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【第三部番外編連載中】王鳥と代行人の初代お妃さま  作者: 梅B助
第二部 夜空の天人鳥の遊離
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弟の心変わり 4



 前もって許可は取ってあったので執務室に無言のまま入ると、王鳥とオーリムが居て驚いた。オーリムも突然入ってきたプロディージに目を丸くしている。


「なんだ、もう帰ってたんだ?」


「そっちこそ。で、成果はあったのか?」


「あったけど、僕から話していいのかわからないから、フィーギス殿下かフォルティス卿に聞いて」


 つれなくそう言えば納得したのか(うなず)いて、執務机に目線を落としている。何をしているのか知らないが、仕事中らしい。ちゃんと代行人やってるんだなと失礼な事を思っていた。


 プロディージは部屋の(すみ)、昨日フィーギス殿下達と話したソファに座ると、バスケットを机の上に置いて、持ってきてもらった資料に手を伸ばす。


「ピ」


「……なんだと? ロディ、そのバスケットの中身、フィアの作った菓子なのか?」


 どうやら二人に見抜かれたらしい。さすが神様と色ボケ狂信者というかなんというか、その目敏(めざと)さに呆れたような視線を投げかけ、溜息を吐きながら答えてやる事にする。


「そうだけど? これは昨日僕が頼んだものだから、あげないよ」


「太るぞ」


「今日一日で全部は食べないし。それに僕はいくら食べても太らない体質だから」


「……ああ、だから細いんだな」


「は?」


 甘いものに目がないプロディージと、姉の作った物に執着するオーリムの間にバチバチと火花が散る。双生(そうせい)だが何だか知らないが、本当にこの男とは相入れない。


「……とにかく。僕はとっても忙しいんだから、余計な事で(わずら)わせないでよね」


 仕方がないので無視する事にした。(にら)みつけるような視線も、バスケットを見る物欲しそうな目も、プロディージには一切無関係だ。


 そうあしらう事にして、手に持ったアーヴィスティーラの事をまとめている資料を読み進める。書いてあるのは昨日聞いた話と相違はなく、少し引っかかる部分を頭の(すみ)に置いておく。機密文書なので、別紙に書き控えておくなんて事はしない。


 そうやって紙を(めく)る音と筆を走らせる音だけが静かな執務室に響き渡って数時間。突然オーリムが立ち上がった気配を感じる。仕事が終わったのかもしれない。


「茶入れるんだが、ロディも飲むか?」


「へぇ〜、意外と気がきくじゃん? 砂糖は三杯ね」


「一言余計だ。……にしても、そんなに入れるのか? この茶も甘い方なんだが」


「当然。オーリムと違って僕は頭を使うから、糖分がほしくなるんだよね。ミルクは仕方ないから我慢してあげる」


「今まで仕事してたのを知ってるだろう! それにミルクなんて、本当にないからな?」


 残念である。厨房に取りに行くのも面倒だし、諦めるしかない。


 オーリムが紅茶を淹れるのを待つ間、プロディージは引き続き資料に目を通す。ふと、特に気になる記述を見つけて、腕を組んで目を(つぶ)り、深く考え込んでいた。


「……寝たのか?」


「いや? 寝てられるほど時間の余裕はないし」


 そんな事をしている間にオーリムは淹れ終わったらしい。無言で受け取ると(にら)まれたので、仕方がないからお礼の言葉の代わりに、バスケットからいちごジャムのパイを取り出して、オーリムにあげる事にした。


「ん」


「いいのか?」


「ピ!」


 途端、二人して目を輝かせて喜ぶのだから、わかりやすいものだ。昨日の事を覚えていたからパイにした、なんて事は絶対教えてやらないけれど。


 オーリムはいそいそと机に戻り、半分に分けると王鳥にも分け与えていた。好物なのに当たり前のように分けるんだなとぼんやり思いながら、フィナンシェを(かじ)って紅茶を飲む。


「……まっず」


 思わず正直に答えてしまった。いい茶葉を使っているはずなのに異常に苦くて渋い。なのに味がない。そこに砂糖の甘さが合わさって、口の中に不快感だけが広がっていく。

 何を飲ませるんだと(にら)めば、反対に(にら)まれてしまった。理不尽だ。


「まずいとはなんだ! 確かに大味だが、飲めなくはないだろ」


「いやいや、こんなの飲めたもんじゃないから。何せっかくのいい茶葉を台無しにしてる訳? お茶農家の農民と僕に今すぐ謝って」


「農家はいいが、ロディにだけは絶対謝らないからな!」


「むしろ一番に謝ってほしいんだけど?」


「……プピー」


 多分王鳥に笑われてしまった。姉といい王鳥といい、何故オーリムと言い争いをすると、どこか微笑ましいと言わんばかりの目をするのか。なんとも解せないものである。


 プロディージは溜息を吐き、美味しくない紅茶を一気に飲み干す。


「……まずいと言いながら飲むのか?」


「食材を無駄にするほど、僕はいい暮らしをしていなかったからね。不味くても失敗しても、捨てるような真似だけは出来ないよ」


「それは俺もだが」


「別にこんな事で共感なんていらないから」


 そう一蹴(いっしゅう)して黙らせると、新しいポットを勝手に取り出す。意図を察したのかオーリムは魔法で熱湯を出し、それを受け取ると慣れた手つきで紅茶を淹れ、カップをオーリムに差し出した。


「最低限これくらいで作って」


 オーリムは眉根を寄せて嫌々それを受け取ると、優雅さの欠片もなくグイッと勢いよく飲んだ。


 そしてカップの中の紅茶を見て微妙な顔をしていたから、思わずジトリと睨んでしまう。これでも自信はあるのだ。だからその反応は許せなかった。


「……何? 文句ある訳?」


「ない。……フィアの紅茶と同じ味だから、なんか嫌だ。今夜は飲めなかったのに」


 そう言って何故かしょんぼりし始めてしまったオーリムの言葉に、プロディージだって嫌そうに眉根を寄せる。何故、プロディージ自慢の紅茶を、姉と同じ味だなんて言われなければならないのか。屈辱(くつじょく)であるとつい思ってしまうのは、長年の習慣(ゆえ)だ。


 ――よく思い返せば、紅茶の淹れ方は姉と一緒に、母から習ったのだ。そして姉の方が上手かった事にイラッとして、追い抜けるように練習を重ねた。結局母(いわ)く、同じくらい美味しいという感想しかもらえなかったけれど。


 だから同じなのも当然かと溜息を吐く。嫌がっていようが姉弟である期間が長く、同じ先生のもとで競い合うように学び、認めたくないが、姉を見て育ってきたと言っても過言ではないのだ。だから思考や身に付けた技なんかは、どこか似通ってしまうのだろう。今日はそれを自覚ばかりだなと思う。


「プピー」


 そんな思考を読まれたのか、王鳥がプロディージを見て馬鹿にしたように鳴いたのは、少しイラッとしたが。


「……王鳥様はやはり鶏肉の味がするのかな?」


「大鳥は鳥じゃないから違うと思うが。……フィーも言うが、とんでもない事を躊躇(ためら)いもなく言い出すな……」


「オーリムの双生(そうせい)だから、このくらいの軽口ならセーフでしょ。だって王鳥様は神様なのだから、懐くらい広くなくちゃ。ですよね? 王鳥義兄上(あにうえ)


「ほんと都合がいいよな……」


「ビー」


 調子に乗るなと言われたような気がしたが、言葉がわからないのだから知った事ではない。


 バスケットから小さめのチーズタルトを取り出して食べると、食べ慣れたいつもの味だ。強いて言えば、セイドにいた頃より食材の質がいいので、いつもより芳醇(ほうじゅん)なくらいか。タルトを目で追っている二人は当然無視だ。


「くっ……! 夜食だけは用意してほしいと、頼んでおくべきだったかっ……!」


「ピィ……!」


 ざまあみろとほくそ笑む。恨めしげに(にら)まれても知らない。パイはあげても、タルトだけは譲ってやらないのだ。だって姉の作ったタルトは、プロディージの大好物なのだから。


 ふと、思ってしまう。


「姉上のお菓子なんて王鳥様もオーリムもこれからいくらでも食べられるけど、遠く離れたところに住む僕はもう滅多に食べる事が出来ないんだからさ? だから譲ってよね」


 そうポツリと(つぶや)くとオーリムはグッと(ひる)む。情に訴えかけるとすぐ懐柔(かいじゅう)出来てしまうそのチョロさはどうかと思うが、こればかりは本心だった。


 以前までは、いつか出戻らせるつもりだったので全く気にした事はなかったが、姉はもうここから離れるつもりはないという事は、この食べ慣れたいつものお菓子だって縁遠くなるという事だ。同じタルトなのに姉と母の作るものは味が少し違う。だから姉の作ったものを食べたいと思っても、滅多に口にする事は出来なくなる。

 今から二年間、プロディージは島都学園の寮に入るのでまだ機会はあるだろう。けれどそれから先は社交シーズンにならないと島都には来る機会はなく、そして島都に居ても社交などで多忙な為、毎日大屋敷で過ごせる訳ではない。


 食べ慣れた味がたまに食べられる好物に変わるのだなと思うと、今更ながら苦い気持ちが湧く。本当にプロディージは、姉が離れていくという事を実感していなかったらしい。


「そう言われると、欲しいとは言い辛い」


「でしょ? だから今日は諦めて。欲しかったら自分で頼んでよね」


「……わかった」


「ピィ……」


 どうやら諦めてくれたらしい。その事にほっと一安心した。口では辛辣(しんらつ)な言葉が勝手に飛び出すが、内心独り占めしている事に少々罪悪感があったのも確かなのだ。


 だからもう、意地悪はやめる事にする。


 プロディージはバスケットの中から更に小さなバスケットを取り出すと、二人に差し出す。そんなプロディージに、きょとんとムカつく間抜け顔を(さら)していた。


「……なんだ?」


「オーリムと王鳥様の分だって。一緒に入ってた」


 そう言ってニヤリと意地悪く笑う。


 持たされたバスケットの中には、王鳥とオーリム用にと分けられたバスケットも入っていたのだ。姉はプロディージがオーリムに会う事まで想定済みだったらしい。

 特に何も言われなかったのでつい意地悪をしてしまったが、別に本気でこっそり懐にしまうつもりなんてなかった。ただの出来心だったのだ。


 当然、そんなプロディージにオーリムは眉を吊り上げる。


「ほんとロディって奴はっ!」


「ほんの冗談じゃん」


「フィアの菓子を冗談で奪われてたまるか!」


「盗るつもりなんて半分しかなかったんだから、許してよね」


「半分盗む気だったんじゃないかっ⁉︎」


 しつこい奴である。やれやれと溜息を吐いて、わざとらしく肩を(すく)めた。


「ビ!」


「痛っ⁉︎」


 王鳥に額を(くちばし)で一突きされてしまった。だいぶ手加減はしてくれたようだが、痛いものは痛い。脳天を揺さぶられた感覚とつきつきと痛む額を手で押さえながら、さすがに少々調子に乗り過ぎたと反省する。……心の中だけで、だが。


 けれど姉を(さら)っていくのだから、このくらいは許してほしい。長らく素直に認められなかったが、姉はプロディージにとって、メルローゼと並ぶくらい大事な人だったのだから。


 そんな大事な人に、いつまでも反抗的な態度をとるのも間違いだろう。素直になれないまま離れてしまったのだから、こうして側にいる間に、お礼と謝罪くらいはしておきたいと思った。


 いつでも、いつまでもずっと側に居てくれるなんて事は、もう二度と叶わない夢物語になってしまったのだと、それを自覚した一日だった。

 そのきっかけは今朝のオーリムの言葉のおかげだなんて、なんだか面白くない気分だったから、ついやり過ぎてしまったのだ。



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