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【第三部番外編連載中】王鳥と代行人の初代お妃さま  作者: 梅B助
第二部 夜空の天人鳥の遊離
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薔薇の決断



 この国では珍しい黒髪を(なび)かせながら、小さな足でトテトテと人の合間を潜り抜ける。

 ルビー色の大きな目をキョロキョロさせて、先程見かけたキラキラした人を、必死に探していた。


 やがて見つけたその人の背中に気持ちがぱあっと明るくなり、ふわふわした気持ちのまま、その名を呼ぶ。


『トール兄さまっ!』


 その人は幼いメルローゼの声に反応して振り返ると、優しく微笑んだ。その姿は、周りのどんな着飾った人達よりも、メルローゼには輝いて見えていたのだ。





             *





「……よく考えれば全室大鳥様サイズにする必要はないわよね。そもそも貴族が大鳥様に会える事なんて稀だし……だったら駐屯地とプライベート空間だけを外堀の内部に建ててもらって……」


 だだっ広い部屋でメルローゼはただ一人、ぶつぶつ(つぶや)きながら机に(かじ)り付いていた。メルローゼは無意識なのだが、商売など楽しい事の計画を練る際、こうやって独り言を(つぶや)いていると親しい人から指摘された事がある。幸いなのは、一人の時か信頼出来る者の側限定の話らしい。情報が外部にだだ漏れになっていなくてよかったと思う。


 机の上には大鳥の本とこの大屋敷の間取り図。それを参考にしながら自身の持つ建築に関する知識と照らし合わせて、セイドの新しい屋敷の間取りを好きなように考える。

 ここまで本格的に屋敷の設計に携わったのは初めてだが、意外と楽しいものだと心を弾ませていた。利便性を最重要視しつつ、少し遊び心を加えるのも忘れない。この新しいセイドの屋敷は、メルローゼすら羨むほどのいい屋敷になるだろう。ここに暮らす資格がなくなった現実を思うと、気持ちが萎むけれど。


 でも、セイドの馬車を新調する際についでに勉強していた事が、こんな形で役立つ日が来るとは思わなかった。人生、どこで何が役立つかわからないものである。


 ――やがて手を止めるとペンを置き、凝り固まった身体をほぐすように大きく伸びをする。


「とりあえず最低限こんなものかしらね? ディーったら、セイドで社交をするって考えが抜けているのね」


 苦笑混じりにそう(つぶや)く。その考えが欠片でもあれば、大鳥の駐屯地と隣り合った場所に領館を建てようなんて考えは浮かばなかっただろう。大鳥は基本、不特定多数の貴族を近寄らせないのだと、メルローゼだって知っているのに。

 勉強や領主としての手腕は完璧なのに、何故対人となるとこんなに色々と考えが抜け落ちるのか。昔から不思議なものである。


 ――そう、昔からそうなのだ。メルローゼはそれがわかるくらい婚約者としてプロディージと長く一緒に居た。間にソフィアリアを挟んでいる事の方がずっと多かったけれど、それでも、ソフィアリアを挟みながらもプロディージの事はきちんと理解しようと、見つめていたつもりだった。

 これでもメルローゼなりにプロディージの本質や望みを理解していたのだ。けれどメルローゼは照れなのかプライドの高さなのか、はたまたつまらない意地なのか。理解しつつも一人でプロディージと向き合う勇気は(つい)ぞ生まれないまま、こうして別れを迎える事となってしまった。


 本当に馬鹿な話だ。あの日屋敷の庭で赤い薔薇をくれた綺麗な男の子に恋をして、父を説き伏せて婚約まで漕ぎ着けたのに、そこで満足してその場に留まってしまったのだ。だからこんな事態に陥る羽目になっている。


 メルローゼがそうして足踏みしている間に荒廃したセイドは持ち直し、発展の兆しを見せるまでになり、そしてプロディージ自身も男爵家嫡男にしておくには惜しい程優秀な男に成長した……人間性にやや難があるが、将来有望な事には変わりない。


 そして極めつけは、ソフィアリアが王鳥妃(おうとりひ)に選ばれたという理由ではあるが、セイドは今一番の注目される領地となった事だろう。


 セイドが鳥騎族(とりきぞく)の駐屯地となる今後の事を思えば、セイドの伸び代は天井知らずだ。プロディージはセイドをいずれは伯爵領にしたいと言っていたが、伯爵領の中でもミドルネーム持ち――高位貴族の仲間入りも夢ではないだろうと確信していた。プロディージが正式にセイド男爵となれば、それくらいやってのける実力があると、メルローゼは知っているのだ。


 そうなればもう、ペクーニアでは釣り合いが取れなくなるだろう。ペクーニア商会だって右肩上がりだが、貴族としては商家から成り上がった子爵家でしかなく、今ですらセイドベリーを中心にセイドから出荷される商品を独占販売していて、将来セイドに嫁ぐ家だからという恩恵を受ける側になっている。


 助ける側だったペクーニアは、もう助けられる側だ。そして昔からプロディージは、この婚約にあまり乗り気ではなかった事を知っていた。


「だってあなたは慎重で堅実――悪く言えば、とても臆病だものね」


 思わずそう、声に出る。もちろん誰もいないので、誰に届く事もないけれど。


 そんな性格だから、(わず)かな可能性に賭けるとか、分不相応なものに手を伸ばそうとするだとかは極力しない。手を伸ばすにしても、まずはそれに相応しいだけの実力をつけなければ、欲する事もないのだ。


 婚約したての頃、プレゼントのリボン一つ買うのにも苦労するほど荒廃寸前だったセイドと、商家からの成り上がりとはいえ右肩上がりの富豪だったペクーニアでは釣り合いがとれておらず、メルローゼとは違いプロディージはそれを考えついたのか、とても嫌そうだった。

 それをメルローゼが強行し、大切にしろと強要したおかげか、口では喧嘩が絶えなくても、一応婚約者として扱ってくれていたのだ。


 でもそれは、格上だったペクーニアからセイドに打診したからだったのだろう。選択の余地があればプロディージはこの婚約に(うなず)くような事はしなかっただろうし、格上のペクーニアの令嬢であるメルローゼをプロディージから望む事は絶対にない。そういう奴だ……そもそも、プロディージがメルローゼを求める理由は特にないのだが、それを考えると悲しくなるのでそっと脇に置いておく。


 プロディージに恋をしたメルローゼはそれに気付くまでの間、プロディージに望まれたいと夢見る乙女心を抱えていた事もあったが、プロディージという人間を理解してからは期待するのは諦めた。義務でもなんでも婚約者として扱い大切にしてくれるなら、それで満足だと心を納得させたのだ。


 そんなプロディージは(ねた)みなのかなんなのか、他人が分不相応なものを求める様もとても(いと)う。


 たとえば現妃だが、あの方が元は高位貴族には届かない伯爵家の次女でしかなかったのに、国王陛下――出会った当時はまだ王太子だったらしいが――と特別懇意(こんい)の仲になり、側妃に収まっただけでは飽き足らず、王妃の座に座っている事を嫌悪している。それを良しとした国王陛下の事も当然支持していない。勿論(もちろん)、そんな事人前で公言する事はしないだろうが。


 姉のソフィアリアが王鳥妃(おうとりひ)になる事も微妙な反応をしていたが、あれは身分差だとかを超えて神様に所望されたようなものだから、ある程度仕方ないと折り合いをつけているようだった。


 まあソフィアリアに関しては身分差云々(うんぬん)よりも、手の届かない所で幸せに暮らしている寂しさが優っていたのだろうが。だってその気持ちは、メルローゼにだってよくわかるのだから。


「だからあなたは――……」


 続きの言葉は飲み込んだ。だってもう、言葉にするのも今更だ。


 ――そうやって身分や家格をきっちりと線引きするプロディージは婚約解消した今、もうペクーニアを選ぶ事はしないだろう。それをよくわかっていた。


 たしかにセイドはペクーニアに長年に渡る深い恩義があるが、セイドは注目を集め過ぎていて、セイドを護る盾にも(ほこ)にもなってあげられない。セイドがペクーニアに求めた販路だって、ペクーニアよりもずっと大きなものを用意出来る家はたくさんあるだろう。


 大鳥の駐屯地として発展させ、立派過ぎる屋敷を新たに建てるセイドには、ペクーニアではもう色々と足りないのだ。


 それに本人だって『君の事を未練として、心に残しておきたくないんだ』とはっきり口にしていたではないか。突然の婚約解消に戸惑ったのも最初だけで、ひと足先に今までの気持ちに折り合いをつけ終えて、現実を見据え始めたのだろう。


 もうすぐ学園にだって入学するのだ。セイドとペクーニアしか知らなかったプロディージは広くこの国を見渡し、その分出会いもある。足枷にしかなれないペクーニアにいつまでも固執する理由はないし、力の弱いペクーニアがセイドに関わり続ける事はかえって危険だ。今回だって、こんな事に巻き込まれたのだから。


 なによりプロディージ本人が、婚約者でなくなったメルローゼにいつまでも(こだわ)る理由がないではないか。婚約者としては大切にしてくれていたが、ただの幼馴染になったメルローゼでは性格も、能力も、プロディージに合う所が何もないのだ――プロディージの特性を知るメルローゼは求めるものが何もなくなったから、優しくなったのだろうと判断した。


 だからメルローゼもいつまでもプロディージに心を傾けてばかりいないで、いい加減決めなければいけないのだろう。ソフィアリアだって自分で責任を持って自分で選べと言ったのだから。


 いつまでもソフィアリアに答えを伺って、プロディージに望んでばかりいた気持ちを入れ替える。

 メルローゼはこの夜、セイドの屋敷の間取り図を考えながら、まずはある一つの大きな決断を下した。





            *





『久し振りだね、メル。私の事、まだ覚えてくれているかな?』


 とある貴族のガーデンパーティに商会員として家族と共に招かれていたメルローゼはそう声をかけてきた人物に、大きな目を更に大きく開いて驚いた。


 最近鬱屈としていた気分が途端、ぱあっと晴れる。その気持ちは昔から――十年経った今でも何も変わっていなくて、ぽかぽかと心が暖かくなった。

 だからふわりと頰を染め、思わず熱い視線を向けてしまう。色々と疲れ果てていたメルローゼにとって、この再会は思わぬ拠り所になった。


『ええ、当然ですわ、トール兄様!』


 トール兄様――ラクトルは、昔よりも精悍(せいかん)さの増した顔立ちを持ちながら、昔と変わらないふわりとした微笑みを、メルローゼに見せてくれた。


 その微笑みを見て改めて思うのだ。メルローゼにとって、このラクトルこそが初めて――――



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