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【第三部番外編連載中】王鳥と代行人の初代お妃さま  作者: 梅B助
第二部 夜空の天人鳥の遊離
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夜空の天人鳥の遊離 4



『――安心せよ。ラズの姫は立派になったら迎えに行けばよい。ソフィアリアという娘は、いずれそなたと余の妃にしようぞ』


 王鳥が新しい代行人に選んだのは波長の合う人間ではなく、心地よい気を纏った孤児の子供だった。

 どうやらこの孤児は物心ついてから生まれて初めて人に優しく扱われ、優しくしてくれたその娘に淡い恋をしたらしい。その眩しいくらいに綺麗な気持ちに、思わず惹きつけられてしまった。前例のない代行人選定の形だが、問題ないだろう。


 けれど、よりによってその娘なのかと苦笑する。これが終わったら真っ先に始末に行く予定の暗殺者が狙う娘、それが代行人の伴侶となり、王鳥と共に妃に迎えようというのだから、運命とはなかなかあの娘に酷な事を()いるものだ。


 まあ、なんでもいい。あの娘はセイドの人間なのだから磨けば優秀になるだろうし、その血により大鳥に好かれる事は確定したようなものだ。妃にする為の下地は充分整っている。


『さて、どう育ててやろうか』


 このラズという孤児も、いずれ妃に迎えるソフィアリアも。


 あのままセイドで共に過ごしたとしても、いずれ別れを迎えるだけのなんて事ない二人の恋を、王鳥が叶え、二人を愛でる事に決めた。


 ――この時はまだ、二人の傍観者に徹するつもりだったのだ。王鳥もソフィアリアを妃に迎えるが立場だけで、あとは人間同士で愛を(はぐく)めばいい。王鳥は二人の親のように、それを見守ろうではないか。


 ……そう決めたはずだったのに。





            *





 王鳥として選ばれ、代行人に気に入ったラズという子供を選んで大屋敷に連れて来てから、非常に多忙な毎日を送っていた。


 代行人に意思を持たせたままでいるせいか、能力はあるのに全く仕事をしようとしないラズの代わりに身体を乗っ取って事務仕事。それと並行してこの国を自身の姿で見回りつつ、世界中で飛び回る無数の大鳥の視界を共有して、異常がないか常に監視。

 昼食の時間は一度ラズに身体を返して食事を摂らせ、食べ終えたら夕方まで事務仕事の続きだ。


 これが通常業務で、国に人間ではどうする事も出来ない異常があれば解決するし、必要ならば単身だったりラズの身体を借りて鳥騎族(とりきぞく)を指揮し、武力行使に出る。その他、滅多にないが国内外問わず意識を向け、大鳥と人間のトラブルが起きていないか目を光らせておく。


 このように、王鳥とは非常に多忙なのだ。特に今はラズが仕事をしないから、余計な仕事が増えている。

 まあ先代まで代行人を動かすのは結局王鳥だったのでこれが普通といえば普通なのだが、せっかく意思は残して能力も植え付けておいたのだから、自らの意思で代行人としての仕事くらいやってほしいものである。


 ぶつぶつと文句を言いつつ、最近は昼の時間、王鳥は国を飛び回るのはやめて、ラズの故郷であるセイドに居た。どのみち自ら飛び回っていなくても大鳥の目を通して監視は継続しているので、それでも何の問題もないのだ。飛び回るのはただの気分転換である。


 姿を隠しながらセイドの領館の一室を覗き込み、こちらもかと溜息を吐いた。


 室内のベッドで縛り付けられているのはラズの姫で、将来の妃になる予定のソフィアリアだ。

 どうも何かの手違いでラズと別人を間違えているらしく、不注意で死なせてしまったと絶望しているらしい。まったく、伴侶と別人を間違えるなど、人間とは何故こうも出来が悪いのか。


 ちなみにベッドに縛り付けられているのは虐待ではなく、こうしないと暴れて自傷にはしるからだ。ただでさえ人違いをしているというのに、自傷にまではしる人間の精神の弱さには溜息も漏れるというもの。


 が、あれもいずれ王鳥と代行人の妃となるのだ。このくらい自分で立ち直ってもらわなければ困る。特に王鳥の隣に立つのだから、並の娘では話にならない。


 最低限、フィーギス並の能力は身につけさせたいと思っていた。セイドの娘なのだから、その素質はあるはずなのだ。

 ラズもセイドに帰りたいと毎日泣き暮らしているし、二人してそんな調子なので、子守もなかなか大変である。


 ――そうして毎日のように様子を見に行き、一季を過ぎた頃にはソフィアリアはこのまま死ぬのではないかとヒヤヒヤしたが、ようやく立ち直ったらしい。今では弟と一緒に毎日必死に勉強しており、ほっと胸を撫で下ろした。


 まだ立ち直っていないラズにソフィアリアの訃報なんて聞かせてしまえば、絶対に後を追う。そうなると寿命を共にする王鳥も巻き込まれるので、国を超えて世界に波紋が広がった事だろう。


 立ち直ってからも毎日見守り続けていたが、さすがセイドの血筋だと感心した。姉弟共に人並外れた能力を持っており、何より教師に恵まれたのも幸いしたのだろう。

 あの教師は教師でフィーギス達に所縁(ゆかり)のある人物なのは何の偶然かと思ったが、そのあたりは人間同士の揉め事なので王鳥が出る幕はない。まあソフィアリアが嫁いできたらフィーギス達とも縁が出来るので、そのうち知る機会はあるだろう。


 そうやって勉強をし、領地を見回り、弟と、途中からはその婚約者と三人で協力し合って問題を解決していくソフィアリアを、ずっと見守ってきた。


 途中でフィーギスの側妃になると勉強し始めた頃はどうしてくれようかと思ったが、帝王学を身につける事は悪くはない判断だ。


 大屋敷に嫁いできた後にでもラズと共に叩き込んでやろうと思っていたのだが、その必要はないらしい。勉強は子供の頃から学ばせた方が早く身につくのだから、結果的によかった。


 まあ身に付けたところで実際に使い所があるかどうかは微妙なところであるが。人間から見れば王族の上の位に立つのだから、そのくらいは必須だろう。人間の帝王学程度、誰だって時間をかけて学ばせれば覚えられるのだから――残念ながらこの時の王鳥は、人間は思っている以上に出来が悪く、勉強にもある種の才能が必要だと気付いていなかった。


 それにと、ニンマリと笑みを浮かべる。


『ラズ、そこ間違えておるぞ。一昨日も似たような間違いを犯しておるのだから、しゃんとしろ』


「うっ、し、しょうがないだろ。単純な覚え間違いくらい誰だってする」


『ほう? そうであろうな。まあ其方(そなた)の姫はもっと先の先まで完璧に覚えておるようだが、しょうがないなら仕方ない。ラズはその程度だという話だ』


「はあっ⁉︎ また本当かどうかわからない事をっ……!」


『まあ信じたくないならいいが。せいぜいゆっくり今のペースで、姫に置いていかれるがよい』


「……わかった。王、頭に叩き込むから手伝ってくれ」


『それでよいのだ。では――』


 ソフィアリアを引き合いに出すと、ラズはいつも以上にやる気が出るようなのだ。ラズは残念ながら能力は王鳥の刷り込みがあっても凡人だとしか言えないので、優秀になれるかは本人のやる気次第と言えるだろう。

 だからソフィアリアが頑張れば頑張るだけ、ラズも隣に立てるように張り合うようになるのだ。


 まあそのやる気も、ソフィアリアがセイドの令嬢だと判明してからは馬鹿な事を考え始め、随分と遅れをとってしまったが。おかげでラズにも帝王学を叩き込み、フィーギス並みにさせるところだったのだが、並の優秀な人間程度に落ちぶれてガッカリした。せいぜい高く見積もっても高位貴族程度であろうか。しかも社交能力がほぼないのである。


 まあその分、この国では必要のない軍事力を叩き込んでやったが。知力がダメなのだから、武力くらいは持ってもらいたい。ソフィアリアを護る為には必要な事だし、本人も昔は兵士になりたいとか言っていたのだから、願ったり叶ったりだろう。


 ラズがそうやって落ちぶれている事に反して、ソフィアリアは随分と立派に成長していた。帝王学も身に付けたので、その知力を上手く使えば、この国の女王になったとしても困る事はないだろう。

 まあソフィアリアはラズの伴侶となるので、そんな未来を許すはずもないのだが。


 それにフィーギスがコンバラリヤの王女と大恋愛の末に婚約した事により、側妃になるという考えはやめたらしい。


 それでもどこか変な高位貴族に嫁いで金を得ようと目先の事に囚われているのはどうかと思うが、そんな奴らなんて王鳥の敵にもならない。横から掻っ攫えばいいだけだ。


 王鳥も代行人も一領地に金銭の援助は出来ぬが、王鳥と代行人の妃になればセイドの名前が国を超えて世界に広がる事になるのだから、それで問題ないだろう。

 伴侶の身内なんて大鳥から見れば赤の他人なのであまり注目はしていないが、あの弟もセイドの人間らしく優秀なのだから、そういうチャンスくらいモノにする。出来なくても知った事ではない。


『のう、ラズ。いい加減無駄な考えは捨てて、姫と婚約せぬか? そろそろ余も其方(そなた)の姫と直接話したいのだが』


「しつこいっ! しないって言ってるだろっ! お姫さまを苦労させたくないんだ……幸せになってもらいたいんだ」


『苦労させたくないのぅ……』


 その点に関して言えばもう手遅れで、幸せになるといっても、今のままじゃ未来すら暗い。ここに来る方がずっとマシな未来が歩めると少し考えればわかるだろうに、ラズはそこまで思い至っていないようだ。


 ラズには色々とガッカリだが、フィーギスは地盤を固めている最中で、ラズには前までのようなやる気がない。今強行しても、ややこしい事になるだけだろう。


 それは後々解決する事にして、でも王鳥はソフィアリアを見守る事だけは決して欠かさなかった。ここまでくると、ほぼ日課と言っても過言ではない。


 今日のソフィアリアはスラムの跡地に広がる畑の視察と作業する人達への労い。周りの人は領主の顔を知らないので気付いていないようだが、畑にはソフィアリアの父が紛れ込んでいる。

 あれも一見頼りないが、れっきとしたセイドの人間だ。勉強の才能はなく自信がないのか常にオドオドしているが、ソフィアリアと同じく人の気持ちに非常に機敏で、それも人間には持ち得ない稀有(けう)な才能がある。()わば農耕作業に特化出来る能力を持ち合わせているのだ。


 どうやらただの人間でありながら大鳥のように土地の纏う気を無意識に察知しているようで、見ていてぼんやりと、触ってはっきりと土の調子がわかるらしく、なんとなくの掛け合わせで品種の改良なんてやってみせている。あれは代行人であるラズにも不可能だ。気を察知まで出来ても、新たな掛け合わせなんて思いつきもしない。


 ここはセイドベリーという特産品が既にあるが、特産品という程ではなくとも、ここで育つ野菜は他領で収穫されるものよりも人間にしてみれば美味で、大鳥から見れば至高の逸品に感じる事だろう。まあ大鳥がわざわざセイドに足を運ぶ事はないので、まだ誰も気が付いていないが。

 少しもったいないので、なんとか大鳥とセイドに縁が出来ればいいと思っている。聖都程ではないが、このセイドの地は大鳥にとっては居心地よく、ソフィアリアの父が改良して作った野菜はどれも美味しい。差し詰め、大鳥のリゾート地に最適といったところか。


 まあソフィアリアと結婚し、ソフィアリアが大鳥に認められて妃と呼ばれる頃には、大鳥の興味がセイドにも向くだろう。焦らずとも、その日まで待っていればいい。


「お父様、ロディとメルがね、もっとセイドベリーを作ってほしいんですって。出来れば二倍、望めるなら三倍以上」


「さ、三倍っ⁉︎ いや、うん、セイドベリーは繁殖力が強くて育てるのもすごく簡単だから出来なくはないけど……そんなに作って大丈夫なのかい?」


「う〜ん、むしろどんどん作ってほしいわ。農作業も加工も人手が必要になれば、その分領民の働き口にもなるでしょう? セイドベリーは甘くて美味しくて、そのうえラズベリーと違って長期保存も出来るから、他所で売るにはもってこいなの。営業はメルが頑張ってくれるみたいだから、もういらないって言われるまで、たくさん作っちゃいましょう?」


「そ、うなのか……。わかった。だったら僕も増やしながら、もう少し改良してみるよ。なんとなく、もっと美味しく出来る気がしているんだ」


「まあ! さすがお父様だわ。もっと美味しいセイドベリーが食べられるの、楽しみにしているわね?」


「へへっ」


 領主は父のはずだが、どうみてもソフィアリアの部下にしか見えない関係に苦笑した。というより、ソフィアリアが上に立つのに相応しい人間に成長したのだろう。


 人から好かれる事に関しては天賦(てんぶ)の才があるし、帝王学のおかげで支配者としての振る舞いも身に付けている。今はまだこの狭いセイドでしか発揮出来ていないが、いずれ大屋敷に来た暁には、きっといい女王として君臨してくれる。

 王鳥と代行人はたった二人だけで世界を見守っているようなものなので、大屋敷にかまけている暇はあまりない。そこをソフィアリアが上手く補ってくれればいい。


 ラズもソフィアリアが女王のように振る舞えばやる気を取り戻し、喜んで側に侍って騎士兼王配のようになるだろう。ラズは上に立つよりも、そういう補佐向きな性質をしているのだから。


 王鳥はそんな二人を上から見守ってやればいい。その日が待ち遠しいと思いながら、セイドベリーを一粒こっそりと摘む。口に広がる多幸感と、全身に馴染む気が心地いい。

 一度しか食べた事はないらしいが、これはラズの好物だから王鳥も好物で、更にセイドで作られたものという相乗効果もあり、非常に美味だと感じる。だからたまにこうやって、こっそり摘んでいるのだ。


 ヘタレたラズには、まだこれは食べさせてやらない。ソフィアリアを迎えるその日まで、せいぜいお預けをくらっていればいいのだとニンマリと笑ってやった。




 

 この時までの王鳥は二人の親で、傍観者だった。成長し立派になり、いずれ並ぶ二人を愛でるその日を、確かに楽しみにしていたのだ。


 ――それだけでよかったはずなのに。



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