想いの告白 10
「……じゃあ私、結局どうなるの?」
そう言ったメルローゼに、プロディージは心なしか嬉しそうに片頬の口角を上げる。
「そもそも僕と婚約解消してないんだから、側妃も何も無理。だからただの相談役、もしくは義弟の婚約者として一緒にここに招かれたって事になるんじゃない?」
「えっ、本当っ⁉︎ て事は私達、婚約続行よねっ? 婚約者として、学園生活を楽しめるのよねっ!」
それがよほど嬉しいのか、子供のようにぴょんぴょんはしゃいで、その勢いのままプロディージに抱き付いてきた。
メルローゼの方からそんな事をしてくるのは初めてで、抱き付かれたプロディージは珍しく狼狽える。
「ちょっ、ちょっと!」
「だって嬉しいんだもの! だって両想いになったディーと一緒に学園生活を送れるのでしょう? 婚約者として、堂々と隣に居ていいのでしょう?」
弾んだ声音でそう問われて、至近距離で目をキラキラさせながら嬉しそうに見上げられる。好きな子のそんな可愛い姿に、頰が熱を持つのは仕方ないと思う。腰に手を回して抱き返したのは条件反射だ。
「う、うん、そうだけど? ……あ〜、せっかく島都に居るんだからさ、美味しいスイーツを色々食べたいんだよね。週に一回でいいから付き合ってよ。僕、島都に土地勘ないし、ローゼが案内して」
さり気なく毎週のデートを誘ってみたプロディージに、メルローゼも真っ赤になっていた。視線を彷徨わせ、けれど嬉しそうに大きく首を縦に振る。
「し、仕方ないわねっ! そのくらい付き合ってあげるわよっ!」
メルローゼらしい反応に、ふっと緊張が緩む。だからプロディージもらしさを取り戻し、ニヤリと意地悪く笑ってやった。
「行く店は僕が決めるから。ローゼがとびっきり肥えそうな甘〜いのスイーツのお店を」
「肥えないわよ⁉︎ ……肥えないように気をつけるわ……。わ、私よりディーの方が危ないんじゃないの?」
「僕はいくら食べても太らない体質みたいだし」
「くっ、なんかムカつく! ふんだ、筋肉も付かないから、代行人様と同じ背丈の癖に、随分と薄っぺらいじゃないの」
「……在学中に鍛えるし」
そう言ってお互い睨み合う。今まで通りで、今までとは違って穏やかな言い争い。気持ちを伝え合ったからか、これくらいなら大丈夫だという安心感があった。
これからはこうやって、姉のいない所で今度こそ絆を深め合えるはずだ。
その事が泣きそうなくらい嬉しかった。
「……ローゼ」
声に甘さを乗せて頰に手を添え上を向かせると、少し照れながら当然のように目を瞑ってくれる。今までのペースを思えば随分と久々だなと思いつつ、幸せを噛み締めて慣れたように顔を寄せた。
――ガサリと聞こえた音にようやく追い払えたかとこっそりほくそ笑みつつ、婚約者同士の甘い時間を堪能する……ちょっとやり過ぎなくらいに。
今までの距離を一気に詰めるような触れ合いに夢中になりながら、ある計画を思い付いていた。明日になったら父と大屋敷の庭師に相談しないとなと頭の片隅にいれ、少し名残惜しく距離を離す。
「〜〜っ! 〜〜〜〜っ⁉︎」
瞳と同じくらい真っ赤になりながらポコポコと可愛らしく叩かれるも声にならないようで、その様子にふっと笑ってやった。今までだってここまでした事なんかない。でも今夜は、どうしても止まれなかったのだ。
はくはくと口を閉じたり開いてる様子を見ながらもう一度してやろうかと顔を寄せると、メルローゼは大きな瞳を更に大きく見開いてギョッとしていた。そしてぱしんと両頬を挟まれる。
当たり前だが、途中で中断されて甘い雰囲気は霧散する。
「……なに?」
「なっ、なにじゃないわよっ⁉︎ 急に泣き出すなんて、驚くに決まっているじゃないっ!」
メルローゼは何を言っているんだとジトリと睨みつけると、つーっと目尻から何かが伝った感触があって、プロディージ自身も驚き過ぎて固まった。その間にもメルローゼはせっせと流れる涙を指で掬いながら、あわあわしている。
そんな様子がおかしくて、思わずくすくすと笑う。普段だってこんな笑い方はしない。けど、どうしようもなく笑えてきたのだから仕方ないではないか。
今まで見せた事のない涙と笑いで収集つかなくなったのかキャパシティをオーバーしたのか、メルローゼもおかしそうにくすくすと笑い出した。プロディージと同じように、目尻に涙の玉を浮かべて。
「もう、どうしたってのよ? ディーらしくなくてビックリしちゃったじゃない」
「多分さ、幸せなんだと思う。こんな幸せは馬鹿な僕なんかにはもったいなさ過ぎて、遠慮して受け取りきれないんだよ。だから勝手にこぼれ落ちたって訳」
「なーに謙虚ぶってんのよ? 今まで通り傍若無人なまま受け取りなさい。せっかくこの私があげたんだから!」
「どっちが傍若無人なんだか。でも、うん。君だけだよ。君からしか受け取らないから、君だけは側に居て」
ギュッと抱きしめてもう一度肩口に顔を埋める。ポンポンと背中を撫でられ、耳元で、ずっと聞きたかったその言葉を聞いた。
「側にいるわよ。口の悪さで誰かと仲違いしても、お義姉様が離れていっても、私だけはずっと側にいるから。……愛しているわ、初めて薔薇をくれたあの日からずっと。勿論、これからもね」
その言葉に多幸感で胸がいっぱいになって、ギュッと腕に力を込める。思わず先程の計画を前倒ししそうになって、寸前で押し留めた。大切な事だから、こんな衝動的に動く訳にはいかないのだ。
「ん、ありがとう」
「……やっぱりお礼と謝罪を言うディーってなんか気持ち悪いわ」
その言葉にムッとしたプロディージは最愛の婚約者を腕の中に囲って、もうしばらくはいつも通り言い争いを繰り広げていたのだった。
*
突然足が宙を掻き、抱えられたかと思うと素早く静かに景色が変わりゆく。きょとんとしながら見上げると、真っ赤な顔をしたオーリムがいた。
しばらくそうして抱えられながら走って、やってきたのはソフィアリアの部屋の前だ。そこで下されると、オーリムは壁に手をついて大きく溜息を吐いていた。勿論疲れなんかではない。
「もうっ、ラズくんったら。今からがいい所だったのに」
頰に手を当て、ソフィアリアこそ溜息を吐きたい気分だった。
喧嘩別れして仲直りして、元の鞘に収まった二人はこれからもっと仲を深めるというその第一歩を見逃したのだ。まったく、なんて事をしてくれるのか。
だがオーリムこそ動揺し、真っ赤な顔をしながら睨んでくる。それには首を傾げる事しか出来なかった。
「ななっ、何を覗こうとしてるんだっ!」
「まあ! ずっと二人を一緒に見守ってくれていたじゃない。せっかく最後は仲直りのキ――」
「言わなくていいっ! なんでっ、仲直りした途端あんな……」
腕を組んで渋面を浮かべ、すっかり落ち着きをなくしてしまったらしい。何をそこまで? と思っていたが、その言葉でなんとなく理解出来た。
思わずふふッと笑ってしまい、視線を向けられたので話しておく事にする。
「ロディはね、口では碌な事を言わないけれど、行動だけはとっても早くてマメなの」
「は、早くてマメ……?」
「ええ、そう。一週間以上会えないと必ず自分の貯金とお菓子を諦めてお手紙を出すし、細かな記念日を全部覚えてて、さり気なく一緒にお祝いをするの。まあお祝いと言ってもわたくしがお祝いのお菓子を作るだし、ロディはメルに何も言わないし、メルだって忘れてるような事だから、ただのお茶の時間としか思われていないみたいだったけどね? 村を歩く時はエスコートは欠かさないし、婚約した日にはもうキスだって済ませていたわ」
頰を両手で包み込み、ふふふと笑顔になってしまう。
オーリムはここに来てからの二人しか知らないので、婚約者を大事にしない酷い暴言吐きのプロディージという印象しかないのかもしれないが、本当に口が悪いだけで、行動ではその分、愛情を示していたのだ。
遠回し過ぎて察しはあまりよくないメルローゼにはあまり伝わっていなかったのだが、一方的にでもやれれば満足するプロディージもプロディージだと思う。ちゃんと素直に、言葉でも伝えていれば、こうはならなかっただろうに。
「……婚約したその日に…………」
残念ながら婚約して半年、両想いになって半季経っても照れて行動に移す事が出来ていないオーリムは呆然としてしまい、どことなく敗北感を感じているらしい。
「ええ、そう。お互い真っ赤になって可愛かったわ」
「……それも覗いていたのか?」
「見守っていたのよ」
邪魔はしていないと思う。リボンをあげたその日のうちに狭いセイドの屋敷を案内する事になり、せっかくだから二人きりでと促したものの、また喧嘩を始めないか気になって、遠くから二人を見守っていたのだ。
プロディージの遊び場だった庭でそんな事をするものだからドキドキして、それからは大好きな二人がイチャイチャするのを楽しみに見守っていた。恋愛小説よりもずっと幸せな気分になれたのだ。
「覗きだろ、それ……」
それを説明したら、オーリムから呆れたような声音でそんな事を言われたが。
よく人目を気にせずイチャつくアミーとプロムスからも目を逸らしてしまうし、どうもオーリムは知人がイチャイチャしているのを見ると気不味くなるようだ。
ソフィアリアは微笑ましくて幸せな気分になるので、ここでは気持ちを共有出来なくて残念である。
「ふふっ、そうね。……でも、二人がまた一緒になってくれた事が本当に嬉しいわ」
「まあ、これからセイドは――ロディは、今までとは違った意味で大変になるからな。支えてくれる人がずっと好きな人だったのなら、それに越した事はない。もうフィアはあっちには構っていられないからな」
「二人にわたくしの手助けはもう必要ないわよ。これからはここで見守る事にするわ」
ずっと二人に手を貸して、三人でセイドの復興に手を尽くしてきたが、それも本当に終わったのだと思うとどうしようもない寂しさを感じた。
けれど、どこかホッとしている自分もいる。ずっと気にしていた二人が円満解決の大団円を迎えられたのを見届けて、気分が軽くなったのだろう。
もちろん一生背負い続けなければならない過去の罪は多く、二人から離れてから新しく背負い込んだ王鳥妃という立場はずっと重い。
でも、大丈夫なのだ。
だってソフィアリア一人では抱えきれないものを一緒に背負って支えてくれる、恋しい旦那様達がいるのだから。




