十七歳の朝 後編
前回の続きです。
「聖都?島都?デート!」の午前中。ソフィアリア視点。
「あらまぁ」
未来の旦那様二人との幸せな朝食を終え、昼からは街デートの予定がある為、いつも昼に行なっている大鳥達との触れ合いの時間を前倒しにして中庭へやってきたソフィアリア達は、アミーを筆頭とした侍女達と目をパチパチとさせ、呆気に取られていた。
「うわぁ〜、圧巻って感じですね〜」
「ソフィ様がそれだけ慕われているという事かと」
中庭を見渡して、思わずぽかんとしているベーネと、何故か得意げな表情で頷いているアミーを横目で見つつ、嬉しいやら照れ臭いやらで、つい困ったような笑みを浮かべてしまう。
中庭ではいつも大鳥達が思い思いに過ごしているのだが、今日はソフィアリアの――王鳥妃の誕生日だと察知したのか、いつも以上の数の大鳥達がひしめき合っていた。いつも来てくれるのに今日に限って見ない子もいるので、なんとなくだが、庭に降りられなかった大鳥が空にはまだたくさんいるような気がする。
中庭に姿を現したソフィアリアを大鳥達が見つけたらしく、次々と「ピィ」と鳴き出して、なかなかの騒動となってしまった。
多分お祝いを言ってくれているのだろうが、数が数だけに大音量になっており、騒ぎを聞きつけた使用人や別館の方からも、何事かと様子を見に出てきている。もしかしたら下の聖都の方まで響いてしまっているのではないだろうか……まさか島都の方までは届いていないと信じたい。
「……お礼のクッキー、足りそうにないわね〜?」
「ここまでだとは思いませんでしたしね」
苦笑するパチフィーとモードの言う通りだ。
ソフィアリアは大鳥達から好かれている自覚はあるので、きっと今日もお祝いに来てくれるだろうと思っていた。もしかしたらプレゼントをくれる子もいるかもしれないと予想して、お礼に渡そうと、クッキーを焼いていたのだ。
クッキーをお返しにする話はとある一羽の大鳥にしか話していないが、まさかその情報が漏れたのだろうか。大鳥は味ではなく材料の纏う気と作り手を重視して美味しいかどうか決まるらしいので、ソフィアリアのなんて事ないクッキーを喜んでくれるのは、少々擽ったい。
だが、この様子だと足りないだろうなと困ったように頬に手を当てる。まさか全員がプレゼントを用意している訳ではないだろうが、たとえ一部だとしても、足りる気がしなかった。
「渡せなかった大鳥様には後日にと、お詫びするしかないわねぇ」
「それを覚えていられるソフィ様の記憶力の良さは、相変わらず素晴らしいですね」
「よね〜。あたしとか、たとえ一羽だけでも覚えられる気しませんもん」
「ふふっ、わたくしの愛しい民ですもの。当然よ」
みんなわからないというが、そもそも全員違って、一羽として同じ見た目の子はいないのだ。言葉は交わせないが、人間を見分けるよりよほど簡単だと思う。名前もないので、見た目を覚えるだけでいいのだから。
「ピ」
と、ストンと側に着地した気配と共に、愛しい鳴き声が聞こえてきたので、つい頬を緩ませながらそちらを見上げる。やはり騒ぎになって放って置けなかったのか、王鳥が姿を現したようだ。
ソフィアリアは眉尻を下げ、申し訳なく思った。
「ごめんなさい、王様。みんなわたくしにとっても優しくて、こんな大事になってしまいました」
「ピィ」
問題ないと言わんばかりに頭同士を一度擦り寄せると、王鳥は中庭を見渡す。途端、大鳥達の声が泣き止んだので、何か伝えてくれたようだ。
一斉に注目を浴びたので、ソフィアリアは一歩前へ出てふわりと微笑む。お腹の前で手を重ね、みんなに届いてほしいと願いながら、威厳と優しさを兼ね備えた声音で、中庭中に声を届けた。
「皆様、本日はわたくしのお祝いに駆けつけていただき、本当にありがとうございました。こんなにたくさんの優しさに包まれながら十七回目のお誕生日を迎えられた今日この日を、生涯忘れる事はないでしょう。王鳥妃と認めて、お祝いまでしていただき、とても幸せを感じています」
歓声の代わりに、柔らかな鳴き声が響き渡る。まるでバースデーソングのようだと多幸感に包まれながら、一番の笑顔を心掛けて、言った。
「愛しております、皆様。どうか今年も一緒に、幸せになりましょうね?」
最後は軽めに、いつもの大鳥達との会話かのようにそう言うと、最後とばかりに大鳥達はもう一鳴きした。
やがて半数近くの大鳥が空へと飛び立ち、隙間を埋めるように新たな大鳥が中庭に姿を現す。見渡す限り全員が嘴に何か咥えているのを見て、苦笑するしかなかった。
「ここに残った大鳥様達は、ソフィ様にプレゼントがある子達かしらね〜?」
「本当に、すごい数ですわね」
「でも、わたくしは幸せ者だわ。少し、申し訳ないくらい」
言祝ぎの時間は終わり、今からプレゼントお渡し会の時間らしい。他国ならともかく、この国で誕生日プレゼントというのは親族間しかしないのだが、そもそも大鳥は国どころか世界すら跨ぐのだから、狭いこの国の常識に当て嵌めるのは野暮である。或いはそれを考えたうえで、王鳥妃は大鳥の身内であるという信頼の証かもしれないが。
とりあえず、これだけの数を午前のうちに受け取り終えなければならないので、あまりゆっくりしている時間はない。王鳥が誘導してくれたらしく、お行儀よく並んでくれたので、先頭の大鳥から順番に受け取って、お礼の言葉とクッキーを返す……クッキーの方は開始三十分でなくなったので、以降はお詫びと後日受け取りに来てほしいというお願いに変更した。
このお礼のクッキーを作る為に、しばらく大屋敷中の釜を占領してしまう事が確定したので、少し申し訳ない。ソフィアリアが生地まで作るつもりだが、最後の焼く作業は料理人や使用人にお願いする事になるので、手伝ってくれた人達への手当てを出したり他のお礼を考えたりと、しばらく大忙しだ。お金の方はソフィアリアに割り振られた私金が有り余っているので別にいいのだが、クッキーを焼く作業はおそらく厨房の使わない夜中になると思うので、眠い中仕事をさせてしまうのが心苦しい。かと言ってソフィアリアも手伝う事は、全力で阻止されると思うので、託すしかないのだが。
王鳥があらかじめ何か通達してくれたのか、プレゼントは全てお花を一輪魔法で咲かせたものだけだった。今日いつものように食べ物なんかもらっても大変な事になるので、ありがたい。しばらく大屋敷の本館の廊下は、大量の花で華やかになりそうだ。
――ソフィアリアが大鳥の対応をしている間、何か触発されたらしく、後ろでキャルが魔法で咲かせた花を、せっせとアミーに貢いでいるのに華麗に無視されている光景がとても気になるが、視線を向ける余裕はなかった。ちなみにキャルはアミーにしか興味がないので、ソフィアリアへのプレゼントはなしである。ぶれなくて可愛い子だ。
結局ソフィアリアへのプレゼントお渡し会は午前中いっぱいまで掛かり、大慌てでお昼の街デートの身支度をする羽目になったのは言うまでもない。
なお、この日に貰ったお花は大屋敷本館の廊下中に、まるで花道かのように飾られ、久々にやってきたフィーギス殿下達に何事かと言われてしまったのだった。
前回の続きでした。時系列は本編の前日談にあたりますが、この話は第二部中盤で大鳥達がセイドベリーに群がっていた「それぞれの道2」で触れております。その話を詳しく書きたくて、書いたお話でした。
ソフィアリアと大鳥の関係が、すっかりアイドルとそのファンだなぁ(遠い目)。大鳥達の推し活なのかもしれません。




