衝撃の再会 5
ソフィアリア達が連れていかれてしまってからしばらくして、オーリム達はようやく身体が動くようになった。
迎えに行くと誓った後、ソフィアリア達がぐったりしていたのが忘れられない。気を失ったのだと思うが、二人は大丈夫だろうかとどうしても気が急いでしまう。
「フィアっ!」
『まだ行かせられぬよ』
だが駆け出した所で入り口には透明な防壁が張られ、行く手を遮られる。それを忌々しいとばかり一度殴りつけ、誰もいない虚空を睨んだ。
「王っ! どういうつもりだっ‼︎」
『喚くな。妃は受け入れたのだから、ラズもさっさと受け入れるがよい』
「受け入れられるかっ! フィアが攫われたんだぞっ⁉︎」
「リム、落ち着け。ここから出られないなら先に手当させろ」
プロムスはそう言って右手を無遠慮に掴み、袖を捲る。痛みに顔を顰めるが、傷口を見て溜息を吐かれた。
「あーあ、昨日の傷に思いっきり刺しやがって。いくらリムでも跡になったらどうすんだ。帰ってから王鳥様に説教だな」
「ロム、薬。それと、これ割いて使って」
アミーがこちらに近寄ってきて、ポケットから傷薬を取り出してエプロンを脱いだ。プロムスに掴まれたオーリムの腕の傷口を見て、心配そうな顔を向けてくる。
「おっ、気がきくじゃん。サンキュー」
プロムスは魔法で出した水で傷口を充分洗ってから傷薬を塗り付けると、ナイフを出現させてエプロンを切り裂き、包帯代わりにそれを腕に巻き付ける。雑に扱われて痛みで眉根を寄せるが、痛いなんて言わない。絶対揶揄われるからだ。
「……ロム、雑ね」
「へーきへーき。リムは頑丈だからな」
「まあ、このくらい跡になる事はないけど。アミー、ありがとう」
「ええ。……それよりソフィ様達は大丈夫かしら?」
そう言ってそっとオーリムの叩きつけていたあたりに手を触れる。当たり前だがアミーでも通り抜け出来ないようで、見えない壁に阻まれていた。
「王妃殿下の抜けていった抜け道も通れなくなっているようだ」
「他の抜け道もないっぽい。王鳥様の気まぐれが解けるまで何も出来ないみたいだね」
そんな事をしている間にラトゥスとプロディージは他の道を探してくれていたらしい。そちらから抜け出す事も不可能なようだ。
抜け道を覗いても現妃一行は既に行ってしまった後らしく、もう姿はどこにも見当たらなかった。プロディージはそれもイライラしているようで、溜息を吐いてぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜている。
メルローゼは一連の事で腰が抜けたのか、モードに介抱されて現妃の座っていたソファに座らされていた。一瞬嫌そうな顔をしたが立っているのは辛いようで、渋々と座る。
「メルローゼ様。メルローゼ様とソフィ様はあのミクスという少年をご存知なのですか?」
モードは隣に座ってそんなメルローゼを慰めるように背をさすり、優しくそう問いかける。
メルローゼは少し沈んだ表情をしながら、ミクスの事をポツポツと話してくれた。
「――つまり絶対に生きている訳がないと?」
「ええ、シスターが発見した時には既に数時間経っていて、身体が冷えて固くなっていたのです。私も触れたからよく覚えていますわ。それにミクスは身体が弱くて、あんな風に元気に動ける所も見た事がなかった……あんな子でもなかったし」
そう言って深く沈んでいる。ソフィアリアとメルローゼが特別目をかけて育てたような子だ。そんな子が亡くなるだけでも心の傷は深いのに、何故か遺体が消えたと思ったら生きてここに居て、ソフィアリアに対してあのような暴挙に出た。その事実を受け止められないらしい。
「王、あのミクスというのは何者なんだ? 何故あいつは自分の事をフラーテなんて言った?」
不貞腐れたような声音で腕を組もうとして、傷口が引き攣れた感覚がしたので左腕を腰に当てるに留め、そう尋ねる。
思えば会った時から彼はおかしいのだ。王妃殿下が出した暗殺依頼なんて持ってきていたが、あの場所にはそれを成し遂げられるようなまとめ役なんていなかった。
触れるとゾワゾワと妙な不快感を感じたし、極め付けは彼は本来死んでいるはずだという。
ミクスの姿でありながら現妃にはフラーテの生まれ変わりだなんて言って接触し、更にオーリムですら使えない魔法を難なく行使する。色々と摩訶不思議でわからない事だらけだ。
「オレ達、ミクスはあの日が初対面だったし、フラーテなんて会った事もないぜ? なのになんであいつはオレ達の事を親しげに呼んで、ソフィアリア様をお姫さまなんて言ったんだ?」
プロムスが言ったそれだって不思議だ。特にソフィアリアをお姫さま呼びする人間なんて、オーリムに近しい人しかいない。なのに何故あのミクスという少年がそれを知っているのか。完全に庇護対象で教え子だったミクスに、ソフィアリアが過去を話したなんて事もおそらくないと思う。
「……ドロールという男」
プロディージがポツリと言った人物の名前にハッとして、勢いよく振り返る。
プロディージは顎に手を添え、色々考えを巡らせているようだ。
「僕はその人をオーリム達から聞いただけだから詳しくは知らないけど、親しかったんでしょ? だったらオーリム達を親しげに呼ぶのも姉上を姫呼びする事も知ってるんじゃないの? それにそいつ、大鳥様に聞かされて父親であるフラーテの事も知ってたでしょ」
「まっ、待てよ! だってローは死んで……」
「それを言えばミクスという少年も亡くなっている。一体何故そんな事になっているかは不明だが、可能性の一つとして視野に入れておかなければ話が進まない」
とりあえずそういう可能性もあるかもしれないと、ラトゥスは受け止めたらしい。随分と柔軟だなと思いつつ、だがオーリムはまだしっくりきていなかった。
「でもローは魔法は苦手だったはずだ。フィア達を遠隔で動かすなんて俺だって無理だし、あの魔法は人間には使えない」
「……ああ、そうか。もっと単純に考えればいいのか」
プロディージはそれを聞いて、何か思いついたらしい。全員がそんなプロディージの方を向き、プロディージも頷くと、とんでもない事を言い出した。
「あのミクスって奴に入っているの、そいつらが契約していた大鳥様なんじゃないの?」
途端、ヒクリと頬を引き攣らせ、色々と腑に落ちる。
大鳥は鳥の姿をしているが人智を越える神様であり、その力は強大だ。特にその大鳥は強い力を持つ侯爵位だったので、そういった摩訶不思議な現象も可能にしてしまえる力を持っていても、おかしくはない。
その大鳥は二年前、ドロールと一緒に始末せざるを得なかった。最期はフラーテに会いたい、なんでフラーテは殺し、ぼくは生かしたんだと嘆いて、悲痛な叫び声をあげながら、王鳥の手でその命を散らした。
その二年前というのはミクスという少年が亡くなった時期と一致するし、大鳥が命を散らしたのはセイド近郊だったはずだ。
その時、肉体が滅んだ大鳥の魂がそのミクスという亡くなって少年の身体に入っていたとしたら? その大鳥はフラーテの事もドロールの事もよく知っていて、なりすます事だって可能なはずだ。それに大鳥なら、あんな魔法を行使する事も容易だろう。
「……マジか」
プロムスも絶句している。それはそうだ。
今は王鳥によってこの部屋から出られないが、あのミクスの身体に入った大鳥とは必ず対峙する事になる。
王鳥は非協力的で助けてくれる気があるのかわからず、プロムスと契約しているキャルは攫われた相手がアミーでもなければ、やる気になってくれないーーまあ攫われたのがアミーだとすれば、今のような放火だけで済む話ではなくなる気がするが。
いくら代行人と侯爵位の大鳥と契約した鳥騎族と言えど、オーリムもプロムスもただの人間だ。侯爵位の大鳥なんて、どう戦えばいいのかわからない。
事態は最悪だが、それでも諦める気は全くない。だって捕まったのは最愛のソフィアリアと、たくさんの恩義があるフィーギスだ。どんな相手だろうと戦って救わなければならない。
それに、ソフィアリアには迎えに行くと約束したのだから。そんなソフィアリアはたとえ攫われるのを黙って見ていても、王鳥を信じると言ったのだから。
ふと、当たり前の事を思う。
「なあ、王。王はあのミクスという少年に入った大鳥の事、二年前から知っていたんじゃないか?」
『ああ、把握しておったよ』
「なら、なんで今まで放置した? 相手は人間に入った大鳥で、その力を使って王妃と接触し、悪巧みしていたんだぞ?」
それも不思議なのだ。鳥騎族の身でありながら暗殺者をやっていたフラーテは、問答無用でさっさと始末した。ドロールだって、その大鳥諸共許さなかった。
だがミクスはおそらくこの二年、アーヴィスティーラを復活させて回っていたのではないかと思う。その実態はただのチンケなゴロツキでしかなかったが、それでも大鳥の身で悪さをしていたと言えるだろう。それにどういう経緯かは不明だが、現妃と再度接触しソフィアリアの暗殺の依頼まで請け負っている。
『決まっておるだろう? 奴はまだ何もしておらんからだ』
「でもアーヴィスティーラを復活させて活動していただろ」
『有名な暗殺者集団の襲名を唆しただけぞ。本当に彼奴は何もしておらぬよ。今回の事が一番大きく出た行動であるからな』
それなら納得しなくもないが、でもと思う。王鳥がそんな歪な存在を見逃すだろうか? だって王鳥はおそらく歴代の王鳥の中でも特に人間贔屓で、人間に害を与える大鳥を決して許す事はないのだから。
『……歪な。そう、彼奴の存在は歪なのだ。だから余では手を出せんかった』
「そんな歪な奴にフィアとフィーを攫わせたのか?」
思わず眉を吊り上げる。そんな危険な奴をオーリムを無理矢理静止させてまでソフィアリアに近付け、あまつさえ攫うのを見逃した。その事についてはソフィアリアに王鳥を信じろと言われても、オーリムは許す気がなかった。
『別に許さずともよい。余は余の思う最善を尽くすまで』
「っ! フィアとフィーに何かあったら、たとえ王でも絶対に許さないからなっ‼︎」
そう怒鳴るも沈黙が返ってくるだけで、それ以上王鳥が口を開く事はなかった。そうやって何も言わずに黙って抱え込む王鳥に、ギッと歯噛みする。
いつもこうだ。王鳥は秘密主義で何も言ってくれない。説明なしで振り回されて、気付けば終わっている。
オーリムが頼りないからだと理解しているが、もう少し打ち解けてくれてもいいではないか。いつまでも子供扱いばかりで、それが少し寂しかった。
「……ねえ? 先程から何のお話をされていますの? 私達にも説明してくださいませ!」
「君達は知らない方がいいよ。どこかに漏らせば物理的に首が飛ぶ、国家最重要機密事項だから」
「はあっ⁉︎ だったら先にそう言ってよ! 離れて耳を塞ぐ権利くらいくれたっていいじゃないっ! なんてものを私達に聞かせるのよ、馬鹿っ!」
「どう聞いても怪しい会話を馬鹿正直に聞き耳立てといて何言ってんの? そのくらい自分で判断しなよね」
「なんですって⁉︎」
言い争いをし始めたメルローゼとプロディージの二人に苦笑し、気まずそうに視線を逸らしたアミーとモードに今更申し訳なくなった。ついペラペラ話してしまったが、自分達の周りに消音の防壁でも張っておけばよかった気がする。今の王鳥が協力してくれれば、だが。
「そう言う訳だから、くれぐれも口外しないでくれ」
「ええ、私達はこの部屋で何も聞いておりませんわ」
「ソフィ様に守秘義務の事は徹底して教育されているから大丈夫よ」
ニコリと笑うモードと頷くアミーに安心する。ソフィアリア仕込みならきっと大丈夫だろうという安心感があった。
『……そろそろ良いか。妃らはまだ建物内におる。ラズとロム以外は余が外まで護るから安心するがよい。其方らも火と煙からは護ってやるぞ』
「当然だろ。ロム、フィア達はまだこの建物内に居るみたいだから探しに行くぞ。他の人は外に出て待ってろ。道中は王が護ってくれる」
「リム、僕も連れて行ってほしい。フィーを放って一人だけ逃げる事は出来ない」
ラトゥスは珍しくそんな事を言う。彼は常に冷静で、無謀とは無縁のはずなのに。
「でも」
「足手纏いなら捨て置けばいい。邪魔はしない」
『よい、余が護ろう。次代の王目当てなら彼奴とは対峙する事にはならぬよ』
「……どういう事だ? いや、今はいい。ラスは王が護るから気にするなって」
「りょーかい。んじゃ、手分けして探さねぇとな。アミー達は先に外で待ってろ」
プロムスはポンポンとアミーの頭を撫で、剣を肩に担ぐ。
「……怪我しないでよ」
「わかったわかった」
そう言っていち早く走り出したので、オーリムとラトゥスもそれに続こうとする。と――
「オーリム」
プロディージにそう呼ばれる。振り返ると迷いがあるのか瞳が揺れていて、けれど意を決したのか、力強く見つめられた。
「……姉上を頼む」
自分も行こうか迷って、だが諦めたらしい。プロディージは護身術しか身に付けておらず、最も護りたい者は外に避難するのだから当然だ。
ソフィアリアに構って無茶を言い出さないだけいい判断だと思ったオーリムは頷き、口角を上げて見せる。
「頼まれる理由はないだろ。フィアは俺の一番だ」
「あっそ。言った僕が馬鹿だったよ。ついでだから、オーリムも気をつけなよ」
「ああ。……可愛くない奴」
頷いた後、なんとなくソフィアリアをカモフラージュに使い、オーリムの事をそう労いたかったのではないかと思って付け加えてしまった。
ムッとしていたので、案外本当にそうだったのかもしれない。




