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【第三部番外編連載中】王鳥と代行人の初代お妃さま  作者: 梅B助
第二部 夜空の天人鳥の遊離
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弟の心変わり 2



 やって来た夜会は、イ・グノーラ伯爵家という高位貴族のご令嬢の誕生日を祝う夜会だった。フィーギス殿下とラトゥスの同級生だったらしい。と言っても二人は飛び級したので、年上だ。


 ……王族としての公務の為とはいえ、特例で飛び級が認められたのは少し羨ましい。プロディージにとって学園は、復習にしかならないであろう授業時間と学費の無駄でしかないと思っている。と言っても正式に爵位を継ぐ為には卒業する事が必須で、社交には役立つのだろうが。


 この家とは全く繋がりも興味もないのだが、プロディージは田舎臭さを出す為に、キョロキョロとあたりを見回しながら目をキラキラと輝かせて見せる。はっきり言って疲れるし、こんな馬鹿っぽい振る舞いは御免被(ごめんこうむ)るのだけど、変装の為なら致し方ない。


「フォルティス卿、フォルティス卿。すごいですね、こんな立派なお屋敷に来たのは()()、初めてです!」


「……君は……」


「なにか?」


 ふわふわと笑いながら無言の圧力を掛けると、この物言いたげなラトゥスは黙ってくれた。

 ラトゥスが言ったのだ。本来のプロディージからは程遠い方がいいと。なら、協力くらいはしてほしい。


 ここにいる見目麗しく有名なラトゥスが人目を引いているのか、そんなラトゥスが連れて来た見慣れない田舎者風のプロディージが珍しいのか、数多の視線を感じる。特に女性陣からの熱視線が多いので、やはり目的はラトゥスなのだろう。

 そう思う事にしないとやってられない。興味もない不特定多数から視線を向けられる事がこんなに不快だなんて初めて知った。セイドとペクーニア領にしか居た事がないので、こういう事は未経験なのだ。


 けど、これからセイド男爵家嫡男として社交会に出れば、この数倍は向けられるのだろう。自慢ではないが顔だけは母似で綺麗だという自覚はあるし、姉のせいで今注目のセイド男爵家の人間である。そのうち慣れるかもしれないが、慣れるまでが大変だなと、つい遠い目をしてしまった。社交とは、なんて面倒なのだろうか。


「……平気か?」


 そんな内面を察してか、ラトゥスに心配をかけてしまった。だからデレデレ笑って見せて、大きく頷く。


「ええ! 女性からの視線が嬉しくて(くすぐ)ったいですね。これもフォルティス卿のおかげです!」


「そうでもないと思うが」


「ありますよ〜」


 頭が悪そうにヘラヘラ笑いながら、内心ウンザリしていた。早く済ませて早く帰りたい。大屋敷で何かスイーツでも用意してくれていないだろうかと、そう希望を抱いてこの場を(しの)がないと、とてもではないがやってられない。


 ラトゥスに連れてこられたのは、今回の主役らしいご令嬢とその家族だった。どうやらラトゥスと知り合いらしく、当主であろう男性はラトゥスを見て朗らかに微笑む。


「やあ、フォルティス卿。今日は()()()にわざわざありがとう」


「まあラトゥス様! ようこそおいでくださいました。今日という日に貴方様のお顔を見られるなんて、最高のプレゼントですわ!」


 娘の為という単語をひどく強調する当主と、頬を上気させて目を潤ませるご令嬢の姿で察する。どうやらこの家はラトゥスの婚約者の座を狙っているらしい。


 なら、いずれクラーラに危害を加えないとも限らないので、念の為家名と顔は覚えておく。手出ししてこようものなら、遠慮なく追い落としてやる予定である。

 プロディージは姉に変に執着していたが、もちろん妹の事だって何よりも大事で、護るべき庇護対象なのだから。


 ラトゥスも狙われていると気が付いているだろうが、慣れているのか受け流して、言葉を交わす。


「お誕生日おめでとうございます、イ・グノーラ嬢。幸多き一年となられますようお祈り申し上げます。……伯爵様、先代様は本日いらっしゃいますか?」


「ああ、父上ならあちらに」


 そう言って指を指した方向をラトゥスは目で追って頷くと、挨拶を交わしてそちらへ(おもむ)こうとする。が――


「あら、つれないですわね。ねえラトゥス様、よければわたくしと踊りませんか? わたくしこの為に、本日はまだどなたとも踊っておりませんのよ?」


 含みを隠そうともせずに笑う令嬢の姿に、思わず冷たい目を投げかける。勿論(もちろん)一瞬で表情を取り繕ったが。


 この夜会は始まってから時間が経っており、主役であるはずなのにまだファーストダンスを踊っていないらしい。とうに学園を卒業した年齢だというのに、まだ婚約者すら決まっていないようだ。

 高位貴族のご令嬢とはいえ、男兄弟がいるので嫁ぐ事になるというのに、随分と悠長に構えているのだなと思う。それだけ自信があるのか、本人に問題があるのか……おそらく両方だろうが、狙いを定められたラトゥスには合掌する他ない。


「せっかくのお誘いなのですが、私は今フィーギス殿下より行動を(つつし)むよう厳命を受けております(ゆえ)。申し訳ございません。私の代わりとして、彼をご紹介させていただいてもよろしいでしょうか?」


 フィーギス殿下からの厳命という便利な断り文句があって羨ましいと他人事のように感じていたら、そう言って視線を投げかけられたのでギョッとしてしまう。勿論(もちろん)内心の話で、表向きは嬉しそうに目を輝かせてみせたのだが。


 そこでようやくご令嬢はプロディージの方を向き、だがラトゥスとは違ってプロディージを見る目はひどく冷たい。ラトゥスの連れとはいえ、見た目の野暮ったさからか、表情の教養のなさからか。


「……あなたは?」


「は、はいっ! おれはタロウニオ・ロンジェと申します! フォルティス卿の母方の縁者です。あなたのようなお綺麗なお方とお会い出来て、とても光栄です! あとお誕生日おめでとうございます!」


 二ヘラとだらしない表情でデレデレしつつそう自己紹介すると、だんだんと視線が冷えていく。これを紹介した理由はなんだと言わんばかりにご令嬢はラトゥスに目を向けると、ラトゥスは軽く(うなず)いた。


「ロンジェという田舎から出て来たのですが、こうして島都に来たのだから一度くらい夜会に参加したいと言われまして。無理にとは言いませんが、あいにく本日は彼以外紹介出来る者がおりません。如何(いかが)でしょうか?」


「……せっかくのラトゥス様からのご紹介ですが、お断りさせていただきますわ」


「そ、そうですか……残念だなぁ〜。こんなお綺麗な方と踊れるのかと期待したのに。あっ、どうも申し訳ございませんでした!」


 ダメ押しとばかりに馬鹿っぽい発言をして、バッと勢いよく頭を下げる。嫌な空気が流れたので、このくらいでいいだろう。ラトゥスには悪いが、万が一にも目をつけられては困るのだ。


 伯爵とご令嬢は落胆を(にじ)ませながらようやく諦めてくれたらしい。つまらなそうに次の来客の応対に向かった。


 ようやく解放されたラトゥスとプロディージは、ラトゥスの言った先代のところへ足を進める。


「すまないな、押し付けて。彼女は気位が高いから、君の事は断るだろうと想定していたとはいえ、嫌な役回りをさせてしまった」


「構いませんが、私は今後もあのように振る舞って(かわ)す事しか出来ませんよ」


「ダンスは苦手か?」


「いえ。……まだ正式な社交場で踊った事はございませんので」


 だから一番最初はとってあるのだと(ほの)めかせば、少し意外そうな顔をされたが、納得はしてくれたようだ。


「君はそういう事にこだわるタイプだったのだな。悪い事をした」


「そういう訳では……」


 ない、とも言えないかと己の行動を振り返って、言葉を濁す。


 それに、初めて参加する夜会のファーストダンスは昔、約束をしていた事があるだけだ。もう、それを叶える理由はなくしてしまったのだけれど。

 ふと、このくらいの未練なら自ら叶えられるよう働きかけてもいいのではないかと思った。帰ったら行動に移してみようか。


 そんな事を考えていたら、先代の元へ到着した。足を悪くしたのか椅子に腰掛け、杖を握っている。祖父くらいの年代の人間だろうか。


「お久しぶりです、先代イ・グノーラ伯爵様。ご息災で何よりでございます」


 そう言って頭を下げるのを、プロディージも(なら)う。先代は鷹揚(おうよう)に頷き、柔らかい微笑みを浮かべた。ラトゥスとは前から知り合いなのだなと思った。


「久しいな、フォルティスの(せがれ)。伯爵こそ健在か?」


「呑み過ぎでお腹を気にする事以外は、いたって健康です」


「くくっ、相変わらずよのぅ。で、どうした? 孫に会いに来たのではないのか?」


 ニッと含みを持たせて笑う姿に、この人も先程のご令嬢とラトゥスを結ばせたいのだなと思った。任務を与えられたからとはいえ、よくここに顔を出そうと思えたものだ。まあ、こういった事も慣れているのだろうが。


 ラトゥスはそれには無言を貫き、チラリと横目でプロディージを見る。


「これは私の遠縁のタロウニオというのですが、来春から学園に通うのを嫌がっておりまして。よければ先代伯爵様の記憶に残る、学園であった楽しい事をお聞かせ願えませんか?」


「何故(わし)なのだ? 其方(そなた)の代にもあったであろう?」


「ネタ切れなのですよ。それに、貴方(あなた)がたの代には何か特殊な流行があったと小耳に挟んだので、ぜひ私にもお聞かせ願えないかと思いまして」


 そう、王鳥に指示されたのはそれだ。


 今から四十年ほど前に学園で何か流行っていたらしく、それを当時を知る人間から聞き出してこいと言われたのだ。なんでも、一種の娯楽らしい。他にもいくつかあるが、一番面倒そうなのがこれだったのだ。


 王鳥は知っているならそれを教えてくれればいいのにと悪態を吐きつつ、言われたからにはやるだけだ。プロディージは何か隠そうとしないかと、こっそり観察する事にする。


 先代は腕を組み、言いたくないのか呆れているのか、眉根を寄せて言うのを躊躇(ためら)っていた。


「……先代伯爵様?」


「まったく、其方(そなた)はどこでその話を嗅ぎつけてきたのか。ああ、確かに下位クラスの方では流行っておった事があったな。と言っても中心になっておったのは家を継がないような(やから)ばかりだったがな」


 そう言って溜息を吐くあたり、あまりいい話ではないらしい。娯楽は娯楽でも、悪い遊びの(たぐい)なのだろうか。


 なら、ラトゥスの話す放蕩(ドラ)息子『タロウニオ』像の方が都合が良さそうだ。ニッと下品な笑みを浮かべ、聞き込む事にする。高位貴族の先代伯爵に向ける顔ではないが、無礼だって承知の上だ。


「へぇ〜。おれみたいな奴って事ですか?」


「言っておくが、真似ようだなんて思うなよ? 当時の王では見逃されたのやもしれぬが、今の陛下と王太子殿下はお許しにならないだろう。実はな――」


 そうして先代伯爵や彼の同年代の人達に聞き込んだ結果明るみに出たものに、ラトゥスと二人、呆れてモノも言えなくなってしまうのであった。



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