過去の『せいさん』 4
オーリムや鳥騎族達がアーヴィスティーラの本拠地を制圧したその日の午後。各々調べていた情報や明日の夜会について話し合おうと集まった執務室では、重苦しい雰囲気が流れていた。
この三日間寝る間も惜しんで働いた甲斐があり、知りたかった情報はなんとか見つけられたのだ。だがこれは本当に見つけて良かったのか?と疑問が湧く。厄介な真実を掘り起こしてしまっただけではないのかと頭を悩ます羽目になっていた。
特に一人は――プロディージは、顔面蒼白と言っても過言ではないくらい気を落ち込ませている。
「さて。みんなお疲れ様だね。いやはや、この短期間でこんなにたくさんの真実を見つけてきてくれた君達に感服したよ。この情報量の海に、私はすっかり流されてしまいそうだ」
笑顔でみんなを代表して労うフィーギスは、だが残念ながら目が一切笑っていない。今回彼は情報収集にはあまり参加出来なかったものの、ただでさえ王太子としての公務で忙しいのに最重要機密書類を持ち出す為に奮闘したり、皆から寄せられる途中経過を精査し、この集めた情報を今後どうするのか次代の王として判断を下して動かなければならなかったりと大変な役割を担う必要があった。
それに、メルローゼの存在について追求してくる貴族達をのらりくらり交わしつつ、意味深に匂わせるのも大変だったらしいのだ。
正直これらの事がなかったとしても大鳥達の事について厄介事が重なっていた為、相当心労が溜まっているらしい。大舞踏会での罪滅ぼしだとしても過剰だと思う。
「情報を擦り合わせる為に、まずは僕達から話そう。ロディ、いけるか?」
「……はい」
ラトゥスは最近共に過ごすようになったからか義兄弟になったからか、プロディージを愛称で呼ぶようになったのかと思いつつ、気分を落ち着かせようと深く深呼吸をしたプロディージに注目する。この調子で入学試験は大丈夫だったのだろうかと心配になった。
「まずは謝罪させてください。この度は私共セイドの不祥事で皆様にご迷惑をおかけし、大変申し訳ございませんでした。この償いは爵位の返上をもって……」
「悪いけど、それは認められないよ」
ピシャリとプロディージの謝罪を一刀両断したのはフィーギスだ。プロディージも今更そんな事許される訳がないとわかっていたのか、押し黙った。
「セイドは王鳥妃の実家でもあるし、今後は駐屯地として大鳥達に深く関わる事になる。そんな家を取り潰さなければならないなんて冗談じゃない。そんな事をするくらいなら隠蔽した方が遥かにマシさ。違うかい?」
「……仰る通りです。我らセイドは表に出せない業を背負ったまま、発展する事をお許しください」
「それでいいよ」
その答えに満足したのか、フィーギスは笑みを浮かべて大きく頷いた。プロディージもその言葉にほっとしたのか、幾分か顔色がまともになった気がする。
「僕とロディは過去の資料や夜会の聞き取りで、四十年程前のある組織について調べる事になった。……正体がわかったのは昨日だが。ロディはもっと前からわかっていたのではないか?」
「……ええ。確証はなかったので黙っておりましたが、なんとなく正体は掴んでおりました」
そう言ってウンザリとばかりに溜息を吐く。ラトゥスはそれを見て頷き、続きを語った。
「僕達が夜会で話を聞くように指示されたのは、僕達から見て祖父の年代の者達だった。その者達に学園に通っていた際に何か変わった事がなかったかと聞いて来いと言われて集まった情報が、その学園には正義のヒーローが居たという話だ」
途端、シーンと微妙な空気が流れる。
無理もないだろう。王侯貴族が通う由緒ある学園で正義のヒーローという夢物語のような存在をどう受け止めればいいのか、オーリムですら判断に困る。
「それも正義のヒーローというのは単独ではなく組織だったようで、活動範囲は校外まで及んでいたらしい。その正義のヒーローの名前が通称『アーヴ』。正式名称は誰も覚えていなかった」
「……まさかそれがアーヴィスティーラの発端とか言わないよな?」
「言わなきゃここでこんな話出てこないでしょ」
顔を引き攣らせるプロムスに呆れたように言ったのはプロディージだ。オーリムもますますややこしくなった事態に、腕を組んで頭を悩ませる。
「正義のヒーローって具体的に何やってたんだ?」
とりあえずそれを聞いておく事にした。アーヴが何を以って正義としたのか、信念は何だったのか。それが何故正反対と思われる暗殺者になったのか知りたかったのだ。
だがラトゥスとプロディージは眉間に皺を寄せ、首を傾げていた。
「色々やっていたらしい。校内のいじめをなくす事から事件の犯人探し、印象としては正義のヒーローと言っても間違いではないが……」
「統制が取れていたかは微妙ですね。それも基準が曖昧で、正義の名の下に全く逆の結果を生み出していたりもする。子供の正義ごっこって感じで、聞いていて恥ずかしくなりましたよ」
「ははっ、名声や成し遂げた快感が欲しかったのかな? そんな迷惑な組織、私が在学中にやっている連中がいたらしょっぴいてやるんだけどねぇ」
オーリムも頷く。基準が曖昧で信念もない人間複数が行う広範囲にわたる善行なんて、あまり碌な結果にならないだろう。なまじ自分が正義だと思っている分タチが悪い。
そんな事をやっていたのが学園――おそらく島都学園だろう――なら、実行犯は貴族の子息子女だ。それも学園内に留まらず、校外でも活動している。血統主義で権力を持っている奴らの言う正義が何かなんて考えたくもない。
大昔の話とはいえ、よくそんなのを問題視せずに放置しておいたなと思った。四十年前というと前国王陛下――フィーギスの祖父の時代だ。
「その組織を立ち上げたのが、男爵家の双子の兄弟とその遠縁の女性だそうですよ。兄弟の名はラーテルとフラーテ、女性はトリス。……家名は全員セイドで、ラーテルとトリスは私の祖父母です」
プロディージが苦い顔をして言った言葉に思わず目を細めた。嫌なモノが繋がりそうな予感をヒシヒシと感じる。
「ふむ。報告は受け取っていたが、プロディージはそれを知らなかったのかい?」
「お恥ずかしい話なのですが、我が家の家系図や先代の資料など全て紛失しており、おそらく祖父が処分してしまったのではないかと思われます。ですので当家では祖父母の名前くらいしか存じ上げず、それ以前の家系図や二人の経歴は一切不明でした。国には残っているのではないでしょうか?」
「セイド嬢がリムのお姫さまだと判明した五年近く前に色々調べているからねぇ。先代セイド男爵には双子の弟がいたというのは見たけれど、特に目新しい感じはなかったかな。強いて言えば兄弟共に高位クラス出の主席と次席で学園を卒業する程優秀だったらしい。その血を君達姉弟も受け継いだようだね? まあ残念ながら弟のフラーテは学園を卒業して一年くらいで事故にあったらしく、死亡届が出されていた」
「多分そいつ死んでない」
腕を組んで、はぁーっと深く溜息を吐く。
オーリムは『フラーテ』という名前に聞き覚えがあった。家名はなかったので平民だと思っていたのだが、ここで名前が出てくるという事はやはり同一人物なのだろう。たしか彼は十八歳以前の経歴は不明だったはずだ。
同一人物だと考えると、王鳥の自然に見えて不自然だった行動の意味が理解出来るのだ。
「……どういう事だ?」
「アーヴィスティーラのトップだった元鳥騎族隊長の名前がフラーテだ。ここに来るまでの数年間は国内で傭兵をしていて、それ以前のフラーテを知る人間はいない」
途端、知らなかったプロムスとプロディージが息を呑む。まあ、だよなとしか言えない。まさか彼が貴族で、それもセイドの人間だとはオーリムも思わなかったのだ。
「……その件はひとまず置いておきましょう。学園での様子ですが、入学時、祖母のトリスは祖父の弟であるフラーテと恋仲だったようです。けれど卒業近くになると祖父であるラーテルと付き合うようになり、そのまま嫁いだそうですよ。家の指示なのか本人の意思なのかはもう誰も存じ上げませんが、スペアである弟よりも当主になる祖父の方が結婚相手としてはいいと知って鞍替えしたんでしょうね。まあ、そうは言っても主席は弟の方だったので、当主である事にこだわりがなければ、弟の方が出世しそうでしたが」
「そこにこだわるのは貴族らしい考え方だよね。学園で過ごすうちに貴族らしい考えでも身につけたのかな?」
『ほんに人間は訳わからぬものに固執するなぁ』
王鳥が呆れたようにそう言うが、貴族女性にとっては結婚先は最重要だ。元々家が決めるものなので自由はあまりないが、次男以降に嫁ぐよりは、爵位を得る嫡男に嫁いで貴族夫人として立ちたがるのが普通となっている。
ソフィアリアの祖母もきっとそんな風に考えを変えたのだろう。そんな事で心変わりされたフラーテはたまったものではないだろうが。
「僕達が集められた情報は以上だ。ロディは何か気になる事はあったか?」
「証拠はありませんが、おそらく祖父はそのアーヴをセイドに帰っても継続していたのではないでしょうか。その正義のヒーローごっこと僕の知るなんちゃって義賊のアーヴィスティーラに重なる点があります」
「ふむ。具体的には?」
「善行であると大っぴらにしつつちゃっかり己の利も得ている所と、独善的な所ですね。利を得るのは論外ですが、善意も考えが浅くて迷惑と紙一重……むしろ迷惑寄りです」
「利益を得ていたら善行でもなんでもないだろ」
学園を次席で卒業しておきながら何をしているのだと問いたい。ソフィアリアを囲っていた事といい、ラーテルという男の評価は底知らずだ。
「それと、祖母は父を産んですぐ亡くなっておりまして、姿絵を見た事のある父によると、姉に似ているそうです」
「は?」
「……おいおい。まさかソフィアリア様を囲ってたのは、亡くなった奥さんの代わりにしようとしてたんじゃねーだろうな?」
思わず冷えきった声を出してしまい、呆れたようにそう言うプロムスの仮説にゾッとする。だがプロディージは少し考え、首を横に振っていた。
「自身を国王、姉を姫と言っていたので、どちらかといえば祖母似の娘が欲しかったのではないでしょうか? 祖母が命と引き換えに産んだ父は祖父似の男で、目の色しか祖母の面影がないようですし」
それを聞いて義父を思い浮かべる。人は良さそうな見た目だが常にオドオドしている義父は、そんなくだらない理由で冷遇され、ああも自信なさげになってしまったのだろうか。
オーリムだってクラーラを見てソフィアリア似の娘を想像し心ときめかせたものだが、オーリム似の息子だからといってガッカリする事はない。ソフィアリアが産んだ子が自分に似ているなんて幸せでしかないだろう。
まあ、命と引き換えにの件は考えたくもないが。どういう理由であれ、可愛がる事は確定していた。
「うちの両親の婚姻は祖父が決めたらしいですよ。どういう伝手かはわかりませんが、祖父は祖母と似た髪色を持つ母を連れてきて父と結婚を命じ、生まれた姉が目論見通り祖母と似ていた女児だったから、念願叶って娘として育てようとした。こんな所かと」
「男爵家ながら学園を次席で卒業しておいて随分な気狂いだねぇ。よほど夫人の死が堪えたのかな? 最愛を亡くしてショックで廃人になる気持ちはわからなくはないが、領主の座についている以上、そんな理由で偽善的な組織の運営や領地の圧政なんてされるのは勘弁願いたいのだけどね。ほんと、うちの祖父と父もよくそんな異変を見逃していたものだよ」
フィーギスは目元を覆って、はぁーとわざとらしく溜息を吐く。
フィーギスの祖父――前国王陛下は良くも悪くもない、至って平凡な治世を築いていたという。現在の国王陛下はなかなか見事な手腕を持つらしいが、妃問題と後継者争いで国を荒らしているので、なんとも評価しにくい。
二世にわたってセイドがそんな状況に陥っていたのをまんまと見逃したのだ。国の端の田舎、男爵位の末席だとしても目が行き届いていないのを許される訳ではない。
「セイドのラーテル周りの話はそんな所だな。で、僕達は兄の方だったという事は、リム達は弟の方だったのだろう?」
「半分はな」
気分を落ち着けようと溜息を吐く。そして見つけたものを、みんなにも話す事にした。




