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【第三部番外編連載中】王鳥と代行人の初代お妃さま  作者: 梅B助
第二部 夜空の天人鳥の遊離
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衝撃の再会 4



 ――三年前、セイド領にて。


 この日は領内唯一の孤児院の視察と慰問に来たソフィアリアとメルローゼはみんなと遊び、勉強を教え、メルローゼが持ってきたお菓子を食べてと楽しい時間を過ごしていた。


 その途中で二人は一人分のお菓子を持って、慣れた様子で二階の寝室へと入っていく。


「こんにちは、ミクスくん」


「来たわよ、ミクス。今日は元気にしてる?」


 笑みを浮かべてそう言えば、半分ベッドに入ったまま身体を起こして本を読んでいた線の細い男の子は顔を上げ、嬉しそうに頷いた。


「こんにちは、お姉ちゃん達。うん、今日は調子がいいみたい」


 けれどそう言った直後、コンコンと(せき)をするのでソフィアリアは慌てて側に寄り、骨の浮いた背中を優しくさする。


 しばらくそうしていると(せき)がおさまり、メルローゼが差し出した水をゴクゴクと飲む。飲み終わるとホッと一息吐いのを見て、ソフィアリア達も安心した。


「無理をしてはいけないわ」


「大丈夫、本当に今日は調子がいいんだ。いつもありがとう」


 そう言って笑うも顔色はいいとは言えない。いや言われてみれば、いつもよりはほんの少しいいかもしれないなと思った。


 このミクスという九歳の男の子は、最近両親を亡くしてここに来たばかりの男の子だ。昔から身体が弱かったらしく、ここに来てからもほとんどをベッドの上で過ごしている。


 そんな子ではあるが、ベッドで本を読んでいる事が多いからか非常に博識で優秀な子だった。だからソフィアリアとメルローゼはミクスに他の子達よりも高度な勉強を教え、難しい本を与えた。

 それでも楽しそうについてきてくれるのだから本当に優秀な子だ。孤児院の子供達だって物知りなミクスを慕っているのか、元気な日はベッドの側に集まって、勉強会を開いているのだとか。


 成長するにつれ身体が丈夫になるに越した事はないが、仮にこのままでも大丈夫なように、いずれはセイドで教師でもやってくれたらなと思っていた。勉強を教える事は、座りながらでもベッドに入りながらでも出来るはずだ。

 本人もそんな未来を楽しみにしているらしい。生きる目標が出来たと目を潤ませて、嬉しそうに笑っていた。


 勉強を教えながらそんな事を回想し、日が傾いてきたので本を閉じる。


「――今日はここまでにしましょうか」


「うん、ありがとう。次の授業までにこの歴史の本、全部暗記しておくね?」


「こーら、無茶言わないの! 私だってまだ覚えている途中なんだから、ゆっくりでいいのよ、ゆっくりで」


「メルお姉ちゃんは歴史が苦手だもんね?」


「計算とか(あきな)いが絡むとあんなに覚えるのが早いのにね?」


 ソフィアリアとミクスはそう言ってくすくすと笑った。笑われたメルローゼは頬を膨らませ、ぷりぷり怒っている。


 そんな楽しい時間を過ごし、いつかミクスを立派な教師にするという夢をみていたけれど、たった一年で状況は急変する。


「っ! 先生っ!」


「先生、ミクスはっ⁉︎」


 屋敷でその知らせを受け取って大慌てでやって来たソフィアリアとメルローゼは、いつもの部屋に駆け入ってベッドサイドで腰掛ける医者にミクスの容体を聞くも、医者は無力感に打ちひしがれながら首を横に振った。


「――残念ながらもう冷たくなっており、心臓は動いていないようです」


 ソフィアリアとメルローゼはそれを聞いて、その場で膝から崩れ落ちた。昨日も三人でいつも通り過ごしたはずだったのに、何故こんな急にと涙が頬を濡らす。


 孤児院のシスターによると、朝様子を見に行くとミクスはピクリとも動かず、既に冷たくなっていたらしい。医者の見立てでは、夜中に入った直後にはもう亡くなっていたのではないかと予想していた。


 後からやってきたプロディージが明日の埋葬の手配と本日の葬儀を取り仕切ってくれて、孤児院のみんなとお別れを済ます。みんな勉強を教えてくれる博識で優しいミクスの事が大好きだったから、泣いて別れを惜しんでいた。


 頭に孤児院の子みんなで編んだ別れの花冠を被せ、たくさんの花や餞別(せんべつ)の贈り物が入れられた(ひつぎ)に寝かせられたミクスは、明日の朝には埋葬するはずだった。


 だが翌日の朝、ミクスの遺体は忽然(こつぜん)と姿を消した。(ひつぎ)の側に無造作に落ちていた花冠だけを残して――





           *





「ミクスくん、よね? セイドで先生をやるんだって勉強を習っていた。ミクスくん、生きていたの……?」


 二年前、そんな不思議なお別れをしたものだから、ソフィアリア達はずっと忘れられなかったのだ。


 理由は不明だが、何らかの理由で遺体が盗まれたのではないかと事件性を疑い、プロディージが自警団を先導してしばらく捜索したのだが、何の手がかりも得られないまま調査は打ち切りになった。

 実は生きていて、(ひつぎ)から抜け出してどこかで生きていたのならそれでもいい、喜ばしい事だ。だが姿を隠す理由が見つからず親族も既にいないので、十歳の男の子が一人でどこかへ行くというのも考えられなかった。


 だから今、こうして目の前に居る状況が理解出来ない。それも今生きていれば十二歳のはずなのに、見た目は二年前と一切変わらず、病弱(ゆえ)に細いまま。そんな事がありえるのだろうか?


「……僕は葬儀でしか見た事ないんだけど、ミクスってあの孤児院に居たっていう優秀だけど病気がちだったミクスでいい訳? 二年前に亡くなって、姿を消した」


「そうよ。……いえ、そんな訳ない……えっ、本当に何故……?」


 髪をくしゃりと握りしめて声を振るわすメルローゼも混乱しているらしい。ソフィアリアだって色々意味がわからず、現実を上手く受け止められない。


 だが混乱する二人を見て、ミクスは愉快と言わんばかりに笑っていた。そんな表情をミクスはやらなかったから、ますます混乱していくばかりだ。


「なーんだ。お姫さまってミクスと知り合いなんだ? ふふっ、すっごい偶然だよね!」


「……お姫さま? ミクス、あんたは」


「でもロムもリムも酷いよね〜。見た目が違うだけなのにぼくの事、全然気付いてくれないんだもん」


「は? ミクス、おまえ、オレとリムの事知ってんの?」


 ここに駆けつけた時はオドオドしていたのが一転、無邪気な子供のように後ろで手を組み、けれど子供らしからぬ雰囲気を纏ってニヤニヤと笑っている。


 ただならぬ様子にオーリムとプロムスは警戒心を強めるが、ミクスはソフィアリアとフィーギス殿下を見つめ、すっと手を持ち上げた。


「「っ!」」


 と、何か強い力で強制的に引き()られて、気がつけばソフィアリアとフィーギス殿下はミクスの側にいた。色々混乱している中に更に畳み掛けてくる現状に振り回されて、心が上手くついていかない。


「姉上っ⁉︎」


「フィー!」


 この状況下で特に冷静を保てたのがプロディージとラトゥスだったらしい。いち早く名前を呼ばれ、次に立て直したオーリムとプロムスが武器を構えて救出に動き出す。


「ダメだよ、ロム、リム」


 が、ミクスは何処からともなく草刈り鎌のようなものを二振り取り出して、手慣れた様子でソフィアリアとフィーギス殿下の首筋に刃を触れさせる。少しでも動かせば皮膚(ひふ)が切れるギリギリに押し当てられたそれを見て二人は動きを止め、驚愕(きょうがく)の眼差しでミクスを見ていた。


「ミクスくん、あなた、鳥騎族(とりきぞく)になったの……?」


 不思議な力で引っ張られるという魔法は知らないが、何もない所から武器を取り出す能力は鳥騎族(とりきぞく)、それも侯爵位以上の大鳥と契約しなければ持てない能力だったはずだ。


 ソフィアリアはもちろん鳥騎族(とりきぞく)全員を把握している。当然ミクスは大屋敷には居なかったし、侯爵位の大鳥と契約しているのは現在、プロムスとクラーラだけだ。近年だと、三十年以上前に鳥騎族(とりきぞく)隊長だったフラーテという男性が侯爵位の大鳥と契約していたらしいが、他国で任務中に命を落としたという記録が残されていた。


 ミクスはソフィアリアの言葉を馬鹿にしたようにくすりと笑う。そんな表情、優しいミクスはしなかったし、話し方や性格も全然違う。まるでミクスの身体に誰か別人が乗り移ったようではないか。

 だがそんな話、聞いた事がない。それでますます事態の把握が難しくなっていく。


鳥騎族(とりきぞく)か〜。うーん、半分……いや、四分の二正解かな?」


「四分の二なんて、随分中途半端な言い方だね? さて、君は一体何者――むしろ、普通の人間なのかな?」


 フィーギス殿下が目だけを動かしてミクスにそう尋ねる。彼はいち早く、超常現象でも何でも受け入れてみる心構えが出来たらしい。前情報に引っ張られていたソフィアリアもそれを見て一度深呼吸し、冷静に事態の把握を試みる事にする。


 だがそれを、邪魔する人間がいた。


「あらやだっ! フィーくんまで捕まえてくれるなんて、フラーテってばサービス良すぎ! でもそうよね、だって八年前、ワタクシの依頼を途中ですっぽかして勝手に死んじゃったんだもん。そのくらいしてもらわないとね?」


 キャピキャピと指を組んでソファで飛び跳ねている現妃の言葉に耳を疑う。ソフィアリアの知るフラーテとは三十年以上前に殉職(じゅんしょく)したはずの鳥騎族(とりきぞく)隊長である。確かに彼は侯爵位の大鳥と契約していたのでこの能力を持つのは納得だが、何故ミクスの事をフラーテと呼ぶのか、現妃はフラーテと面識があるのか、依頼とは何だ、それに八年前とはどういう意味だと疑問ばかりが増えていく。


 ソフィアリアの知る八年前と言えばソフィアリアがラズと出会った年であり、ラズが代行人となりオーリムと名を改めた年でもある。そして今の王鳥が王鳥を継いだ年だ。


 色々繋がりが見えないが、とりあえず静観して事態の把握に専念する事にした。


「……フラーテだと?」


 その名を聞いてオーリムを筆頭に男性陣が顔を強張らせる。どうやら何か知っているらしい。


「ふふんっ、凄いでしょ? なんでも侯爵位の大鳥と契約したおかげで、フラーテは生き返る事が出来たんですって。あなた、代行人なのにそんな事も知らなかったの? 相変わらず代行人として半端者のゴミ人間なんだぁ〜」


 その言い草は我慢出来そうもなかったが、グッと歯を食い縛る。蔑まれていたと聞いたが、オーリムはそんな評価を受けていたのか。そんな事を言い放った現妃を、もう許せそうもない。


「馬鹿言うな。たとえ最高位であろうと生き返りなんてありえない。それは王鳥ですら絶対的に不可能だ」


「でも実際にフラーテは(よみがえ)ってワタクシの所に来たのよ? それにあの力、鳥騎族(とりきぞく)じゃなきゃ不可能でしょ? それに違うなら、その子がフラーテを(かた)っているというの? 何の為に? 大体、フラーテが暗殺者だって知っているのは、この国でもあまりいないじゃない!」


「あなたが漏らしたのではないのですか? 王妃殿下」


「ワタクシが漏らせば小さな子供が鳥騎族(とりきぞく)のような力を得る事が出来るの?」


 (あざけ)るようにフィーギス殿下を見る現妃の言葉に口を(つぐ)む。正論だ。だからと言って状況は未だに錯綜(さくそう)しているが。


「……話はもういい? いい加減連れて行きたいし、君も帰ってほしいんだけど」


「あら? ここで一思いに始末してくれるのではないの?」


「やだよ。このままだと人間に囲まれるじゃん。言っておくけど、こんな大規模な火災を起こした後だから、君を護る力はそれ以上残ってないよ」


「ちぇっ、残念。あーあ、じゃあもう帰ろっかぁ〜」


 そう言って唇を尖らせると立ち上がり、壁に立て付けられている大きな姿見の方に歩いていく。

 近衛騎士二人がかりでその姿見を外すと、後ろは階段になっていたらしい。あそこから外に出られるのだろうか。


「待てっ!」


「ロム、追わないでよ。この二人がどうなってもいいの?」


 そう静かに言うとチリッと首に痛みが走る。動かせないので見えないが、どうやら刃が少しだけ肌に食い込んでしまったらしい。


「フィア⁉︎」


「っ! クソっ!」


 護りきれず傷つけられてしまった事に絶望しているオーリムを安心させるように微笑む。見えないが、血が(にじ)んでハイネックの部分を汚してしまっているのかもしれない。

 傷はそれほど痛まないが、このドレスは王鳥とオーリムが考え、三人でお揃いであり、この後これを着て夜デートをする予定だったのにと、悔しい思いでいっぱいだ。


「傷付けるならセイド嬢ではなく私にしたまえ」


「だって王子よりお姫さまを傷つける方がリムには効くって知ってるし。それにぼく達にとって君はおまけでしかないからね。じゃ、そろそろ行こっか」


 それが合図だったようで、三人の身体がふわりと宙に浮く。王鳥の背に乗る時と同じような小さな浮遊感は、このミクスが大鳥に関わる力を持っている証だろう。


「フィっ――⁉︎」


 当然オーリムがそんな事を許すはずがなく、追いかけてこようとしたが、ふっと手に持つ剣が消えた。


 突然の事で驚いているうちに左手にナイフが出現し、そして――


「ぐっ⁉︎」


「ばっ⁉︎ 何やってんだっ!」


 オーリムはそのナイフで右腕を突き刺した。それを見てプロムスは慌ててオーリムの左手を捻り上げ、やめさせる。だが再度突き刺そうとしているのか、二人の力は拮抗(きっこう)しているようだ。


 オーリムの右腕から(にじ)む赤色に、目の前が真っ暗になった。


「王っ! 何の真似だっ⁉︎」


「やめろ、王鳥っ! っクソ、どうすればっ⁉︎」


 ソフィアリア達を助けなければならないのにオーリムの腕も離す事が出来ず、プロムスも困っているらしい。それを見てラトゥスとプロディージもオーリムを止めようと加勢するが、ただの人間である二人では代行人の力を止められない。唯一それに対抗出来るのが、鳥騎族(とりきぞく)であるプロムスだけなのだ。


「……何、王鳥が何の真似?」


 ミクスも思いもよらぬ加勢を怪訝(けげん)に思っているらしい。だが好機は好機なので、ニヤリと笑って乗る事にしたようだ。


「まあいいや。じゃーね、みんな」


 そう言って何処かへ連れていかれるのを、なす術なく従う事しか出来ない。いや――


「王様、わたくし、きちんと行ってきますから! だからラズくんをこれ以上傷付けるのはやめてくださいませっ!」


「フィアっ⁉︎」


「大丈夫よ、ラズくん。わたくしは王様を信じておりますから、だからラズくんも王様を信じてあげてね?」


 それだけは、伝えておきたかった。


 きっと王鳥はソフィアリアをミクスに(さら)わせて、何かをしてほしいのだろう。それが何かわからないが、それを王鳥が望むなら叶えるまでだ。


 だからオーリムを傷付ける必要はないと願いを込めて力強く微笑むと、オーリムの力が抜けたようだ。残念ながら、オーリムもプロムスも、他のみんなだって動けなくなっているようだが。


「フィアっ!」


「ラズくんも待ってるわ」


「っ、ああ必ずっ! すぐ迎えに行くからっ‼︎」


 そういって悲痛な表情をするオーリムに嬉しそうに笑って見せたのを最後に、ソフィアリアは意識を手放した。ミクスが何かやったのだろう。






 真っ暗闇のなかでソフィアリアは考えていた。


 死んだはずなのに二年経った今になって目の前に姿を現した様子のおかしいミクス、彼は鳥騎族(とりきぞく)の力を持っていた。


 いや、あれは本当に鳥騎族(とりきぞく)の力なのだろうか? ソフィアリアは力の全てを知っている訳ではないが、オーリムだって人を引きつけたり浮かせたりする力なんか行使していた事はない。それが出来るなら王鳥の背に乗る時、王鳥に背に乗せてくれるよう頼んだりしないのではないだろうか?


 それに現妃はミクスをフラーテと呼んで、暗殺者だと言っていた。

 嘘の情報かもしれないが、フラーテを侯爵位の大鳥と契約したから(よみが)ったと言っていたのだから、鳥騎族(とりきぞく)隊長だったフラーテで間違いないのだろう。その彼が八年前まで生きていて暗殺者をしていた?


 現状わからない事だらけだが、オーリムが語らなかったここ数日の調べ物の中にその答えがあったのだろう。詳しく聞かなかった事が今になって悔やまれる。


 けれど真相は何であれ、王鳥はソフィアリアに何かを期待して託したのだ。それを暴き出して、望みを叶えてあげたいと願った。



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