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【第三部番外編連載中】王鳥と代行人の初代お妃さま  作者: 梅B助
第二部 夜空の天人鳥の遊離
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終わりの夜会 2



 夜会があろうと通常業務もあるオーリムは仕事を終え、身支度を整えてから、今のうちに軽く腹に何か入れておこうと食堂へ向かっていた。


 夜会があると女性は朝から夕方までみっちり磨き上げるらしいので大変だなと思う。特に今日はソフィアリアとメルローゼの二人分のドレスアップが必要になる為、朝から大屋敷中の侍女やメイド達が忙しそうにしているのを何度か目撃した。


 プロムスと話しながら歩いていると、中庭の方からつなぎを着た義父が歩いてくるからつい二度見をしてしまう。何やらセイドベリーの為に畑をいじっているらしいというのは聞いていたが、てっきり指示を飛ばしているだけだと思っていたら、自分で動いていたらしい。


「あっ、オーリムくん。随分と立派な格好をしているね。とてもカッコよくて、よく似合っているよ」


 眉を八の字に下げて、人の良さそうな笑みを浮かべながらそんな事を言う。初日に昼食を食べた時に少し話し、打ち解けたので普通に話せるようになったのだ。その事が家族と認められたようで、とても嬉しかった。


「ありがとう。義父(とう)さんは畑に行っていたのか?」


「……義父(とう)さん」


「あっ、すまない。その、馴れ馴れしかっただろうか……?」


 ソフィアリアの母には義母さんと呼ぶ事を認められた為ついそう呼んだが、そう言えば義父とは何も話していない。軽率だっただろうかと冷や汗をかいた。


 だが義父は慌てたように、ぶんぶんと勢いよく首を横に振る。


「ち、違うよっ! ムーさ……奥さんに話は聞いていて、僕の事もそう呼んでくれるんだなって嬉しかったんだ! それになんか、今更だけどソフィもお嫁に行ってしまうんだなって実感が湧いたというか」


 頰を掻きながら照れたようにそう言う義父の照れが伝染する。少し赤くなりながら、オーリムもコクコクと頷いた。


「そ、そうか。なら今後も遠慮なく呼ばせてもらう。……その、義父(とう)さん」


 顔の赤みは隠せなかったが、姿勢と表情を正し、真剣な表情を心掛ける。

 今更だが、そう言えば結婚する際にはまず、相手の両親に挨拶をしなければいけないというのを思い出した。義母にはまた今度するとして、まず家長である義父にはきちんと挨拶すべきだろう。


 オーリムが真剣な表情をしたから義父は目を見張り、けれどちゃんと聞く為に、緊張しながらも向き合ってくれた。


「フィアを攫うようにここに呼び寄せてしまったが、俺も王ももう、フィアなしで生きる事は堪えられない程、深く愛している。必ず、誰よりも幸せにすると誓おう。だから、その、今更だが、義父さん達の大切な娘を私にください」


 そう言って直角に近い程深く腰を折る。定型文だが、結婚の了承を得る為の挨拶はこんな感じで大丈夫だろうか。


 しばらくそのまま時が過ぎ、何か間違えただろうかと不安になった頃、ポタポタと床に水が滴り落ちて来てギョッとし、顔を上げた。

 義父はその両目から大粒の涙を流していた。その事に動転して、オロオロとどうすればいいかわからなくなる。


「す、すまないっ。えっと……」


「うっ、ぼ、僕の方こそごめんね? その、ようやくソフィも幸せになれるんだなって思うと、嬉しくてっ」


 涙を流しながらふわりと笑う。とりあえず頷いて、話を聞く事にした。


「君がラズくんなら、ソフィの昔話は知っているかな?」


「あ、ああ」


「そっか。僕が父さんを止められなかったせいでソフィには辛い思いをさせてしまったし、ロディには手を汚させてしまった。そんな不甲斐なく、父親失格の僕に、君みたいな立派な人が頭を下げる必要はないんだよ? 僕から救うと思うくらいがちょうどいいんだ」


 涙を拭い、寂しそうに笑いながらそんな事を言い出だす。その表情や思考はソフィアリアによく似ているなと思った。


「僕の父さんはね、亡くなった母さんと似た女の子が欲しかったらしいんだ。けれど産まれた僕は父似の男で、母さんは僕を産んですぐ亡くなってしまった。その事がとてもショックだった父さんはね、おかしくなってしまったんだ。淡々と仕事をして、僕も跡取りだったから領主としての勉強をしなきゃいけなかったのに、父さんは僕が勉強するのを嫌がった」


 義父の昔話を聞いて、プロディージの祖父は祖母似の娘が欲しかったという仮説は正しかったんだなと思った。少しでも情報を得られないかと、オーリムは真剣に耳を傾ける。


「父さんはなんでかはわからないけれど、自分が領主の座に座る事に固執していてね。だから後任であろうと、僕を教育したくなかったみたいなんだ。それで困った事になるのは目に見えていたのにね」


 何も話していないから義父は知らないが、オーリムはラーテルが領主の座に固執する理由はわかっていた。弟だと思っていた兄を排除するだけでは飽き足らず、息子でさえそうだったのかと苦い思いが湧き起こる。


「僕もご覧の通り気が弱くて、父に隠れてこっそり村に降りて村人に紛れて勉強するしかなくて。まあ領主になるにはその程度じゃ全然足りないし、途中で村人に誘われて畑仕事の手伝いにハマってしまったりしたけれど」


「自主的にそう動けただけでも立派だと思う」


「ありがとう。そう言ってくれて嬉しいよ。……そのまま大人になって突然連れてきた奥さんと結婚するよう命令されたのは驚いたけど、僕にはもったいないくらい美しい奥さんで嬉しかったんだ。領主にはさせられないけど、息子として大事に思ってくれたのかなって自惚れたりして。……結局、そうじゃなかったんだけど」


 ははっと乾いた笑みを浮かべる。義父も唯一の肉親に顧みられなくて随分と苦労したようだ。プロディージのように捻くれはしなかったみたいだが、その分かなり自己肯定感が低く、内気になってしまったらしい。


「生まれたソフィを見た時の父さんの狂気に(おのの)いているうちに取り上げられてしまってね。僕なりに取り戻そうと必死に頑張ったけど全然ダメで。奥さんも憔悴(しょうすい)していたのに、慰める事しか出来なかった情けない男なんだ」


 そう言って当時の気持ちを思い出してしまったのか、項垂(うなだ)れて落ち込んでしまう。責める気持ちはないが、オーリムもなんと言っていいかわからなかった。


 そうオロオロしている間にも、義父は続きを語る。


「そしてある日気が付いたんだ。生まれたソフィは奥さん似の顔と髪色、僕と同じ瞳を持っていて、それが亡くなった母さんの姿絵に似てるなって。だから父さんは念願の娘を手に入れたんだって。……そこまでわかってて、でも僕は何も出来なかったんだ」


 そう言ってまたボロボロ泣き出す。泣いている親の年代の人の慰め方がわからないので、とりあえず昔プロムスがしてくれたように側に居て、話を聞いていた。

 そうする事で、昨日憶測でしかわからなかったラーテルの事も見えてくるし、ちょうどよかった。


「あとはソフィが話した通り。結局ソフィは父さんが亡くなるまで助けてあげられなかった。ロディはいつの間にか領主としての勉強を始めていて、勉強を始めたソフィもすぐに僕なんかより賢くなって、領主は僕なのに、小さなソフィとロディに任せっきりになったんだよ」


「二人はそれを苦にしていないから気にする必要はないと思う。それにフィアはそうする事で、ある種の救いにもなっていた」


「そうだね……ソフィは父さんのやった事を自分のせいだって罪悪感を感じる羽目になって、どこかで幸せになっちゃいけないって思い込むようになってしまっていた。そうやって自ら動き回る事が罪滅ぼしになっていたけど、本来、そんな考えなんか持つ必要はなかったのにね」


 それはオーリムだってそう思うが、ソフィアリアの性格上絶対に無理だとも思う。そんなところが愛しくて、少し歯痒さも感じるところだ。


「だからここに来て幸せそうに暮らしてる姿を見て、何よりもオーリムくんがソフィを愛して幸せにするって言ってくれた言葉が本当に嬉しかったんだよ? それは僕がしてあげられない事だったから」


「義父さんはフィアが好きか?」


 最後だけは聞き捨てならなくて、つい被せ気味にそう尋ねた。義父はきょとんとした顔で首肯する。


「え? う、うん、勿論(もちろん)だよ」


「フィアは義父さんの事を俺に紹介する時に、優しいと言って心から慕っていた。あれは愛情を感じなかった人に向ける表情じゃないと思う。フィアがお父様と呼び慕う気持ちまで否定しないでやってほしい」


 それだけは看過出来なかった。義父は自信がないみたいだが、少なくともソフィアリアは父に愛されていたと思っていて、セイドでも幸せに暮らしていた。幸せになる事を諦めていたのは本当だが、だからと言ってずっと不幸に浸っていた訳でもないはずだ。


 真剣な表情でそれを訴えると義父は目を見開き、オーリムの言葉を咀嚼(そしゃく)するとふにゃりとだらしなく笑った。


「オーリムくんにそこまで想ってもらえるソフィは幸せ者だね」


「そ、そうだろうか?」


「うん。君は本当にソフィをよく見ているみたいだから。でも、そっか。あの子がそう思ってくれているなら、僕が否定しちゃいけないよね。ありがとう、オーリムくん。娘の事、よろしく頼むね」


 そう嬉しそうに笑った表情がソフィアリアと重なって、思わず表情を綻ばせる。全体的に母似だが、笑い方や表情の作り方は父似なんだなと思った。

 差し出された右手を握って強く握手を交わすと、オーリムは大きく頷く。


「ああ、必ず誓いは守る」


「ふふっ、心強いなぁ。……ところでずっと気になっていたんだけどね」


 義父は手を離すと、オーリムの後ろで姿勢良く控えていたプロムスに視線を向ける。プロムスは一瞬目を見開き、けれど優雅に微笑むと小さく首を傾げていた。


「私めにございますか?」


「あっ、うん。僕相手にそう(かしこ)まる必要はない……って言っても難しいよね? えっと、僕は君の知る誰かに似ていたりするのかな? なんだかずっと懐かしそうに見られていたけど、君とはここに来てからの初対面だし」


 ソワソワと落ち着きなさげに言った言葉に二人して驚いた。まさかその事に気付くとは思わなかったのだ。その察しの良さは、さすがソフィアリアの父なだけある。


 ふと、昨日義母は話を聞いてもオーリムのハンカチを取り上げようとしたり、意外と察しは良くないのではないかと思った。ソフィアリアも母はのほほんとしていると言っていたし、人の機微に関しては意外と義父の方が鋭いのかもしれない。


 プロムスはすぐ持ち直して、ふっと寂しそうに微笑んだ。


不躾(ぶしつけ)に申し訳ございません。セイド男爵様がもう会えなくなってしまった友人にあまりにも似ておりましたので、少々重ねて見ておりました」


「あっ、うん、そっか。僕はとても綺麗な顔をしている奥さんや子供達とは違って十人並みだし、どこにでも居そうな顔って言われた事があるから、そのせいかな? 辛い事を思い出させてごめんよ」


 そう言って申し訳なさそうに微笑む。父親同士が双子だから息子同士も似ているのか、その顔や表情、ついでに優しいけど気が弱いところまで、どこかドロールを彷彿(ほうふつ)とさせるなとオーリムも思った。



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