エピローグ〜恋の結末〜 1
「ピーた〜ん、ヨーた〜ん、どこでしゅの〜?」
キョロキョロとあたりを見回しながら、こっちにいる気がするという気持ちのままに、クラーラは大屋敷の離れをトテトテ走っていた。
ここに来てから、いつもついてきてくれていたベーネお姉さんを振り切ってしまったが、急いで見つけないと馬車に置いて行かれてしまうのだから仕方ない。かわいい子供たちのために、お母さんはがんばるのだ。
やってきたのはツヤツヤした石がたくさん並べられた、しずかな場所……ここは起きなくなってしまった人がぐっすりねむる『おはか』という場所とよく似ている。
きっと、ここもそうなのだろう。だからねている人のために静かにそっと歩いて、だいすきな双子の子供たちを探した。
「あっ!」
と、思わず大声を出してしまったので、あわてて口元を手で押さえる。そしてそのまま、見つけた双子たちのそばに寄った。
「ピーたん、ヨーたん。もうお時間だから、おうちにかえるよ?」
『クーたん……。あのね、ピーたんわるい子なの』
『ヨーたんも、ダメな子なの』
昨日よりしょんぼりかなしそうな双子にキョトンとし、よいしょと二羽まとめてだき上げた。
双子の子供たちはそれでもじっと一つのおはかを見ているのでしゃがんで、おはかの文字をよんでみる。
「とりき、ぞ、く、たいち、ちょう? ふ、らー、て? それがおなまえかなあ? こう、しゃ、くい? よー、ぴ……まあ! こーしゃく様で、ヨーピたん! ピーたんとヨーたんとそっくりなのねぇ〜。フラーテしゃまって方の、おーとりしゃまなのかしら? ここでねんねしているのねぇ」
文字はならったばかりでところどころむずかしかったが、フラーテという人とヨーピという侯爵の大鳥がねている場所らしい。双子を一度降ろして、手を組んで目をつぶる。心の中であいさつと自己紹介、そしておやすみなさいと言って、目を開けた。作法はこうだったとおもう。
双子はおはかにすりすりとほおずりしていて、うーん? とクラーラは首をななめにした。
「おはかにすりすりは、めっ!なことじゃないの?」
『……あのね、クーたん。ピーたんはね、ピーたんになる前は、ここに書いてあるヨーピだったの』
『ヨーたんもね、ヨーピだったの。ヨーピはまちがえたから、一羽がヨーたんとピーたんの二羽にわかれちゃったの。思い出したの、昨日なの』
そう言ってポロポロなみだを流すから、ハンカチを取り出してトントンと交互になみだをふいてあげる。次からは二まい持ち歩かなきゃなとあたまに入れつつ、子供たちの言ったことばを必死にかんがえてみた。
「前によんだえほんで見たことあるわ! 生まれ変わりってものだったかしら? クーがよんだのはね、わんちゃんがねんねして、ご主人さまの赤ちゃんになれるように、人間に生まれ変わったえほんだったわ。ピーたんとヨーたんは、前もおーとりしゃまのこーしゃく様だったの?」
そんな事もあるんだなぁ〜とのほほんとかんがえたクラーラは、まるでえほんのようなお話を興味津々で聞いていた。双子はしくしく泣きながら、おはかの文字を……フラーテという文字を、かなしそうに見つめている。
『フラーテはね、とってもいやなことがあって、わるものになってしまったの』
『でもヨーピはね、フラーテがだいすきだったから、いっしょにわるものになったの』
『いっぱいいっぱいわるいことをしたフラーテはね、さいごは夜空の王様に、めっ!ておこられてしまったの』
『フラーテはそれで、ここでぐっすりおやすみなさいしたの』
ふんふんと双子のことばをきいて、クラーラは納得する。
「そっか〜。フラーテしゃまは今、めっ!てされて、反省中なのね。夜空の王様にもういーよされるまで、おやすみなさいのばつを受けているんだぁ〜」
隊長とおはかに書いてあったのでえらいひとなのかと思ったが、わるいひとだったらしい。
でもお母さんが、わるいことをした人にも、そうする何かがあったかもしれないから、きちんとおはなしを聞いてあげなさいと言っていた。だからわるいだけの人じゃなかったのかもしれない。
今はおはかで反省中なのでくわしくは聞けないけれど、前の双子たちがだいすきだった人だ。だから少しくらい、いい人だったのかもしれない。とてもいやなことというのさえなければ、そうならずにすんだのだろう。
『でもね、でもね。ヨーピはフラーテに会えないのがかなしくて、夜空の王様をきらいになったの』
『だからね、夜空の王様にわるいことをしたの』
「まあ! 夜空の王様は、わるものになってしまったフラーテしゃまに、めっ!しただけよ? ヨーピたんは、いけない子ね!」
『うん。いけない子だったの』
そう言ってトボトボ歩きだす双子についていく。しばらく歩いて立ち止まったのは、またおはかの前だった。
クラーラはもう一度しゃがみこんで指を組み、さきほどと同じようにお祈りをする。おわると目をあけて、もう一度文字をよんだ。
「ど? ろー、る……ドロールしゃま?」
もちろんしらない人だ。首をかしげて双子をみれば、また悲しそうにおはかの文字をながめていた。
『ヨーピはね、ドロールに夜空の王様はわるいひとだってだまして、一緒にわるものになってもらったの』
『ドロールはね、さっきのフラーテがパパだったの』
「パパなの? パパがわるものだったから、ドロールしゃまもわるものだったの?」
『ううん、ドロールはね、いい人だったの』
『いい人をだまして、ヨーピがわるものにしたの』
「まあ! ヨーピたまは本当にわるい子ね!」
わるくない人をわるい人に変えてしまうだなんて、とってもひどい子だ。えほんだと最後はたいじされてしまう、黒幕というやつではないか。
「ドロールしゃまはわるくないのに、おはかで反省中なの?」
『そうなの。ヨーピのせいでね、ドロールまでねんねの刑になってしまったの』
『わるくないのにね、起きられなくなってしまったの。ヨーピの……前のピーたんとヨーたんのせいなの』
『ドロールはね、いけない子だったヨーピにね、とってもやさしかったの』
『でもヨーピはね、そんなドロールを見ないフリをしたの』
ごめんね、ごめんねと泣いて、おはかにすりすりしている。クラーラも一緒におはかをなでなでして、一緒にごめんなさいとあやまっておいた。
生まれ変わったピーとヨーは、わるものだった前世のヨーピがやった事を、ふかく後悔しているらしい。後悔してもおやすみなさいをしてしまったフラーテもドロールも、もういいよなんてしてくれない。だれも許してくれるひとがいないのだ。このままだとずっと、シクシクしたまま。
「……あっ!」
ここが静かにしなきゃいけないおはかだという事も忘れて、クラーラはパチンと手を合わせる。クラーラを見あげてきた双子たちに、もう一人、あやまれそうな人を伝えることにした。
「夜空の王様! おうとりたまよね? おうとりたまにも、ごめんなさいしに行こう?」
そう提案すると、ブルっと身をふるわせる。カタカタとふるえて青くなった双子たちがふしぎで、首をかしげた。
「どうしたのかしら?」
『……王様にヨーピだとバレたら、ピーたんもねんね?』
『ヨーたんもねんね。前はわるいこだったから、しかたないね』
そう言ってしょんぼりしてしまった双子たちに、クラーラもかなしくなってしまう。
たしかに双子から聞いた、生まれ変わる前のヨーピはわるものだ。でもピーもヨーも前の人生を思い出しただけで、まだ何もしていない赤ちゃんなのだ。
生まれ変わって真っ二つになったのが、ばつではいけないのだろうか。でもおはかにねむる、わるいことをしていないドロールは、おやすみなさいをまだしているし……といっぱい頭をつかっていたら、ストンとなにか音がして、クラーラと双子のいる場所に影ができた。
見上げると夜空の王様……王鳥がいた。王鳥はクラーラと双子を、するどい目でじっと見ている。大鳥の目はまんまるでかわいいけど、王鳥だけはするどくとがっていて、カッコいい感じなのだ。
でも、こわくないとクラーラは知っている。だってだいすきなお姉ちゃんの旦那さまで、お姉ちゃんは王鳥がだいすきなのだから。
「おうとりたま! おはようございます。あのねあのね、ピーたんとヨーたん、おうとりたまにごめんなさいしなきゃダメなことがあるのですわ。きいてくだしゃいな」
まだカタカタふるえている双子をだき上げて、ずいっと王鳥に双子を差し出して、よく見えるようにした。王鳥はまだ双子をじっとみつめている。
『あ、のね、王様……ピーたんね……』
『ヨーたんはね…………』
そう言ってなかなか勇気を出せない子供たちを、クラーラは根気よく待っていた。たとえ許してくれなくても、ごめんなさいは、ぜったいにしなければいけないのだ。
『――――しっていたの? ピーたんのこと、けさないの?』
『ヨーたんのこと、めっ!しないの?』
クラーラは双子の声しか聞けないが、どうやら双子と王鳥は何かをおはなしをしているらしい。そして王鳥は、双子がヨーピというわるものだった事は、知っていたようだ。
許してくれるのだろうかとソワソワ待っていたら、王鳥はクラーラに目を向ける。
「なあに、でしゅの?」
『あのねあのね、ピーたんのばつは、ピーたんが見つけろっていっているの』
『ヨーたんのつみも、ヨーたんが自分でさがせっていってるの』
そうむずかしい事を言われても、まゆを八の字に下げる事しかできないが、どうやらおやすみなさいはしなくてもいいらしい。でも反省はしなければいけなくて、どうやって反省するかは、自分たちでかんがえないといけないようだ。
クラーラはう〜んとかんがえた。かんがえて、でも思いついたことなんて一つしかない。
「ピーたん、ヨーたん。あのね、前は悪いことをたくさんしたんだったら、次はいいことをたくさんしようね」
うでの中でくるりとこちらを向いた双子にそう言ったけれど、双子は身体をななめにして、ふしぎそうにしていた。
『いいこと?』
『たくさん?』
「うん! わるものはね、改心すると正義のヒーローのおてつだいをするの。だからピーたんとヨーたんもね、次は正義のヒーローになるんだよ?」
わるものが反省して仲間入りするおはなしは、メルローゼお姉ちゃんが貸してくれたえほんでも、たくさんあったのだ。前世のヨーピがわるものだったのなら、次のピーとヨーは正義のヒーローになるべきだと思う。
「ピーたんとヨーたんは、わるものとたたかって平和をまもったり、こまっている人を助けたり、これからいいことをいーっぱい! しないといけないのよ? クーもお手伝いをするから、いっしょに正義のヒーローになろうねぇ〜」
にっこり笑ってギュッとだきしめれば、双子が目をキラキラさせてクラーラを見る。しょんぼりしなくなったのなら、それでいいのだ。クラーラも双子のママとして、お手伝いをしてあげようとおもう。
『ピーたん、正義のヒーローになれる?』
『ヨーたんもなれる?』
「うん! でもこれはばつだから、誰にもありがとうをもらっちゃダメよ? こっそりとね、誰にも知られないヒーローになるの。ありがとうは三人で言い合おうね〜」
誰にも知られない正義のヒーローという単語がなんだかカッコよくて、思わずくふくふ笑う。ピーとヨーもうでから抜けて肩に乗って、クラーラをはさんですりすりとほおずりした。
『うん! ひみつのヒーローに、ピーたんなるよ!』
『ないしょのヒーローを、ヨーたんがんばるよ!』
「ふふっ、だって? おうとりたま、それでいいでしゅか?」
「ピ!」
なんとなくいいよと言ってくれた気がして、クラーラはニッコリわらった。双子を肩からおろすと、深々とあたまを下げる。
「ピーたん、ヨーたん。クーといっしょに、おうとりたまにごめんなさいは?」
『ごめんなさい、王様。ピーは次こそいいこになります』
『ごめんなさい、王様。ヨーは今度こそ、つぐないをします』
そう言って一人と二羽で深々とあたまを下げた。あたまを下げていたから、それを満足そうに見ていた王鳥に気がつかなかった。
顔をあげ、クラーラはしゃがんでピーとヨーの頭をポンポンとなでる。
「ピーたん、ヨーたん、そろそろセイドにかえる……ん? ピーたんとヨーたんはセイドは初めてよね? かえるっていうの?」
『うん! ピーたんはね、ヨーたんとクーたんとずっといっしょ!』
『クーたんのおうちなら、ヨーたんとピーたんのおうち!』
「そっか〜。じゃあもう一回、フラーテしゃまとドロールしゃまにごめんなさいしてから、かえろうね〜。ここにはもうあんまり来れないから、いーっぱいごめんなさいするんだよ?」
『『うん!』』
そうして一人と二羽はパタパタとかけていく。ここは静かにしなくちゃいけないおはかだという事なんて、すっかりわすれていた。
*
双子が生まれた時、まだ自覚はないらしいが、ヨーピの生まれ変わりの一部だという事には気がついていた。
輪廻転生が異常に早かったのは、絡まった魂を抱えたミクスの身体では耐えきれないとわかったのか、それを補うように生まれたのが、ピーとヨーだった。言ってしまえば、歪みの一部だ。
けれど絡まった魂がピーとヨーの身体を乗っ取る事は結局なくて、主人格だったドロールの未練が消えた事で、昨日ビドゥア聖島の地へと還っていった。身体を乗っ取らなかったのは、ドロールがそれをなんとか食い止めていたからに他ならない。
魔法を使えば人間の子供の身体では耐えきれず、痛みにのたうち回る羽目になったというのに、ヨーピの生まれ変わりである双子の意志を優先した。もしミクスの身体から絡まった魂が離れ、ピーとヨーに入っていたら、生まれたばかりで弱い双子は、きっと意思を塗り潰され、実質死を迎える事になっただろうから。それだけはなんとしても避けたかったらしい。
本当に、ドロールという人間はなんて高潔で立派な人間だったのだろうかと嘆息する。生まれ変わってきたら、是非とも近くに置きたいものだ。そう思うくらい、王鳥は彼を気に入っていた。
にしても、魂の一部を抱えたまま残された身体がピーとヨーという人格を持ち、まさかまたセイドの人間で、王鳥妃として立つ道を選んだソフィアリアの妹のクラーラと新たな契約を結ぶというのは、色々予想外だったと苦笑する。
契約した時に歪みから脱却して、ただの双子の大鳥として世界に定着したらしく、これからはヨーピの記憶を保持したまま、ピーとヨーとして、半永久的に存在し続けるのだろう。フラーテでもドロールでもなく、双子が選んだクラーラの生まれ変わりと、この先何度も契約を交わしながら。
もうギリギリ歪みにはなっていないようだから、消す事なく、このままでいいと思う。
それにしても。
『秘密の正義のヒーローなぁ』
駆けていった一人と二羽の背中を見ながら、王鳥は愉快とばかりにくつくつと笑う。
ラーテルとフラーテがかつて行っていた事を無意識のうちに受け継いだクラーラ。これは何の因果なのか。本当に、人間とは面白い事をやってくれる。
まあ事の発端であった兄弟は色々と間違えたが、クラーラはその正義の在り方を間違える事はないだろう。だってわずか五歳の今、言いきったのだ。「これは罰だから、誰にもありがとうをもらっちゃダメだよ?」と。
さすがソフィアリアの妹と言うべきか、まだ生まれたばかりで純粋なままのセイドの人間というべきか。
あの娘はきっと、善良で優秀な人間に成長するだろう。兄弟の中で唯一、何の憂いもなく愛情を感じながら、すくすくと成長するのだから。
双子も前世を反省したようだし、きっと大丈夫だ。そう確信していた。
『クーを迎えるラスは、色々と大変だろうがな』
だって領主夫人が裏では正義のヒーローだ。振り回されるのが目に見えている。それだって愉快でたまらない。
フォルティス領は既にそこそこ発展しているが、クラーラを迎えればますます発展する事だろう。まだ少しだけ遠いそんな未来も、とても楽しみだった。




