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【第三部番外編連載中】王鳥と代行人の初代お妃さま  作者: 梅B助
第二部 夜空の天人鳥の遊離
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想いの告白 1



 ソフィアリアとオーリムはあの後すぐに王城に招かれていた。


 他の人達には先に大屋敷に帰ってもらい、二人だけここに来たのは理由がある。ソフィアリアは首を、オーリムは右腕を怪我しているからだ。

 大屋敷にも医者はいるのだが、当然王城の専属医の方が腕はいい。ソフィアリアの傷は大した事はないが、跡を残す訳にはいかない為。オーリムに至っては昨日から右腕に怪我をしていて、今回それを更に深く(えぐ)ってしまったので、フィーギス殿下の計らいでこちらに招かれたのだ。


 とはいえ王城も一枚岩ではない。今は現妃も帰ってきているだろうという事で、身の安全も考慮してお忍びでの登城である。


 招かれたのは城内ではなく、フィーギス殿下が幼少期を過ごした離宮だった。呼ばれた医者はフィーギス殿下も信頼する味方らしい。

 まあ変な事をしようとしても、代行人であるオーリムの目を誤魔化せるはずがないのだが。


「――なるほどね、そういう事だったのかい」


 傷に丁寧な処置を施され、薬ももらって医者が帰った後、ソフィアリアはあの場所であった事をフィーギス殿下とラトゥス、そしてオーリムに全てを話した。


 だんだん(うつむ)きそうになる心をなんとか叱咤(しった)して、その度にオーリムからギュッと手を握られたのでそれに励まされながら、ようやく話し終えた頃には二十二時を回っていた。色々な事が起こりすぎて、全員そろそろ疲労が見え始めている。


「話を聞く限り、ソフィアリア様が気に病む必要は全くないように思う」


「ですが」


「生まれた事が罪だというなら、ここにいる者全員がそうだ。国を二分して混乱を招いたフィー。代行人でありながらスラムの孤児のままの自我を持ち、王鳥様への不信に繋がっているリム。そして伯爵家嫡男でありながら家を断絶する僕。僕達の事も罪だと思うか?」


「いいえ」


「なら、必要以上に責任を感じる事はやめたまえ。生まれなんて自分にはどうする事も出来ない最たる例ではないか。そんな事を気に病むなんて時間の無駄さ。セイド嬢はセイド嬢らしく、今のまま王鳥妃(おうとりひ)として励みたまえ」


 そう励まされてしまっては、ソフィアリアは立ち直らない訳にはいかなくなる。

 少し心が軽くなったのを感じて、もう大丈夫だと見えるようにふわりと微笑んだ。


「ありがとうございます。……そうですよね。わたくしは後ろを振り返ってばかりもいられませんもの。過去の罪を(そそ)ぐという訳ではございませんが、王鳥妃(おうとりひ)として、今後も邁進(まいしん)いたしますわ」


「ははっ、頼もしいねぇ。その調子で郵便事業みたいな素晴らしいアイディアを期待しているよ」


 そう意味深にニッコリ笑うのは、彼なりの励ましなのだろう。いつも通りのソフィアリアに戻れるように。ついでにこっそり実益を兼ねて。


 だから今日はいつもよりフィーギス殿下の目が優しいなんて気のせいだと思う事にして、ソフィアリアもいつも通りの顔で微笑んだ。


「ええ、ご期待くださいませ」


「――フィアはいい加減働き過ぎだ」


 だが、それに水を差す人が一人。ぶすっと面白くなさそうに肘置きに肘をつき、行儀悪く(あご)を支えるオーリムだった。その支えている腕が右腕なので、傷は大丈夫なのかとヒヤヒヤしてしまう。そもそもその傷の事だって今日知ったばかりなのだから、あとで詳しく聞き出さないとなと思っていた。


 ソフィアリアは頰に手を当て、ふぅーと溜息を吐いた。


「リム様はわたくしを甘やかすのがお好きねぇ」


「俺もフィアが何か新しい事を思い付く姿は好きだけど、周りは寄ってたかってフィアに期待し過ぎなんだ。王だってそんな調子だから、俺が休ませなきゃ誰が休ませられる?」


 そう言ってむっつり不貞腐れているオーリムの言葉も嬉しい。オーリムはいつもそうやってソフィアリアを甘やかしてくれるのだ。


 あとオーリムが励まして元気付けるつもりが、ラトゥスとフィーギス殿下にその役割を取られてしまい、それが面白くないんだろうなと思った。

 本当は迎えに来た帰り道に励ましたかったのだろうが、ドロールの事があってそんな余裕がなく、励ます事が出来なかったと落ち込んでいるのだろう。あんな事があった後なのだから、気にしなくてもいいのに。


「やれやれ、私達が上手く慰めたからってそうやって嫉妬するのはやめたまえ。別に常に気を張れなんて言っていないだろう?」


「ち、違うっ!」


「わかりやす過ぎる」


 そしてフィーギス殿下達にもそれはバレバレなようだ。相変わらず仲が良さそうで、始まった言い争いに日常を感じてくすくすと笑ってしまう。


 いつもならこういう時一番に揶揄(からか)い始めるのはプロムスなのだが、今日は来ていない。友人を再度亡くした彼はとても辛そうに見えたから、アミーと一緒に数日の休みを与え、みんなと一緒に先に大屋敷に帰ってもらった。

 珍しくキャルも気にしていたようだから、きっとアミーと二人で慰めて、いつか立ち直ってくれるだろう。


 それを思うとオーリムも心配なのだが、今のところ大丈夫そうだ。無理をしているのか、それよりソフィアリアの事が気になるのかはわからないが、あとで精一杯慰めて甘やかしてあげようと思う。


 そう思うソフィアリアだってまだ完全に立ち直った訳ではない。辛いとわかっているのについここに侍従になったドロールが居たら、なんとかこの場を(なだ)める為にオロオロするのだろうかと想像してしまうくらい、彼の存在に引き()られている。

 彼と性格が似ているように思えた父が、ソフィアリアとプロディージの間に立ってよくそうしているように――そんな幻覚が浮かび上がるようでぐっと胸が詰まって、浮かびそうになる涙を瞬きで誤魔化した。


 ソフィアリアはドロールの見た目を知らないので、思い浮かべたのがミクスの姿だったのは笑いどころだったと、無理矢理笑みを貼り付ける事が精一杯だ。


「……もう帰るっ!」


 今日も言い負けたのかすっかり(むく)れてしまったオーリムがそう言って立ち上がったので、ソフィアリアは左腕を掴んで引き留めた。


 不思議そうな顔をするオーリムには目もくれず、まっすぐフィーギス殿下を見据える。


「フィーギス殿下」


「……なにかな?」


「お約束通りお互い無事に帰ってきたので、どうか長年のわたくしの想いを……告白を、受け取ってくださいな」


 あの時と同じ表情で笑ってそう言えば、フィーギス殿下の笑みが引き()っているのが見えた。まさかここで、このタイミングで、そしてみんなにバラすとは思わなかったのだろう。そのうち内密に、二人っきりを見計らうのだと思われていたようだ。


「……は?」


 勿論(もちろん)そんな話を聞いたオーリムが穏やかでいられる訳もなく、声音はどこまでも冷たく、その眼差しは誰よりも鋭くフィーギス殿下を睨みつけていたが。





            *





 移動してやってきたのはこの離宮にある小さな庭園だった。そもそも離宮自体が調度品は素晴らしいもののこじんまりとしているので、庭園もそれなりの広さしかない。


 雪がチラついているくらい外は寒いのだが、オーリムが気を利かせてこの庭園全体に温度調節出来る防壁を張ってくれたので寒さは感じない。なんともありがたいものだ。


 この庭園はフィーギス殿下が幼少期に唯一見られる外の景色だったと言っていたのを思い出す。離宮に捨て置かれ、一切ここから出るのを許されなかったフィーギス殿下は、勉強の合間にラトゥスや教師達とここで楽しく幸せに過ごしていたのだとか。

 そう思うとその光景が浮かぶようで、思わずキョロキョロと辺りを見回した。残念ながら今は夜遅く、本日は月のない新月の為あまり見える事はなかったが、それでもこの光景を見ながら、過去に思いを馳せる事が出来たので充分だ。


 それに、今は人の住んでいない離宮というわりに、室内も庭園も随分と手入れが行き届いているなと思った。理由を考えるとすぐピンとくるものがあって、思わず微笑む。


「ふふっ、マヤリス王女殿下が来国した際は結婚するその日まで、こちらの離宮に滞在していただく予定なのですか?」


「……セイド嬢。今その質問をぶつけるのは、少々配慮が足りないのではないかね?」


「あら、そうでしょうか? う〜ん、申し訳ございません」


 笑顔で圧を掛けられたので、とりあえず謝っておく。まああまり反省はしていないし、その配慮が必要な雰囲気になりようがないのだけれど。


「……で? 告白ってどういう事なんだ? 何故フィーがフィアの長年の想いとやらを受け取る必要がある?」


 不機嫌を隠しもしない冷え切った声音で言ったのは、もちろんオーリムだ。少し離れた所、ソフィアリアの後ろで腕を組み、フィーギス殿下を牽制するようにピリピリとした威圧を放っている。今はソフィアリアにすらそれを向けてくる程、機嫌が悪いようだ。


 それすら喜びに震えるソフィアリアの恋心は、色々とどうしようもないなと思った。


「……その話は僕も聞いていいものなのか? 望むならリムを連れて離れているが」


「俺は絶対離れる気はない!」


「ええ、勿論(もちろん)。ラトゥス様もリム様も居てくださいな。フィーギス殿下と二人きりなんて困ってしまいますもの」


「絶対二人きりなんてさせないからなっ!」


 どうやらいちいち突っ掛からなければ気が済まない程にお怒りのようだ。すっかり駄々っ子になってしまったオーリムに一度微笑んで、視線をフィーギス殿下の方へと向けて、お互い向かい合う。


 フィーギス殿下からは困惑と緊張。そして……期待。そんな表情をしている彼を、困ったように見つめる。


「わたくし相手にそんなお顔をするのは、おやめくださいませ」


「私は普段通りにしているつもりなのだけどね? 大丈夫。私は誓ってマーヤにやましいと思うような気持ちは、何一つないよ」


「嘘ですわね」


 きっぱりとフィーギス殿下の言葉を否定すると、すっと無表情になる。が、それを隠すようにやんわりと口元に笑みを浮かべると、微かに首を傾けていた。


 ついでに後ろ……オーリムの方から、先程よりももっと激しい圧力を感じるが、そちらは気にしない事にする。


「セイド嬢は私が不貞でも犯そうとしていると?」


「いいえ、それはありませんわ。だってフィーギス殿下はマヤリス王女殿下の事を深く愛していらっしゃいますもの。どんな相手だろうが他に気持ちが移ろう事などあり得ませんわよ」


「……ふむ。たしかにその通りだが、では何故私は否定されねばならなかったのかな?」


「応える気は一切なくてもどこかでわたくしの好意を期待してしまっていて、少し嬉しいと思っている事には罪悪感を感じていらっしゃいますでしょう? その考えはやましい事なんて何もない、とは言い切れませんもの」


 ソフィアリアが言った事は図星だったのか笑みのまま固まって、逡巡しているようだ。


「……フィー?」


 (ある)いは、ソフィアリアの後ろから向けられる殺気に冷や汗をかいているのかもしれないが。


 結局フィーギス殿下は観念したらしく、表情をいつも通りに戻して苦笑する。その事に安堵した。

 それでいい。今から話す言葉に色気や特別な感情なんて、何一つ必要ないのだから。

 だってソフィアリアとフィーギス殿下の間には何も生まれる事はない。ただの雑談のようなもの、普段通りでいいのだ。飾りをつけ、この時間を特別な時間にする必要なんかどこにもない。


 だからようやく、ソフィアリアはずっとフィーギス殿下に向けていたこの感情を告げる事が出来そうだと思った。



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