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【第三部番外編連載中】王鳥と代行人の初代お妃さま  作者: 梅B助
第二部 夜空の天人鳥の遊離
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喪失の未練 1



「――イド嬢、セイド嬢っ!」


 強く名前を呼ばれて、ソフィアリアは重い(まぶた)をこじ開ける。


 眼前には焦りを(にじ)ませたフィーギス殿下が覗き込んでおり、目が合うとほっとしたのか、目元を緩ませた。

 その距離の近さにを目をパチパチさせるも、とりあえず細かい事は考えるのはやめて、身体を起こす。さり気なく背を支えてくれたが、何故かその背にピリッと痛みが走った。


 何故こうなったかは不明だが、ソフィアリアはソファに寝かされていたらしい。見渡すと、ここはどこかの客室のようだ。


「……ここはどこでしょう?」


「おそらくまだペディ大ホール内だよ。貴賓室のあたりかな?」


 そう言われると納得する。窓の外は大ホールに移動する前に過ごした貴賓室から見えた景色と似ているし、同じ部屋ではないが、そこから近いのだろう。連れ去られているうちにいつの間にか気を失っていたようだが、そう遠くに移動した訳ではなさそうで安心した。近くなら、オーリム達も早く見つけてくれるかもしれない。


「ミクスくんはどこに?」


「彼ならそこにいるよ」


 そう言ってフィーギス殿下の視線を追うと、ミクスは部屋の隅で苦しそうに(うずくま)っていた。過去を思い出して慌てて駆け寄りそうになるのを、フィーギス殿下は肩を掴んで押し留め、背に隠すようにする。


 ミクスの姿だったのでつい動いてしまったが、彼はおそらくミクスではないのだ。冷静であれなかった自分を恥じて、フィーギス殿下に申し訳なくなる。


「申し訳ございません、迂闊(うかつ)でしたわ」


「構わないよ。彼はセイドでは知人だったのだろう? そうなる心境は理解できるさ。まあ、セイド嬢らしくないけどね」


「王様とリム様が甘やかしてくださるので、気が緩みっぱなしなのです。ですが、きちんと弁えます。わたくしはこの身を危険に晒す訳にはまいりませんもの」 


 そう言うとフィーギス殿下は満足そうに微笑み、頷いた。


「そうだとも。君の命は君だけのものではなく、私よりもずっと重いという事を忘れないでくれたまえ。いざとなったら、私を盾にしてでも生き延びるのだよ」


「ええ。ですが、そうならないように気をつけますわ」


 とりあえずそれだけは伝えておく。誰か大切な人を盾に生き延びる事は心苦しいが、ソフィアリアは王鳥妃(おうとりひ)であり、この命を失くせば大鳥達がどのような行動に出るかわからないのだ。

 王鳥妃(おうとりひ)だとお披露目した時に報復は王鳥に(うかが)いを立ててからと伝えたが、特別な誓約をした訳ではない。だから万が一でも、命を粗末にするのは許されない事だった。


 けれど、ミクスの様子は気になる。壁の方を向きながら部屋の隅で丸くなり、息を荒げているのだ。生前の病弱だった姿を彷彿(ほうふつ)とさせるその姿を黙って見ているのは、正直辛い。


「ミクスくんはどうしたのですか?」


「私にもさっぱりだよ。私はおそらくこの部屋に入った途端床に落とされた衝撃で目が醒めたのだけどね。気がついた時には何故か彼は息も絶え絶えで、ああしていたのだ。残念ながら防壁はしっかり張っているのか、部屋の外には出られないみたいだよ」


 そう言って肩を竦める。話さなかったが、ソフィアリアをソファに運んでくれたのはフィーギス殿下なのだろう。言われてみれば床に落とされた衝撃で強く打ったのか、少し背中が痛いような気がする。まあこのくらいならば、気にしないようにすれば問題ないだろう。


 ふと喉元に手を当てると、湿り気とぬるりとした血が手につく。鏡がなくて見えないが、きっとドレスは大惨事だ。その事にしょんぼりした。


「首の傷は痛むかい?」


「傷を視認出来ないおかげで痛みはあまり感じませんわ。どちらかといえば王様とリム様とお揃いのドレスを汚してしまったので、心が痛みます」


「ははっ、余裕だね?」


 なんて軽口を言い合って気を紛らわせていたら、ミクスはむくりと立ち上がり、ドロリと濁った目でこちらを振り向く。フィーギス殿下が背に庇ってくれたが、ソフィアリアはどちらかといえば向き合いたかった。


「はぁ〜。人間の身体ってこんな事も耐えられないんだ? この程度の魔法でこんなに身体が(きし)むとは思わなかったよ」


「そう言う君は人間ではないのかい?」


「ヨーピ。……ぼくの名前、もう消されたかな?」


 ニンマリ笑って言った名前に、心当たりがあった。何故こんな事になっているのかは未だに理解出来そうもないが、色々と納得する。


「ちゃんとあなたの名前は残っていますよ。……はじめまして、ヨーピ様。あなたはフラーテという方と契約していた侯爵位の大鳥様、ですわよね?」


 そう答えるとミクス――の身体に入ったヨーピは、目を丸くして驚いていた。フィーギス殿下も知らなかったのか、目を見開いている。


「……驚いた。ぼくの名前、まだ残ってたんだ?」


「歴代の鳥騎族(とりきぞく)様と契約していた大鳥様の名前を名簿で拝見させていただいた時にきちんと載っておりましたよ。ヨーピ様は三十年以上前に当時の鳥騎族(とりきぞく)隊長をされていたフラーテ様と契約なさっておりましたよね? 残念ながらフラーテ様は他国での任務中に命を落とされたと記録に残っておりましたが、ヨーピ様は何故このような事を?」


 とりあえずソフィアリアの知る情報を突きつけてみる。みんなとの会話で色々と察する事はあるが、憶測でしかないので後回しだ。変な先入観で認識をこれ以上ブレさせる訳にはいかない。ただでさえ何がなんだかわからないのだから。


 だがやはりソフィアリアの持つ情報は何か間違えているのか、ヨーピはくすくすと笑った。


 ミクスの姿でそんな事をされると、懐かしくて胸が切なくなる。ソフィアリアを混乱させたいのなら、その姿を選んだ事は大正解だ。


「ふーん? そんな事しか把握してないんだ? それとも、今も大事に囲われていて、何も知らされていないのかな? 君はラーテルに囲われていた時から、何も変わっていないんだねぇ」


 (あざけ)るように言われた言葉に、ピシリと顔が強張ったのが自分でもわかった。


 ラーテルとは祖父の名前だ。何故彼はソフィアリアが祖父に囲われていたのを知っているのか。何故、ここでその名前が出てくるのか。


「……すまないね、セイド嬢。こんな事になるなら、きちんと説明しておくべきだったよ」


 肩越しに振り向いたフィーギス殿下が申し訳なさそうな表情をしていたから、彼は……彼らは色々と知っているのだろう。


 フィーギス殿下はヨーピを注意深く見据えると、まるでソフィアリアに教えるように語り始めた。


「先々代のセイド男爵の子供には双子の兄弟が居た。兄はラーテル、弟はフラーテ」


 その事実に目を見張った。祖父に兄弟が……それも双子の弟が居るなんて初めて聞いた。セイドの先代の資料は祖父以前のものは全て処分されており、家系図すら家には残っていなかったのだ。


 フィーギス殿下は言葉を続ける。


「双子は男爵令息でありながら島都学園を主席と次席で卒業する程優秀で、一つ年上のトリスという遠縁の親しい女性がいた。その女性は在学中までは弟のフラーテと恋仲だったが、卒業後は心変わりをし、家督を継ぐ兄と結婚した。それがセイド嬢の祖母だよ」


「お祖母様……?」


 その経緯に驚いた。ソフィアリアは祖母の話を一切聞いた事がないが、兄弟の間でそんな事をするなんて、なかなか酷いのではないだろうか――婚約ではなく恋仲になっている事を除けば、大変貴族令嬢らしい意識の人だと言えなくもないが。


「そうさ。……トリスが心変わりをしたのを嘆いた弟のフラーテは、家を飛び出し傭兵となって国を転々とした後、やがて君……ヨーピと出会い、契約して鳥騎族(とりきぞく)となった。そうだろう?」


「そうだよ。契約してからは共に空を駆け、任務を(こな)し、ぼく達は毎日楽しく幸せに暮らしていたんだ。……セイドに里帰りして、ラーテルに会うまではっ!」


 そう言って強く睨みつけてきた眼差しには、これでもかという程の憎悪が込められていた。その目に背筋が凍って顔を背けそうになるのを、グッと指をおへその前で組んで堪える。ソフィアリアには、それを受け止める義務があるように思えた。


「フラーテは過去を吹っ切ったつもりだったようだけど、セイド領を発展させ、運営していた義賊を成功させて大儲けし、ラーテルの妻となったトリスが身籠り仲睦まじい姿を見せつけられると、やっぱり虚しくなったんだ。フラーテだってぼくと出会って幸せに毎日を過ごしていたのに、家督も恋人も奪って、より成功を治めていた兄の姿に耐えられなかった」


 大まかな経緯は理解したが、途中で理解が追いつかない事を言われて戸惑っていると、フィーギス殿下がそれを察して補足してくれる。


「双子の兄弟と君の祖母は在学中、正義の名の下に義賊ごっこをして好き放題やっていたらしいよ? 君の祖父はその時の栄光を忘れられず、領地に帰ってもやっていたようだね。その組織の名はアーヴィスティーラ――通称アーヴ」


「義賊を名乗りながら儲けている時点で、趣旨を履き違えておりますわね」


 それはもう義賊とは呼べないのではないかと渋面を作った。それに正義の名の下に活動する貴族子息なんて、あまりいい予感がしない。


 フィーギス殿下が苦笑しているので、ソフィアリアの予想通りなのだろう。本当に、祖父は何をやっているのか。


「里帰りからの帰り道、ぼくは気になって言ってしまったんだ。ラーテルが兄でフラーテが弟だって言っていたけど逆じゃないのかって。本当の兄はフラーテの方で、ラーテルは弟だろって。……それが全ての間違いだった」


 そう言ってヨーピは、くしゃりと表情を歪ませる。泣きそうなそれは、そう指摘したのを心底後悔しているようだった。


 ソフィアリアはそれを聞いて絶句した。もしそうだとすれば、祖父から続いたソフィアリア達は――プロディージは、セイドの後継者にはなり得ないのではないだろうか。


「国に提出された書類は兄はラーテルで弟はフラーテとなっているのだよ。セイドにあった書類は逆だったようだけれどね。君の祖父であるラーテルは、家督を継いだ時にそれを見てしまったらしい。どこで入れ替わったのかはわからないが、家督を継ぐ事も、家督を継ぐからこそ結婚出来た妻も、どちらも失いたくなかったのだろうと思われるラーテルは、こっそりとフラーテの死亡届まで出してセイド男爵の座に執着した」


「……それは」


 とんでもない重罪だ。国に提出する戸籍の虚偽に生きた兄弟の死亡届の提出。こんな事がバレれば爵位剥奪となり、今頃セイドの名前はなくなっていたはずだ……今だって、この事実を見て見ぬふりをするのは非常にまずい。


 ソフィアリアの苦々しい雰囲気で、そう思ったのを悟られたのだろう。フィーギス殿下も肩越しに困ったように微笑み、けれど首を横に振った。


「悪いけど君にもプロディージにも、この事実は墓まで持っていってもらうよ。王鳥妃(おうとりひ)を排出し、侯爵位の大鳥と二羽同時契約した初の女性鳥騎族(とりきぞく)を誕生させ、第二の聖都を目指し大鳥の駐屯地となるセイドを潰す訳にはいかない。そうするくらいなら、私は徹底した隠蔽(いんぺい)を図るつもりさ」


「……ええ、その方がよろしいでしょう。セイドが罪を背負ったまま発展し、初代王鳥妃(おうとりひ)が元の身分を詐称する事をお許しください」


「君はプロディージと同じ事を言うんだね? 勿論(もちろん)いいとも。なら、私だって同罪だ」


「そうやって人間は都合のいいように事実を捻じ曲げる……フラーテの存在をなかった事にするんだっ!」


 その心からの叫びの後に、グッと肩に圧力が掛かる。思わず(ひざまず)いて(こうべ)を垂れたくなるこれは、王鳥がやるような神の威厳だ。フィーギス殿下はこれに必死に耐えて、辛うじて体勢を保っていた。


「フラーテは真実を知って絶望したんだよっ⁉︎ セイドの領地も、義賊も、恋人だって。本来はフラーテが手にするべきものだったのにって!」


「ええ、そうですわね。最初は知らなかったとしても、祖父は真実を話して兄弟二人でどうするのか話し合うべきでした。それは本当に責められるべき大罪ですわ。けれどフラーテ様が兄としてそれらを手にしていれば、ヨーピ様とは出会えていませんでした」


 だからどちらが幸いだったのかはわからない。真実に蓋をして、今こそを幸せだと思って生きる道もあったはずだ。


「わかってるよっ! でもっ、でもフラーテはそれでも、過去を忘れて真実から目を瞑って、ぼくとまた幸せな毎日を過ごす事はどうしても出来なかったんだっ! ぼくはっ、復讐に堕ちていくフラーテを止められなかったんだっ……‼︎」


 そう言って涙を流すヨーピだって、充分絶望しているようだった。


 ヨーピと過ごした幸せな今より、過ぎ去った過去を選んでしまった大切なパートナー。幸せを壊したきっかけは、自分が素朴な疑問を投げかけたからだなんて、なんて救いのない結末なのだろうか。



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