幸せの瞬間 2
思い出話に耳を傾けていたら、オーリムがベーグルサンドを食べ終わったので、もう一つのセイドベリーのスティックパイなどが入ったバスケットを膝に乗せると、二人があからさまに表情を明るくするのだから、嬉しくて笑ってしまう。
「待ちきれない?」
「ああ。王はロディ達が持ってきてくれた苗を勝手に持ち出して、自分で栽培して摘んでいるみたいだが、俺は秋以来だから」
「ピピ」
「あらあら、王様ってばそんな事をなさっていたのですか?」
いつの間にか王鳥専用のセイドベリーなんて作っていたらしい。大鳥専用のセイドベリー畑も連日大人気なようで、いつ見ても大鳥が集まっているし、今大鳥達の間では、空前のセイドベリーブームのようだ。
オーリムはそれをもらう事なく、一昨日大鳥達から貰ってみんなに配ったお詫びのセイドベリーにも手をつけず、ずっとソフィアリアのスティックパイを待っていたらしい。そこまで我慢しなくてもいいのにと思いつつ、気持ちは嬉しかった。
「はい、どうぞ。これは大鳥様が育てたものではなくて、セイドから持ってきてくれたものだから、秋に食べてもらったものと同じ味だけれど」
「俺はそれがいい。いただきます」
「ピピ」
オーリムには包みのまま渡して、王鳥にはあらかじめ切り分けていたものを食べさせてあげたら、二人ともいい笑顔で夢中になって食べてくれるので嬉しかった。なんとも作り甲斐のある事だ。
「ピ」
「なあに?」
「今度王が育ててるセイドベリーでも作ってほしいんだとさ。なんでも王の気に馴染むように品種改良したらしい。あとは、そのセイドベリーの味や食感をフィア好みにしたいんだと。王は味も食感も気にしないから」
「まあ! ええ、お手伝いするわ。でもわたくしも食にあまりこだわりがないから、ラズくんも一緒に考えてくれる?」
「手伝うけど、フィアもこだわりがないなんて言わず、考えてやってくれ。言っただろ? フィアの好みを見つけないとなって」
目を柔らかく細めて言われた声の優しさに、ついドキリと鼓動を跳ねさせる。ここで再会した時から、たまに言葉選びを間違えつつも甘かったオーリムは、両想いになってから本当に甘く、優しくなった。王鳥が手を離してもいいと思うのも頷ける――勿論、そんな勝手は二度と許さないが。
「ええ、わかったわ。なら、あの時食べたセイドベリーを一緒に再現しましょう? やっぱりわたくしは、ラズくんと一緒に食べたセイドベリーのスティックパイが一番思い入れがあるもの」
「わ、わかった…………俺もだ」
ぶっきらぼうにそう答えて、照れ隠しのようにスティックパイに齧り付いた耳が赤いあたり、嬉しいようだ。
作物の品種改良は父が得意だったが、ソフィアリアが聞いても全く理解出来なかったので、触りだけでも体験出来るのは楽しみである。王鳥曰く、父は稀有な能力持ちだったようだが。
二人がスティックパイに夢中になっている間、コソコソとバスケットの中を探る。そしてラッピングしておいた贈り物を、二つ取り出した。
見慣れないそれを目敏く見つけた二人は注目し、首を傾げる。
「それは?」
「ピ?」
「あら、忘れてしまった? ……なんてね。はい、王様、ラズくん。今回のお仕事お疲れ様でした。ラズくんからリクエストされていた、刺繍入りのハンカチよ」
そう言って二人にそれぞれ渡すと、オーリムはもう出来たとは思わなかったらしく、目を限界まで見開いていた。
無理もない。言われたのは一昨日だった。文字通り寝る間も惜しんでせっせと刺していたので、昨日の朝はオーリムに見抜かれてしまうくらい、寝不足気味だったのである。
結局ギリギリ、侍女のみんなに夜会の用意をしてもらいながら刺繍を刺していて、終わったのが夕方近く、準備が完了する直前だった。無茶な強行スケジュールながら、なかなかいい出来になったと自負している。
「……もう出来たのか?」
「ええ。と言っても一枚ずつだけれど。予備はもう少しお待ちくださいな」
「いいっ、急いでない……!」
緩む口元を必死に引き締めようとしているのか、頰がピクピク動いているのを微笑ましく見守る。
王鳥に取り出すよう促されたので封を開け、王鳥はじっとソフィアリアと頰を寄せ合って、それを眺めていた。
「これは……!」
「ピィ!」
取り出した水色のハンカチに刺された刺繍は、この前のデートの時にプレゼントされたノクステラくんとミルクティー色の垂れ耳うさぎのぬいぐるみ、それとデフォルメされた王鳥だ。
それとセイドベリーとそのお花、隅には『ORS』の文字。『王鳥』『ラズ』『ソフィアリア』の頭文字だ。
少し複雑で大変だったが、二日で刺したにしてはなかなかいいものが出来上がっただろう。オーリムが持ち歩くにしては少々メルヘンで可愛らしいが、ソフィアリア達らしいモチーフではないだろうか。
「ふふっ、どう? ちょっと可愛らし過ぎたかしら?」
「いや……いやっ、全然……!」
オーリムはいたく感動しているらしい。ハンカチを広げ、上に掲げて嬉しそうに眺めていた。
「ピー!」
そして王鳥もご機嫌なようだ。嘴に咥えてフルフルと揺らして遊んでいるが、多分気に入ってくれたんだと思う。
「ありがとう、フィア! これからはこれを宝物にする!」
「嬉しいけど、きちんと使ってくださいな。せっかくのハンカチですもの」
「……もったいない」
「使ってくれないと、新しい物を作れないわ」
頰に手を当てて、溜息を一つ。そう言えば「グッ」と息を詰めて、渋々と頷いてくれた。
「……わかった。けど、古くなっても捨てないからな」
「うーん、まあ仕方ないのかしら? いいわよ、でも汚れたら新しい物をいくらでも刺してあげるから、遠慮なく言ってね?」
「……気をつける」
何を気をつけると言うのか。貰ったものは大切にしたいが、新しいものというのも魅力的らしい。とても葛藤している様子なのがおかしくて、ついくすくすと笑ってしまった。
「ピピー」
「ふふふ、どういたしまして。王様も持ち歩くのですか?」
「ピ」
「巣に飾って愛でるんだと」
「あら? なら、シーツカバーかクッションカバーの方が良かったかしら?」
王鳥にあげたハンカチは大判のハンカチでしかないので、飾るには些か小さいだろう。どうせ巣に飾るなら、カバーに刺繍を刺した方が喜ばれたかもしれない。これは確認しなかったソフィアリアが悪かったなと反省した。
「ピ!」
どうやらその方が嬉しいみたいだ。にっこり笑って頭を撫でると、ちょっとムッとしたオーリムから視線を感じた。
「……大きいとフィアが大変だろ。我儘言うな」
「ビー」
「たしかに時間はかかりますが、やる事はハンカチと一緒ですもの。だから気にしないでくださいな。……あっ! なら主寝室でラズくんが使う枕カバーでも作る? わたくしの分も作って、夫婦三人、色違いのお揃いなんて可愛いわね」
もしかしたら大きな物が羨ましいと感じたのかもしれないと思い、そう提案してみる。なんとなくで言った事だったが我ながら名案だと思い、手で頰を挟んでふわふわ笑ってしまった。
オーリムも主寝室という単語に反応して「んっ⁉︎」と唸りながら喜んでくれたし、少し時間は掛かるが頑張ろうと思う。
王鳥も頬擦りしながら労ってくれているし、やる気を出すソフィアリアだった。




