エピローグ〜恋の結末〜 3
そう思って睨み合いをしていると、くすくすと聞き慣れた笑い声が聞こえて、パッと声のした方を振り返る。
視線の先には予想通り、クラーラの手を引いたソフィアリアが笑っていた。……瞬時に浮かんだ親子だったらという妄想は必死に堰き止めたが、頬は勝手に緩む。
その横には呆れたように溜息を吐くメルローゼと、クラーラの足元にはピーとヨーもトテトテとついてきていた。
「本当に二人は仲良しさんねぇ」
「ピーたんとヨーたんみたいねぇ」
「ピ!」
「ピヨ!」
「……ディーが同年代の人と打ち解けられてる姿、初めて見たわ」
そう捲し立てられ、プロディージと二人して渋面を作る。するとますます三人は笑い出すのだから、どうしようもない。
「クラーラ嬢を見つけたんだな」
プロディージとの話題を逸らす為にそれを聞いておく。ソフィアリアは両親と一緒に、行方知れずとなったクラーラを探しに行っていたと聞いた。王鳥が動いてないので大事にはなっていないとわかっていたが、まだ見つからないなら王鳥にも協力を仰いで一緒に探そうかと思っていたけれど、手を引いているので無事見つけたようだ。
「ええ。でもこの子ったら、どこに居たのか教えてくれないのよ?」
ソフィアリアは頰に手を当てて溜息を吐きながら、クラーラを見下ろす。クラーラはピーとヨーと視線を絡ませ、くふくふと子供らしく笑っていた。
「ピーたんとヨーたんと、しーなの! おうとりたまとも、そうお約束したんでしゅのよ?」
『三人のひみつなの』
『あとは王様しかしらないの』
「王と?」
その秘密の内容は気になったが、約束まで交わしたのなら、王鳥も教えてくれないだろう。何を企んでいるのかは知らないが、クラーラと双子に実害がなさそうなら、別にいいかと見逃す事にした。
「ペクーニア嬢も今日帰るのか?」
メルローゼの後ろの方ではモードが荷物を馬車に積んでいたのでそう尋ねると、彼女は笑ってコクリと頷いた。
「ええ、もう王鳥様の側妃じゃないから残る理由もありませんし、早く帰って行商の計画を立てなければいけませんので。また近いうちにこちらに訪問させていただきますわ」
「ああ、そうだった……なのか?」
昨日覗いていたので事の顛末を知っていて、うっかり返事をしそうになったが、それを知られる訳にはいかないので慌てて誤魔化す。メルローゼは不思議そうな顔をしているだけだったので、なんとかバレずに済んだようだ。
まあ、そう都合よく行かないのだが。
「ローゼ、別にリム相手にそんな畏まる必要ないから。同じ歳だし」
「あれ? そうだったかしら? たしかお義姉様より一つ上だったような気がしたんだけど」
「それ嘘だし」
「……何故そんな嘘を? というか、代行人様よ?」
「地位だけだよ。その実態は姉上と同じ覗き魔だから」
色々と言いたい事があったが、最後の発言ですっかり吹き飛んでしまった。何故バレたと思ったが、そういえばプロディージは隠し事を暴くのが得意だった事を思い出す。
つまり隠れていたオーリムとソフィアリアに気付いていたのか……気付いていて、あんな事をしたのかと眉根を寄せる。
「あら? ロディったら気付いていたのね」
「姉上がコソコソ覗いてるなんて今更だし。クーも真似し始めるし、ほんっといい加減にしてよね。何リムまで巻き込んでる訳?」
「お兄しゃまとクー義姉たまがイチャイチャしていたの? 見たかったわ〜」
「ピー……」
「ピヨー……」
溜息を吐くクラーラと双子の教育にも悪かったようだ。一度ソフィアリアに人様の色事を覗くなと怒っておいた方がいい気がする……将来の為にも。
「ねーねーだいこーにんしゃま」
「……ん?」
くいくいとコートを引っ張る手が小さくて可愛いなと思いながら、オーリムは声をかけてきたクラーラを見下ろす。
見上げてくる首が痛そうに見えたので、しゃがんで目線を合わせると、クラーラは昔のソフィアリアとよく似た、それよりも溌剌とした笑顔でにっこりと笑った。
「だいこーにんしゃまは、トー様と仲良しさんでしゅわよね?」
「義父さんか? まあだいぶ打ち解けたと思うが」
「リム様、違うわ。クーちゃんの言うトー様は、ラス様の事よ。お父様の事は、お父さまって呼ぶわ」
そう言えばクラーラと婚約内定したラトゥスは、そんな呼び名だったなと遠い目をしてしまった。なかなか紛らわしい。
「ああ、ラスとは長い付き合いだ」
「そっかー! あのねあのね、クーはまだ五さいなの。五さいだけど双子のママで、ママならもう大人でしょう? トー様、クーとイチャイチャしたいって思ってくれるかしら?」
こてんと可愛く首を傾げて、そんな事言われても困る。ラトゥスは確かに天然で、たまに突拍子もない事をし出すが、いくらなんでも五歳の子供とイチャイチャしたいと思う変態ではないはずだ……ラトゥスとはそういう会話を一切した事がないので知らないが、そうだと信じたい。
「クー。いくらなんでも五歳の子供とイチャイチャしたいと思うような大人とは、婚約させられないから。だからクーが立派な淑女になる日まで我慢して」
「ママだけど、クーは大人じゃない?」
「大人じゃなくて、淑女じゃないんだよ。クーは男爵令嬢なのに将来は伯爵夫人になるんだから、これからは他の貴族令嬢よりもいっぱい勉強して、礼儀作法も身に付けて、覗きとか悪い事もやめるようにならないと、ラトゥス様の所には嫁がせられない。嫁げないんだから、当然イチャイチャもダメ。わかる?」
「そっか〜。うん! わかった! クーはお姉ちゃまみたいなりっぱな淑女になって、わるいこともやめる! ……ん? イチャイチャを見るのは、わるいことだったの?」
「そうだよ。姉上は悪者なんだ」
「フィアは悪者じゃない」
意外と子供の扱いが上手いんだなと感心していたら、これだ。小さなクラーラにソフィアリアの事を悪者だと刷り込ませる訳にはいかないので、即座に否定しておく。プロディージに睨まれようが譲るものか。
「ふふっ、悪者だって言われちゃった。クーちゃんは立派なレディになってから、ラス様にイチャイチャしてもらおうね?」
「うんっ! ピーたんとヨーたんも、トー様にイチャイチャしてもらおうね〜」
「ピ!」
「ピヨ!」
その会話を思わず目を点にして聞いていたが、クラーラも鳥騎族なのだから、契約した大鳥と同調しているのだ。クラーラを伴侶として迎えるのは、ピーとヨーを迎えるのと同義。それに双子は伴侶を持てないらしいので、実質双子の伴侶は、ラトゥスという事になる……らしい。
ラトゥスなら無表情で受け入れそうだが、その光景はなかなか珍妙だ。まあ、なんとかなるだろう……多分。
「……フォルティス卿に色々申し訳ない気がしてきた」
頭を抱えたプロディージには、答えなかったが。
「メルー? 大丈夫? 帰って来れる?」
ソフィアリアは気にせず当然の事と受け止めたようで、ニコニコと幸せそうな顔をしたまま、ずっと静かだったメルローゼの眼前でヒラヒラと手を振っている。気にしていなかったが、あれからずっと硬直していたらしい。
「……お、おおおお義姉様、まさかっ、昨日のっ⁉︎」
「うふっ、たまたまよ?」
「たまたまじゃないでしょ、お馬鹿っ! なな何っ、なに覗いてるのよっ⁉︎ だって昨日は、特に激しかったのにっ⁉︎」
「あら? ごめんなさいね、そこまで見られなかったの。ふふふ、そう。よかったわね?」
「〜〜〜〜っ⁉︎」
声にならない悲鳴をあげるメルローゼのせいで、知りたくなかった事まで知ってしまい、渋面を作る。思わずプロディージに視線を向けたが、慣れているのか飄々としていた……その慣れている感じに少しイラッとくる。
「代行人様っ‼︎」
「……なんだ」
「いえっ、もう私も畏まるのをやめるわっ! どうせこれから長くお付き合いするんだもの。……でもあなた、お義姉様の未来の旦那様なんだから、暴走は諌めてよ! 一緒に覗くだなんて最低だわっ! 乙女の恋をなんだと思っているのっ‼︎」
怒られてしまった。話を聞きたかっただけで半分不可抗力だし、そう怒鳴られるのは理不尽だ。
それはそうと、オーリムに親しげに話しかけてくる女性はお淑やかなソフィアリアか、物静かなアミーくらいしかいなかったので、うるさい女性と接するというのは初めてだと、現実逃避気味に思う。それに、どこで距離を詰められると思われたのかがわからない。
まあ、ソフィアリアの友人でプロディージの婚約者なら、これから接する機会が多そうだし、別にいいのだが。
「……極力気を付ける」
「絶対よ!」
「いちいち叫ばなくても聞こえる」
「何ですってっ⁉︎」
つい言い返したら睨まれてしまった。なるほど、この調子ならプロディージと言い争いが絶えない訳である。オーリムは多分、苦手なタイプだ。
「……何仲良くなってる訳?」
プロディージにすら嫉妬の目でギロリと睨まれるし、この二人との今後の付き合いは疲れそうだなとウンザリした。
そういえばこの二人、オーリムと同じ歳といういらない共通点がある。なんとなく今後もこの調子で、幾度となく絡まれそうだ。
その現実には蓋をして、ふわふわ嬉しそうに笑ってるソフィアリアと、ソフィアリアそっくりのクラーラの並んでいる姿だけが、この場の癒しだと目の保養にした。




