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【第三部番外編連載中】王鳥と代行人の初代お妃さま  作者: 梅B助
第二部 夜空の天人鳥の遊離
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夜空の天人鳥の遊離 1



 ソフィアリアの部屋には予想通り、軽食の入ったバスケットが置かれていた。


 オーリムにはそちらを持ってもらい、ソフィアリアはセイドベリーのスティックパイなどが入ったバスケットを持ち、機嫌良く王鳥の元へ帰る。オーリムもスティックパイがよほど楽しみなのか、チラチラとソフィアリアの持つバスケットを盗み見ていた。

 スティックパイもだが、今日は二人に喜んでもらえそうないいものをたくさん持っているのだ。ソフィアリアだってこれを見てもらえた時の反応が楽しみで、つい表情がニヤけてしまう。


 いつもの場所に戻ってくると、王鳥はベンチの側で月のない夜空を眺めていた。その目がどこか寂しそうだったので、プロディージ達を覗き見していたせいで長く待たせ過ぎてしまっただろうか?と首を傾げる。王鳥はオーリムとは常に視界を共有しているはずなので、事情はわかってくれるかと思ったのだが。


「お待たせしました、王様。ごめんなさい、寂しかったですか?」


 とりあえずオーリムと二人、持ってきたバスケットをいつものベンチに置いて、王鳥に視線を向けたまま心配そうにそう言う。


「フィア」


 と、まるで割り込むようにオーリムに名前を呼ばれ、振り向くと強く腕を引かれて抱き締められた。


 あまりにも突然の事で目を瞬かせたが、ふっと微笑んで背に腕を回し、(なだ)めるようにぽんぽんと撫でる。


「……直接お話したいくらい寂しかったのですか? 王様」


「すまぬな。ドロールの未練を断ち切る為に、余は其方(そなた)を利用したのだ」


「あらあら、やはりそうでしたか」


 その事に関しては、なんとなくそうなのではないかと思って、何も気にしていなかった。


 ドロールと絡みついた三人の魂は今度こそ『死』を迎える為に、主人格として残ったドロールの未練を、全て断たなければならなかったと言っていた。

 ドロール本人も言っていた事だが、深く関係性があるにも関わらず初対面で、なんの(わだかま)りもないソフィアリアは、ドロールの大きな未練であった『オーリムとプロムスに謝る』という思いを消化させるのにはもってこいの人材だったのだろう。だってソフィアリアは謝りたい二人とも近しいのだから。


 王鳥はそれに気付いていて、その(いびつ)に絡み合った魂を無事に昇華させる為……いつかソフィアリアと接触させる為に、長い間色々な事を見逃していたようだ。


 プロディージとメルローゼの婚約解消、メルローゼを側妃に選ぶ、現妃と対峙させる、オーリムを静止させて目の前で攫わせる、出生の秘密とセイドの秘密を聞かせる、ドロールの正体を暴かせて、身の上話を聞かせる――そのうえで、見捨てるという決断を下させる。


 今回の事でソフィアリアがどれだけ傷付くのかわかっていたとしても、王鳥はやめる訳にはいかなかったのだろう。


「ええ、それでいいんですよ、王様。わたくしが傷付く事よりも、世界の歪みを正す事を優先してくださいませ。だって王様はわたくしの伴侶である前に神様で、世界の王なのですから。わたくしはそれを充分理解しておりますわ」


「フィア」


「利用したなんて思わないでください。わたくしは王様が望むならなんでも叶えて差し上げます。なんでも協力いたしますから。だからそんな表情しなくていいのですよ? わたくしの恋しい王様」


 ギュッと肩を掴んで強く抱き締められながら、ずっとその背中をぽんぽんしていた。少しでもソフィアリアの気持ちが伝わって、その憂いが晴れればいい。そう願って。


「たしかに悲しい思いをたくさんしましたわ。けれど、それ以上にわたくしはもう一度わたくしを見つめ直す事が出来ました。それも、わたくしにはきっと必要な事でした」


 ソフィアリアはみんなが懸命に調べている中では何もしていなかったのだが、精神的に辛い事ばかりと向き合い、対峙してきた。その中で、ソフィアリアの未熟さと気の緩み、間違いをまざまざと実感させられたのだ。

 たしかにこの四日間に経験した事はどれも辛い事ばかりで、きっと一人だったら立ち直るのに、たくさんの時間を要しただろう。もしかしたら、立ち直れなかったかもしれない。


「けれど、わたくしはもう大丈夫です。辛い事があっても王様とラズくんが……特にラズくんは過保護なくらい甘やかしてくれて、慰めてもらえたのですから。フィー殿下の他、周りの皆様にもたくさん、助けていただきましたもの」


 間違いを実感しても、旦那様二人を筆頭にみんなに導いてもらいながら、なんとか軌道修正出来たと思う。緩みきった気持ちは今回の事を踏まえて、これから直していければいい。


 だから王鳥が、ソフィアリアを辛い目に合わせた事なんて気にする必要はないのだ。むしろ、甘さを実感して失敗した分、成長出来てよかったとすら思っている。


「それにわたくしは、ドロール様に出会えて、ヨーピ様という悲しい大鳥様の存在を知れて、よかったと思いましたの。束の間しかご一緒出来ませんでしたが、優しいお二人に触れる機会に恵まれた事は、何よりの幸運でした」


 ソフィアリアは顔を上げて王鳥の頰を両手で包み、ふわりと微笑んでみせた。フィーギス殿下に向けたのとは違う、火傷するくらいに熱い恋心を乗せた、慈愛の微笑みを。


 けれど王鳥は憂いが晴れる事はなかったのか、まだ悲痛な、どこか遠い表情を浮かべている。


「……ねえ、王様。わたくしは、きちんと王様の願い通りに動けましたか?」


「充分だ。……充分過ぎるくらいで、フィアは余の願いを凌駕(りょうが)した働きを見せてくれた。いくつか予想外の事もあったが、フィアは乗り越えてくれた。……さすがだ」


 優しい目をして労ってくれた言葉に、くしゃりと表情を歪める。酷い表情をしているとわかっていても、取り繕う事など出来なかった。


 だって、仕方がないではないか。


「っ! 嘘ですっ! ……わたくしは何か、王様のお妃さま失格でしたか……?」


 ――王鳥の存在は少し前からずっと遠くにあって、もうソフィアリアに自ら進んで寄って来る事はないとわかってしまったから。……もうソフィアリアを『妃』だとすら、言ってくれなくなったと気付いてしまったから。


 王鳥はソフィアリアに困ったような表情を向ける。聞き分けのない子供を見るような眼差しは、ソフィアリアの恋心に致命傷を与えるには充分だった。


 カクリと足から力が抜ける。だが目の前の人は慌てたようにソフィアリアを抱き上げて顔を上げると、キッと睨みつけるような形相を、本来の姿の王鳥に向けた。


「王っ! フィアを泣かすなって言っただろっ⁉︎ 何が気に入らないんだ、何を()ねているんだっ! 散々利用して捨てるってのかっ⁉︎ 今このタイミングなんて最悪だぞっ‼︎」


 オーリムに身体を返してしまったらしい。……もうソフィアリアと直接話す気もないという事か。ソフィアリアは何を間違えて、見捨てられてしまったのか。


 オーリムに睨まれても、王鳥は静かな表情で二人を見下ろしているだけだった。そこにいつものような熱や見守る温かさなんてない、本当にただ見ているだけ。


 ここまで気持ちが離れてしまうなんて、ソフィアリアは一体何を間違えてしまったのだろうか。


「…………試練……」


「フィア?」


「王様、お願いしますっ。もう一度、もう一度だけチャンスをくださいませっ……! わたくし、今度こそ王様の望みをきちんと叶えてみせますから……どんな苦しい事でも乗り越えてみせますからっ! だからっ、だからお願いします、王様っ……!」


 真っ青な顔をしながら、よろよろと王鳥の傍へ歩み寄る。けれど王鳥に届く事はなく道半場で足が止まり、動けなくなった。


 ソフィアリアの意思ではない。きっと王鳥の魔法だ。


 もう傍に侍る事も許してくれないのかと思って目に涙が溜まる。こういう弱さがダメなのかもしれないと考えて堪えようとしたが、次から次へポロポロと流れる事になった。


「フィア……」


「ど……してっ、です……か…………。わたく、し、何が足りませ、ん……でした……か」


 嗚咽混じりにそう尋ねても王鳥は静かに見ているだけだ。オーリムが後ろから抱きしめて、そんなソフィアリアを支えてくれる。


 もしかしたらこうやって理解出来なくて泣いて尋ねるばかりなのが悪いのかもしれないと思うが、本当にわからないのだ。

 王鳥の距離を実感したのは一昨日の早朝。だが前日まで……それどころかオーリムが来る直前まで、いつものように身を寄せ合って戯れていた。

 なら、あの時に吐いた弱音が何か失望させてしまったのだろうか。あの日は前日にプロディージとメルローゼを引き裂いてしまったと弱音を吐き、王鳥とオーリムに慰めてもらった日だ。あの時の言葉のどれかで、王鳥はソフィアリアを見限ったのか。


 くしゃくしゃな表情のまま、ソフィアリアはずっと王鳥からの許しを乞うような眼差しを送り続けた。けれど――


「……其方(そなた)は何か勘違いをしておる」


 後ろからそう声を掛けられたので振り返る。王鳥が対話を許してくれたのかと思ったが、目は驚いていたので、彼はオーリムのままらしい。オーリムのまま、王鳥はその口だけを借りているようだ。


「勘違い……?」


「ああ、そうだ。――そもそも余は、其方(そなた)を伴侶として愛するつもりはない。当然であろう? 余は大鳥で、其方(そなた)はただのちっぽけな人間なのだからな」


 その言葉に、全身が強張るのがわかった。



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