過去の『せいさん』 3
セイドに程近い山奥の大きな廃城の廃れた門の前。オーリム率いる鳥騎族達は木に身を隠すようにその廃城を見ていた。
資料によるとここは数百年前までは高位貴族の別荘だったらしい。広さは大屋敷と遜色ないのだから、その高位貴族はよほどの権力と財力を誇っていたのだろう。もうない家名なので末路はお察しではあるが。
「内部は入り組んでいるが、王が大鳥達に見取り図は通達しているから自身の大鳥に道を聞くといい。一班は裏口、二班は西、三班は東から大鳥の指示に従って制圧と封鎖を。四班と五班はここで待機し、逃げてきた奴らを集めて大鳥達の側に立たせておけ。抵抗すれば容赦はしなくていい。もし問題が起きた場合は対処出来そうならやってくれていいが、困ったら声に出せ。大鳥と王を通じて俺が指示を出す」
「「了解!」」
左手を挙げたのを合図に各々の班が動き出す。オーリムは廃城を見て状況が変わらないか注意しながら、それぞれが位置につくのを待った。
「リム、強ぇ奴は居そうか?」
心なしか楽しそうに目をギラつかせているプロムスをチラリと横目で見、すっと内部を探るように目を細める。
王鳥と同調しているからか、集中すればどんな奴が居そうかなんとなくわかるのだから、便利なものだ。
「……三階のあの部屋にいる奴らは手練れだ。散られると面倒だから防壁で閉じ込める為に俺が行く。ロムは正面から上がってこい」
「え〜雑魚狩りかよ。逆にしねぇ?」
そんな事を言い出すプロムスに苦笑する。戦闘狂のような発言をしているが、強者を引き受けようとしてくれているのだろう。
たしかにプロムスの方が強いが、今回はオーリムの方がいい。だから首を横に振った。
「しない。俺は魔法を使って潰すから気にしなくていい。……二階の西にも何人か居るからそいつらを頼む。二班とぶつかる前にケリをつけてやってくれ」
「りょーかい。無理すんなよ」
そう言ってわしゃわしゃと髪を混ぜられる。それを鬱陶しいとばかりに払い除けたが、別に嫌ではない。プロムスにとってはオーリムはいつまでも子分だという証だからだ。
『全員ついたようだぞ』
「わかった。じゃあロム、正面からの撹乱は任せた」
「へいよ」
その返事を聞いて王鳥に飛び乗ると、先程言っていた三階の窓を目指す。
「王、皆に合図を。俺はこのまま窓を蹴破る!」
『行ってこい』
王鳥が合図を飛ばしたのをきっかけに、オーリムは手に槍を出現させ、防壁で身を守りながら身体強化を使って窓を飛び蹴る。
ガシャーンとけたたましい音を鳴らせながら窓ガラスを割って内部に侵入すると、即座に体勢を整えて、まず近くに居た奴の元へと瞬時に駆けていった。
「なんだあっ⁉︎」
相手は突然の窓からの侵入者に驚き、状況を判断する暇もないうちから頭を打ち付けて気を失わせる。まずは一人。手ごたえの無さから見て、おそらく下っ端だろう。
「おまえ、どこからっ⁉︎」
だが周りはさすがに手練れだ。すぐに状況を把握して立て直し、突然現れたオーリムを認識すると、得物を手に向かってくる。
二人同時に来られたので横薙ぎに一掃しようとするも後ろに飛んで避けられた。なので片手に投げナイフを出現させるとそいつの利き腕に投げてやった。
当たり前だが剣でそれも弾かれ、もう一人が向かってくるのを槍の底面で腹を押し飛ばす。そうしている間に三人同時に斬りかかってくるので
「王!」
そう言えば右手に熱と独特な気を感じる。攻撃性を持って魔法を使う場合、契約した大鳥からの許可が必要になるのだ。
王鳥から許可をもらった感覚があり、そのまま右手にも槍を出して大きく振るうと、その軌道に沿って炎が追従した。
「うわあっ⁉︎」
「熱っ‼︎」
「火がっ⁉︎」
なんとも間抜けな声を出しながら怯んだ隙に接近し、一人は剣を弾き飛ばした上で足を突いて行動不能にし、一人は槍の柄で横腹を強く叩きつけて壁に打ち付け、残る一人は間髪入れずに炎の槍を投げつけると、槍は避けたものの炎が服に掠って炎上した。
「うわああああっ‼︎」
全身に回る火にパニックになった相手の絶叫が響き渡る。熱とその光景に狂乱になった相手はのたうち回っていた。
その隙に槍の柄で殴って昏睡させる。
――この炎は幻影であり、かすかに熱を感じるだけで実際には焼けないのだが、視覚と感覚を錯覚させられるだけでも安易に本物だと思い込むものだ。
実際焼けてないし痛みも感じないはずなので、冷静であれば気付くが、よほど精神を鍛えでもしない限り不可能だろう。
「なんだこいつはっ⁉︎」
だが炎の槍なんて扱い、どこからともなくポンポン武器を取り出して攻撃してくるオーリムに、相手は慄いていた。一見火だるまになったように見えている仲間の姿にも恐怖心を焚き付けられたのだろう。その隙を見逃すはずがなく、次々と敵を薙ぎ倒していく。
――そうやって一人で大立ち回りを演じて、戦闘不能にする事十数人。最後の一人でオーリムは
「死ねえぇぇぇ」
「くっ⁉︎」
捨て身の攻撃を読みきれず、右腕に痛みが走る。
『阿呆が』
幸いかすり傷だったので歯を食いしばって耐え、そいつも吹き飛ばす。少々加減が出来なくて他の奴らより強めに打ち付けてしまったので、死んでないとは思うが重症かもしれない。
『あの程度の攻撃、読めずしてどうする? 戦の最中は一瞬すら油断するでないわ。ここに妃が入れば護りきれずに大事ぞ』
「フィアが居たら余裕がないからこんな風に加減なんかしないが。まあ、そうだな。また鍛え直す」
『まったく。また戦場に放り込まれたいか?』
「もうすぐ結婚するからそんな暇はない」
とりあえず傷口を縛って応急処置をしつつ、そんな会話を繰り広げる。鍛えるという意味では最良ではあるが、今はもうソフィアリアと離される訳にはいかない。早朝会えるが飯も共に摂れず、夜デートも出来ないここ数日すら随分と堪えていた。これ以上離されると正気でいられる自信がない。
あとでプロムスにも叱られそうだと溜息を吐きながら部屋の外に出て、手当たり次第にまだ居た敵を昏睡させ、先程の部屋に放り込んでおいた。
そうして三階全てを見回り、気を探って誰か隠れていないか確認し終わった頃にプロムスがようやく上がってくる。
「よう。終わったか?」
「ああ。三階は制圧した。下は?」
「終わったってよ。……右腕、油断でもしたのか?」
ジトリと睨まれたので視線を外し、逃げた。プロムスははぁーっと溜息を吐き、拳を握ってグリグリと頭頂部を押さえつけられる。
「いてててててっ⁉︎」
「だからオレが行くっつったろ? 明日は大事な夜会があんのに怪我なんかすんなよ。何があんのかわかんねーんだぞ?」
「腕より頭が抉れるだろ!」
ペシリと払う。これはプロムスがやる昔からのお仕置き方法だ。地味に痛いから勘弁してほしい。
何故怪我をした上にお仕置きまで受けねばならないのか。とても理不尽だ。……まあ、全面的に油断したオーリムに非があるが。
「……他の奴らは何をしている?」
「とりあえず気絶させた奴らを外に運び込んでもらってる。探すのに邪魔だろ?」
「まあな。なら、いい。――王、どこにある?」
『一階のここだ』
キリッと頭痛がして顔を顰める。が、脳裏に王鳥が刷り込んでくれたこの廃城の見取り図が浮かび、勝手知ったる他所の家で目的地を目指した。
この廃城は元アーヴィスティーラの本拠地だったらしい。それが今またアーヴィスティーラの本拠地になっているのは作為的なものなのか。
この廃城を八年前に最初に制圧したのは王鳥だ。その際一部の通路を封鎖したらしいので調査が行き届いておらず、取り漏らしがあるのだとか。
まるで何かを隠すようなその行動が不可解だが、すぐにわかる事だろう。けれど、王鳥がそこまでするなんて、なんとなく嫌な予感がする。
目的地に到着したが、何もない通路だった。周りと遜色ない壁に手を触れるが、この向こうに何かあるなんて思えないくらい自然に隠されている。
「ここか?」
「ああ。今崩す」
念の為自分達の周りに防壁を張って、魔法を使ってその壁を破壊する。一瞬それを阻むような力を感じたがそれも突き破り、ぽっかり空いた穴の先には扉が隠されていた。
パラパラと落ちてくる石屑を補強してそれ以上崩れないようにすると、周りの防壁を解く。
「……一瞬引っ掛かりを感じたのは王の仕業か?」
『さて、何の事やら。まあ言うと、経年劣化で壁が崩れて中身が露見するのが嫌だったからのぅ。あと五百年くらいは眠らせておきたかったのだが、致し方あるまい』
随分と先の話だなと苦笑する。その頃になるとただでさえ闇に葬ったアーヴィスティーラなんて影も形もなくなって、中身も謎に包まれそうだ。まあ、きっとそれが狙いなのだろうが。
「開けるぞ」
「ああ」
念の為プロムスが先行してくれる。ノブを回すと難なく開き、中は真っ暗だったので魔法で灯をつけている。
部屋が明るくなると、そこは資料が散らばった執務机と寝台、大きな本棚があるだけの部屋だった。窓もないので随分と閉鎖的だ。
「執務室ってか牢屋みてぇだな」
「そうだな」
二人で中に入ると、とりあえず目についた執務机の上の資料を一枚手に取る。
「…………は?」
思わず目を見開いて固まった。何故ここにこんな物があるのか理解が追いつかない。第一、年代がおかしいではないか。
「どした? ……は? これソフィアリア様、だよな?」
プロムスも覗き込んできたこれは、姿絵付きのソフィアリアの調書だった。それも今より多少幼い感じがするが、姿はそう変わらない。
何かの間違いだと思いたいが、名前も経歴もオーリムのよく知るソフィアリアのものだった。その下にあった資料も手に取ると
「これは……ロディか……?」
「だな。見た目はだいぶチビだけど」
次はプロディージの調書だ。名前と経歴は合っているが、姿絵が子供で一瞬わからなかった。
残りを手に取ると、今より更に小さなクラーラと、今と大差ないソフィアリアの両親のものだった。何故ここにセイド一家の調書があるのかわからない。しかもここは――
「王、ここを王が閉鎖したのは八年前だったよな?」
『まあな』
「なら何故こんなものがここにある? この調書が書かれたのはおそらく最近、それもクラーラ嬢の分まであるからここ二、三年のもんだろ?」
それがおかしいのだ。この調書に描かれたソフィアリアは絶対八年前の姿ではないと断言出来るし、そもそも八年前には五歳のクラーラはまだ生まれてすらいない。どういう事だと大混乱だ。
『なに、簡単な事。余の防壁を解いて中に入った奴がおる。それだけよ』
「王が閉鎖したって言ってただろ!」
『最初はな。言っておくが、先程ラズを阻んだ防壁を張ったのは余だとは言わなかったぞ? 余が張っておったらラズには解けぬだろう』
グッと息を詰める。屁理屈だと思わなくもないが、実際その通りなので反論が出来なかった。
ふと、ずっとプロムスが静かな事に気が付いて顔を見上げる。プロムスは調書を見て、心なしが青褪めていた。
「……ロム?」
「この調書の文字、あいつの文字だ」
あいつ?と首を傾げる。だがここに入れたであろう人物に思い至って、驚愕で目を見開いた。
「まさか……」
「ああ、ローのだ。オレはずっと一緒に勉強していたから覚えてる。少し特徴的だったから、な」
くしゃりと顔を歪めて悲しげな表情をするのを呆然と見ていた。
ロー……ドロールは、アーヴィスティーラのトップと契約した侯爵位の大鳥に騙されて契約し、裏切った。確かに王鳥の防壁を解けるのなんて同じ大鳥――それも侯爵位くらい高位でなければ無理だ。そんな防壁を解いて中に入れるのなんて、契約した彼くらいだろう。
ほんの少しの間だったが、友人だと思って共に過ごしたドロールがソフィアリアとその家族を調べていた事実に、色々と理解が追いつかない。
何故ドロールはソフィアリア達の事を調べていたのか。オーリムの過去は彼にも話していたから、彼だってセイド領に住むソフィアリアがオーリムにとってどういう人物か知っていたはずだ。
彼の性格から人質にする為だ、とはとても思いたくないが。
『何を呆けておる? この部屋には其方らの知りたかった事がまだまだ多く残されておるぞ。存分に見つけ出し、真実を暴き出せば良い』
王鳥がそう言って、ニンマリと楽しげに笑った気がした。




