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【第三部番外編連載中】王鳥と代行人の初代お妃さま  作者: 梅B助
第二部 夜空の天人鳥の遊離
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想いの告白 5



 新月の空へと消えた三人を、フィーギスはいつまでも眺めていた。


 まるで夜空に塗り潰されて消えてしまった淡く優しい月の光を探し求めるように。そう、感傷に浸りたい気分だった。


「……失恋でもしたような悲惨(ひさん)な顔をしているな」


 後ろからラトゥスにそう声を掛けられるも、振り返らなかった。振り返らないまま、ポツリと(つぶや)く。


「見えないくせに。……けど、そうだね。これも失恋なのかもしれないね。応えられないけど特別に想っていてほしかったなんて、とんでもなく身勝手な事を思っていたのだよ」


 ふっと自嘲(じちょう)気味に笑う。


 フィーギスにとっての唯一はマヤリスだ。それは自分の中では絶対に揺るがなくて、生涯変わらないと誓える事だった。


 けれど告白の約束を交わしたあの時。あの表情を見た時に思ってしまったのだ。ソフィアリアから特別な愛情を向けられる心地よさと眼差しの温かさがずっとそのままであれば、どんなに幸せだろうかと。


 馬鹿な話だ。応える気もないクセに特別視を望み、求める。


 王家の人間は度々(たびたび)恋愛において奔放(ほんぽう)になるようだが、その血をこんなにも強く実感する事になるとは。まったく、これで近々マヤリスを迎え、半年後には結婚しようというのだから情けないにも程がある。マヤリスにも申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


「よかったな、マヤリス王女殿下に出会っていて。もし仮にソフィ様と別の形で出会い、先生達の思惑通り側妃に迎えていれば、フィーは陛下の二の舞だっただろう」


「私はあれほど恋に溺れて愚かになるつもりはないのだけれどね?」


「だろうな。そしてソフィ様は王妃殿下とは違ってフィーの寵愛(ちょうあい)を望まない。けれどフィーは弁えつつもなんとかソフィ様に愛を捧げようとするだろう。ソフィ様はそれに応える事はなく、君が選んだ王太子妃を盾にして徹底的に逃げる。そうすればフィーは片想いに苦しむ羽目になっていた。陛下とはまた違う形ではあるが、それも恋に溺れるというのだろう?」


 そう指摘され、思わず先程愛情を向けられたいとは思わないときっぱり言われた時の苦さを思い出し、渋面を作る。それにショックを受けるくらいの愛は向けていたと、そういう事なのだろう。


 けど一方で、違和感もあるのだ。


 だってその後に自分が言い放った触れ合いを望まないという言葉も事実で、マヤリスのおかげで恋を知った今、そんな事があるのだろうか?と不思議に思っていた。

 これでも年頃の男だ。女性と――愛しいマヤリスと触れ合いたいという欲求だって、当然のように持ち合わせている。

 けれどソフィアリアはあれだけ魅惑的な見た目をしていながら、それを望んだ事など一度もない。なのに愛情だけ欲する不自然さに疑問を持つのだ。


 そこが引っ掛かったまま、ラトゥスは更に質問を投げかけてくる。


「……ソフィ様が王鳥様やリムに向けるような接し方を、フィーも望むか?」


「いや、まったく」


「セイド嬢と呼ばないでほしいと怒った時の態度がそれだった。けれどフィーはあの時のソフィ様を戸惑い、受け入れられなかったのだろう? 終始あの態度だったのなら、おそらく他の女性達と同じようにすぐに距離をとっていた」


 本当に、この側近はよく見ている。


 確かにあの時、突然オーリムや王鳥にするように怒られて違う、と思ってしまった。

 フィーギスの知るソフィアリアは自分を次代の王と認め、見守り、そして時には自分では考えつかない良案を披露して驚かせ、助けてくれる。そんな存在なのだ。怒るにしても、もっと諭すように言い含めてくれれば、素直に応じられた。


 だから、はしたなくも子供のようにぷりぷり怒ってみせたソフィアリアをどう受け止めればいいのか戸惑ったのだ。


 ――フィーギスに向ける態度と素があれほど違うのだとしたら……


「あえてああいった素の態度で接して、それを自覚してほしかったんだろう。そして、名前呼びを求める事で縮まりそうな距離をそうやって離した」


「……なるほど? 私は甘えられたのではなく、逆に突き離されていたのか」


「フィーはそんな事も気付けないくらい動転していたのか。フィー相手に大した御方だ。……そうやって理想と無償の愛だけをソフィ様に求めるフィーはソフィ様に女を求めているのではなくて、ソフィ様の狙い通り先生や親、姉代わり――無償の愛情を注いでくれる家族としての姿を求めているのだろう。それはきっと、マヤリス王女殿下を想う気持ちとは全く違うものだと僕は思う」


 その分析に一抹の寂しさと、すとんと()に落ちる思いがした。目を閉じて深く息を吐き、心に深く染み込ませる。


 寂しさは完全に見失った恋を、ほんの少し名残惜しく思ったから。

 ()に落ちたのは色々と納得がいったのと、そうであって良かったと思った安心感から――それを感じた時に、もう二度と見つけられなくなってしまったと実感した。


「家族か……私には未知の存在だ」


「そうでもない。会った事のない実母や無関心な陛下はともかく、僕の母上も先生達も、フィーにとってはそうだったはずだ」


「ははっ、うん、そうだね。そこに年下のソフィを並べて見ているのはどうかと思うけど、確かにそうかもしれない」


「リム達と接する時以外のソフィ様は先生達に似ているからな。自力で思い至らなかったが、言われて見ればどこか先生達の面影を感じるような気がする。本当に、よく先生達の事を観察している」


 言われて、十一年前の事を思い出す。


 夫婦のうち勉強を教えてくれた夫の方は優しく厳しく導いて、ほんの少し謎かけを混ぜて、自力で考える事を促すように、最後は煙で巻くような話し方をする先生だった。

 礼儀作法を教えてくれた夫人の方はいつも優雅に微笑んでいたけれど、たまに突拍子もない発想でみんなを驚かせたり、わざとらしく茶目っ気を出してただの子爵夫人として振る舞って、程度を弁えてみせていた。

 その二人を掛け合わせたのがフィーギスの求める理想のソフィアリア像なのだとすれば、なるほど、先生達の面影を無意識に求めていたのか。


 おそらくこれからソフィアリアと接するたびに、先生の面影を感じ取っていくのだろう。


 やがてこのソフィアリアに向いてしまった恋にも似た不思議な感情は、だんだんと風化していく。そんな予感がしていた。


 それでいい。最愛のマヤリスと出会って婚約したと知った時には、もう親代わりの慈愛の目すら向けてくる事を諦めたようだから。今まで通り楽しく話せる対等な友人や妹弟子、王鳥とオーリムの最愛として接しようではないか。こんな想いを抱えるのは、今夜が最初で最後だ。


 なんだか感傷が嘘のように晴れやかな気分になったので、くるりとラトゥスを振り返る。ラトゥスはフィーギスの表情を見てもう大丈夫だと確信したのか、無表情ながらも満足そうに(うなず)いていた。


「さて。この浮気未遂をどうマーヤに言い訳しようか?」


「報告しても嫉妬してくれないと思うが……王女殿下は生まれた時から生粋の王族だ。今回は相手が悪かったが、いずれ国内で高位貴族の令嬢を側妃に迎えるものだと当然のように思っているだろう。この機会に、共に相手を選んでくれるかもしれないな」


 その言葉にヒクリと頰が引き()る。


 そう、マヤリスは育ちはともかく考えが王族であり、とても優秀な才女だ。


 確かにフィーギスとマヤリスは大恋愛の末に婚約を結んだ訳だが、それはそれ。

 大国の王女ではあるがこのビドゥア聖島内では何の力もなく、王鳥に次代の王妃と認められたという肩書きしかないので、いずれ国内で側妃を選ぶものだと当然のように思っているらしかった。

 それはないと必死に説得しても、次代の王が何を言っているのかと首を傾げられ、まったく聞き入れてもらえない。どうやら独占欲というものが全くないらしく、その度にグサグサと心が傷付いていた。


「ははは……どうやってその思い込みを潰せばいいと思う?」


「……いっそソフィ様に甘えればいいんじゃないか? 彼女なら上手く思考を誘導してくれるだろう」


 お互いすんっと無表情になる。先生や親代わりにするのはやめようと思ったその矢先、どうやらさっそく甘えなければならない事が出来てしまったようだ。


 フィーギスの模倣として先生達に満足してもらえるように帝王学を身につけているが、ソフィアリアは王鳥の側妃騒動を受け入れつつも傷付いていたので、その辺りは王族のように染まり切っていないのだろう。なら、なんとか説得してもらえるかもしれない。


 ただの友人になろうと思ったが、結局フィーギスとその妃の仲を取り持ってもらおうというのだから、色々と都合がいいなと感じて溜息を吐いた。


「背に腹はかえられないか。……いいとも、変な意地を張ってマーヤとの間に誰か割って入られるくらいなら、私は恥なんてかなぐり捨てて、彼女を親と定めて甘える事も辞さない覚悟だよ!」


「そうか。なら恥ついでに言わせてもらうが、年下の友人に親を感じているフィーは、控えめに言っても気持ち悪い」


「……だろうね」


 それは薄々自分でも気付いていた事だから、指摘されても全然平気なのだ。……そう、思う事にした。



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