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【第三部番外編連載中】王鳥と代行人の初代お妃さま  作者: 梅B助
第二部 夜空の天人鳥の遊離
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喪失の未練 3



「……何故二年も掛けたのですか? ミクスくんはセイドに居ましたし、あの瞬間生きているミクスくんを見れば、わたくしは気が動転して、いくらでも隙があったはずです」


 四分の二と言った意味はわかった。主人格のヨーピにフラーテ、ドロールの未練、そしてミクスの身体。四人の魂が合わさったらしい彼らのうちの二人が鳥騎族(とりきぞく)だ。侯爵位の大鳥が関わっているとはいえ、そんな在り方があるのかという疑問はあるが、こうして目の前に居るのだから信じるしかないだろう。


 そして何故ソフィアリアに会う為に二年も掛かったのかという疑問を、当たり前のようにぶつけただけだったのだが、ヨーピは不思議そうな顔をしていた。


「あんなにガッチガチに王鳥が護りを固めている君と接触するなんて無理でしょ。少しでも君に近付けば王鳥にまた始末されて、それでお終いだよ」


 さも当然のように言われた言葉は初耳で狼狽(うろた)えてしまったが、でも考えれば当然かとも思う。


 ソフィアリアはこの春に初めて会った気でいるのだが、王鳥は八年も前からソフィアリアを知っていて、たまにセイドに様子を見に来ていた事を匂わせていた。どうやらずっと前から、知らないうちに護られていたらしい。


「そんな調子だったからセイドで君に会う事は諦めて、王鳥が君を大屋敷に迎える日まで待ったんだよ? 暇だからアーヴィスティーラをいろんな所で復活させたんだけど、どれもダメだね。暗殺者にも義賊にもなれず、ただのゴロツキ集団にしかならなかった。でもぼくが直接動けば王鳥が飛んでくるし、退屈な二年だったよ」


 そう言って溜息を吐き、ドカリとソフィアリアの寝かされていたソファに座る。今気づいたが、なんとなく先程よりも顔色が悪い気がした。


「……ヨーピ様、もしかして具合が悪いのですか?」


「この身体がぼくの魔法に耐えられないだけだよ。まったく、人間って脆弱(ぜいじゃく)だよねぇ。この程度の魔法すら耐えられないなんて思わなかった。やっぱあっちの身体を使った方がマシだったかな? 失敗作だけど」


 気怠げにそう言うも、何の事が見えてこない。じっと見つめて待ったものの、それに答える気はないらしい。


「で、ようやく君が大屋敷に迎えられたと知って、自分の意思で王鳥から離れてぼくの元に来てもらおうと思ったんだ〜。ふふっ、色々大変だったんだよ? 君から近過ぎず遠過ぎないペクーニアのお嬢様を人質にとる為に、そのお嬢様に懸想してるラクトルを使うと決めて、手始めにペディ商会に潜り込む。ラクトルを動かす為に現妃にまた接触して、ラクトルとお嬢様を婚約させる。……そこで人質にしようとしたのに王鳥に見つかって、結局失敗しちゃったけどね」


 ペロッと悪戯がバレた子供のように舌を出す様子に目を見開いた。


 ソフィアリアはプロディージと誰かをあてがいたいが為に昔からの婚約を解消させ、メルローゼをラクトルにあてがったのだと思っていたのだが、そもそもメルローゼ狙いで、ソフィアリアを誘き出す為の撒き餌にされていたのか……そんな理由で、弟義妹は引き裂かれたのか。王鳥はメルローゼを側妃にすると言って、保護したのか。

 全部ソフィアリアのせいであり、護る為だったと知って胸が苦しくなる。何故ソフィアリアの存在はこうやって知らないうちに、周りに害を及ぼすのか。今日は特にそれを実感してばかりだ。


「まあでも、こうして会えたのだからよしとしようかな」


「おそらく王様は、ずっと前から……それこそ二年前から、ヨーピ様が暗躍していた事を知っていましたわ」


「だろうね。なんでずっと放置していたのかも、今更接触する事を許してくれたのかもわからないけど、ここに君を連れてきたんだからぼくの勝ちだ」


 そう言ってニッと口角を上げると、その唇の隙間からつーっと一筋の血が流れてギョッとする。動揺しているうちにヨーピはゴフッと強く咳き込みだし、抑えた指の隙間から吐血しているのが見えた。


「っ! セイド嬢、気持ちはわかるが近寄るのはダメだよ」


「フィーギス殿下、動けるようになったのですね。ええ、わかっておりますがっ!」


 どうやら魔法で拘束されていたのが解けたらしいフィーギス殿下に止められる。もう衝動に任せて駆け寄ろうとする気はなかったが、心配してしまう心はどうしようもない。だって話によるとあれは本当にミクスの身体で、中身も同情する点があるソフィアリアの民――ヨーピという大鳥なのだから。


「っほんっとにもうっ、この身体はっ!」


「ヨーピよ、君は私の拘束の他に、部屋に火の手が回らないよう防壁を張っているのだろう? けれど二つの魔法を同時に行使する事に君は耐えられず、私は解放された」


 そう言って窓の外を見るから、ソフィアリアもつい視線を追ってしまった。


 確かこの大ホールは、ヨーピが火を放ったはずである。けれどこの部屋は音も熱も煙もなく平穏そのもので、とても火事の最中だとは思えない。

 きっとこの部屋に火の手が迫らないよう、ヨーピはオーリムのように防壁を張ってくれたのだろう。だから外にも出られなかった。

 けれどその魔法を使う事とフィーギス殿下を拘束するという二つの魔法を同時に使う事に、身体が耐えられなかったのか。


 だがヨーピはニヤリと不敵に笑う。


「防壁を張っているのだけは正解。外は燃えているからね。でも、拘束と防壁なんてそんな簡単な魔法をたった二つ使うだけで、ここまで身体が痛めつけられるはずがないじゃないか」


「それは(あなど)ってすまなかったね。私達は魔法を使えないから、それがどの程度難しいかなんて知らないのだよ」


「そっか。……仕方ない、ここから逃がしてあげるよ」


 ヨーピは諦めの(にじ)んだ声音で、突然そんな事を言うものだから目を瞬く。まだ何もされていない……どころか、ヨーピが真相を話してボロボロになっただけである。なのに逃してくれるというのか。


「……正気かい?」


「正気だよ。ただし行くのは君一人だ、王子」


 そう言って口元の血を乱雑に拭い、ニンマリと愉快そうに笑う。その笑みに、なんだか嫌な予感がした。


「ここはたしかに大ホール内だけど、正確には次元が違うんだ。本来のこの部屋から少しズレた場所にぼく達は居て、部屋の外に出て道なりに行っても、元の場所には辿り着けない」


「なにを……」


「つまり正確な出口を見つけなければここから出られないし、この場所は誰にも……王鳥にすら見つからないような特別な魔法を使ってあるんだ。外は燃えているけど二十分だけ火から護ってあげる。その間に出口を見つけられなければ、ぼくは防壁を解いてしまうから君は焼け死ぬし、ここは誰にも見つからず、ぼくとお姫さまは永遠に二人きり。どう、やる?」


 ようするに部屋の外は迷路のようになっているのだろうか? だがそんな事よりも、色々聞き捨てならない。


「そんな危険な事をさせられると思いますか? 第一、ヨーピ様に何の利点があるのです?」


「次元をずらした場所に人間を留める魔法は、人間の身体には負担みたいなんだ。このままだとぼくの身体は壊れて、三人仲良く次元の狭間に押し潰される」


 さらっととんでもない事を言うものだから、フィーギス殿下と二人で息を呑む。だがそれを気にする事はなく、ヨーピは更に続けた。


「二人までなら許容範囲内だからおまけの王子は放り出したいんだけど、せっかくだから王妃の依頼でも達成しておこうかと思って。王妃は君をじわじわ(なぶ)りたいみたいだから、いい機会かなって」


「それを聞いて本当に外に出口があるなんて信じるとでも? 下手な希望をチラつかせて、必死になっている様子を嘲笑(あざわら)いたいのがわかってて従うと思われているなら、随分となめられたものだね?」


「実際ただの人の王如きに何の力があるっていうの? 嫌ならとっとと放り出して、焼け死ぬのを見ているだけだよ」


 そう言ってくすくす笑うヨーピに眉根を寄せる。何故、そんな真似をするのかわからない。現妃の依頼だと言うなら尚更、罠を疑うだけだろう。


 警戒を解かないソフィアリアとフィーギス殿下を見て、ヨーピは肩を竦めた。


「ぼくはお姫さまに会いたいから利用しただけで、あの王妃の事は大嫌いなんだ。悪意と不快感の塊だからね。王妃にサービスして一緒に連れてきてみせたけど、正直王子なんてどうでもいい。今はむしろ邪魔」


 つらつらとそう言うヨーピは本当に勝手だ。この国の王太子殿下を(さら)っておいて邪魔者呼ばわり。現妃へのサービスと言っていたが、これでは捕まり損ではないか。


「でも、ただ外に放り出して見殺しにしても、お姫さまは態度を頑なにして、二度とまともに取り合ってくれなくなるだけだろう? だから君にも逃げるチャンスをあげようかと思って」


「わたくしの逃げるチャンスなんかの為に、フィーギス殿下に命をかけさせるというのですか? そんなの頷けませんわよ」


「君はそうだけど、王子は今の言葉で揺らいだでしょ?」


 その言葉に眉根を寄せる。フィーギス殿下を見ると真剣な表情をしていて……決断を下したようだ。


 ソフィアリアはそれを見て、苦しげに首を横に振る。


「フィーギス殿下、いけません! フィーギス殿下が信憑性が薄いと言ったのですよ? 馬鹿な真似はおやめくださいませ」


「悪いけど聞けないよ。ここで三人仲良く死ぬのも、私だけ放り出されるのも御免被る。私だって死ぬ訳にはいかないが、君を見捨てる事はもっと出来ないからね」


 そう言って優しく微笑むのを、尚も首を振って否定した。


「二人きりになった途端、わたくしは殺されないとも限らないではないですか!」


「殺すなら今すぐ私とまとめて殺せばいい話だよ。話を聞く限り彼の中の誰も、君には殺意は抱いていない。けれど変に執着しているみたいだから、本当に二度とここから出さないのかもしれないとは思っているよ。それだけは困るのだ」


「……フィーギス殿下が出て行った途端、ここに閉じ込めたり別の場所に連れて行かれるかもしれません」


「セイド嬢」


 そう言って困ったように笑われるから、ソフィアリアは黙る事しか出来なくなる。


 わかっている。三人まとめて死ぬ訳にもいかないし、王鳥にすら見つけられないと言われたここに、いつまでも閉じ込められている訳にもいかない。わずかでも可能性があるのなら、それに飛びつくしかないのだ。

 もしかしたらギリギリの所で王鳥が助けてくれるかもしれないが、それだって確実ではない。ヨーピの言う通り王鳥が見つけられない場所だったら一巻の終わりである。


 理屈ではわかるし頭では理解しているのだが、これ以上ソフィアリアの存在が害となり誰かを危険に晒すのを、心が拒絶する。昔からそんな事ばかり積み重ねているが、今は特にセイドの秘密を知ったばかりで、はっきり言って心は満身創痍だ。


 だから見苦しく引き留めた。でも……それではダメなのだろう。


 王鳥だって言っていたではないか。ソフィアリアに辛い決断を迫る事になると。今がその時なのかはわからないが、ここで駄々を捏ねていても仕方がない。


 自分の弱さを振り切るように目を瞑って首を振り、大きく深呼吸をする。


 心が凪いだのを確認すると目を開け、ふわりと微笑んだ。


「……わかりました。よろしくお願いします、フィーギス殿下」


勿論(もちろん)だとも。君の王子様二人を連れてくるから、少し待っていてくれたまえ。……ヨーピ」


 ソフィアリアに向けていた柔らかい笑みを一転、表情を引き締めると、フィーギス殿下はヨーピを鋭く見据える。


「二十分護って、出口もきちんと用意してある事に嘘偽りはないだろうね?」


「ないよ。そもそも完全に隔離出来る程、ぼくは力を使えなかったんだ。どこかに綻びが必ずあって、一度その綻びを潜り抜けられると外から簡単に察知される。その綻びこそ、君達が求める出口だ」


「出口を見つけた後、わざわざセイド嬢救出のチャンスをくれるというのは?」


「外から察知されたら王鳥に見つかるんだから、そうなればぼくに勝ち目はないって意味さ」


「……その言葉、信じるよ」


 そう言って強い目で頷き、部屋の出口の方に歩いていく。ソフィアリアはその背中を労おうとして、だが考え直した。


「フィーギス殿下」


 名前を呼べば、優しい笑みを浮かべて振り向いてくれる。


 ――いつからだろう。フィーギス殿下がソフィアリアを見る眼差しに、乗ってはならない感情が乗り始めたのは。きっかけすらわからないうちに、気がつけばそれを感じるようになった……それを、見ないフリをし続けていた。


 でもソフィアリアも、結局向ける事は叶わないと思っていた深い慈愛を込めた熱い眼差しで……同じ表情で、初めて向かい合う事にすると決めた。


 フィーギス殿下はソフィアリアの表情に目を見張り、息を呑んでいる。そんなフィーギス殿下に、ソフィアリアは――


「次にお会いした時、わたくしの積年の想いを――告白を、聞いていただけますか?」


「セイド、嬢……?」


 かすかに喉を鳴らして、期待に震える声を聞き届ける。気持ちが確かに変質したのを見届ける。


 でも、今は


「だから生きて、必ずお会いしましょう? わたくしにフィーギス殿下への想いを抱えさせたまま、居なくなったりなんてしないでくださいませ。これからは、王様とリム様への恋心だけを抱えて生きていたいのです」


 そう言っていつものように友人の顔でニコリと笑えば、フィーギス殿下は強張らせた表情を緩め、ふっと笑ってくれる。


 二人の間に流れる空気は、これで充分だろう。続きは帰ってからのお楽しみにとっておけばいい。


「わかった。話は聞こう。だから、また会おう」


「ええ、また。お気をつけて」


 まるでいつも通りの別れのようにお互い手を振り合うと、フィーギス殿下は扉を開け、出て行ってしまう。そんな後ろ姿を、いつまでも見送っていた。


「……何、お姫さまって王子が好きだったの? リムじゃなくて?」


 背中からそんな(いぶか)しむ声が聞こえる。それには振り向かず、扉の方を向いたまま答える事にした。


「フィーギス殿下の事を長い間、誰よりも深く想い続けていたのは確かですわ。でもここから出たら、それも終わりにしないといけませんね」


 そう言って振り返る。もう迷いも動揺もなかった。


 気持ちを切り替えて心が凪いだ事で気がついた事がある。もしかしたらフィーギス殿下は、既に気がついていたのかもしれない。


 ソフィアリアも今になってようやく冷静に、『彼』と対峙する事が出来そうだと微笑んだ。



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