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【第三部番外編連載中】王鳥と代行人の初代お妃さま  作者: 梅B助
第二部 夜空の天人鳥の遊離
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夜空の天人鳥の遊離 7



 もう一度こつりと、額を寄せ合う。今度は甘えるようにぐりぐりされるのを(くすぐ)ったいと感じて、多幸感で気持ちがふわふわした。


「そうやって何でもかんでも受け入れるな。少しは考えよ」


「まあ! 失礼ですわよ、王様。わたくしはこれでもきちんと考えたうえで、王様の愛を受け入れておりますのに」


其方(そなた)のその気持ちすら、余に操られているとは考えぬのか?」


「ございませんわね」


 きっぱりと言い切る。王鳥は目を(すが)め、理由を促された。


「もしわたくしの想いすら王様の意のままなら、王様は決して離れようとはなさらなかったでしょう? 王様は自分の行動に対してきちんと責任を取る御方ですもの。気持ちだけ向けさせて遠く離れるなんて無責任な事はしませんわよ」


 そんな少し考えればわかる事、疑う理由がないではないか。


 王鳥は傲慢(ごうまん)で横暴だが、無責任な事だけは決してしない真面目な神様だ。仮に王鳥の意のままに、ソフィアリアの想いすらも動かしていたと言うのであれば、王鳥はもっとベタベタに、それこそソフィアリアの意思を塗り潰す勢いで甘やかし、愛玩人形にするだろう。


 けれどソフィアリアは自由だ。ソフィアリアの気持ちはソフィアリアの思うがままだし、自分の気持ちに違和感なんて持った事がない。気持ちも王鳥の意のままに操っていたのなら、おそらく特別気にかけていたフィーギス殿下に対してもっと無関心に、遠ざけるような行動をとっていた筈だ。


「……本当に困った娘よのぅ。どうすれば其方(そなた)は、余から離れるのであろうな?」


「本気でわたくしをお(うと)いになられたのでしたら、わたくしから王様の記憶を全て奪うか、それこそ王様が気持ちを操って、嫌いにさせてくださいませ。わたくしがわたくしである限り、王様に恋をし続けるのですから」


 仮定でもその想像は悲し過ぎて、思わず目が(うる)む。だから言っておく事にした。


「でも、これだけは覚えていてくださいな。わたくしから王様とラズくんへの恋心を抜いてしまえば、わたくしはもう幸せになる事は出来ません。いっそ、殺された方が幸せだと断言いたします」


 そんな未来は絶対に嫌だと、その身に(すが)り付く。


 恋を諦めていたはずのソフィアリアはその反動からか、この三人での幸せな恋に、酷く執着していると自覚している。自分がこんなに恋愛脳になるとは予想すらしていなかった。


 だから、もうダメなのだ。今更王鳥がどれだけ遠ざかろうと、その後ろ姿を生涯追い求め、諦める事は決して出来ない。また振り向いてもらうまで、ずっと追いかけ続けるだろう。


 それで可哀想なのはオーリムだ。王鳥がソフィアリアから離れようとするから、しがみついて離さないようにする事に必死で、せっかく長い時間をかけて両想いになれたのに、最近は少し(ないがし)ろにしている自覚はあった。

 それを申し訳ないと思いつつ、けれどオーリムはソフィアリアに甘いから許してくれると慢心していた。それでオーリムの気持ちまで離れてしまえば、今度はオーリムを追い求めそうだ。


 二人の幸せを願って手を離すなんて事は、もう絶対に出来はしないのだ。ソフィアリアが苦労しようが、王鳥やオーリムに厄災が降り掛かろうが、周りに悪影響を及ぼそうが、きっと諦められない。

 恋に溺れたソフィアリアは、そうするだろうと想像が付くくらい、身勝手で愚かな人間へと成り果てていた。


「ふむ。もしかしたらセイドの人間は優秀な反面、どこかで並の人間に大きく劣る所があるのかもしれぬな?」


「あら? そうでしたの?」


「ラーテルとフラーテは愛憎の振り幅が極端であったし、ドロールはまっすぐと言えば聞こえがいいが、少々夢見がちで考えが浅かった。フィアの父は勉強が極端に苦手であるし、プーはあの通りかなりの甘えたなうえに運動が不得意であろう? クーは落ち着きがないという欠点を抱えておる。フィアはその恋愛脳なのだろうな」


 その事実に目を丸くした。よく知らない祖父やドロール達の事はともかく、たしかに父は先生達から教育を受けても、あまり身に付かなかった。先生(いわ)く、大人になってからの勉強だから身につきにくいのだと言っていたが、そもそもそういう性質だったのか。


 プロディージは過剰に相手からの愛情を期待するあの通りの性格であり、実は極度の運動音痴だ。走ればソフィアリアに劣るくらいには酷く、懸命に克服しようとしたのに結局最後までソフィアリアに勝てず、拗ねて怒られた。ちなみにソフィアリアも体力だけはあるが、あまり運動は得意ではないのに、だ。


 クラーラはまだ子供だからそうなのだろうと思いたかったのだが、王鳥が言うのならば、今後どう成長しても生涯あのままお転婆なのだろう。ラトゥスは物静かなので、足してちょうどいい感じに収まるのかもしれないが、振り回す予感がしているので少し申し訳ない。


 そしてソフィアリアは恋愛脳。まあ王鳥とオーリム二人を想わなければならないのだ。恋心も二倍以上必要だろうから、きっとそう悪いばかりの欠点ではない。むしろちょうどいいのではないだろうか。


「ふふっ、王様はそんなわたくしの事がご迷惑だと思いますか?」


「大鳥の重い愛情を人の身で受け止めようとするのはやめておけと止めたいが、フィアは恋愛脳で聞かぬからな。もう良い、諦めた。ならば生涯この重みに堪えて、応えてみせるが良い」


「たったそれだけですか? なら、こんなふうに離れようとなさる必要がないではありませんか。ここ最近の寂しさは一体なんだったのでしょう……」


 はぁーっと溜息を吐いた。どんな禁忌に触れるのかと思えば大鳥の恋愛には特性があり、気持ちが重いだけ。

 価値観の違いは今まで多くの大鳥と接していたソフィアリアはなんとなく察するものがあるから今更だし、王鳥の愛が重い事なんて幸せでしかない。これで何故離れようなんて考えたのか。


「勝手に害意も好意も跳ね除けて、友人すらまともに作らせなかった事を、たったそれだけと言うのは(いささ)か無理があるぞ? 思いっきり人生に歪みが生じておるではないか」


「どのみちわたくしはセイドでは多忙で、友人付き合いをあまり出来ませんでしたもの。お母様のように異性にモテても困りますし、ちょうどよかったですわ。それに、今跳ね除けているのは恋情だけなのでしょう?」


 害意を跳ね除けていたと言っていたが、この大屋敷に来てから、身の危険を感じる機会が増えたと実感していた。


 先の大舞踏会では蔑みの目に晒されたし、公女様に危害を加えられそうにもなった。(あお)ったのはソフィアリアだが、あからさまな敵意を向けられたのは、思えばあれが人生初だったように思う。

 今日だって現妃に侮蔑の態度を取られていたし、演技だったからかもしれないが、ドロールに(さら)われた。

 地位が上がって王鳥妃(おうとりひ)になったからだと思っていたが、どうもそれだけではない気がした。


 それを指摘すると、王鳥は肩を(すく)める。


「まあ、今は近くに身を護ってやれる余達もおるし、其方(そなた)の行動範囲は今までのように、狭いセイドの領地内では済まぬからな。あまり広範囲に広めると、それこそフィアの存在そのものが歪み、世界から弾かれる。……すまぬな、もうセイドにいた頃のような護り方は出来ぬから、これからは幾度となく身の危険に晒される機会が増えるだろうて」


「ええ、大丈夫です。だって王様とラズくんが護ってくださるのでしょう?」


「当然」


 世界に弾かれる、というのはどういう事かわからなかったが、人から嫌われるなんて人間であれば普通の事だ。ソフィアリアは人から好かれやすいが、万人に好かれるだなんて思っていない。大屋敷にだって、ソフィアリアの馴れ馴れしく、わかった風な態度を嫌がる人はいるのだ。そういう人にはあまり干渉しない事にしている。


 危険に対してはソフィアリアは構えている事しか出来ないので、大変なのは助けてくれる王鳥とオーリムである。万が一ソフィアリアの身に何かあっても、ソフィアリアより周りが悲惨な思いをするだけだろう。


「それと、余はヨーピを消したせいで出来た世界の歪みを、必要と判断すれば修復せねばならぬ。おそらく今後、様々な厄災に立ち向かわねばならぬだろうな」


「それが、王様がお一人で背負おうとなさっていた業というものなのですか?」


「左様。このまま余が近くにおれば、ラズも其方(そなた)も巻き込んでしまうだろうな。……それを聞いても、考えを改める気はないのか?」


「何故です? 王様が困難に立ち向かうのならば、妃であるわたくしも、王様の代行人であるラズくんも、ご一緒するに決まっているではありませんか。たとえどんなに辛い目にあったとしても、寂しがり屋の王様をお一人になど絶対させませんわよ」


 何をそんな当たり前の事をと目をすがめれば、やはり溜息を吐いて、肩口に頭を乗せる。


「……余は業を共に背負わせて身軽になる為に、其方(そなた)(めと)った訳ではないのだがな」


「結婚するとは喜びと苦労を分かち合いながら、共に歩むという事ですもの。わたくしは王様が離れていく事以外ならば、なんでも受け止めますわ」


其方(そなた)には誰よりも安全な場所で幸せでいてほしかったのだ」


「なら、側から離れて行こうとしないでくださいな。わたくしの恋しい王様」


 王鳥が願ってくれているソフィアリアの一番の幸せは、王鳥とオーリムが隣にいる事なのだから。背中に腕を伸ばしてぽんぽんと慰めれば、ギュッとしがみついてくれた。そろそろ意地を張るのはやめにして、陥落してくれただろうかと期待を寄せる。


「……余とラズの唯一となるのだから、余は其方(そなた)に余の――大鳥の伴侶を求めるぞ? 大鳥は人間のように気持ちが移ろう事はないのだから、其方(そなた)にもそれを求める。勿論(もちろん)今後も、他人からの恋情一つも許さぬからな?」


「ええ、ええ。デートをした時の誓いを、わたくしは生涯守り抜きますから。だから王様、もう離れるなんて事考えないでくださいませ。わたくし、本当に身が裂けるくらい痛かったですわ」


「業だって、其方(そなた)とラズにも背負わせる。今後の人生は波乱の連続であろうな」


「三人で幸せになるには必須なのでしたら、いくらでも背負い、困難に立ち向かってみせますわよ。お馬鹿で優しい旦那様」


「すまぬな、本当に馬鹿な事をしていた。余も其方(そなた)も、もうどうしようもなくこの恋に溺れきっておったのにな?」


 そう言って困ったように笑うから、その両頬を優しく挟んで、ぷくりと頬を膨らませてみせた。


「結局王様も、少し前までのラズくんと同じ事をなさいますのね?」


 身を引いて幸せを願おうとするその考えは、両想いになる前のオーリムと全く一緒だ。あの時王鳥はオーリムの態度に呆れ、説得を繰り返していたらしいのに、結局同じ事をしているではないか。


 それを指摘すると、気まずそうに視線を逸らす。


「うむ……そうであるな。まあ、過ぎた事は良いではないか。生涯側に(はべ)る事を許すから、気にするでない」


「ラズくんに謝ってあげてくださいませ」


「仕方ないな」


 そう言って笑ってみせてくれた顔は優しく、表情はとろけるくらい熱かった。ソフィアリアも安堵してふわりと微笑む。


「ありかがとうございます。ふふっ、嬉しい! もう夫婦喧嘩は終わりでいいですわよね?」


 そう言って今度は首に腕を回して精一杯抱き付くと、王鳥も強く抱え込んでくれた。


「ああ、そうだな」


 耳元で(ささや)かれたその言葉に乗った感情は今までよりずっと甘美で、くらくらと目が回るようだった。

 きっと王鳥もソフィアリアを一方的に愛する事はやめて、恋をしてくれたのだ。


 なら、ソフィアリアは王鳥と同じ……いや、それ以上の気持ちを返そうではないか。もう二度と離したくなくなるように。ずっと側に置きたいと思ってくれるように。


 たったそれだけの事が、こんなにも幸せを感じるのだった。



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