それぞれの道 2
双子の兄弟と女の子が大人に近付いたある日、三人は村から遠く離れた大きな学校に通う事になりました。
本当は聡明な双子の兄弟だけ呼ばれていましたが、女の子もついていくと言って聞かなかったのです。
――ここで強くダメだと突っぱねていれば、未来は幸せな方向に変わったのでしょうか。今となってはもうわかりません。
そうして村から離れて大きな学校に通うようになった三人は、この世界はそんなに優しくないという現実を目の当たりにし、呆然と立ち尽くしたのでした。
*
「ソフィっ⁉︎ ソフィっ‼︎ たたっ、大変なんだ! すぐ来てくれないかっ⁉︎」
昼食の少し前。ソフィアリアは温室でクラーラに大鳥や鳥騎族の事を教えていたら、切羽詰まった様子の父がドタバタと入ってきて、何事かと目を瞬かせた。
周りの侍女達も驚かせてしまったし、無作法な父で申し訳ない。
「お父しゃま、ドタドタはめっ!ですわよ?」
「ピィ!」
「ピヨ!」
こうして五歳のクラーラと生まれたての双子にすら怒られている始末である。さすがの父も一人と二羽にそう咎められてはグッと息を詰め、静止した。けれど落ち着いていられないらしく、目だけはキョロキョロと忙しなく動かしている。
「ご、ごめんよ」
「いえ。それでお父様、何かあったの?」
「あっ! そ、そうだった! ソフィ、ごめんだけど助けてくれないかっ⁉︎ 僕たちじゃ何も出来ないんだっ!」
――そう言って父に連れてこられたのは、使用人棟の前に広がる畑の一角だった。人だかりも出来ていたし、すぐに異変には気がついたが、何が何だかわからない。
とりあえず近寄ってみると
「……あらまぁ」
頰に手を当て、目を丸くした。そして困惑する。
その大きな姿は目立つのでわかっていたが、人だかりの視線の先には、たくさんの大鳥達が集まっていた。
嫌な予感がしつつ近寄ると、畑に植えられた一種類の苗を魔法で急成長させ、一分もしないうちに花が咲き、散り、やがて実がなり大きく成長するという不思議な光景が、この一角でのみ繰り広げられている。
そして大きく育ったその実を、大鳥達が美味しそうに食べていたのだ。
「まあ! おーとりしゃま達、とっても食いしん坊さんねぇ〜」
「ピ〜」
「ピヨ〜」
一緒について来たクラーラはその光景が楽しいのか、キラキラした目で大鳥達の事を観察していた。植物の急成長より、食いしん坊な大鳥に目が向いたようだ。よほど大鳥が好きになったらしい。
色々突っ込みどころ満載だが、魔法で植物を急成長させるというのは今まで何度も見てきたから、今更驚かない。ソフィアリアは大鳥達からその場で魔法を使い、種から成長させた花を毎日のように貰っていたのだから。
強いて言えば、今日は花ではないのが珍しいくらいか。あの魔法は花だけではなく、あらゆる植物に使えるらしい。
次に大鳥達が実を美味しそうに食べている事だが、これはかなり珍しい事だ。
大鳥達は食事を必要としない。彼らにとって食事とは伴侶とイチャイチャする為の手段の一つであり、ただの道楽だ。だからこうして、一つの実に全員で執着するという光景を初めて見た。
……いや、実を言うと二回目だ。初めてはソフィアリアの誕生日。プレゼントをくれた大鳥にお返しとして、ソフィアリアが捏ねたクッキーを渡したのだが、それはもう大人気となった。
大量に作ったのにすぐに無くなり、返せなかった分は後日見かけたら返すようにした。王鳥曰く、クッキーが好きな訳ではなく、王鳥妃が作ったから特別になったと言っていた。
今回のこれは、その時の様子をどこか彷彿とさせる。
次にそこまでして大鳥が執着している実というのが、セイドベリーである。なるほど、父が慌てて来る訳だ。
何故こうなったのか、何故こんなに大鳥達がセイドベリーに集っているのかはわからない。けれど一つだけ、どうしても見逃せない事があった。
ソフィアリアは精一杯眉を吊り上げ、キリッと大鳥達を見る。――まあ、なんの迫力も出ない、残念な垂れ目なのだが。
「大鳥様達、どうかこちらを向いてくださいませ」
「ピ?」
セイドベリーに夢中になっていた大鳥達は顔を上げ、ソフィアリアを見る。何羽かは嬉しそうに寄ってきてソフィアリアにセイドベリーをくれようとしたのだが、今は受け取ってあげないのだ。
「ここは立ち入り禁止だって、王様から聞いていたでしょうっ! 皆様が自由に出入りするから、せっかく実ったお野菜が潰れてしまっているではありませんかっ!」
そう、それだけは看過出来なかった。
この畑はこの大屋敷に住む人が退屈しないよう、好きなように育ててもらっている畑だ。
もちろん全ての食材をこの畑で賄っている訳ではないが、育った一部はこの大屋敷の食堂などで振る舞われている大切な畑だった。
大鳥達はソフィアリアによくプレゼントをくれる。最初の方、この畑から持ってきてしまう子が居て、それに困ったソフィアリアは持ってきてくれた子に注意したうえで、王鳥の通達でこの畑に大鳥達が立ち入る事を禁止してくれたのだ。
なのに今、堂々とその禁を破り、あまつさえ実っていた野菜さえも踏み潰してしまっている。到底許せる事ではない。
なのでそうピシャリと叱ると、大鳥達は初めてソフィアリアから怒られた事にショックを受け、集まっていた全員がピンっとまっすぐ直立した。
「ピ、ピィ〜……」
「ピィではありませんっ! お約束を破ったのはあなた達です! 今すぐこの畑から出て行って、みんなに謝りなさいっ!」
「ピピっ⁉︎」
「セイドベリーを食べたいのはわかりましたけれど、少し加減を考えてくださいませっ! 魔法で実らせたセイドベリーというのもそうなのかはわかりませんが、植物というのは土の栄養を吸って成長しているのですよ! こんなにポンポン急成長を繰り返していたら、この畑が枯れてしまうではありませんかっ!」
「ビー、ピピー……」
「……それは大丈夫なのですね? なら、安心しました。でも、だからと言ってここを荒らしても許される訳ではありませんよ!」
「…………何してんのさ、姉上?」
大事な話し合いの最中に後ろからそう声を掛けられ、くるりと振り向くと、顔を引き攣らせたプロディージが立っていた。
何故ここにと思いつつも、よく見れば集まった人達も似たような表情をしている。
「お兄しゃま! 今ね、おいたをしたおーとりしゃま達に、お姉しゃまがめっ!ってしているのよ? お姉しゃまのガミガミ、とっても珍しいねぇ〜」
「ピー……」
「ピヨー……」
クラーラの前であまり怒った経験はないからか、クラーラも目を丸くして、しげしげとソフィアリアを見ている。双子は叱る姿に恐怖を感じたのか、しょんぼりとしてしまっていた。
そこでやっと我に返り、両頬を手で覆って、恥ずかしくて少し赤くなってしまった頰を隠す。とんだ大失態である。
「やだ……ごめんなさいね、無作法者で。大声を上げて、わたくしったらはしたなかったわ」
「作法の問題じゃないんだけど?」
ギロリと睨まれ、呆れたように溜息を吐かれたが、そう言われてもと首を傾げる。この大屋敷に来てから自由奔放な大鳥と接して気が抜けるのか、だんだんと淑女らしさが抜け落ちている気がするし、そこをプロディージに咎められるのは仕方ないと思う。なのに違うのか。
きょとん顔を半眼で睨まれつつ、プロディージは言葉を続ける。
「王鳥妃って大鳥様と会話出来るようになる訳?」
「いいえ? 王様と身を寄せ合っていればそのうち出来るって言われたけれど、今は無理よ。……ああ、そういう事ね。ふふっ、大鳥様達はリム様と同じくらい素直だから、接しているうちになんとなくわかるようになるわ」
どうやら大鳥の言葉を読み取ったのが不思議だったらしい。ソフィアリアも本当はわかっていないのだ。ただ、なんとなくそう言っているような気がすると思うだけで、合っているのかはわからない。けれど、大鳥達の反応を見るに間違いではないと思う。
プロディージはそれを聞き、渋面を浮かべる。
「オーリムはオーリムで、あの調子だから別の意味で読み辛いんだけど……。ていうか、護り神様である大鳥様相手によく説教なんて出来るよね」
「当然の事よ。なんたって余の妃だからな。大鳥は余の民であり、妃の民でもある。間違いを正せる度量くらい備えていてもらわねば、困るであろう? 民の間違いを日和って正せぬ妃なぞ、余は認めぬよ」
話していると、王鳥に乗ったオーリム――の姿を借りた王鳥がストンと側に着地した。着替えを済ませているところを見ると、いつの間にか帰ってきていたらしい。
ソフィアリアは早朝の事が気になったが、ヒョイっと抱えられ、尋ねる機会を失った。というより、何事もなかったかのようにいつも通りに見えて、首を傾げる。
「おかえりなさいませ、王様。大鳥様達が立ち入り禁止の畑を荒らしてしまったので、叱っていたのです」
「ああ、知っておるよ。何やら面白い事になっておったので来てみたのだ」
くつくつ笑う王鳥は、オーリムに無断で来たのではないかと不安になった。忙しそうなのに、仕事が押してしまうのではないだろうか。
王鳥はそんなソフィアリアを他所に、セイドベリーの苗を一瞥すると、一瞬で実を実らせる。そのスピードは圧倒的だなと感心しつつ、一つ摘んでヒョイっと口の中に入れて笑みを浮かべていた。セイドベリーは王鳥も大好物なのだ。
「セイドの地が大鳥と相性が良いと話したであろう? そのセイドでしか作れないセイドベリーも大鳥と相性が良く、更に妃の名がついている事と余の好物とあって、大鳥達をすっかり夢中にさせてしもうたようだな」
「まあ! では大鳥様も、セイドベリーが好物になってしまわれたのですか?」
「うむ。――ここの庭師と義父上はおるか?」
王鳥は人だかりの方にそう声を掛けると、庭師の長が慌ててこちらに駆け寄ってくる。父は自分が呼ばれたとは思わなかったらしく、ソフィアリアと目があって手招けば、ギョッとしたように、けれどパタパタと忙しなく近寄って来てくれた。
「お、お呼びですかえ?」
「ああ。広場の奥地に大鳥用のセイドベリー畑を作る。荒らしてすまなかったな。きちんと元に戻させるから許せ。義父上、勝手に生やした分から株分けして持っていくが、よいな?」
「ぅえっ⁉︎ えっと、はいっ! 大鳥様に気に入っていただけて、恐縮、ですっ!」
ガチガチの二人に苦笑して、王鳥は大鳥に視線を向けると何羽か飛び立って行ってしまった。きっと、畑を作る為の指示でも出したのだろう。
「畑の世話はいらんですか?」
「ああ、必要ない。あれは大鳥達が魔法で育てるからな。ここに植えておったセイドベリーは勝手に成長させたが、普通に実っておるからこのまま置いていくぞ。収穫して其方らも楽しめばよい。……今回の詫びは、あっちの畑で実らせたセイドベリーでも本日中に届けさせよう。大鳥に合わせるから、少し味は変わるかもしれぬがな」
「ありがとうございます、王様。遠慮なくいただいて、大屋敷の皆様に食べてもらいますね。それと、おいたをした子達は王様も注意しておいてくださいな」
「妃も容赦がないのぅ。まあ、よい。では、こやつがうるさいから余は戻るよ」
そう言ってソフィアリアを降ろし、背を向けながらヒラヒラと手を振って行ってしまった。本来の王鳥も、いつの間にか消えている。
そんな背中をクラーラと双子が手を振って見送り、ソフィアリアもそれを真似た。
……なんとなく、それがいつもと違う気がするというのは考え過ぎなのだろうか。そう思って胸に広がる不安を無理矢理押し込めた。
「……大量生産が安易でいいよね。大金が必要だし、セイドベリーが欲しいなら、うちから買ってほしかったんだけど?」
「あら? 王鳥様と大鳥様、それに代行人様の大好物で、わたくしの旧姓が使われているのよ? それをいいようにお使いなさいな」
「言われなくても当然だし。ていうか、ここで楽しむ分には目を瞑るけど、絶対に流通させないでよね」
「ええ、わかっているわ」
くすくすと笑う。昨夜もそうだったが、あんな事があったのにこうやって普通に会話出来ているのだから、不思議なものだ。プロディージの恨みはソフィアリアが思っているほど、深くないという事だろうか?
だとすれば随分と丸くなったものだ。ソフィアリアのいない所で、何かきっかけでもあったのか。聞いてもきっと教えてくれないのだろうけれど。
大鳥が畑を直して解散した事により、集まった人だかりも解散の雰囲気が流れていた。
クラーラと双子は今度は父について行ってしまったので、それを横目で見つつ、ソフィアリアはプロディージと向かい合う。
「で、どうかしたの? 何かあった?」
笑みを浮かべて優しくそう尋ねれば、一瞬躊躇し、けれど意を決したようにソフィアリアをまっすぐ見てきた。
「昼からこの大屋敷の建築士が来るんだ。彼らと相談しながら、セイドの屋敷の大まかな間取りを決める事になってる。そこにロー……ペクーニア嬢も同席してもらって、貴族の屋敷の事を聞きたいって手紙を渡したら返事が来て、姉上もいるならって書いてあったから、同席を頼みたいんだけど」
珍しくお願い事があったらしい。けれどそういう事なら、困ったように笑う事しか返してやれない。
「ロディ。わたくしはもう、セイドの屋敷も二人の事も、無関係なのよ?」
「知ってる。居るだけでいいよ、何も口出しはいらないし、なんなら同じ部屋に居て別の事をしてていいからさ。ちょっと付き合ってよ」
「……わかったわ。わたくし、本当に何も言わないわよ?」
そう言うと珍しく口角を上げて、頷いた。きっとメルローゼを呼べる事が嬉しいのだろう。
……プロディージはまだ諦めていないと、そう信じてもいいだろうか。
当初の予定通り、二人にやり直してほしいと思う気持ちは、なかなか諦められやしないのだ。




