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【第三部番外編連載中】王鳥と代行人の初代お妃さま  作者: 梅B助
第二部 夜空の天人鳥の遊離
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衝撃の再会 3



 やって来たその人を見て、メルローゼが呆然とする。


 ラクトルは部屋に居たメルローゼを見ると、ふわりと優しく微笑んだ。


 彼は王妃殿下の前まで来ると(ひざまず)き、その指先に口付ける。王妃殿下はほうっと法悦の表情を浮かべ、その事に気をよくしたようだ。この人は美男美女を侍らすのがよほどお好きらしい。


「うふふ、待っていたわ、ラッくん!」


 ラクトルも愛称呼びを許しているのかと思ったが、呼ばれたラクトルは一瞬嫌そうな表情を見せたから、どうも無断でそう呼ばれているようだ。派閥は現妃派であったはずだが、その実よく思ってはいないのだろうか?


「我らが天上の女神マーレ・ビドゥア・マクローラ王妃殿下にご挨拶申し上げます。本日はようこそお越しくださいました。ペディ商会が代表ラクトルが、お話させていただきます」


「あら? ラッくんってばいつの間に商会を継いだの?」


「正式発表はもう少し先になりますが、引き継ぎは完了し、実質的には私が商会長をやらせていただいております」


「そう。ふふっ、ならワタクシ達、これからは長い付き合いになりそうね?」


 そう言ってラクトルに微笑みかける現妃に、何か言いようのない粘つく感情が乗せられている気がして、背筋が凍った。まさか王妃とあろう者が()()()()()だとはさすがに思いたくなくて、すっと視線を逸らす。


 なんとなくメルローゼに視線を向けると、メルローゼはラクトルを強い目で見つめていた。激励、心配……そして信頼。そんな表情をしている。


 ラクトルはその視線を感じたのか、王妃殿下から視線を逸らし、メルローゼと見つめ合うと、お互い笑い合って同時に頷いて見せた。

 その無言の相互伝達の意図が読めなくて不思議だったが、それほど深い仲だったのかと衝撃を受けて、ふいっとそちらからも目を逸らしてしまう。プロディージを(うかが)い見る勇気はない。

 けれど、先程のやりとりを気付いていない訳がない事だけは確かだった。


 親しげに目配せし合っていたのを不審に思ったのか、現妃は(いぶか)しげに二人を見る。


「……何をコソコソしているのかしら?」


「王妃殿下、お話がございます。――我がペディ商会が正式に私、ラクトルのものとなったあかつきには、王妃殿下との取引から一切手を引き、王太子殿下派へと派閥変更を行います」


 そう言ってラクトルは現妃からすっと距離を取ってフィーギス殿下の方に近付くと、左胸に手を添えながら(ひざまず)いて(こうべ)を垂れる。


 予想外の展開に、全員で呆気に取られる羽目になった。


 いや、メルローゼだけは事前に知っていたのだろう。ふわりと安心したように笑い、ほっと一息吐いているようだ。


「……顔を上げ、楽にしたまえ。イン・ペディメント卿、それは本気なのかい?」


 フィーギス殿下は警戒の為に少しオーリムの側に寄り、オーリムもラクトルにより注意を向ける。固い表情のままそう尋ねれば、顔を上げたラクトルは真剣な目をしていて、大きく頷いた。


「ええ、本気です。今の情勢下でフィーギス殿下を支持しないなど、私にとってはあり得ません。以前の私には何の力もありませんでしたが、ペディ商会長襲名を機に、また代行人様と王鳥妃(おうとりひ)様、そして()()()殿()()が訪問されたこれを好機と受け止め、この場で派閥の変更を宣言させていただきます」


 さり気なくフィーギス殿下こそが次代の王――王太子殿下だと強く主張し、フィーギス殿下の右手を取って、指先を自身の額に押し当てる。


 それは永遠の忠誠の証。嘘偽りは許されない神への誓い。この儀式をするという事は、もう裏切りは許されない。

 ましてや今は、神である王鳥の代行人であるオーリムの前なのだから。


「それはイン・ペディメント侯爵家もそうだと受け取っても?」


「いいえ、残念ながら父も兄も中立を保ちながら今しばらく様子を見るに留めるのだそうです。正式な派閥変更はペディ商会だけですが、ペディ商会がついている限り、イン・ペディメント侯爵家がフィーギス殿下と敵対する事のないよう、約束を取り付けました。後日誓約書をお送りさせていただきます」


 思わず感嘆の溜息を吐く。ソフィアリア達が来訪したというタイミングを利用し、本人同士を前に堂々とした派閥変更宣言でフィーギス殿下への忠誠心をこれでもかと見せつけ、更に手土産まで抜かりなく用意している。

 さすが国内一のペディ商会長を襲名する、優秀な人だと評されるだけの事はある。見事な手腕だ。こんなの、いくらなんでも(ずる)いではないか。


 フィーギス殿下は表情を引き締め、王族としての威厳をまとった顔をしながら、今一度ラクトルを見据える。


「ラクトル・イン・ペディメント。ペディ商会の名の下に、荒波に屈する事なく、私への絶対の忠誠を誓えるか?」


「ええ、この命を賭してでも、我らペディ商会はフィーギス・ビドゥア・マクローラ王太子殿下を次代の王と認め、生涯の主君と仰ぎ見る事をここに宣誓致します」


「よろしい。ならば私の側に侍ることを認め、その忠義に大いに期待しよう。……もうすぐマーヤが来るのだよ。さっそく後日、ドレスでも頼もうではないか」


 ふっと表情を和らげ、いつも通りの笑みを浮かべる。ラクトルも同じように笑みを浮かべ、頷いた。


「ええ、ぜひ。どうせなら代行人様と王鳥妃(おうとりひ)様のように、仲を見せつけられるようお揃いなんていかがでしょうか?」


「ははっ、さり気なく追加の営業か。本当に商売上手だ。だが、悪くないね」


 そう言ってお互い固く握手を交わす。これでもうラクトルはフィーギス殿下派に正式に鞍替えを済ませたと言ってもいいだろう。


 先の大舞踏会で、フィーギス殿下の大きな後ろ盾の一つだったリスス・アモール公爵家が、王鳥の寵を得たものの実質領地に謹慎処分となり、大した力のない子爵令息を婿に迎えた事で急速に力を落とし、フィーギス殿下派の力は現妃派と並ぶくらいまで落ちぶれていた。

 だがここで国内一の商会であるペディ商会がフィーギス殿下派につき、現妃派の大きな後ろ盾の一つだったイン・ペディメント侯爵家が離反し中立となった。それにより現妃派は、大きく力を削ぎ落とした事になる。


 かつてのように情勢はフィーギス殿下派に強く傾いているという程ではないが、それでもフィーギス殿下派に大きく傾いたと言っていいだろう。思いがけず、その瞬間に立ち会えてしまったらしい。


「代行人様、王鳥妃(おうとりひ)様」


 と、そんな事を考えているうちにラクトルに声を掛けられた。先程ラクトルが声を掛けたのはメルローゼだけだったし、話すのは初めてだなと思いながら笑みを浮かべ、首を傾げる。


「何かしら?」


「そういう事ですので、ペディ商会も大屋敷への行商に参加させていただいてもよろしいでしょうか?」


 キラリと目を輝かせ、そんな事を言う。


 ふと、この派閥変更の一番の理由はそれなのではないかと思い至った……勿論(もちろん)、情勢を読んだというのも嘘ではないと思うが。


「大屋敷訪問に政治や所属は無関係だ。大鳥に悪意を持たず、余計な企みを考えず、検問を突破出来るか否かが全てであり、ペクーニア商会のように特別扱いも出来ない。それでもよければ歓迎しよう」


「充分です。大屋敷に訪問出来る日を願い、従業員一同、大鳥様への崇拝の心を磨きましょう」


「……信仰も無関係だからな」


 少々呆れを滲ませながら釘を刺している。ラクトルはよほど大屋敷への行商を成し遂げたいらしい。気持ちは嬉しいが、プロディージの事を考えると少々複雑だ。まあそんな事、おくびにも出さないが。


 そういう個人的な心情を抜きにすると、大鳥が服飾品を欲しがるかどうかは未知数だが、国内一のアパレル商会が行商に来てくれる事は素直に嬉しかった。服飾品を求める人間は、特に女性は多くいるのだから。……さっそく後ろでモードが嬉しそうにソワソワしている気配を感じる。


「……ふざけないでよっ!」


 当然だが、それを不愉快と感じる人間が一人。


 目の前で贔屓にしていた商会が離反して敵に寝返り、気に入らない人間に媚びを売るのを目の当たりにした現妃は怒り心頭なようで、可愛らしさをかなぐり捨てて強くこちらを睨み付ける。忌々しいと言わんばかりの表情を、もう隠しもしない。


「ラッくん! ワタクシは小さな頃からあなたを知っているわ。それを何? 不義理だって思わないのっ⁉︎」


「私は王妃殿下に育てられた覚えなどありません。以前は家の意向で粗相のないようにおもてなしをさせていただいておりましたが、それだけです。……商売ですから」


「もうっ! それに誰のおかげでその娘と婚約出来ると思っているのよっ!」


 そう言って扇子でメルローゼを指す。急に振られたメルローゼはビクリと肩を震わせ、そんなメルローゼを現妃の視線から護るようにプロディージが背で庇った――のを、ラクトルが庇った。


「私が離反を決意したきっかけがそれですよ、王妃殿下。メルは私にとってかけがえのない大切な子であり、上から圧力を掛けて婚約を強制するような真似なんてしたくなかった。王妃殿下の命に従わざるを得ないところを王鳥様が護ってくださり、感謝すらしたくらいです」


「まあ、なんて甘々ちゃんなのかしらっ! 本当に欲しいのなら手段なんて選んでいてはダメじゃないの! そうやって中途半端だったから、吹けば簡単に飛ぶような家の下賤な男に穢されて、今回だって鳥なんかに横取りなんてされるんじゃない!」


「王妃殿下の意のままに利用されるくらいなら、その方がずっといいでしょう。それに、私はこの国を守護してくださっている大鳥様を(あざけ)る人間なんかに(かしず)く程、愚かに成り下がる気はございません」


 きっぱりと言い切ったラクトルを見ながら、王妃殿下はスッと目の光を消す。その表情に言いようのない不安を感じ取って、ゾクリと身を震わせた。


 何がそんなに怖かったのかソフィアリアにもわからない。ただこの現妃は先程ソフィアリアが下した判断通りの、可愛こぶるだけで考えが足らない人間というだけではないような気がした。何かを見落としている、そんな予感に胸をざわつかせる。


「……ワタクシ、自分の思い通りにならない子って嫌いなのよね。ねえ、ラッくん。本当に考え直さない?」


「何度聞かれても同じ事です。私はもう王妃殿下とは一切、関わりを持つ気はありません」


「そっか〜。あーあ、残念。ペディのドレスも宝石も結構気に入っていたのに。じゃあもう、仕方ないか」


 そう言ってくすくすとおかしそうに笑う。どこか不気味なそれを、(いぶか)しげに見ていた時だった。


 ――突然ドンと大きくけたたましい音が鳴り響き、鼓膜を強く揺さぶる。それに呼応して、まるで地面から叩き上げられたかのように大きく建物が揺れ、立っていられず咄嗟(とっさ)にしゃがみ込んだ。


「きゃああああっ⁉︎」


「うわあああっ‼︎」


 部屋の外、人の集まるホールの方からはたくさんの悲鳴が聞こえ、大騒ぎになっているようだ。事態を把握する前に二度、三度と更に爆発音が鳴り響き、人々からまともな思考を奪い取っていく。


「っ! 何がっ⁉︎」


「きゃああああっ‼︎」


「動くなっ! 防壁を張ったから部屋から出ない限りは安全だ。――王妃っ! 貴様、一体何をやったっ‼︎」


 辛うじて平常心を保っていたソフィアリアは手に強く握り締め、突然の事で恐怖に支配され、外に駆け出しそうになっている女性陣の元へ駆け寄って落ち着くよう慰める。


 オーリムがそれを背に庇うように立って魔法の剣を出現させると、眉を吊り上げて明らかに元凶であろう現妃へとそれを突きつけた。その間にプロムスも護られる為に自然と一箇所に集まっていた男性陣を背に庇い、同じく魔法の剣を構え、現妃と対峙する。


 現妃はこんな騒動が起こっても優雅にワイングラスを傾け、くすくすと楽しそうに笑っているだけだった。その前方やサイドには近衛騎士、背後には侍女や侍従が現妃を護るように並び、オーリム達と睨み合う。


 部屋の中は一瞬にして、はっきりと二分に分かれていた。


 爆発音は鳴り止んだものの、バキバキと破壊音がここまで響いてきており、人々の悲鳴と火が、という怒号が聞こえるので、この建物を焼き尽くさんと火事になっているのかもしれない。防壁のおかげか煙も熱も感じないが、言われてみれば少し焦げ臭いような気がする。


「ラッくん。味方になってくれないなら、もうここはいらないわ。ワタクシをその女より格下の部屋に案内するし、全然可愛くないったらありゃしないっ!」


「それでっ、そんな事で、ここに火を放ったと言うのですかっ⁉︎」


 ラクトルがそう激昂(げきこう)するのも当然だ。だが現妃はくすくす可愛らしく笑うだけで、何も響いていないらしい。


「やだっ、大声なんて下品〜。ここにいるワタクシがどうやって火を放ったというの? ほんと、顔はいいのに育成失敗しちゃったみたいでガッカリよ」


 ぷりぷりと場違いに膨れているが、実行犯は違っても指示を出したのはあきらかに現妃だろう。この人は何をしたか理解しているのだろうか。


 犯罪の中でも放火は特に重罪だ。一度放った火は制御出来ずに建物や人を無遠慮に包み、どんどんと燃え広がって被害を拡大させる。なので罰を下す時、相応に重くなるのだ。


 それを国母である王妃とあろうものがやったというのだろうか。寝返ったのは予想外だったようだが、案内された部屋が気に入らないからという、そんなくだらない理由だけで。


 その事に恐怖か怒りかわからない激しい感情に飲まれそうになるのを必死に耐えた。信じられないように、現妃を見る事しか出来ない。


「……王妃殿下、さすがにこれは同じ王族として看過出来ません。私は必ずあなたを重要参考人として連行し――」


「あら、フィーくんも怖い顔〜。でも、ふふっ。証拠は?」


 途端、黙り込む。証拠なんて今すぐ提示出来る訳がない。けれどそう言ったのなら、探したところで出てくる事はないのだろう。探りを入れても下っ端に罪を擦り付けて処分されるのがオチで、それが悔しかった。


 部屋は静まり返り、一触即発の雰囲気だけがお互いに流れる。部屋の外は相変わらず騒ぎがおさまっていないようで、ペクーニア家の者は、みんなは無事逃げられただろうかと心配になった頃だった。


「ラクトルさまぁ〜!」


 場違いな子供の声がして、誰かがこの場に入ってくる。ピシッとノリの効いた制服を身につけているが、まだ十歳くらいの男の子のようだ。イン・ペディメント侯爵家で雇っている従者か何かだろうか?


 だがソフィアリアは……ソフィアリアとメルローゼは、その男の子を見て顔を強張らせた。


「ミクス、無事かい?」


「ぼ、ぼくは平気です! それよりあのっ、お客さま達が……!」


「わかった。……代行人様、私はこの場からお(いとま)させていただいてもよろしいでしょうか? この大ホールの責任者として、お客様の安全を護らねばなりません(ゆえ)


「……部屋から出ては(けい)を護る事は出来ない」


「構いません。私の身よりお客様の安全の方が大切です。では、御前を失礼いたします」


 それだけ言うと、ラクトルは駆け出して行ってしまう。そんな背中を、見送る事しか出来なかった。


 オーリムは取り残されてオロオロしている従者をチラリと見て、目を見開く。


「あんたは……」


「はっ、はいっ! ……あっ、い、いえっ、はじめましてっ、ですよね……?」


 そう言ってチラチラと物言いたげにオーリムとプロムスの二人を見ながら、忙しなく視線を彷徨(さまよ)わせている。どうやら言葉とは裏腹に、どこかで会った事があるらしい。


「ミクス、危ねーからこっち隠れてろ」


「は、はいぃっ……!」


 プロムスにそう言われ、入り口付近で立ち尽くしていたミクスは部屋の中、こちらに向かってくる。それを信じられないかのような眼差しで見る事しか出来なかった。


「……んで……」


 だがこの混乱した気持ちを打ち破った――いや、より恐怖を感じたのは、ソフィアリアよりメルローゼが先だったらしい。

 メルローゼは震える身体をギュッと抱き締めて、声を震わせながら恐怖に駆られた目で子供を見て、叫んだ。


「なんでミクスがこんな所に、まだその姿で居るのよっ! だってあなた、二年前にセイドで亡くなったはずじゃないっ⁉︎」


 その悲痛な叫び声をぶつけられた男の子は――ミクスは、オドオドした表情をすっと一転させ、口元をニンマリと三日月型にして、どこか底知れない笑みを浮かべた。



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