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【第三部番外編連載中】王鳥と代行人の初代お妃さま  作者: 梅B助
第二部 夜空の天人鳥の遊離
153/427

それぞれの道 3



 双子の兄弟と女の子は優しくなかった世界を正す為に、ある計画を立てました。


 その計画の為にまず三人は『あるもの』を作り、三人で名前を考えたのです。

 三人はそれを深く愛し、大切にしました。


 始めた計画も順調で、少しずつ、けれど確実に、三人の計画はいい方向へと広がっていきます。


 ――三人にとってこの時が、幸せの最高潮でした。





            *





「姉上」


「なあに?」


「今までごめん」


 言われた言葉に耳を疑った。目を丸くして、穴を開ける勢いでプロディージを見つめる事しか出来ない。


 プロディージはそんなソフィアリアの表情にバツの悪そうな表情を浮かべ、視線を逸らした。


「僕は姉上が本当に嫌いなんだ。愛情も知識も、僕が欲しいと思ったものは横から簡単に(さら)っていく。そのうちセイドの領主の座も奪われるんじゃないかとヒヤヒヤしていたら、この国にとって、なくてはならない王鳥様の隣に立っていて、世界すら滅ぼせそうな大鳥様達に慕われていた。ちょっと意味がわからない」


 謝られた理由を教えてくれるのかと思えば、つらつらとソフィアリアへの恨み事を並べ始めたので、少し安心した。

 どれも直接言われた事はないが、そう思っている雰囲気はひしひしと感じていたので今更だ。でもその本音をようやくぶつけてくれて、嬉しいと感じてしまう。


 だからソフィアリアは後ろで手を組んで、言いたい事を全て吐き出せるまで待とうと思った。思わず浮かんだ笑みは、仕方ないだろう。

 だってプロディージがこうしてまっすぐ向き合って、本心を語ってくれた事なんて、初めてなのだから。


「姉上はいつもそうだ。人の懐にするりと入っていって、どんな荒くれ者でも気がつけば陥落させている。そのくせ、集めるのは恋情じゃなくて変な崇拝なんだから、ほんと意味がわからない」


「う〜ん、わたくしは殿方の好みから外れているのかしらね?」


「本気で言ってる訳?」


 ジトリと睨まれてしまった。ソフィアリアは曖昧(あいまい)に笑って、それを受け流す。


 自分で言うのもなんだが、見た目だけなら男性受けするという自覚はあるのだ。だって美人で大変モテていたらしい母の血を色濃く受け継いでいるのだから。

 整った顔立ちに、見る人を穏やかな気分にさせる優しく垂れ下がった目、女性らしさをこれでもかと強調する肢体でいて、引っ込むべきところは引っ込まれている。メルローゼによく羨望の眼差しを向けられたものだ。

 表面上の性格も穏やかで優しく、母性的だと言われていた。


 けれどそれだけ男性好みな物を一身に集めていながら、今まで一度もそういった目で見られた事がないのだ。代わりにまるで尊いものを崇めるかのような崇拝を、男女関係なく集めて慕われていた。少し不思議である。


 確かな恋情を向けられたのは、おそらく王鳥とオーリムが今のところ最初で最後だ。それで何の問題もないし気にしないようにしていたのだが、プロディージから見ても異質に思えたのか。


「荒くれ者しかいないスラムに単身で勝手に出向いて、無傷どころか仲良くなって帰ってきた時はドン引きだったよ。姉上なんてあいつらから見たらクソジジイと並ぶ元凶なのにさ。先生に王太子殿下の側妃になれって言われていた時は、とうとう国を裏から操るのかと戦慄(せんりつ)した。その道が(つい)えて安心してたら、それより上の王鳥様の所に行くんだから、空いた口が塞がらないよね。ほんと、姉上は何なの?」


 それを聞いて、ソフィアリアが人を慰めるとプロディージがピリピリし出す理由がなんとなくわかった。


 根が臆病なプロディージは、ソフィアリアのその異質さに、ずっと恐怖を感じ取っていたのか。だからそんなソフィアリアに自分だけは飲み込まれないように、誰よりも強く反発していたのか。

 理由がわかればなんて事はない。ソフィアリアの存在を恐怖に感じて、自分と違って誰からも平和的に慕われる事に嫉妬心を抱いていたのだろう。あと、セイドの領主の座を盗られそうだと思って牽制していたというのもあるようだ。


「わたくしは普通にしているつもりなのだけれどね? でも、そう。だからロディはわたくしを嫌いなのねぇ」


「……本当は嫌いだった事なんて、最初だけだよ」


 不貞腐れたような顔をして言った言葉に目を丸くする。けれど首を傾げた。


「……嘘よ」


「嘘ならいっそ、僕は救われるんだけど。でも姉上はこんな僕にずっと優しかったし、助けてくれた。オーリムが言ってたけど、僕やオーリムみたいな愛情に飢えた子供は特に、姉上に絆されて陥落させられやすいんだってさ。……一番側にいた僕が、そんなのに耐えられると思う?」


 言われて思い返してみた。確かにソフィアリアはプロディージに何を言われようが構い続けてきたし、一番長く一緒に居た。状況的にはそれもそうだと思ってしまう。


 けれど、心がそれを拒絶する。プロディージに嫌われていなかったというのが、なんだか嫌だと思った。

 それは何故なのか。そもそも観察眼は優れているソフィアリアが嫌われてると思い込み、好かれていた事に気付かなかったのは何故か。


 ――そんなの、決まっているではないか。


「……わたくし、ロディにはずっと嫌われていたかったわ」


「は?」


「だってみんな、一緒に過ごすうちにわたくしに優しくなっていくんだもの。だからロディにキツく当たられて、嫌われているって状況に安心していたみたい。特にセイドを愛していて、わたくしがいる事で迷惑を被っていたロディにだけは、本当に嫌われていたかったから。セイドの領民を苦しめたわたくしを、たった一人でもいいから許さないでいてほしかったのよ」


 言われるまで無自覚だったが、ソフィアリアはプロディージに世界中で一人、絶対的に自分を嫌ってくれる存在というのを求めていたらしい。だから、嫌いじゃないって言葉を拒絶したかったのか。

 そうやってソフィアリアの方もプロディージの事を特別視していたのだろう。だから向けられた好意を嫌われてるけど懐かれてると無理矢理変換させて、ずっと好意には気付かないフリをしていたらしい。


 なるほど、オーリムが離れろと怒る訳だ。独占欲が強い未来の旦那様が、自分達以外の特別な存在というのを許すはずがない。


 ソフィアリアでも見抜けなかった事を察知したのがオーリムだなんて、なんだか嬉しかった。それだけ、オーリムはソフィアリアという人間を誰よりも見守っているという証左なのだから。


 そう思ってくすくす笑っていると、プロディージに変な顔をされてしまう。


「あのね……。嫌ってなかったけど、なんでも許すとまでは言ってないんだけど? むしろ許す訳ないじゃん。馬鹿じゃないの?」


「ええ、わたくしはずっとお馬鹿さんよ。お馬鹿さんだから、他の人とは違ってロディにキツく言われて嬉しくなっちゃうの。だから謝らなくてもいいわよ」


 それだけ言うと笑みを履きつつも真剣な表情をして、プロディージを見つめる。プロディージは一瞬目を見張り、けれどいつもの気怠(けだる)げな無表情を取り繕って、同じように向かい合ってくれた。


 姉弟でこうやって真面目に向かい合うのは、思い返せば初めてかもしれない。


「言葉や態度で示してくれなくても、わたくしはもう気持ちを誤魔化さず、ロディの気持ちをちゃんと受け取る事にするわ。だからロディをわたくしの唯一にするのは、もうおしまいね」


 決別の意味を込めてふわりと微笑むと、プロディージは少し目線を下げて、寂しそうに薄く笑った。


 これでもう、お互い依存し合うような(いびつ)な姉弟関係は、本当に終わりを迎える事になるのだろう。

 これからはただの姉弟として、それぞれ違う道を歩む事になる。束の間交差する事があっても、同じ道を歩む事はもうない。嫁ぐとはそういう事だ。


 本当はここに来る前に、こうやって向かい合わなければならなかったのだ。王命が下ってからセイドを離れるまで一季も時間はあったのに、たとえ結婚しても今まで通り姉弟のままだと、結婚するという自覚の足りなかったソフィアリアと、いつか戻ってくるという考えを捨てられなかったプロディージは、そこから間違えていた。


 間違えていなければ、こんな事にはならなかったのだろうか? 今となってはもう、わからないけれど。


「だからね、ロディ。ロディの中の特別がわたくしとメルの二人だったとしても、わたくしと同じ反応を、メルに期待してもダメよ?」


 そう言うと虚をつかれたような顔をして、たじろいでいた。


 急に謝るから何事かと思えば、まったく、姉弟揃って本当にどうしようもない馬鹿だと苦笑するしかない。


「わたくしに素直になって正直な気持ちをぶつけても、何も変わってあげられない。だって嬉しくないのだもの。……ロディがどうなりたいかは知らないし、協力も出来ないけど、優しくしたいなら本人にしてあげなさいな。わたくしでは多分、メルと同じ反応は返してあげられないわ」


 どうやらソフィアリアはプロディージに、メルローゼに今更優しくするとどういう反応が返ってくるかという実験台にされたらしい。何故ソフィアリアが選ばれたかというと、メルローゼと同じくらい大切で、その分あたりが強かったからだろう。

 そこまで深く想われていたなんてと驚いたが、ソフィアリアとメルローゼでは関係性も、考え方も、何もかも違うのだ。実験台にしても満足のいく結果が得られる訳がない。

 ソフィアリアはなんとなく予想が付くし、プロディージもわかっているから躊躇(ためら)いがあるのだろうが、こればっかりは本人達次第だ。だから助けてあげられない。

 でも、そう考えるという事は、まだ諦め切っている訳ではないんだなと安心した気分だ。


 そう指摘するとプロディージははぁーっと溜息を吐き、ガシガシと乱暴に頭を掻いた。そしてジロリと睨まれてしまう。


「……やっぱり姉上なんて嫌いだ」


「ふふっ、嬉しいわ」


 上部だけの悪態といういつも通りの反応が嬉しくてにっこり笑うと、ふいっと顔を背けられる。そしてぼんやり考え事をしていた。


 その横顔を見ていたら、少しだけ、全く違う方面でサービスしてあげたくなった。素直に向き合ってくれた事が嬉しくて、これからは新たな関係を築く、その第一歩のねぎらいという意味を込めて。


 なんだかんだ言いつつも、弟可愛いという気持ちだけは、生涯変わらないのだ。


「ねえ、ロディ。一つだけ、とっておきの情報を教えるわ」


「……何?」


「あのね、リム様がなんでもポンポン言い返すのって王様だけなの」


 突然無関係な情報を提示したからか、プロディージは目を(すが)める。だから何だ、とでも言いそうな気配を感じたので、そのまま言葉を続けた。


「フィーギス殿下やラトゥス様、プロムスもね。リム様はこの三人ともすっごく仲がいいんだけど、よっぽど怒っていないと軽口の叩き合いなんてせず、言われても口を(つぐ)んでしまうの。多分、たくさんの恩を感じているせいで自分は弟分だと、地位を下に置いているのね。だからリム様が対等な位置に置いたのは、ロディで二人目。王様の次よ」


 指を二本立てて微笑むと、プロディージは微妙な顔をしていた。多分、少し照れている。


 そういった訳があったから、二人が言い争いをするのを微笑ましく見守って、仲良しだなと笑ったのだ。


「ロディもリム様をわたくしやメルに近い場所まで即座に引き上げるのだから、よほどお気に入りなのよね?」


「嫌だよ、気色悪い。僕は頭のいい奴しか友達にしないんだ」


「あら。リム様は対人関係や(はかりごと)が苦手なだけで、勤勉でとても優秀よ? よかったわね」


「何がだよ」


 つんとそっぽを向くプロディージは本当に素直にはなれない。まあこの二人は放っておいても安泰だろう。ソフィアリアの読み通り、気が合っているのだから。


 それはそれとして。


「……わたくしとだって声を荒げて言い争いなんか絶対してくれないのに、ロディったらズルいわ」


 ぷくりと頰を膨らませると、物凄い顔で睨まれた。


「二人揃ってお互いの事で僕に嫉妬するのやめてくれない? くっそ迷惑なんだけど?」


「そういえば今朝のリム様との会話を思い返して、後から疑問に思ったのだけれど、リム様といつの間にお話したの?」


「……まあ、ちょっと昨日ね。ともかく、夫婦問題に巻き込まれるのは御免被(ごめんこうむ)る」


「……夫婦問題」


 思わずほわっと頰が上気し、自然と浮かんだ笑みを大切に包むように、その両手の平で覆った。そしてふふふふと不気味な笑い声が漏れてしまう。


「あら、そう? 夫婦問題、そうかしら? そう見えた? うふふふふ、夫婦ですって。はぁ〜、幸せ……」


 ふわふわしたままそうやって自分の幸せな世界に浸っていたら、プロディージから思いっきり引かれていた。けれどソフィアリアはそんな弟の様子に、一切気付く素振りすら見せない。


「…………姉上ってこんな恋愛脳だっけ?」


「どうかしらねぇ。でも、こういうわたくしは嫌いじゃないし、王様もリム様も喜んでくれるのよ?」


「姉上の恋愛事情なんて知りたくもなかったよ……」


 ウンザリしながら部屋に戻ったプロディージの背に手を振って、ソフィアリアはしばらくふわふわと幸せな世界へと旅立っていた。





            *





 姉から離れたプロディージは誰もいない事を確認すると、ガクリと項垂(うなだ)れた。


 姉は何か勘違いしているようだが、別にプロディージは姉を実験台になんてしていない。今までの行いを反省して、これからは姉に対しても素直になろうと思っただけだ。

 プロディージからの好意を素直に受け取ると言ったが、長年の行動のせいで、プロディージは姉の扱いがぞんざいだという印象を拭いきれないらしい。なかなか気持ちの切り替えが出来ないのは、姉も同じなようだ。


 というより姉は本来、人の機微には敏感な方だったはずなのだが、今は様子がおかしい。何かを強く拒絶して、頭にモヤがかかって思考が鈍っている状態とでもいうべきか。



 まあ、それを慰めるのはプロディージの役目ではないだろう。適任が二人も居るのだから気に留めつつも、二人に解決出来ない大事になるまでは気にしない事にする。


 ただひとつ、確かなのは――


「素直な弟は別にお呼びじゃないって訳ね。なら、僕は今まで通り接する事にするよ」


 ニッと皮肉げに口角を上げ、意地の悪い顔で笑う。


 どうも姉は自身に辛辣(しんらつ)な人間が居るという状況に安心するらしい。なら、その役割は引き続きプロディージが担うべきなのだろう。

 王鳥もオーリムも、そして多分この大屋敷の人間はソフィアリアに甘い。一歩引いてるのはオーリムの侍従だが、あれは使用人だから、余程の事がなければソフィアリアに楯突(たてつ)くなんて事は出来ない。彼は姉を警戒しているが、嫌ってはないように見えた。


 結局、変わるという決意は無駄だった訳だ。姉を特別視しているという自覚だけは(うなが)されて、行動は今まで通りを望まれるなんて、姉も面倒な事をさせる。

 面倒だが、それを姉が望むなら叶えてやろうと思った。それが今まで世話になってきた恩返しになるのなら(やす)いものだ。プロディージは変わらないだけでいいのだから。


 姉の事はもう、これ以上考える必要はないだろう。姉の事は王鳥とオーリムに任せて、プロディージは姉の居ない、自分の道を見つめ直さなければならない。だからこれ以上、姉の事ばかりかまけている訳にはいかないのだ。


「……どこまで僕の存在を、君の中にねじ込めるかな? ローゼ」


 決意を新たに見上げた空に、そうポツリと(つぶや)いた。



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