過去の『せいさん』 5
「俺達は王に指示されてアーヴィスティーラの拠点を潰していた。ところで王、今更だが、あれは本当に俺達が潰さなきゃならないようなものだったのか?」
オーリムはそう言って背後にいる王鳥を見上げる。鳥騎族達を率いて指示通りに動いていたが、正直腑に落ちなかった。
『何故そう思う?』
「あまり手ごたえがなかったし、今のアーヴィスティーラは暗殺者組織でも義賊でもない、ただのゴロツキの集まりとしか思えなかったからな。わざわざ鳥騎族を動かす必要があったのか疑問だし、王があの程度の奴らに構うのも珍しいと思った。情報が欲しいだけなら昨日一昨日の二ヶ所だけでもよかったんじゃないか?」
それがずっと疑問だったのだ。あの手の人間が寝静まる早朝や動き出す夜を選んで十ヶ所程度襲撃して回ったが、最後の二ヶ所以外を襲撃する必要性を感じなかった。あの程度なら鳥騎族を使わずとも、近くの村の自警団でも本気になれば潰せたと思う。
そう思っての発言だったのだが、王鳥に「プピィ」と馬鹿にされてしまった。
「ただの人間でも討伐出来るかどうかではなく、鳥騎族がアーヴィスティーラという名前の組織を潰すという行為自体が重要だったんじゃねーの?」
『ロムの言う通りぞ。そうやって圧をかけてやっただけの事』
「誰に圧をかける必要が?」
そう聞くも、沈黙を返されてしまった。答える気はないらしい。
「……アーヴィスティーラを再結成した黒幕がいるのか?」
「まあ、いるのだろうねぇ。トップが鳥騎族という事は秘匿したが、裏社会では暗殺者組織としてそれなりに有名だったから、その知名度にあやかるつもりだったのかな?」
そう言ってトントンと指で足を叩き、考え込んでいる。
「その黒幕探しをしようにも情報が足りませんね。……先にオーリムが得た情報を教えてよ」
プロディージにそう促され、小さく頷く。けれどプロディージにこの情報を渡しても大丈夫かと一瞬躊躇したが、これを今後どうするか決めるのはオーリムではないだろう。だから観念して、明け渡す事にした。
「ああ。今朝、八年前に王が隠した部屋を暴いてきた。どうやらそこはフラーテの自室の一つだったらしくてな。見つけたのがこれだ」
そう言って足元に積んでいた本や資料をドサっと机の上に……プロディージの前に置く。
プロディージは目を眇め、無造作に一番上の本を開いてギョッとしていた。
「はぁっ⁉︎ なんでうちの家系図や先代の資料が、そんな所で見つかるのさ!」
それは先程プロディージが祖父が処分したと言っていた歴代のセイドに関する本や資料だった。あの調書を見つけた後、部屋の本棚に置いてあったのを回収したのだ。
何故ここにセイドの本や資料が大量にあるんだと思ってパラパラ見た時にオーリムも見つけた。家系図の一番最後にあった名前がラーテルとフラーテだという事を。
フラーテという名前を見た時にまさかとは思ったが、やはりセイドの子息と元鳥騎族隊長は同一人物だったらしい。史上初の王鳥妃の伯祖父が、史上初の罪を犯した鳥騎族だなんて何の冗談だと言いたい。
しかも、だ。
「フラーテが実家から持ち出してきたんだろ。それもおそらく無断でな。ロディ、家系図の最後を見てみろ」
「最後?」
無断という言葉で首を傾げていたが、それを見れば色々納得すると思う。ラーテルという男は、特にフラーテがそれを目に入れる事すら良しとしない筈だと。
「…………は?」
案の定、真っ青になって固まっていた。その反応を見てフィーギスがその家系図を取り上げ、隣に座るラトゥスと後ろに立つプロムスも覗き込んでいた。
「……へぇ? セイドの人間は、国に虚偽の申告をするのがよほど好きなようだね?」
口角を上げて嫌味を言うフィーギスは、プロディージが祖父を病死と偽って申告した事でも思い出したのだろう。あとフラーテも実際は存命だったが、死亡届が出されている。
そして極めつけは、そこに書かれた新事実だ。
「祖父は……ラーテルは、双子の弟……?」
そう、その家系図には確かにフラーテが兄、ラーテルが弟と書かれていた。
ところがプロディージが夜会で集めてきた情報によるとラーテルが兄でフラーテが弟。フィーギスも虚偽と言ったという事は、国にもそう届け出ていたのだろう。
何故そんな事になっているのか不明だし、実際どちらが真実なのかは誰にもわからないが、もしそこに書かれた家系図通りだとすれば、かなりややこしい事態に陥る。
「家督は本人の健康状態や能力に問題ありと見做される、または自ら放棄しない限りは嫡男が継ぐものだよ。なのに弟のラーテルが継いでいる。兄の方が主席だから優秀なはずなんだけどね?」
そう、そういう決まりがあるのだ。
継承権問題なんてどんな家だろうが大体揉めるものだ。だからその揉め事を少しでも減らす為に、原則として正妻が産んだ長男――嫡男が相続しなければならないという法律がある。双子の男児なら当然、先に生まれた方が継承権を持つ。
これを無視して家督を継ぐ事は出来ず、次男以降が継ぐ際も一度国が精査し、判断を委ねなければならない。
事情もないのにそれを無視して強行すれば、それは判断を委ねる国への不信と受け取られ、不敬罪で爵位剥奪もあり得る話になってしまうのだ。
「本人達もずっと知らなかったのだろう。けれどラーテルは家督を継いだ際にこの家系図を見てこの事実を知ってしまい、家督か妻かに固執して、隠蔽する事にした。万が一の為にフラーテの死亡届まで出してな。フラーテは学園を卒業してからは傭兵として各地を転々としていたようだし、この大屋敷は貴族社会からは特に隔離されるから、自分が死んだ事にされている事すら全く知らなかった。こんなところだろう」
一同呆れたように溜息を吐く。多分、ラトゥスの言う通りなんだろうなと思った。
オーリムの予想では、妻のトリスに固執したのではないかと思う。だって彼女は家督を継ぐから自分に乗り換えてきたような人だ。その家督が実は元恋人のフラーテこそ継げると知れば、きっと自分の元から去ると思ったのだろう。
オーリムからすれば兄弟の元恋人であり権力に靡く女性のどこに魅力を感じたのか不明だが、彼も初恋を拗らせた末なのかもしれない。オーリムだって仮にソフィアリアがとんでもない女性に成長していても嫌いになりきれなかっただろうから、あまりその想いを否定出来なかった。
「で、フラーテはどういう訳かそれを知ってしまい、家督と恋人を奪われた事でラーテルに恨みを持つようになったってところかな? その矛先を本人に向ければよかったのに、彼は何故か兄弟と元恋人で結成したアーヴィスティーラを穢してやろうと考えついて、真逆の暗殺者組織なんて始めた。まあその頃になると、ラーテルも妻を亡くして正気じゃなかった筈だから、効いていたのかは微妙だけどね」
「家督を奪ったのに治める領地を荒廃させた弟に、護り神である大鳥と契約したまま暗殺者組織なんて手を染めた兄。なんとも迷惑な双子の兄弟だな」
笑ってない笑みを浮かべるフィーギスに、珍しく眉間に皺を寄せるラトゥス。憶測だが、そうなんだろうなと思わせる説得力があった。
そしてそんな二人がソフィアリアの身内なのだ。二人もあんまりな真実に途方に暮れているようだった。
オーリムもこれはソフィアリアに話すべきか隠すべきか迷うし、隠そうとしてもソフィアリアに隠し通せる気がしない。
それに、知れば悲しむだけではなく、元セイドの人間として責任を感じてしまうかも知れない。ここまで散々やらかしている祖父は、ソフィアリアから見れば優しくて嫌いきれない人だと言っていたのだから、王鳥妃として立つ事も躊躇われそうだ。それだけは何としても避けたかった。
「しっかし、フラーテは何故自分こそが兄だと知ったんだ?」
プロムスはそれが疑問らしいが、オーリムはなんとなくわかる。
「多分契約した大鳥に教えてもらったんじゃないか? 兄だと紹介したけど大鳥に弟では?と疑問をぶつけられ、そこで真実を知った。侯爵位だったからそういうのもわかるんじゃないか?」
『まあな』
王鳥が肯定するという事は、兄弟の入れ替わりやフィーギスの憶測も間違いではないのだろう。
「……私が家督を継いで問題ないのでしょうか?」
難しい顔をして、不安げに瞳を揺らすプロディージに注目がいく。フィーギスは指を組み、ニッコリと胡散臭い笑みを浮かべていた。
「勿論。ここでの話は外部に漏らさないからね。その家系図も持って帰らずにここで燃やして帰るといい。それで二度と表に出る事はないよ。……まあどのみちラーテルもフラーテも故人で、フラーテは未婚で子供が居なかったし、セイドは君しか継ぐ人はいない」
『それなんだかな』
王鳥が話し出したのでオーリムとフィーギスはそちらを見上げた。二人がそうしたから、他の三人も同じように王鳥に視線を向ける。
『もう明るみに出る事はないから教えておくがな。ラズとロムの友人のドロールがおったであろう?』
「ローか?」
その名前を出した事でプロムスがピクリと反応する。会った事がないフィーギス、ラトゥス、プロディージは静かに聞いていた。
彼はフラーテと契約していた大鳥に騙されて、暴走の末に二年前にオーリム達の手で討たれた。そう言えばそんな彼の秘密が明らかになると言っていたが、未だ何も解明されていない。一体何かあるというのだろうか。
『彼奴は元々セイドにおって――フラーテの実子だ』
「…………は?」
あまりにも衝撃的な事実に、今度はオーリムが絶句する番だった。




