それぞれの道 1
ある村に、大変仲のいい双子の兄弟と、その遠縁である一つ上の歳の女の子がおりました。
双子の兄弟はどちらも非常に聡明で、兄は優しく、弟は力自慢な子でした。
*
「おはようございます、ラズくん」
翌朝。今日もソフィアリアは薄明るい早朝から、玄関ポーチで王鳥と戯れながらオーリムを待っていた。
「お、はよう」
オーリムは少し視線を逸らしながらそう返事を返し、緩く笑う。ほんのり顔が赤いのは、今日もネグリジェ姿だからだろうか。
「ピ!」
「ああ、わかってる。その、フィア」
どこか緊張を孕みながら、オーリムはいつかの夜と同じように両腕を広げる。その理由はわからなかったが、大好きな婚約者からのお誘いを断る理由もないので、とりあえず腕の中に飛び込んだ。
薄着だからかビクリと肩を震わせ、おずおずと腕の中に囲われる。嬉しいのだが、突然何だろうか?
「どうかしたの?」
「昨日、中庭でペクーニア嬢と話しているのを聞いた」
その言葉に目を見開く。こうされる理由がわかって、思わずギュッとしがみついてしまった。
オーリムはまたポンポンと優しく背中を叩き、王鳥もソフィアリアの背に引っ付いて、オーリムと二人でソフィアリアを挟むように立ってくれる。
二人の優しい温もりに冷えた心が慰められ、秘めていた言葉がポロポロと口から滑り落ちていった。
「……どうしよう、王様、ラズくん。このまま二人が本当に別れる事になってしまったら」
泣いてないが、情けない涙声だ。その声に胸を締め付けられたオーリムは更にギュッと抱き寄せる。
「どうしてあの時、別れるべきだって、婚約は間違いで、二人に絆なんてないなんて言ってしまったの? 離れさせるだけなら、あんな言葉は必要なかったじゃない。何故、わたくしは…………」
あの夜。今思えばソフィアリアは二人を引き離して、全てをやり直すべきだという思いに囚われ過ぎていた。だから必要以上に強い言葉を投げつけて、二人を傷付けながら徹底的に引き裂いたのだ。
でもそれは、二人は結局お互いを求め合う事をやめられるはずがないと信じていたからだ。ソフィアリアが傷付けた傷は二人で癒し合って、絆を深める理由になればと思ってあえてそうした――今となってはもう、酷い言い訳にしか聞こえないけれど。
その結果二人がソフィアリアを嫌おうが、それでもいいと思ったのだ。多干渉によって二人を甘やかした罰がそれなら、甘んじて受け入れる心づもりをしていた。
けれどソフィアリアは一つだけ、メルローゼの心がプロディージから離れ、別の人に傾き始めているという点だけを見抜けなかった。
フィーギス殿下達とメルローゼの部屋で会話をした時の反応で何かあるとは思っていたが、まさかラクトルという男がメルローゼと旧知で、既に楽しい時間を過ごした後だという点だけは予想していなかったのだ。
そしてそれを、よりによってプロディージに聞かせてしまった。
プロディージはあんな性格だが、基本的に臆病で、そんな自分をソフィアリアの次に嫌っているのだろうと思っている。
懐に入れた人物への執着心は非常に強いが、離れようという素振りを一瞬でも見せればあっさりと手を離し、二度と近付かないように全力で追い払ってしまう――自分と関わってもキツい言葉で傷付けるだけだと自覚していて、だから離れていくのは仕方ないと割り切っているのだ。
今回ソフィアリアのした事は全部裏目に出てしまい、本当に二人を引き裂いて、全てが終わりそうな現実に打ちのめされていた。けれど原因を作ったソフィアリアに嘆く資格なんかないので、黙っている事しか出来なかった。
それを今までひた隠していたのに、どうやら王鳥とオーリムには見抜かれてしまったらしい。
「……そうだな。確かにあの言葉は、ちょっと酷かった。俺が言われていたら軽く絶望していると思う」
「ね。本当にわたくしは」
「でも俺はどんなに絶望しても、フィアの事だけは絶対に離してやらない。……ごめん、俺は身を引いてフィアの幸せを願えるような善人じゃない。告白した日の『もう離せない』って言葉はどうしようもなく本心で、一生改める気はないから」
少し顔を上げるとオーリムは真剣な表情でソフィアリアを見つめていて、その不思議な虹彩に縛り付けられるような錯覚を覚える。息苦しさすら感じるそれは、ソフィアリアにとっては何よりも甘美な拘束だと感じた。
「だからフィアの言葉だけでダメになるなら、二人の想いはそれまでだって話だ。そんな二人をいつまでも縛り付けておく必要がどこにある?」
くしゃりと腕の中で表情を歪ませる。彼は基本的にソフィアリアに甘いが、甘やかすだけの行為はあまりしてくれないようだ。
どこまでも真っ直ぐで飾る事をせず、慰める為の気休めなんか言えないし、正直だ。ここでソフィアリアの欲しい『二人は大丈夫』という言葉を言ってくれないのがその証拠だろう。
でもきっと、オーリムの言う通りなのだ。原因を作ったのはソフィアリアだったが、その後どうするかは二人次第。きっかけを作ったからには、それを受け入れなければならないだろう。
それに今更悔やんでも、傷付けた二人に言い放った言葉を撤回して言い訳を並べる程、愚かな人間にはなれない。傷付いた二人に傷付けた本人が許しを乞うて一人だけ楽になりたいなんて論外だ。そんな事は欠片も望んでいない。
では何故ソフィアリアはこうして王鳥やオーリムに罪を告白して、慰めてもらっているのだろうか。ソフィアリアは加害者で、何をそんなに胸を痛める理由がある?
そう思うとなんだか縋り付くのは違う気がして、温かなこの場所から離れようとした。が、全く腕から開放してくれる気配がない。何故だ。
オーリムはそんなソフィアリアに苦笑して、落ち着かせようと優しく髪を撫でる。
「フィアは自分に対して、厳しくて無頓着だよな」
「そんな事ないわ。いっつも自分が一番悪いって言い訳を使って、まるで被害者かのようにこうやって泣きついて、自分の事ばかりよ」
「自分ばかりの奴は自分を律して離れようとはしないだろ。……どんな理由であれ、フィアも傷付いている事には変わらないし、俺と王はそんなフィアを見過ごさない。今はあまり時間はないけど、ここでくらい思う存分嘆けばいい。ここから離れたらフィアは加害者で、悪人なんだろ?」
信じられない気持ちで目を見開いた。オーリムを見るとどこまでも優しい表情で、なお驚く。
オーリムはソフィアリアが悪人を自称するのを何よりも厭い、そう言う度に傷付いていた。
それを知ったソフィアリアは、極力心のうちに留めて言わないようにしていたのに、オーリムの方からそれを言われるとは思わなかったのだ。
「……どうして」
「言っておくけど、俺は断固としてそうは思わないからな? でも、フィアはどうしても自分からそうなりに行きがちだから、意識を変えるのは諦めて寄り添う事にした。王も似たような所があるし、そういう奴の相手をするのには慣れている。俺はそんな二人に引っ張ってもらってるって自覚はあるし、止められないだろ」
「ピーピ」
王鳥がソフィアリアの肩越しにオーリムに頬擦りしていた。オーリムは当然嫌そうに押し退けていたが、それでも王鳥のオーリムを見る目は慈しみに溢れているとわかる。
まるで子供の成長を喜ぶ親のようだ。なんだか胸がいっぱいで、目頭が熱い。
それを誤魔化すように、ソフィアリアもオーリムに笑いかけた。
「ラズくん、大人になったわねぇ」
「……俺はフィアの弟にも子供にもなる気はないからな?」
「弟に似てるなってずっと思っていたけれど、弟のようだなって思った事は一度もないのよ? もちろん、わたくしの子供だなんて考えた事もないわ」
唇を尖らせて不貞腐れるオーリムはいつも通りで、ついくすくすと笑ってしまう。
でも、精神的に日々成長していっているのだろう。それがソフィアリアと両想いになったというのも一因だとしたら、とても嬉しくて少し擽ったい。
いつまでも後悔を引き摺るばかりのソフィアリアも、負けていられないなと思った。
オーリムは王鳥とソフィアリアに引っ張ってもらってると言っていたが、行くべき道をまっすぐ指を差して、迷わないように教えてくれるのはずっとオーリムだ。ソフィアリアこそ、王鳥とオーリムの事はもう二度と離してやれないかもしれない。
心が離れていこうとするならば、それこそなりふり構わず、世界一の極悪人になってでも引き留めてみせるなんて言えば、さすがに幻滅されてしまうだろうか。……何となくこの二人は、逆に喜ぶかもしれないなと思った。
「ピ!」
「ああ、そろそろ行かないとな。……フィア」
「なあに?」
笑うのはやめて顔を上げると、左頬に柔らかな唇、右頬に硬い嘴の感触を感じる。二人同時は予想外で、目を見開いてポカンとしてしまった。
同時に離れていく二人を目で追って名残惜しく思いながら、ソフィアリアも王鳥とオーリムにそれぞれ同じ場所にキスを返す。
「同時にされるのは嬉しいけれど、同時に返してあげられないのが残念ね。二人とも、次からは頰をくっ付け合ってくれないかしら? そうすれば同時にお返し出来ると思うの」
「ピ!」
「誰がやるか。王も勝手に了承するな」
「ピィ……」
残念である。王鳥と二人して、ガッカリと肩を落とした。
「じゃあ、もう行く」
「ええ、今日は本当にありがとう。いってらっしゃいませ」
そう言って笑顔で手を振り、今日もその背中を見送った。と――
「……王様?」
今日もまた、王鳥はソフィアリアを振り返る。
昨日と同じくじっとソフィアリアを見つめていたので、ソフィアリアもより一層笑みを深め、手を振る。
王鳥も満足そうに目を細め、けれどそこで、ようやく異変に気が付いた。
何がと言われても困るが、その目がどこか遠いのだ。愛おしむその瞳はいつもと変わらない。けれどなんだか、気がつけばずっと遠くから見守るかのような目をしている気がする。
いつの間にこんなに距離が空いていたのだろうかと呆然と立ち尽くし、思わず一歩踏み出せば、その瞬間飛んで行ってしまい、姿が見えなくなった。
ソフィアリアはそれを見て、その場で立ち尽くす。胸がザワリと嫌な風に騒いで、自らの腕をギュッと掻き抱いた。
――嫌な予感に呆然と立ち尽くしたその日。それが早朝に王鳥の姿を見た最後の日になった。
*
双子の兄弟はどちらも女の子の事が大好きで、女の子も双子の兄弟の事が好きでしたが、特に聡明で力自慢な弟の事が大好きになりました。
兄はそれを悲しく思いましたが、彼は優しかったので涙を飲み、二人の仲を応援したのです。




