想いの告白 9
「……君は馬鹿だ」
メルローゼの心からの想いを受け止めて、ようやく口を動かせたと思ったら第一声がそれだった。
長年の癖で本音とはいえ、自分でもどうかと思うくらい酷い男だ。なのにこんな男の為にメルローゼは涙を拭い、笑みを浮かべたまま頷いてくれる。
「私もそう思うわ。あなた、顔だけはいいし将来有望だけれど、それを踏まえても性格が最悪だもの。嫌味だし、無駄にプライド高いし、妙にシスコン拗らせてるし。ほんと、なんで私、こんな最悪な人の事なんか好きになったのかしらね?」
「本当だよ。しかも僕なんかの為に大事な学園生活を不意にしようとするし。わかってるの? 二年後に僕に選ばれなかったら、君は行き遅れになるんだよ?」
「その時は結婚は諦めて、女商人として活躍するわ。お父様も私を政略の駒にする気なんかないから、それで許してくれる。だから責任なんて感じないでいいわよ。私が勝手にする事だからっ……⁉︎」
そんないじらしい事を言うメルローゼを、気が付けば引き寄せて腕の中に囲っていた。もう二度とこの甘さと温かさを感じる事は出来なくなったと諦めていたせいか、これだけの事で泣きそうになる。
メルローゼはこの行動は予想外だったようで、パタパタと動いて落ち着きがない。心なしか上がった体温と早鐘を打つ鼓動をもっと聞きたくて、メルローゼの首筋に顔を埋めるように、プロディージは項垂れていく。
「本当に、どうしようもなく馬鹿だよ。こんな僕にそこまで尽くす価値ある訳?」
「あっ、あるから言ってるのよ、馬鹿っ! 仕方ないじゃないっ、ほんっとうに、どうしようもなく好きなんだものっ! 最近優しくて逆にショックを受けるくらい……あんな風にされるなら、嫌な事言われ続けた方がましだわ」
「もうしないよ」
とんでもない事を言い出すメルローゼを、プロディージはきっぱりと否定する。それはどういう意味かわからないようで、メルローゼはプロディージの顔を見たいようだが、見せてやらない。見せないようにますます強く抱え込んでやった。
メルローゼが向き合ってくれたのだから、プロディージもきちんと向き合って想いを告白するべきだ。こんな機会はもう二度とこないと思っていたので、どうしようもなく心が歓喜していた。
「……今までずっとごめん。僕はそうやって泣かせて、君を利用していたんだ」
「うん、知ってたわよってさっきから言っているじゃない。ソフィは愛情を確かめる為って言っていたけれどそれはソフィ限定の話で、私を泣かせるとソフィが構ってくれて、見張りと称してまた三人で過ごせるからよね? 私もね、三人の方があなたと穏やかに話せるから、ちょっと待ち望んでいたわ」
「そんな事待ち望んでないで、さっさと見限ればよかったのに」
「出来たら苦労していないわよ。いっそ嫌えたらよかったのに、赤い薔薇をくれた綺麗な男の子がずっと好きなんだもの。私、お客様相手だったら目利きは得意なはずなのに、自分用となると趣味は悪いみたい」
「好きだよ」
思わず口から滑り出た言葉に、メルローゼは硬直している。抱え込んでいて見えないが、あの大きなルビーの目を、落っこちそうなくらいいっぱい見開いているのだろう。
だって――
「……あなた、私の事好きだったの……?」
疑問混じりに、そんな事を言う。
プロディージは行動では愛情を示せるのだが、口では全くそうしてこなかった。本当に一度も好きだなんて言った事がなく、言葉では好意を匂わせてもこなかったのだ。
だからやはりメルローゼは気付いてくれていなかったんだなと苦笑する。でも、それもプロディージの自業自得だ。
「最初見た時にあまりにも可愛くて、空想上の生物かと思ったんだ」
「幽霊だって言われたわ」
「本当にごめん。何かは言わないけど、照れ隠しだった。赤い薔薇を髪に差した時に言った方が本音って事にして」
「ふ、ふーん? そうなんだ……?」
声を上擦らせてそう言うという事は、おそらく耳まで真っ赤で、今更知った事実に照れているのだろう。あの頃のメルローゼは真っ白な服を好んでいたので、髪に薔薇を刺したその姿を花嫁っぽいと言ってしまった事をまだ覚えてくれていたようだ。
「だから婚約の打診が来た時は本当に嬉しくて、貧乏な癖に記念品を用意するくらい、はしゃいだ」
「あれ、はしゃいでたのっ⁉︎」
「僕と姉上のおやつを半季くらい抜きにしてもいいなって思うくらいには」
「ソフィとばっちりじゃない……?」
「どのみち姉上なら僕だけ抜きとかしないし。施しを受けるくらいなら、最初から巻き込んだ方がいいと思って」
「そ、そう……色々おかしい気がするけど、うん、そっか。ありがとうね」
手を伸ばして、ぽんぽんと頭を撫でてくれる。その仕草を強請るように、ますます腕に力を込めると「苦しい」とコロコロ笑う声が愛しかった。
「なのに君に対する扱いは本当に酷かったと思う。どんな事があっても将来結婚する事が決まっている婚約者という地位に甘えて、離れていこうとする姉を引き止めるのに利用した。そうやって君と姉上の両取りしようとしたんだ。それに気付いたのは最近だけど」
「うん、知ってたわ。けれどお互い様よ? 私も二人っきりだと恥ずかしくて嫌な事言っちゃうし、あなたに嫌な事言われるし、自力であなたと向き合う事をしようともしないまま、ずっと三人でいる未来しか見てこなかったもの」
「僕もだよ。けど、もう姉上は帰ってこないつもりらしいから、泣かせるのは絶対にやめる。だからこんな僕の側に居て」
「う、うん。いいけど……うん? いいの?」
どうやらまだ色々と信じきれないらしい。プロディージに実は好かれていた事がよほど衝撃的だったようだ。
「最近ローゼに他人行儀な態度とられていたの、結構堪えた。今度からうんと優しくするから、もうやめて」
「そ、そうなんだ……。ディーも私に関心がなくなったから、優しくし始めたのかと思っていたわ」
「反省したんだ。そう思われるかもしれないってわかっていたけど、僕も姉上の居ないローゼとの関係を見直したから……まだ全然、嫌味は抜けないみたいだけど、これから頑張って直すよ」
その殊勝な態度がらしくなくて面白かったのか、誤解だとわかって安心したのか、ふふっと笑い、愛しさが存分に混ざった声音で優しい言葉をくれる。
「別に今くらいでいいわよ。私も意地張って可愛くない事言っちゃうと思うし。でも、これからはお互いに言い過ぎないように気をつけましょう? 本気で傷付いたらそれを伝えて話し合って、言葉でもきちんと謝る事!」
「こんな僕がローゼを好きになってごめん」
言葉で謝れと言われたので、真っ先に思った事を口に出して伝えてみる。答えがわかっていながらそう言って好意的な言葉を欲しがるプロディージは、自分でも呆れるくらい弱っていて、癒しを求めて甘えてるなと思った。婚約期間中のメルローゼはおろか、姉や両親にだってここまで弱味を晒した事などない。多分、人生で初めてこんな事をしている気がする。
メルローゼもそれを感じとってくれのか、甘えられて嬉しそうにくすくすと笑っている。さすがにちょっと恥ずかしくなってきて、ぐりぐりと肩口にジャレついた。それではますます甘えているように見えるというのに、止められなかった。
「そんな事謝らなくていいから責任取って? 私も今度からはソフィの分まで、こうやってディーを甘やかしてあげるから」
「勿論。もう酷い事言わないから、ローゼも姉上にするみたいに僕を頼って」
「そんな事言われたら本気で甘えるし、泣きつくわよ〜?」
「楽しみにしてるよ」
「ふふっ。なら明日、お義姉様と王鳥様にディーのところに下賜してくださいって頼まないとね!」
メルローゼが当然のようにそう言っていたので、そういえば今のメルローゼは婚約解消をして、王鳥の側妃候補扱いだと思っている事を思い出した。
プロディージはようやく腕を離すと、上着の内ポケットを探って一枚の紙をメルローゼに差し出す。
メルローゼは目を眇めながらその折り畳まれた紙を広げ、中身を見てギョッとしていたので、してやったりだ。
「はあっ⁉︎ なんでディーが婚約解消の書類なんか持ってるのよ! これ、もう王妃殿下に提出されたんじゃなかったのっ⁉︎」
そう。渡したのはあの時メルローゼに突きつけられた婚約解消の書状の原本だった。既にペクーニアによって現妃に提出されたはずの書状だが、こうしてプロディージの手元にあるのには訳がある。
「フィーギス殿下が寸前で回収してくださったんだ。昨日話し合いをした時に渡された。ローゼがこのまま別れる事を望むなら、明日フォルティス卿の自宅でお会いする時にでも返そうかと思ったんだけど、捨てていい?」
「当然。むしろ私が破くわっ!」
そう言うと勢いよく真っ二つに破く。そのまま二度、三度と破いていき、小さくなった紙は後で暖炉にでも焼べて完全に消し去るつもりなのか、テーブルの上にバンッと強めに叩きつけた。
「まったく、忌々しい!」
ぷりぷり怒る様を楽しげに眺めている時に、ふと気付いてしまった事がある。
「……ああ、そうか。王鳥様がローゼを側妃になんて言った理由がようやくわかった」
「ん? 私とペクーニアの保護じゃないの?」
「それも多少あるけど、一番の理由はフィーギス殿下だよ」
予想外の名前にメルローゼは目を見開き、しかしピンと来ないようで首を傾げている。だろうなと思ったので苦笑しつつ、説明する事にした。
「保護するだけなら行商の相談役でも充分な筈でしょ? でも王鳥様は姉上を傷付けるとわかっていても、あの場で側妃を希望してみせなければならなかったんだ」
「なんでよ?」
「君ってほんと頭使わないよね……まあ、今はいいや。王鳥様が側妃を希望すれば、一番大変な目にあうのが人間と大鳥様との調整役を担い、議会に案件を持ち込んで説得しなければならないフィーギス殿下な訳でしょ? 当然反発は強いし、あの時も嫌がっていた」
王鳥がメルローゼを運んできて側妃なんて言い出した時に、一番抵抗したのは姉でもオーリムでもなく、フィーギス殿下だった。その後の苦労を思えば当然の反応だろう。
王鳥はきっと決めた事は譲らないだろうし、王鳥妃すら王侯貴族からの反発が強くて一季も時間を要したのに、今度は側妃だ。当然そんな無茶苦茶な案件なんか認められるはずがないが、神である王鳥の希望を通さないなんて許されるはずがないので、間に立たされたフィーギス殿下のその後の苦労は察して余りある。
「だから側妃の案を通すよりも、婚約解消の書状を回収する方がまだ楽だと思うんだ。国に認められた婚約者がいる人を側妃になんて出来ないしね。でも期間を考えれば色々とギリギリで、全力でこの書状を回収しようと思わなければ到底間に合わなかった」
「だから全力を出させる為に、側妃なんて言ったの?」
「そうだよ」
状況証拠から見た憶測だが、きっと真相はそれだろう。側妃なんて言ったわりにメルローゼに対して他人行儀だし、保護したいなら側妃にする必要はない。いまいち腑に落ちなかった側妃騒動の真相を推察出来て、幾分かすっきりした気分だ。
メルローゼはその事実に渋面を作るが、側妃にされるより利用された方がましかと判断したようで、盛大に溜息を吐いてやり過ごしていた。




