エピローグ〜恋の結末〜 2
「父上と母上には黙っててあげるからさ? もう馬鹿な真似はしないでよね」
執務室で昨日の顛末を話し終え、帰郷の為に移動してやってきた大屋敷の門前。話が今朝の騒動に及んで隠そうとしたものの結局簡単に暴かれ、そう言って蔑みの視線を向けてくるプロディージに、オーリムは冷や汗をかいて何も言い返す事が出来なかった。
オーリムのせいではない、王鳥が勝手にやった事だ……そう真実を話したところで証拠がない。
絶対に何もしていないと言い切れるが、温かく柔らかな感触といい香りを無意識に抱き寄せて、いつも以上の安らぎを感じながら幸せに眠っていたのは本当の事なのだ。何もしていないが、何もなかったとは言わないだろう。
「……王に言っとく」
「あんたもなんだけど?」
「俺の意思じゃないっ!」
「無意識で同衾とか最悪だから」
ぐうの音も出ないとはこの事か。つい言い返してしまったが、そもそもプロディージに口で勝てる気がしないのだから、やめておけばよかった。
批判は甘んじて受け入れる事にして、でもせめてもの反抗で眉間に皺を寄せる。それをプロディージに見抜かれたようで、呆れたように溜息を吐かれたが。
「ともかく、ここは無法地帯だろうが節度は守ってよね。ただでさえ世間的には姉上は馬鹿で通すんだから、そのくらいはちゃんとして。じゃないとセイドの品位にも関わるから」
「別に無法地帯ではないが、わかってる。ロムは口は固い。……俺個人への揶揄いのネタにしてくるとは思うが」
「当然だよね。今後も醜聞を周りにペラペラ喋るやつなんか、側に置かないでよ」
「……気をつける」
まあ、そもそもオーリムは周りにあまり人を置かないので、そんな心配はないのだが。代行人としての補正でもあるが、人を見る目はあると自負している。オーリムの周りの人間はみんな優秀でいい奴だ。
「ねえ、リム」
「なん…………ん?」
「何?」
普通に返事をしようとしたが、何か聞き捨てならない事を聞いた気がして、思わずプロディージを凝視する。プロディージはそれに顔を顰め、嫌そうに眉根を寄せていた。
「俺の事、いつから愛称で呼ぶようになったんだ?」
「……別にいつでもいいじゃん。リムなんか許してないのに勝手に呼んでるし」
「俺はフィアがそう呼んでいたからだ」
「まーた姉上のせいって訳ね」
そう言って苦い顔をしているが、今も含めて一度も抵抗していないので、ロディと呼ばれるのが嫌なわけではないのだろう。ようやくプロディージの取り扱い方がわかってきたような気がした。
まあ、色々と面倒臭い奴だなとは思っているが。
「で、なんだ?」
こちらも腕を組み、渋面をつくる。厄介事を頼まれそうな予感がしたので、一応の抵抗だ。
「止めたのはリムでしょ……まあいいや。学園に入学したら休みの日は泊まりにくるからさ、僕が今回泊まった部屋を二年間貸してよ。面倒だから私物を置きっぱなしにしたいし」
「誰も使わないし別にいいが、そんなに来るつもりなのか?」
しょっちゅう来るフィーギスだって常時はそんなペースではやって来ないから驚いた。
オーリムは学園には通っていなかったが、四日連続で学校で授業を受けた後、二日間休みがあるらしい。その休みの日をここで過ごす気なのか。別に問題はないが、なかなかのペースでここに来る気なんだなと思った。
それを感じ取ったのか、ジトリと睨まれる。何故だ。
「勿論全部じゃないけど。次の日休みという平日の夕方から翌日朝までの日もあるかもしれないし、とりあえず休みの片方を目安に来る事にするよ」
それでもしょっちゅう見かける事になるなと思い、とりあえず頷いておく。なんとなく抵抗する姿勢を見せてはいるが、そのくらいなら別に嫌ではない。
「だいたい、僕だってそんなに暇じゃないから。領主としての書類も目を通さなきゃいけないし、せっかく島都にある寮に滞在するんだから、島都の図書館とか書店とかお菓子のお店とか見て回りたいし、それなりに社交もこなす必要だってあるんだから」
「なのに、週一か二は来る気なのか?」
オーリムは素直に頷いてみせたのに、何故かプロディージの方が言い訳を重ねていくので、ついジトリと睨み付けてしまう。本当に、可愛くない奴だ。
「ここは大鳥様の本とかあるし、セイドを第二の聖都にするなら、ここじゃないと学べないでしょ。あと、僕に剣術教えてよ」
「……学園でも習うらしいぞ」
「貴族の嗜み程度の剣術なんてお遊びにしかならないって、リムならわかってるでしょ? だったら国を落とせるリムに習った方が効率がいい」
「……まあ、わかった」
あまり人に教え慣れていないので抵抗したが、そう言われると断る理由はない。セイドが今後大鳥と深く関わるなら、鳥騎族を派遣するとはいえ、それなりに武力はあって損はないだろう。
怒られそうなので本人には言わないが、プロディージは天性的に運動が苦手だと言っていた。オーリムでは手に余っても、最悪王鳥に投げれば、それなりに使えるようにはなるだろう。流石に学生になるプロディージを戦場に放り込むような真似はしないと祈りたいが。
「言っておくが、俺が王から習って身に付けた武術は実戦向きのなんでもありで、優雅さとかは一切ないぞ」
一応それも言っておかなければならない。オーリムが得た武術は王鳥に放り込まれた本物の戦場仕込みだ。勝つ為ならば、手も足も道具も、使えるものならなんだって使う。貴族から見ればオーリムのやり口は粗野で顔を顰められるだろう。
オーリムこそ、貴族の身に付けている全く実戦向きではない剣舞のようなごっこ遊びを鼻で笑っているので、別に何と思われようがどうでもいいのだが。
プロディージはそれを聞き、ニッと片頬の口角を上げて意地悪く笑う。
「いいじゃん。勝つ為に手段を選ばない、とびっきり卑怯な手を教えてよ」
「ロディらしいな」
「お褒めの言葉どうも。……代わりにさ、リムに貴族の会話を教えてあげる」
別にいらないと断ろうと思ったが、目が合ったプロディージは真剣な表情をしていたから、反論は飲み込んだ。思わず真剣に、耳を傾ける。
「フィーギス殿下は許していたし姉上も庇っていたけどさ、僕に簡単に言い含められているようじゃダメだ。フィーギス殿下にしてしまったみたいに、味方の足を引っ張ったら目も当てられない。リムだって姉上達に尻拭いなんてさせたくないでしょ?」
それを言われると、グッと胸が詰まってしまった。
たしかに五日前、ソフィアリアの家族全員と話したかったフィーギスの思惑を察せず、プロディージだけでいいと勝手に許可を出したのは、相当まずい事だったと反省したのだ。今回は大事にはならなかったが、今後もああやって身内の足を引っ張らないとも限らない。
周りにフォローしてくれる人が多くてつい甘えてしまっていたが、今後は自力で読み取る力くらいはあった方がいいだろう。オーリムはもう一季もすれば結婚して護るべき家族が増えるのだから、いつまでも誰かの庇護下に甘んじるなんて事はあってはならない。なら、プロディージから教えてもらえるのは、渡りに船だ。
「……わかった。頼む」
「ん、頼まれた」
「ロディって相当シスコンってやつだよな」
「なんか言った?」
すっと目を細めて圧を掛けられても訂正なんかしてやらない。
自分で言ったのだ。姉上に尻拭いさせたくないだろう?と。つまりオーリムに貴族の会話を仕込むのは、ソフィアリアを助けたい一心ではないか。




