で、そんな彼女とパチリと目が合う。
「……なんだ?」
「すっかりドロドロに溶けきってるなと思って」
「ドロドロってなんだ」
淡々とそう指摘してくるアミーに渋面を作る。たまに妙な表現を使うのは相変わらずだなと思った。あまり二人きりで接する機会はないが、プロムスの次に付き合いは長いのだ。多分ソフィアリアにはまだ見せていないだろうそういう面を、オーリムは知っていた。
「遠くから見ていただけだったけど、半年前までお亡くなりになっていたから、ずっと心配していたの」
「勝手に殺すな」
「でも死んでいたじゃない」
きっぱりとそう言われれば何も言えなくなる。実際、デビュタントでソフィアリアを見るまで、そう言われるのも仕方ないくらい酷い有様だったのだから。
黙っていたら頭を撫でられ、ますます渋面を取り外せなくなる。
「……ロムに殺されるんだが?」
「大切な子分を殺す訳ないじゃない」
「アミーが絡む場合は別だろ」
「なら、黙っていればいいわ」
「…………なんとなく、バレそうな気がする」
そう考えてゾワリと身震いした。プロムスはアミーが絡むと妙に敏感で、容赦がないのだ。伴侶への独占欲が大鳥並みだなとしみじみ思う。
とはいえアミーを払い除けるのも心苦しいので、バレない事を祈りつつ好きにさせていた。基本プロムスに面倒を見てもらっていたようなものだが、プロムスを介してアミーにも多少世話になったので、彼女にだって頭が上がらない。プロムスのように気安く接してこなかったので尚更だ。
アミーは微妙の顔をして、大人しくされるがままになったオーリムの様子に、くすりと笑う。
「そうかもしれないわね。なら、諦めて」
「なんでだよ」
ジトリと睨んでやれば、その瞳が思いのほか慈愛に満ち溢れていたので、睨むのをやめて表情を和らげるしかなくなる。しばしの沈黙の後、落ち着かなくなった頃に、ぽつりと胸の内を話してくれた。
「ロムがリムのお父さん役をやるなら、私はお母さん役をやりたかったわ。お兄さんならお姉さんに。そうやって、ロムと一緒にリムのお世話を焼きたかった。……結局、ロムは許してくれなかったけど」
「まあ、だろうな」
「ちょっとだけ、それが心残りよ」
「……ロムを介してだけど、俺は今でもそう思ってるから、心残りなんて思う必要はないだろ」
少し照れ臭くてそっぽを向きながらそう言うと、アミーは意外とばかりに目を丸くしていた。
「……ビックリした。リムに慰めの言葉を言える甲斐性があるとは思わなかったわ」
「慰めの言葉のつもりはなかったが、悪かったな、甲斐性なしで」
「リムも大人になってきているのね」
そうしみじみ言われてしまった。オーリムは肉親というものを知らないが、母や姉とはこういう感じなのだろうか。
オーリムから見て、たとえ縁遠くてもアミーはプロムスと同じ立ち位置だと思っているが、プロムスは揶揄い混じりなのに対し、アミーはまっすぐ褒めてくれるので、さすがに照れる。
まあ、母や姉と言ってもオーリムの方がアミーより年上だが――この時はまだ、そう思い込んでいた。
「固いものを食べても、お腹はもうビックリしない?」
「いつの話だ……まあ、しないが」
「焼き魚を見て、嫌な顔は?」
「……ちょっとする」
「眠る時、丸まってしまう癖は直ったかしら?」
「…………直ってない」
なんだこの問答はと思いつつ、プロムスのいない今のうちに世話を焼いてみたいんだろうという事はわかったので、乗ってみた。どれもここに来たばかりの頃にアミーが心配してくれていた事だと思い出して、少し気恥ずかしい。特に最後のは、いまだに直せていなかったから。
アミーは呆れたように溜息を吐き、ぐしゃぐしゃと強めに撫でられた。お仕置きのつもりだろうか?
「ここにはリムに危害を加えるものはないから大丈夫だって、ロムが散々言い聞かせたじゃない」
「そんな事言われても、寝てる間の事はどう直せばいいかわからないんだから、仕方ないだろ? 別に誰も困らない」
腕を組んで開き直れば、アミーがすっと目を細めてますます髪を乱してくる。それで気が済むのなら好きにすればいいと放置した。
丸まる寝相は、防衛本能が強くストレスを感じていると、そうなるらしい。オーリムはラズ時代、スラムで寝ている間は気が抜けなかったので、そうなってしまっているのだろうと言われた。
大屋敷に来てからは何も心配する事はないのだが、昔からの癖だからか、安心感に慣れて直りそうだった頃に戦場に放り込まれて悪化したのか、いまだに朝起きると丸まっている。オーリムはそういうものなんだろうなと、もう諦めていたが。
「……まあ、結婚したらソフィ様の至福のふかふかに顔を埋める事になるだけだものね」
「んっ⁉︎」
「無意識を言い訳に出来るから、直したくないのもわかるわ。あの感触を毎日なんて、羨ましい」
「そっ、そそそんな事、かっ考えてないからっ‼︎ ……待て、アミーは知ってるのかっ⁉︎」
それは同性だろうが聞き捨てならなくて、つーんとそっぽを向くアミーの片腕を掴み、問いただそうとした時だった。
ガチャリとノックもなしに、扉が開いた。そんな入り方をする人間は、フィーギスとラトゥスを除いてたった一人しか居ない――今は見られてはならない、その一人しか。
「帰ったぞー。ついでにリムにサプライズだ」
「ふふっ、サプライズですって。お邪魔して…………」
よりによってこのタイミングで、プロムスが帰ってきてしまった。しかも会いたくて、でも今はまずいソフィアリアを引き連れて。
顔を赤くして、アミーの腕を掴み掛かっているオーリムと、片腕はオーリムの頭を撫でたまま詰め寄られているアミーは突然の来訪者二人に視線を向け、固まる。二人もオーリム達を見て、固まっていた。
「「あっ」」
そう、声を揃えて。
オーリムはその日からしばらく、チクチクネチネチ言葉で攻撃してくるプロムスと、突き回してくるキャルという嫌がらせに晒される。
そしてアミーと二人きりで会話をする機会は、また当分やってこなかった。
なお、ヤキモチを焼くソフィアリアの反応は、心苦しいがちょっと可愛く、嬉しかったなと思うのだった。
「衝撃の再会5」でオーリムとアミーが初めてまともに会話したのを書いて、この二人の番外編書きたいと思っていたので。
プロムスと同じくらい付き合いの長い昔馴染みなのですが、プロムスが独占欲つよつよだったので、少し接点が薄いのです。
というかアミーが普段モードでここまで話すの、初めて書きました!君そんな子だったのか……。
至福のふかふかが何かは、ご想像にお任せします。にしても、ソフィアリアとアミーの間に一体何が……?(困惑)
アミーは当然フィーギスとラトゥスとも昔馴染みですが、間にプロムスが必ずいたので、世話を焼いていたオーリム以上に接点薄いです。ただ、お互い昔遊んだ友達くらいには思ってます。




