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【第三部番外編連載中】王鳥と代行人の初代お妃さま  作者: 梅B助
第二部 夜空の天人鳥の遊離
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過去の『せいさん』 7



 その日の打ち合わせは随分と遅い時間までかかり、愛妻(アミー)が食事の用意をして待っているらしいプロムスを除いた執務室にいたメンバー全員で晩餐を摂る事になった。


 高位貴族以上の人間に囲まれたプロディージが少し居心地悪そうにしていたが、オーリムが口を開くと言い争いに発展したので、途中で気にするのをやめたらしい。その方法はどうかと思ったが、まあ緊張が解れたのならよかったと寛大な心で受け止める事にした。


 フィーギスとラトゥスに友達が出来てよかったなと言わんばかりの微笑ましそうな目で見られていた事は、無性に恥ずかしかったが。


 解散してから早朝以来会えておらず、また明日は夜会の準備の為に夕方まで会えないソフィアリアの顔を見に行きたかったが、明後日にはセイド一家は帰ってしまうので家族水入らずで過ごしている所を乱入するのも(はばか)られ、それに通常業務がまだ残っていたので、オーリムは一人寂しく執務室で仕事を片付ける事にした。


 こうなる前はたった三日の辛抱だと気楽に考えていたのだが、食事の時間と夜デートの出来ないこの三日間で随分と堪えているらしい。会って話したい、あわよくば触れ合いたいという(よこしま)な欲求が心を占めていた。

 今の気分的に、いつもなら照れて出来ない事だってやってしまえるような気がする。


『ふむ。ならやはり戦場に送り込むか?』


「何がなら、だ。絶対やめろ」


 くつくつと悪戯っぽく笑い、とんでもない事を言い出す王鳥をなんとか(かわ)す。ずっとやりたがっているキスの一つもオーリムがやらないせいで、王鳥もセイドでのデート以来お預けをくらっているのだ。それに耐えかねているらしい。


 まあ、そのお預けもこの調子だと近々解消出来るような気がしているが。


 そんな事を考えていたので、つい指先で触れた至高の柔らかさを思い出して、一人でボンっと赤くなってしまう。色々支障をきたす恐れがあったので、首を振って考えを打ち消した。


 一人で慌てる様子を、王鳥は愉快と言わんばかりに笑っている。今は側には居ないが、居たら睨みつけてやったのに。


 とりあえず思考を逸らす為に、先程のフィーギス達との話し合いの最中に聞かなかった事を聞いてみる事にした。別に放置していてもいい疑問だったが、少し気になっていたのだ。


「なあ、王。なんでフィアを王鳥妃(おうとりひ)にするのも受け入れて、セイドの家の人間をこの大屋敷に招き入れた?」


『なんだ、不満でもあるのか?』


「ないどころかむしろ大半は感謝してるくらいだが。そのくらいわかるだろ? そうじゃなくて、話を聞いている限りセイドの人間は貴族の中でも特に真っ黒で、通常あそこまで罪を重ねていれば、大鳥達は絶対ここに入る事を認めない。多分大屋敷より検問の緩い他国からの入国すら拒んでいるはずだ」


 それが疑問なのだ。言っては悪いが、セイドの人間は罪を重ね過ぎていて、とても大鳥の検問を突破出来るとは思えない。あれだけの事をしでかしているのにもかかわらず、全員が許されているのはさすがにおかしいと思っていた。


 例えばだが、この大屋敷で働く使用人の中にも祖父母が犯罪に加担したせいで追い出された人間は今まで数多く居たはずだ。ソフィアリアの父やドロールのように、父親が犯罪者だともっと居ただろう。

 それにオーリムだって悪事に加担した人間とその身内からゾワゾワ感じる嫌な気配をソフィアリアの家族からもドロールからも、もちろんソフィアリアからだって感じた事はない。よく考えればそれも不自然だ。


『ふむ。それで?』


「セイドの人間はここに入れただけではなく、フラーテとロー、あとクラーラ嬢までもが鳥騎族(とりきぞく)になって、それも侯爵位の大鳥に選ばれてる。返事をしていないらしいがロディも声を掛けられているらしい。それになんと言ってもフィアなんて王鳥妃(おうとりひ)だ。いくらなんでもセイドの人間は大鳥から見て特別過ぎないか?」


 それが不思議だったのだ。


 ソフィアリアだけだったら特になんの違和感もなかった。代行人であるオーリムの唯一無二で、王鳥と想いが同調し特別扱いをされているからと流す事が出来た。

 ところがセイドの家系だけでこれだけの事が続けば、いくらなんでもおかしいと気付く。過去を掘り下げた今なら尚更、違和感しか感じない。


 そう疑問をぶつけると王鳥は少し考え、やがて口を開いた。


『そうだな。なら、仕方ないから教えてやってもよい。この情報をどうするかは次代の王と相談して決めよ。……ラズはセイドの地が大鳥と相性がいいと言ったのを覚えておるか?』


「ああ。大鳥がセイドベリーを好んでいるのも、その理由の一つなんだろ?」


『そうだ。数百……千年近く前だっただろうか。一度だけ王鳥が大屋敷の外、それもセイドの地で亡くなっておるのだ』


 思わず目を見開く。王鳥と代行人はこの大屋敷で終焉(しゅうえん)を迎えると決まっていたからだ。


 というのも王鳥はある程度自らの終わりを察知出来るらしく、死期が近付くとこの大屋敷から出ない。ここ数代は王族との交流を拒んでいたからなくなった行事だが、千年近く前なら代替わりの時期を王鳥が王族に伝え、看取られていたと聞いている。

 王鳥が亡くなれば、寿命を共にする代行人も共に亡くなる。というより、代行人が寿命を迎えるから王鳥も亡くなると言った方が正しいのだが。


 ふと千年近く前と聞き、引っ掛かる事があった。


「そのくらいの時期に一度、王鳥を看取る瞬間に立ち会えず、代替わりに一週間くらい間があって大きな騒ぎになったと読んだ事がある。その時期か?」


左様(さよう)。よく覚えておったな? 王鳥は亡くなる時に、己の中にある莫大な気を放出するのだ。その気は本来すぐに集まって次の王鳥を選び、つつがなく継承される』


 それは知っていたのでコクリと頷く。王鳥は王鳥として生まれる訳ではなく、大鳥の中にそうやって収束した王鳥の気が混ざって王鳥となる。選ぶ基準は気の相性だと学んだ。


『ところがその一度だけ、王鳥は急な任務で大屋敷を離れなければならなくなり、急いたものの間に合わず、今のセイドの地でその命を散らした。その際王鳥の気は一度セイドの地に広がって収束し、ゆっくりと大屋敷に戻された。大鳥達もその異変に気付いておったが、どうにも出来ぬからな』


「間が空いたのはそのせいか?」


『それと、収束しきらなかった気を大屋敷で蓄える為だな。ここは歴代の王鳥や多くの大鳥が亡くなった地であるから気が凝縮されておって、力を蓄えるのにもってこいなのだ。そして本来の王鳥としての力を取り戻してから次代の王鳥を選んだから間が空いた。……ここまで説明してやればラズでもわかるだろう?』


 色々と新しい情報だなと思いながら、脳内で整理しつつ首を縦に振る。


「その収束しきらなかった王鳥の気がまだ留まっているから、大鳥にとってセイドの地はこの大屋敷の簡易版みたいに感じて、セイドの人間に何か影響を与えているのか?」


『うむ。まあ正解でよいだろう。これは全く予期せぬ出来事であったが、どうも収束しきらなかった気は当時の領主と結び付き、血と一緒に今まで受け継いでおったらしいな。セイドから並外れた優秀な人間が生まれやすいのは王鳥の気が絡んでおるせいで、王鳥の気が絡んでおるから大鳥はセイドの家の人間を受け入れやすい。まああの地はここから遠く離れた辺境であるし、今まで大鳥と関わったセイドの人間は、フラーテが初だったがな』


 そういう事かと納得がいった。反面、セイドの人間が大鳥に害意を抱けば大変な事になるのではないかという危機感を抱く。


『心配せずとも大鳥に害意を抱いた瞬間その縁は切る。大鳥はそんなに馬鹿ではないわ』


「なら、いい。フィーもだが、ロディにもこの話は通しておいてもいいか?」


 情報過多なので一度ティーカップに手を伸ばす。自分で淹れたので大味なこれを飲み、夜デートで飲むソフィアリアの美味しい紅茶が恋しくなる。明日の夜がますます待ち遠しくなった。


『次代の王と決めるが良い。……ああ、そうだ。おそらく妃と其方(そなた)の血族も大鳥に好かれやすくなるぞ。なんたって代行人と王鳥妃(おうとりひ)の子孫だからのぅ。セイドの地で血を繋ぐロディの血族も引き続きそうなるが、あちらはあと数千年もすれば落ち着くだろうて』


「ぐふっ」


 思わず口の中のものを噴出しかける。辛うじて口の中に留めたそれを飲み干して、けれど変なところに入って()せてしまった。


「いいっ、いきなり何を言い出すんだっ⁉︎」


『なにが? 春には結婚するのだし、遅かれ早かれ子が出来るであろう? 何をそんなに狼狽(うろた)えておる?』


「まっ、まだ子供の話とか早いからっ!」


『数日前にクーを自分達の子と見立てて妄想に(ふけ)っておいて何を言うか』


 呆れたようにそう言われるが、それどころではない。きっと今は耳まで真っ赤だと思う。いきなり何をしてくれるのだ。


『まあ良いわ。セイドの人間がここに来られるのはそういう訳ぞ。フラーテのように自ら大罪に手を染めた人間は難しいが、そうでもない限りはお目溢(めこぼ)しがもらえるからここにも入れるし、好かれる』


「……わかった。伝えとく」


 頷いたものの、またフィーギスの負担が増えるかもしれないのを申し訳なく思った。いい加減何か恩返しを考えるべきだろう。


 ついでに自分達の子孫も大鳥に好かれやすくなるとソフィアリアにも伝えないとなとは思うものの、しばらくは言えそうもなかった。まだ結婚もしないうちから子供の話は、さすがに平常心で話せる気がしない。


『……そういう所は成長せんな』


 その呆れ声にはうるさいと心の中で返し、ふとソフィアリアの事を考えていたら今朝の事を思い出した。


 まだ仕事は終わりそうもないので、手を動かしながら聞いてみる事にする。


「なあ、王。フィアが王と距離を感じて寂しがっている。本当に距離を取ったりしていないか?」


『何故余が妃と距離を取らねばならぬ? 馬鹿も大概にするがよい』


 ピシャリと言い切られてしまいムッとする。確かに距離を取る理由はないが、ソフィアリアが言うのだから何かあるのだろう。

 その何かがさっぱりわからないが、何とかすると約束したのだからここで引く訳にはいかない。


「俺を馬鹿と言いたいなら別にいい。ムカつくけど事実だ。けれど寂しがっているフィアを馬鹿呼ばわりだけは王でも許さない……本当に何もないのか?」


『くどい。そこまで言うなら根拠を示せ。余は余の気持ちを決めつけられるのは好かぬぞ』


「周りに誤解ばっか与える奴が憶測すら許さない気なのかよ……」


 今度はオーリムが呆れたように溜息を吐く。と、ここでなんとなく違和感を抱いた。


 王鳥は時には苛烈で厳しいが、平時はオーリムよりもソフィアリアに対して甘く、その愛を隠しもしないし、隙あらば愛を(ささや)き、引き寄せていちゃつこうとする……正直、羨ましいくらいに。

 けれど今、王鳥は否定して突き放すだけで愛を語るような素振りを見せなかった。先程からずっとソフィアリアに関わる話しをしているはずなのに、愛を感じる言葉は一度も出なかったなと今更思った。


 その違和感を距離があると受け取るなら、オーリムだって実感してしまった。だからもう放っておく事なんて出来ない。


「王はフィアに飽きたのか?」


 応えは沈黙。ここで沈黙が返ってくるのがそもそも不自然で、おかしいと証明するには充分だろう。オーリムは渋面を作った。

 別に本気で王鳥はソフィアリアを飽きたなんて思っていない。だって今この瞬間、オーリムはこんなにもソフィアリアを渇望(かつぼう)している。それは同調する王鳥だって同じだと決まっているのだ。


 だから溜息を一つついて、言っておく事にした。


「王が何を企んでいるのかは知らないが、全部終わったらフィアを寂しがらせた事、ちゃんと謝れよ? ただでさえ側妃なんて言い出して不安にさせてるんだから、これ以上悲しませるのは許さない」


其方(そなた)が慰めてやればよい』


「ふざけんな。王が悲しませた事は王が解決してやらないと、フィアは立ち直らないだろ。おかげで今のフィアは王の事で頭がいっぱいになっていて、ちっとも俺との時間を純粋に楽しんでくれなくて迷惑してる。……少し前まで俺がはっきりしないからフィアは俺の事ばっかだったって感じで、仕返しでもしてるのか?」


 ついイライラしながらそう言ってしまったが、あの時のソフィアリアは今のように片方ばかりに目が向いていた訳ではなかったように思う。はっきりしないオーリムに寄り添ってくれながら、王鳥ともきちんと想いを交わし合っていたはずだ。


 オーリムもようやく両想いになったのにこの仕打ち、あまりにも理不尽だと(いきどお)りを隠せない。


其方(そなた)は妃を独占したいとは思わぬのか?』


「特別感を出しているロディや未来の旦那扱いされていたフィーにはムカついたからない訳ではないし、多分人一倍強い方だが、王を蔑ろにしようとは思わないって知ってるだろ? 俺と契約してそんな風にしたのは王なんだから。それに今独占してるのは俺じゃなくて、王の方だ」


『……そうか。まあ明日になれば全て決着が付くだろうて。それまで堪えるが良い』


 それっきり黙ってしまい、オーリムは眉根を寄せた。それがきちんと仲直りするという意味ではないように思えてならなかったからだ。


 




 ――この大屋敷中の誰もが寝静まった深夜、王鳥はいつもの中庭のベンチの側に立っていた。


 空気はキンと冷え切っていて、明日にでも雪が降りそうだ。

 でも、だからこそ、空気は綺麗に澄み渡っており、夜空がより綺麗に見えていた。


 明日――正式には今日の夜だが、夜会が終わればいつも通りの日常が戻ってくる。午前中いっぱいは気を馴染ませる為に身を寄せ合い、夜はデートと称して三人で過ごす、何よりも幸せだった時間。その日を待っている――はずだった。


 けれど、もうその愛しく(いびつ)な日常が戻ってくる事はないだろう。王鳥は夜会で、この歪みの清算を済ませるつもりだった。


 元々、ずっとこのままにするつもりなんてなかったのだ。二人がきちんと自立するまで待っていただけ――そう言い訳して、三人の時間を引き伸ばしていただけ。


 でも今度こそ、あるべき姿に戻してやらなければならない。これ以上長引かせる理由はなくて、おあつらえ向きにこの事件が起こった。きっとこれも運命だったのだろう。


 でも――


『明日なんぞ、永遠に来てくれるな』


 そう感傷に浸って見上げた先には、柔らかな光を夜空に灯すクリームイエローの月が見当たらなかった。



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