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【第三部番外編連載中】王鳥と代行人の初代お妃さま  作者: 梅B助
第二部 夜空の天人鳥の遊離
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夜空の天人鳥の遊離 3



 ふと思う。王鳥は何故急にこんな事を言い出したのか。何故、今なのか。


 ――そんな事、考えるまでもなく先程から王鳥自らその違和感を声高に訴えているではないか。それに、おそらくは今日知ってしまった『あれ』も関係しているのだろう。


 ソフィアリアは悲しい決意をしてしまった王鳥に、泣きそうな笑みを浮かべた。


「……ねえ、王様。人間と大鳥様との恋は、そんなにいけない事なのですか? 世界の歪みというものを、全てお一人で背負うおつもりなのですか?」


 途端、顔を微かに強張らせるのだからわかりやすいものだ。その反応は、王鳥にしては迂闊(うかつ)だなと思う。その程度の事なのに、ソフィアリアでも見抜けないだろうと思われていたのなら、残念だ。


 王鳥は先程からずっと、必要以上にソフィアリアへの恋心を否定し続けている。ソフィアリアに訴えるというより、誰かに……自分に強く言い聞かせるように。

 そこに理由があるのだろう。大鳥が人間に鳥騎族(とりきぞく)を選定する際の友好ではなく、恋心を向ける事で及ぼす弊害(へいがい)。王鳥はソフィアリアにそれが及ぶ事を案じ、必死になって否定して打ち消そうとしている。そう思えてならないのだ。


 それに――心当たりがひとつだけある。大鳥の特性と、ソフィアリアの身に起こり続けている違和感を照らし合わせれば、これだと言えるものがあった。


 あと、王鳥がヨーピを消した事で生じた世界の歪みとやらに、まだ何か秘密が隠されていそうだ。その秘密と侯爵位の大鳥であるヨーピを消した責任を、その決断が遅れてしまったせいでドロールを巻き込んだ罪を、たった一人で背負うつもりなのだろう。


 そんなの、水臭いではないか。


「……余は恋などしておらぬ」


「何をそんなに怖がっていらっしゃるのですか? こんなお馬鹿な事をしていないで、さっさとわたくしとラズくんにも、その真相をお教えくださいませ」


「そんなものなどないっ!」


「王様、ダメです。わたくしはそうやって珍しく焦りを(にじ)ませた事を見逃すほど、単純ではありません」


 そう指摘するとくっと悔しそうな顔をする。ソフィアリアはその隙にオーリムの身体を借りた王鳥の胸に飛び込んで、すりっと甘えるように頬擦りをした。


 そうすると聞こえる鼓動がずっと一定なのは、オーリムとは大違いだなと思う。オーリムは照れるのか、すぐにトクトクと早鐘を打つのに、王鳥にはそれがない。

 王鳥は……大鳥は伴侶と共に過ごし、肌を密着させても、安らぎと心地よさを感じるだけなのだそうだ。伴侶を得るのだって繁殖を目的とする訳ではないので、人間でいう興奮というものはしないらしい。だから王鳥はソフィアリアを見ても、人間の恋のようにドキドキしたりしないのだと聞いた。


 けれど、安らぎと心地よさを与えられているだけで充分だ。ソフィアリアだけがそれを与えられると思うと嬉しかったし、幸せだった。それだけで満足だったのに、一体何がいけないというのだろうか。

 王鳥はソフィアリアを愛し、ソフィアリアは王鳥に恋をした。そんななんて事ない気持ちが、王鳥すら恐怖を感じる何かがあるというのか。


 そんなの、あんまりではないか。


「……教えてください、王様。一体何がいけないのですか? 世界の歪みだって、王様がたった一人で抱え込んで、わたくし達の元から離れなければ許されない程の事なのですか? ……わたくし達では一緒に背負ってあげられないのですか?」


 背中に腕を回してギュッと強く抱きしめると、手を彷徨(さまよ)わせた気配がした。


 ようやく根負けてしてくれたようで、王鳥もギュッと抱え込んで、素肌を晒す肩口に額を埋める――気の馴染みが特にいいらしい王鳥お気に入りの場所だ。


 ソフィアリアは手を伸ばし、そんな王鳥の頭を優しく撫でる。


「フィア……余の妃」


「はい」


「余は大鳥で、ラズとフィアは人間だ。伴侶となるには、在り方が違う。そして伴侶とは本来、一対一の二人でするもの。人間の王は複数人の伴侶を得る事ができるが、大鳥は違う。決して、三人ではない」


「それでも、わたくし達は在り方すら違う三人で恋をしました。わたくしは王様がラズくんに向ける優しい表情を羨んで、ラズくんのまっすぐな性格が眩しくて、そんな二人に優しくされて、いつしか恋をしました。ラズくんだって王様が一緒にいる事が当たり前なまま、わたくしをずっと想ってくれていた。王様は? わたくしから見て王様はラズくんを誰よりも大切にしていて、わたくしの事も同じように慈しんでくれていたように思うのです。それは間違いですか?」


 優しくそう尋ねると、まるで子供のように、ふるふると首を横に振る。その事に、吐いた息が震えるくらい安堵した。


「なら、いいではありませんか。大鳥様と人間の恋の史上初が怖いのならば、わたくし達がまた、その第一号になりましょう?」


「だが、大鳥の伴侶という立場は、其方(そなた)のような小さく弱い人間が背負えるものではない」


「大丈夫です。ラズくんも史上初の自我を持つ代行人で、わたくしも初めての王鳥妃(おうとりひ)という、何もかもが初めてな、重いものばかり背負っているのですから。どんなに大きく重いものでも、王様がくださるものならば、必ず受け止めてご覧に入れますわ」


 肩を押して、顔を覗き込む。その途方に暮れた表情を見られるのは甘えられる自分の前だからだと自惚れて、感じた多幸感を分け与えるように、コツンと額を合わせた。


「わたくしとラズくん二人でも重くてよろけてしまう程のものでも、王様がくださるものなら二人で支え合って耐えてみせますから。王様が一人で背負おうと決めた世界の歪みの分も、二人で分け合って一緒に背負いますから。だから寂しい決断なんて諦めて、三人で一緒に幸せになりませんか?」


 ふわりと微笑んでそれを提案する。結婚するとは喜びも悲しみも分け合うという事なのだから、そんなの言うまでもなく、当たり前の事だった。

 その当たり前に、王鳥は困ったように皮肉げな笑みを浮かべる。


「……はっ。本当にフィアの言葉は何よりも甘美だな。耳障りのいい言葉を並べて優しい世界に引き()りこんで、ズブズブに甘やかす。そうして其方(そなた)に陥落しきって、其方(そなた)が築き上げた箱庭に囚われたいと自ら望むように仕向けられるのだ。プーが危機感を抱くのもよくわかるというものよ」


「あらあら。けれどわたくしが囲いたいのは王様とラズくんのたった二人だけです。他の方は一時滞在は許しても、側に置き続ける事はしませんわ。ですから王様、狙われてしまった王様は諦めて、わたくしに囚われてくださいませ」


 至近距離で火傷しそうなほど熱い眼差しを絡ませ合い、お互いにふわりと微笑み合う。


「そしてわたくし達を一方的に愛する事はもうやめにして、一緒に恋をしましょう? 王様は愛する事しかしないと仰っておりましたが、これからはわたくし達に向ける愛に、見返りを求めてください。わたくし達はそれに、きちんと応えますから」


「言っておくが、大鳥の――余の愛は、移り気な人間では返しきれぬ程、本当に大きくて重くて、何よりも厄介だぞ?」


「まあ! そんなに大きなものをいただけるなんて、なんて幸せなのかしら。返し甲斐がありそうで、とっても楽しみですわ」


「世界の歪みに関わると、其方(そなた)らは平穏と安寧から遠ざかる一方だ」


「だったら尚更、王様一人で背負わせる訳にはいかないではないですか。どんな困難の只中(ただなか)に立たされたとしても、王様とラズくんの側こそが、わたくしの平穏と安寧の地になりますわ」


「……ほんに其方(そなた)はどうしようもないな」


 一瞬顔が近付いて唇に触れる直前、ふっと離される。少し物足りなさげに唇を目で追っていたからか、王鳥は苦笑して、ポンポンと頭を(なだ)めてくれた。


「したいのはやまやまだが、ラズが先だと決めておるからな。許せ」


「ふふっ、はい。わたくしはもう少し、お待ちしておりますね」


「うむ。……さて、其方(そなた)はどんな大きく重く、厄介なものでも受け止めると言うたのだ。なら、余の其方(そなた)への想いと大鳥の伴侶の特性、そして余が背負い、降り掛かるであろう業でも聞いてくれるか?」


 そう言っていつものように抱えられると、そのままベンチに腰を下ろす。本来の王鳥もオーリムの姿を借りた王鳥の背に回って、甘えるように屈んでスリッとソフィアリアに頬擦りした。

 ソフィアリアはそれに応え、頰を撫でる。そしてオーリムの姿を借りた王鳥と目を合わせ、ふっと微笑んだ。


「きちんと告白してくれるのは初めてですね? 嬉しいですわ。ぜひお聞かせくださいませ」



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